「リィンカーネーションの造花」
初執筆・初投稿です。
「リィンカーネーションの造花」
病床に伏し意識もなく、先の長くない貴方のお見舞いに、私は花を買うことにした。
以前通りがかった花屋が印象に残っていたので、仕事の終わりにオフィスからまっすぐに向かう。
ビル街を少し離れて高い建物が少なくなってきた辺りで、見覚えのある花屋が目に入る。
街並みに馴染むような、それでいて目が吸い寄せられるような、この店を見つけた人は運命のように思うだろう、そんな不思議な魅力があった。
緊張しつつ扉をくぐる。
カランカラン...
店内には一回りほど年上と見える女性の店員が一人。
「あらいらっしゃいませ、なにかお探しかしら?」
「あ、いえ...」
店員に話しかけられるのは少し苦手だ...。
少し店内を回り頭を悩ませるが、花に疎い私は結局諦めてレジにいた店員に尋ねてみた。
「大切な人に贈るお花が欲しいんですが、なにがいいでしょうか。」
「あら、プレゼントね?」
「お相手は彼氏さん?ご家族?」
「贈る相手は夫で、入院中なんです。
お見舞いにお花をと思いまして...」
「それは心配ね。」
「そうねえ、お見舞いならあんまり香りの強いものはよろしくないわよねえ。」
確かに、言われてみればそうかもしれない。(聞いておいてよかった...。)と内心安堵する。
「それならガーベラなんてどう?
希望や前向きって花言葉があって
寛解を願うのにいいんじゃないかしら?」
「あ、じゃあそれで...」
ふと、レジ横のオレンジが目に留まる。
「あの、こちらは?」
店員は少し恥ずかしそうにして
「ああ、それは造花のカーネーションなんだけど、私が自分で作ったものだからとても売り物なんて言えるようなものじゃないのよ。」
そう言ってごまかすように笑った。
「そうなんですね...。でも、とても綺麗...。」
囚われたみたいに、目が離せなかった。
世界にひとつしかないその花に、魔法でもかけられたのかもしれない。
「すみません、買わせて頂くの。こちらの造花でもよろしいでしょうか?」
口をついた私の言葉に店員は目を丸くする。
「えぇ?そんな大層なものじゃないわよ?」
「でも、そうね。」
「一つ聞いてもいいかしら。」
一転、まっすぐに私の目をみて店員は続ける。
「あなたはどうしてこの花を選んだの?」
困った。これといった理由が自分ではわからない。
ので、感じたことをそのまま口にした。
「すみませんわかりません。
ただどうしても目が離せなくて、まるで魔法にかけられたみたいに、世界にたったひとつしかないこのお花に呼ばれているような、そんな気がしたんです。」
店員はふたたび目を丸くし、そしてにこりと笑った。
「ふふ、そうゆうこともあるのね。
わかったわ、そこまで言われて売らないわけにはいかないわね。」
そうして私は造花を買い、店をあとにした。
翌朝、私はあなたの眠る病院に向かった。
「すみません、○○号室で入院中の.....」
白いスライドドアの前に立ち、私は祈る。
神様、どうか。どうかお願い致します。
貴方を、私の貴方を。どうか。
ドアを開くと部屋からは静寂が飛び出す。
わかってることだ。もし貴方が目を覚ましたなら私には連絡が入るだろう。わかっている。何かを期待していたわけじゃない。それでも静寂は静かに、私の心臓を撫でる。
「おはよ!今日はね、なんとお花を買ってきました!オフィスの近くに素敵なお花さんがあってね、ずっと気になってたからつい仕事の帰りに寄っちゃってさー。せっかくだからあなたにお花でも買っていこうかなって思って!」
「とはいっても買ったのは造花なんだけどね!ほら、病院には香りの強いお花は良くないじゃん?
だから造花にしたんだけど~...じゃん!」
「みてみて!すっごく綺麗じゃない?」
「あ、見てっていうのは違うか。」
作り笑いの口元が、少し痙攣するのを感じた。
「このお花ね、カーネーションっていうんだって」
「カーネーションっていうと、母の日のイメージが強いじゃん?確かに赤いカーネーションは母の日のお花であってるんだけど、オレンジのカーネーションはまた少し違うんだよね。」
「意味、気になる?」
「意味は、意味はね...」
言葉が出てこない。
もうひとことでもこの先の言葉を発してしまったら、私は耐えられない。
大きく息を吸って小刻みに震える口を無理矢理に動かし、言葉を絞り出す
「今は内緒。また今度気が向いたらね。」
「少し冷えるね。もうそんな季節かぁ。」
「造花でよかった。生きてるお花じゃ、寒くて元気なくなっちゃうもんね。」
安らかな顔。
人差し指の先で額をつついてみる。
「ねぼすけさん。」
「今、どんな夢見てる?」
「確か、忘れちゃった記憶も夢の中で再現されたりするんだって。」
「なんだっけ?潜在的に?覚えてるらしいよ。
忘れちゃっても、覚えてるの。ふふ、おかしいね。」
遠くに大きな大きなモヤがかかっている
どれだけおおきいのか見当もつかないけど
気になった私は歩き出す。
どれほど歩いたかやっと眼前に現れたモヤだと思っていたものは、膨大な数の引き出しがある大きな大きな棚のようなものだった。
その事実に気が付いて、この全てが、私たちが積み上げた時間だ、と理解した。
取り出せるものもあれば
鍵がかかっている引き出し
手の届かない高さにある引き出し
でもそのどれもが引き出しであることは変わらなくて
私は手探りで、開きかけている引き出しを開く
貴方は言う
「幸せも、嬉しいも、楽しいも、愛しいも
悲しいも、苦しいも、痛いも、 寂しいも
分け合って、感じあって、ずっと2人で生きていこう。」
真っ白な雲が私を包み込み
神父の声が聞こえる
「死が二人を分かつまで、互いに互いのみを
愛し合うことを誓いますか?」
「 」
そして私は心地よい眠りについた。
「ん.......」
のそのそと起き上がり洗面所に向かう。
歯を磨き顔を洗い、保湿を済ませる。
まだのそのそとキッチンへ向かいコーヒーを淹れる。
淹れたてのコーヒーを片手にベランダに向かう。
幸せな夢を見た。
貴方と私の幸せの絶頂。
もしも造花であったなら、苦しむことも悲しむこともなく、美しい瞬間だけを残したのに。
こんな気持ちは貴方に失礼だ。だからこの思いも、そっと引き出しにしまった。
コーヒーを一口、唇を焼いた熱さが私を現実に引き戻す。 生理的な反射で涙が滲む。 私はとっさに、 誰に見られているわけでもないのに
「あつすぎ...。」
そう呟いた。
そういうことにしておかないと、今ここで崩れ落ちてしまう自分が怖かったから。
「すみません、○○号室で入院中の.....」
白いドアの前に立ち、私は祈る。
神様、どうか。どうかお願い致します。
貴方を、どうか。どうか。
ドアを開くと部屋から静寂が飛び出す。
慣れたことだ。願いこそすれ、祈りこそすれ、期待はしていない。それでも何度でも、静寂が静かに私の心臓を撫でる。
「おはよ。まだ寝てるの?
ほんと、ねぼすけさん。」
結局のところ、自己満足だ。
お見舞いだなんていったって、貴方は寝たきりだし会話もできない。交わせるコミュニケーションなんてない。
貴方の顔が見たい。日に日に、年々細って弱々しくなっていく貴方の全てを焼き付けたい。
どうせ死んでしまうのに貴方の顔を見るたびに
(嗚呼、生きている。)
そう胸を撫で下ろす。
「すっかり暑くなったね...。もうそんな季節かぁ。
買ったのが造花でよかった。こう暑いと、生きてるお花だったらきっとうなだれちゃうもんね。」
だめだ、これはだめだ。
もし貴方に聞こえていたらきっとあなたを苦しめるに違いない。
「ねえ、ねぼすけさん」
だめ
「いつになったら、起きてくれるのかな。」
堰を切ったように、音を立てて引き出しが開いていく
「私、いつまでこうしてればいい...?
あと何回こんな気持ちになればいい…?」
「苦しんでるあなたを見て、何もできない私がここにきて、何もできない自分に言い訳するためにあなたに話しかけて、たくさん話しかけて、あなたに話しかけて、自分の声だけが大きく頭に響くの、すごくつらいの‼」
「ねぇ私、どうしたらいいの.......?」
「ねえ、今どんな夢見てる?」
「私の夢だったらいいな」
「忘れちゃったことでも、夢でなら思い出せるらしいよ。」
「あなたが私のこと愛してるのいつもちゃんと感じてたよ。」
鍵を閉める乾いた音が、静かに響く。
神様。どうか、どうか。
貴方と私をまためぐり合わせてください。
神様。どうか、どうか。
子供じみた願いでも、何度生まれ変わっても貴方と愛し合わせてください。
ぎゅう...
その瞬間、私の腕は、貴方の最も愛しい場所を、最も冷たい形で抱きしめていた。
貴方の細い首筋に
貴方の形を覚えるように、私の形を刻むように
私の愛が、その重さをかける。
私は今、造花を造っている。
涙が溢れて止まらない。
それでも私の手は、その茎を手折らぬよう冷静に
薄れず侵されず、変わらない愛の形を造っている。
「誓います」
温かい。造花は温かくない。
「誓います」
手のひらに脈を感じる。造花に脈はない。
「誓います」
私の手にはいつしか、私だけの、この世の何より尊い造花がひとつ、握られていた。
死も2人を分かつことは許さず
今までも これからも変わらず
貴方を 貴方だけを
愛し続けることを誓います。
だからどうか
貴方も、愛し続けてね。
造花のように 永遠に。
『一つ聞いてもいいかしら』
『あなたはどうしてこの花を選んだの?』
『ふふ、そうゆうこともあるのね』
『彼のこと、愛してるのね』
はい 愛しています。
無人の病室で寄り添う2本の造花。
私達だけの花言葉。
Reincarnation:輪廻転生
カーネーション:深い愛情
造花:枯れない/変わらない
<輪廻を縋り、また信じる気持ちと
何があっても変わらない深い愛情>




