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最終学年ともなると、卒業してすぐに挙げる結婚式の準備で忙しくなった。
王立学校は学業と人脈形成で忙しいとはいっても、令嬢たちは結婚準備で忙しい為、最終学年はこれまでのおさらいの授業と試験になっていた。
それなのに、アルメダ様と遊んでいた令嬢たちは、どうして、アルメダ様との関係を明確にしなかったのか?
王立学校に通う令嬢は、婚約者がいたら卒業式から一ヶ月以内に結婚してしまうことが多い。1ヶ月以上経ってしまうと、故郷に戻ってしまう学友もいるからだ。
アルメダ様がどう言って、彼女たちを宥めたのかはわからない。
◇
私が卒業パーティーのドレスの試着をする日――
アルメダ様の手紙が屋敷に届いた。
卒業パーティーのドレスを贈りたいから、彼の屋敷に来て欲しいと。
社交の時期や卒業パーティーなど、予め注文が殺到する時期がわかっている時は、早めにドレスの予約を入れて製作してもらわなければ、間に合わないことがある。ドレスメーカーだって、高位貴族に着てもらいたいから、爵位の高いほうを優先して作るし、悪い時には自分が決めたドレスを高位貴族が着る、なんて羽目に陥ることがある。
自分のこだわりが詰まったドレスは高位貴族が注文する前に納品させて自宅に隠すか、自宅にお針子を雇って作ってもらう以外に守る方法はない。
アルメダ様も付き合っていた彼女たちのおかげで、卒業パーティーのドレスを作る時期に気付いて、送ってきたのだろう。
もう、手直しを何度かする段階ですが、シャーロット様のような高位貴族が注文する時期だ。
その夜、父に言って、返事を出してもらった。
◇
卒業式の日――
令嬢はこの日の為に用意したドレスを着る。
「よくお似合いですよ」
支度をしてくれた侍女たちが出来栄えを賞賛してくれた。
「化粧をしてくれた、あなたたちのおかげよ」
私の気分が良いのは、アルメダ様が用意したドレスじゃなくて、私の好みが反映されたドレスが着れるから。
等身大の鏡に映っている私は自分でも綺麗に見える。
ドレスはドレスメーカー。
アクセサリーは宝飾品店。
肌のコンディションは侍女たち。
その上での化粧や髪結いが加わって、パーティーの支度は完成する。
ドレスやアクセサリーに合うように施された化粧と髪型は侍女たちのセンスと技術の賜物。
準備はほぼほぼ侍女たちの成果だ。――パーティー以外じゃ時間がかかるからできないけど。
鏡に映る、褒められて満更でもない侍女たちの表情が彼女たちの仕事への姿勢を表している。
幸せな気分のまま、登校し、卒業式を終え、一旦、休憩を挟んで卒業パーティーの会場の控え室に移る。
婚約者だったり、今日のパートナーを頼まれた相手だったりが、令嬢たちの手を取って入場する。
「ユージェニー。その男は誰だ?」
入場待ちをする控え室に現れたアルメダ様が言った。
卒業式には親戚も呼べるから、今日は王立学校の警備がいつもより緩くなっている。そのせいか、既に卒業しているアルメダ様も、婚約者やパートナーを頼まれれば、卒業パーティーには出られる。
・・・・・・・・・頼んでいないけど。
「誰と言われても、あなたには関係のないことです。伯爵」
「関係ないとはなんだ! 卒業したら結婚するんだぞ!」
「異なことをおっしゃいますのね。私は伯爵の卒業パーティーには誘われなかったのですけれど?」
「王立学校では他人でいようと言っていただろう!」
「では、ご自分の発言を守って、私の卒業パーティーでも他人でいてください」
「俺たちは婚約しているんだぞ」
「お言葉ですが、それは卒業する前のご自分におっしゃってください。私の今日のパートナーに迷惑をかけることは、女伯爵としてできません。その理由は伯爵であるあなたにもおわかりですよね?」
「・・・!」
生まれた時から伯爵の地位を持っている私たちは、伯爵として恥ずかしくない姿を見せる必要があります。
子どもがしたことだから? そんな一言は許されていません。
子爵以下の子女は”子ども”を免罪符にできますが、侯爵以上の嫡出子と伯爵家の嫡出子はそうではありません。
爵位持ちだからと、甘えることは許されていません。
父方だけでなく、母方の高位貴族の家を継ぐかもしれない身なのです。
高位貴族の嫡出子として生まれるということは、そういうことです。
非嫡出子で生まれたのなら、貴族の世界を少しだけ覗かせてはもらえても、家を継ぐこともないので、何の責任も負うことはありません。貴族の世界へは自分の意思で入ることができるのです。
領地を治める為に金の要らない妻が欲しくても、アルメダ様には誠意がありませんでした。
ああ、そうです。最後に会った時のお茶会で、私はそのことに気付いていました。
ああ、そうです。私は裏切りに気付いていたのです。
ああ、そうです。私の判断は間違っていなかったのです。
入学して、アルメダ様の生活態度を見て、確信が深まったのです。
「それでは、お気を付けてお帰り下さい。伯爵」
アルメダ様に背中を向けた私に、エスコートをしてくれているパートナーが身を屈めて耳元で囁く。
「ユージェニー、いいの?」
「いいのよ。彼とは入学前に婚約解消したの。結婚式の準備だって関わっていないのに、数日後に結婚するなんて、どうやったら思えるのかしら?」
婚約者のユージーンは目をパチクリとさせて、次に笑顔になった。
「そうだね。彼のこと、吹っ切れていないように見えたから、心配したよ」
「関心はあったのよ、彼が誰と結婚するのか」
公爵家のシャーロット様以外、持参金で伯爵夫人としての品位保持費は賄えないでしょうけど。
妻が同等以上の財産を持っているから、安定した衣食住を確保した上で、自分の財産を領地や投資につぎ込めるのですが・・・、爵位が上の家の出のシャーロット様は恩に着せそうです。