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1日目②

ちょっと長めです

「ここで停めてくれ」


「分かりました」


 言われるがままに自転車のブレーキレバーを握る。

 二人乗りで危ういバランスを精一杯制御して、俺は何とか地面に足を下ろした。


「はい、着きましたよ」


「ご苦労さん」


 秋野さんはそう言って、自転車の荷台から降りた。

 俺もそれに続いて降車し、ハンドルを握ったまま乱れる息を整える。 


 初めての二人乗り。

 創作物じゃよく青春の一幕として描かれ、憧れる人も少なくない行為。

 本日、俺はそれを現実でやったわけだが、悲しいかな、青春の一欠片すら感じなかった。

 きっと、気になる娘とちょっとした距離を移動するくらいなら、「不意に密着する身体、不意に縮まる互いの心」ってな感じの青春特有の甘酸っぱい空気が生まれるんだろうけど、俺が置かれた状況は”秋野さん”と”10キロ程度の移動”だ。片や昨日知り合ったばかりの謎の女性、片やサイクリングに片足突っ込んでると言っても過言でもない距離。とてもロマンティックな雰囲気を感じられるような状況じゃない。

 しかし、実を言うと何度かドキドキと胸の鼓動が高鳴る場面もあった。だけどそれは、二人乗りに慣れてないせいで何度か事故りそうになったからにすぎないが。


 さて、俺は二人乗りをして、というか秋野さんに半強制的にさせられて、例の神社から端泉地区までの約10キロの距離を、大体1時間半ぶっ通しでひいひい言いながらペダルを漕ぎ続けたわけだが――

 

「あの、本当にここでいいんですか?」


「ああ、問題ないぜ」


 秋野さんが示した場所は、端泉の住宅街を通る一本の道の手前だった。

 どこにでもあるような生活道路。それ以上の説明の余地はなく、本当にこれといった特徴のない何の変哲もない道だ。


「さあ、突っ立ってないでさっさと行くぞ、三国。後で回収すんのもダルいだろうから自転車も引いてきな」


 そう言って、秋野さんはその道に向かって歩き始める。


「ちょっと待ってください。行くったってどこに行くつもりなんですか。それに、今から何をするつもりなのかもまだ教えてもらってませんよ」


「あー、そういえば着いてから説明するって言ったっけな。じゃあまず、今回のボクの仕事について簡単に説明すると、ずばり異変探しだ」


「異変探し?」


「そうだ。周りで異変が起きてないか探して、もし見つけたらその原因を排除する。単純で分かり易いだろ?」


「……なんか、少し前に流行ってたゲームみたいですね」


 異変を無視したら元の場所に戻される可能性がある。


 しかし、想像と比べて地味だ。

 退魔師とか言うもんだから、化け物と戦ったり、派手な儀式でもするのかと思っていた。

 少し落胆。

 警察が常に凶悪犯罪者と壮絶な攻防を繰り広げているわけじゃないと知った子供みたいな気分だ。


「それで俺は何をすればいいんですか?」


「お前にはボクと一緒に異変を探してもらう」


「異変を探すっていっても、俺に霊感とかそういう類の能力なんてないですよ」


「別に要らねーよそんなもん。幽霊を探すわけじゃあるまいし。第一、霊感なんてものボクだって持ってねーよ」


 じゃあ大丈夫か。

 というか秋野さんも持ってないんだ、霊感。

 意外。

 

「というわけで、お前にはボクと一緒に異変探しをしてもらうわけだが、今日はこの道でそれを行う。この道をひたすら歩いて、変なものがないか探すんだ。分かったか?」


「まあ、大体は」


「それじゃあさっさと行くぞ。人にとって時間は有限。ほら、ついてこい」


 秋野さんは(きびす)を返してずんずんと歩き始め、俺はさっき言われた通り自転車を引きながら、その後を追った。


 しばらく、といっても多分5分くらい。

 俺は秋野さんと肩を並べ、てきとうにコピペして貼り付けたかのようなどこにでもあるただの道を歩いていた。

 探せと言われている異変ってやつは、この間にはまだ現れてない、と思う。

 

 ――あ、電線にすげー数の鳥が留まってる……あれが異変か?

 

 結局俺は異変ってやつが一体何なのかまだ分かっていない。だから、この5分間で異変があったのかなかったのかということすら何も分からないのである。

 ちなみに、異変がどういうものなのか、というのは既に秋野さんに質問済みだ。というか、この5分間で少なくとも5回、つまり1分に1回は同じ質問をした気がする。

 にもかかわらず、俺は異変がなにかを未だ知らない。


 結局のところ、秋野さんが教えてくれなかったというだけの話だが、情報の一つもくれやしなかったのかと言われたらそれはそれで違う気がするし、逆に何か教えてくれたのかと言われたら、それもそれで微妙に肯定しづらい。

 質問に対する秋野さんの回答は毎度同じで、彼女は決まって、


「異変は異変だ。見りゃ一発で分かる」


 と言っていた。

 つまり、秋野さんは異変そのものについては何も教えてくれなかったが、異変というものが一目瞭然な存在であることは教えてくれたわけである。


 なんだよ、見たら分かるって。

 本当にこの人は俺に異変を探してほしいと思ってるのか?

 

 ――あ、ちょうど今、目の前の交差点をパン一のおっさんが横切ってった……あれが異変か?

 ……いや、あれはただの変質者だな。通報しておこう。

 もしもし、ポリスメン?


 しかし、いかんな。

 異変とかいう謎の事象を探す行為に対するちょっとした恐怖と緊張感と、その対象が良く分からないという宙吊り的な感覚が相まって、周りの些細なことまで異常に見えてくる。

 ゴミ捨て場に置いてあるやけに精巧な西洋人形、プリントされている人物の首から上が破れている謎の風化したポスター、何故か道のど真ん中に落ちている子供の砂場遊び用のバケツ……現実的に考えて別におかしくもなく、自然現象で簡単に説明がつくものすら異変なんじゃないかと思えてくる。

 くそっ、認識がオーバーフローしそうだ。


「なあ、三国」


「はいッ!」


 俺は素っ頓狂な声でぎこちなく応えた。

 助かった。

 危うく答えのない、堂々巡りの思考に取り込まれるところだった。


「昨日、お前と一緒にいたあの女……確か鈴美だっけ? 名字は何て言うんだ?」


 脈絡のない質問。

 鈴美のこと嫌ってるみたいだけど自分から話題に出すんだ。

 いやまあ、別にそういう時もあるか。

 さっきまで異変を探すのに神経を使っていたせいで、ついつい変に勘繰ってしまう。

  

(かりがね)ですよ。鳥の(がん)って書いて(かりがね)です」


 雁。

 中々見慣れない漢字だし、普段あまり耳にしない名前なので知らないと思う人もいるかもしれない。

 しかし、実は結構な人が一度はこの鳥について深く考えたことがあるはずだ。

 『大造じいさんとガン』。

 小学5年生くらいの国語の授業でやった人が多いんじゃないだろうか?


「ふ~ん、雁ねぇ……随分珍しい名字だな」

 

「あいつの家系以外じゃ一度も見たことも聞いたこともないんで相当だと思いますよ」


「でも、珍しさで言えばお前の名字も大概だよな」


「ええ、そりゃまあそうですけど……あれ? 知ってるんですか?」


 おかしい。

 秋野さんに名字は伝えてないはずなのに……。

 

 俺は自己紹介するとき、基本的に名前しか言わない。必要とされる場面以外じゃ自分から名字を口にすることはない。

 俺が名字を言わない理由は、“面倒くさいから”、その一言に尽きる。

 ただそうは言っても、名字を言うこと自体が面倒くさいわけじゃない。流石にそんなことまで面倒くさがるほど俺は堕ちてない。

 

 これは珍しい名字や名前あるあるなのだが、普段耳にしないようなレアな名前というのは基本的に一度や二度伝えたところで認識してもらえない。正しい名前を理解してもらうのに、大抵複数回伝えなければならないのだ。

 それに加えて、今度は名前に珍しい漢字が入ってる人あるあるだが、こちらの場合もすぐに分かってもらえない。レアな名前同様、レアな漢字は説明に手間がかかるのだ。


 さて、このタイミングで俺の名字を開示しよう。

 鼎。

 「かなえ」である。

 名前を入れると「鼎三国」。

 そう。俺のフルネームは(かなえ)三国(みつくに)である。


 ”鼎”。

 こんな名字、未だ俺の親族以外じゃ聞いたことがない。

 多分SSR、いやURクラスの希少さだと思う。

 まあ、つまりは一般的に馴染みがないわけで、だから俺が名字を言うとほとんどの確率で間違えらえれる。

 例えば「かな()」。これが一番多い。

 「かなめ」なんて名字も中々いないと思うけど、昔に流行ったらしい深夜アニメの主人公の名字が「鹿目(かなめ)」だったらしく、それもあってか多分「鼎」よりはそっちのほうがまだ聞き馴染みがあるんだと思う。

 それに、そもそも「要」っていう普通の言葉があるわけで。そっちの方が言葉の響き的に脳内変換されやすいんだろう。


 それに俺の場合は漢字も問題だ。

 鼎。

 意味は、古代中国で使われた三本の脚がついてる金属製の器。

 熟語で言えば、鼎談(ていだん)とか鼎立(ていりつ)(てい)だ。

 

 ……どうしろと。

 これをどうやって人に伝えろと。

 もうね、アホかと。馬鹿かと。


 例えば、俺は鼎談って言葉を聞けば、「あーはいはい、鼎談ね。三人で話し合うやつね。鼎に談って書くあの鼎談ね」と思えるし、同じように鼎立って言葉を聞けば、「あー鼎立ね。三竦(さんすく)みを表す三者鼎立(さんしゃていりつ)の鼎立のことね」とかみたいに色々と考えを巡らせ、そこから「鼎」の字を導き出せるくらいに「鼎」に対する造詣を持っているが、それは俺の名字が「鼎」だったからにすぎない。

 普通の人は「鼎」なんて言葉を自分から使わないし、そもそも「鼎」をいう字を認識すらせずに生涯を終える人もざらにいるだろう。二人で話すのが対談、三人が鼎談、四人が座談なんて知識は知らなくて当然だし、「鼎立」を知らなくても「三竦み」を知っていればそれで十分だし、そんな使いどころもなければ習う機会もない、単漢字の時点で漢字検定準一級の「鼎」なんてものは知らなくて当たり前なのだ。鼎談も、鼎立も、九鼎も、鼎俎も、鼎鐺玉石も、鐘鳴鼎食も、鼎の軽重を問うも、誰もそんな言葉の意味も字も知らないし、そもそも「鼎」自体を知らないのでそこから「鼎」を導き出すことは不可能というわけだ。

 

 よって、この詰み状態の俺に残されたのは「都道府県の県が、左右で線対称になってる感じのやつです!」という何ともアホっぽいパワープレイだけだった。

 俺が17年の人生で見つけた最善策。

 いや、苦肉の策。

 どのみち正しく認識してもらうのには数分かかるというのがオチだ。

 

 まあ、結局の俺が言いたいのはつまり、こと名字を伝えることに関してはとても手間がかかって面倒くさい、ということだ。

 だから俺は基本的に名字を人に言わないのである。

 

 それは秋野さんに対しても同じで、まだ名字は告げてないはずなんだけども……。


「鼎だろ? 鼎三国」 


「いや、その通りですけど……俺、教えてないですよね。なんで知ってるんですか?」


「お前にこの仕事を手伝わせるために色々と調べたって昨日も言っただろ? 名前を暴く程度造作もないぜ」


 そういえば。

 というか、俺に友達ができない理由も知ってるわけだし、少し調べたらすぐ分かる俺の名前くらい知ってても別におかしくないか。

 でも、それならどうして鈴美の名前には明るくないのだろうか。俺の素性を調べる上で、あいつはどこかしらで絶対絡んでくるとは思うんだが……しかし、現に秋野さんは鈴美の名前を憶えているのかすら危ういラインだったし、というかそもそも”嫌い”ということを公言してむしろ距離を置こうとしているわけで。

 ということはつまり、俺から友達が消えた件に関して鈴美は全くの無関係で、情報を得る初期段階であいつに関する情報は無価値として切り捨てられたというわけだろうか。


「しっかし、鼎三国に雁鈴美ねぇ~……二人揃って変な名前だな」


「……何ですか、その自分が普通の名前みたいなツラ。秋野さんだってこっち側ですよね。氏神秋野なんて名字も名前も一度も他で聞いたことないですよ。それに秋野さん、俺に”秋”の読み方伝えるときに自分で何て言ったか覚えてます? 危急存亡の秋ですよ? よくそれで俺たちのこと変って言えましたね」


「あー、まあ、それもそっか」


 何が面白いのか、ハハハッと秋野さんは声を挙げて笑った。

 

 余談だが、鼎よりも氏神という名字の方が実は少なかったりする。鼎という字が見慣れなさすぎるので、鼎の方が希少に感じるが、簡単な漢字で構成されて、且つ読み方もそこまで難しくない方の氏神の方が実際は少ないのである。

 つまり綺麗なブーメラン。

 名字も名前もURクラスのやつがよく「変」なんて口にできたな。


「ところでお前は、あの雁鈴美とやらとはどういう関係なんだ? 恋人か? それともただの友達か?」


「幼馴染ですよ。産まれたときから家が隣同士だったんです」


「幼馴染ねぇ……確かお前は高三だから、するってーと少なくとも17年来の付き合いってわけか」


「いえ、厳密には14年ですね」


「14年? 産まれからの付き合いなんだろ? それじゃあ計算があわなくねぇか? 飛び級でもしたのか、お前ら」


 秋野さんは眉を顰めて首を傾げる。


「あいつ、中学一年生の、それも結構早い時期に、親の都合だとかで一度この街から出て行ったんですよ。でも、高一のときにまたこの街に戻ってきて、偶然あいつが俺と同じ高校に転校してきたことで再開したんです。つまり、中一から高一の三年間は離れ離れだったわけで、その空白期間を除いて14年ってことです」


「ふぅむ……なるほど、そういうことか……」


 打って変わって、今度は目を伏せる秋野さん。

 顎に手を当てているその様子はロダンの「考える人」みたいだ。

 ふと思ったけどこの人、仕草とか表情とか、割とコロコロ変わるな。基本的に不気味で、こう、人を値踏みするような、一見すると冷徹で冷酷で、深沈(しんちん)な印象を受けるようなアスペクトが基本姿勢なのは間違いないけど、よく観察してみれば結構態度に幅があるというか。

 豊かというか。

 

 最初からこんな風だったのか、俺の認知/偏見フィルターが弱まってきたのか。

 さて、どっちだろう。


「雁鈴美……14年来の幼馴染ねぇ……」


「あ、そうだ。もしあいつに会ったときは、今みたいにフルネームで呼ばない方がいいですよ」


「ん? 何でだよ?」


 今度はキョトンとする秋野さん。

 そんな顔もできるんですね、あなた。


「あいつ、自分のフルネームを嫌ってるんですよ。それで、目の前で”雁鈴美”なんて言うと、見るからに機嫌が悪くなるんです」


「そりゃまたどうして。雁ってのは珍しいが、別に嫌がるほど変なもんじゃねーだろ」


「それはそうなんですけど……多分知らないと思いますけど、この世には雁堤(かりがねづつみ)という、鈴美の名字と同じ鳥の名を冠した堤防があってですね」


 最後に詳しく調べたのはだいぶ前のことだから曖昧だけど、確か中部地方のどこかにある、川の治水目的で築堤された堤防だった、はずだ。

 名前の由来は、雁の群がV字型の隊列を組んで飛ぶ姿に土手の形が似ていたから、とかそんな感じだったとかろうじて記憶している。


「ほら、分かりません? 堤防の名前とあいつの名前」


「”かりがねづつみ”と”かりがねすずみ”……現代日本語における”ず”と”づ”の発音上の同一性を踏まえれば、実質的に一字の違いに過ぎないわけだし確かに似てるな。だけど、それが何だ。まさか、それが理由なのか?」


「まあ、最終的に帰着するのはそこになりますね。でもただ名前が似てるってだけであいつは自分の名前を嫌ってるわけじゃないですよ。問題は似ていたのが雁堤だったことです。実は、雁堤には人柱伝説があるんですよ」


 人柱。

 つまり生贄のことである。


「水害に悩まされている人々を救うために雁堤が築堤される際、難航する工事が無事成功するように、ある僧が自ら人柱を引き受けた――という、いわば美談のようなものなんですけど……でも、人柱って時点でもう、ダメじゃないですか。怖いし、不吉だし……忌憚(きたん)なく言ってしまえば(おぞ)ましい。だから、それがいくら綺麗事で飾られた伝説だとしても、連想ゲームみたいな馬鹿な思考回路の下に生まれた繋がりだとしても、自分の名前が人柱に繋がってしまうと気づいてしまった小学生の女の子はそれを受け入れられなかったんですよ。あいつに言わせれば、”結びつき方はどうであれ、自分の名前が悲惨な死と紐づいてる”んです。あいつ、迷信深いわけじゃないんですよ。ただ、知ってしまった以上は意識せざるを得ないというか、まあ……ほら、嫌な知識って中々頭から消せないじゃないですか」


「そうだな。忘れたい嫌な記憶ほど頭の片隅にこびりついて離れない。特に、感受性が剥き出しで脆弱なガキん時についた心の傷跡は、なおさらだ」


 自分の言葉に納得するかのように秋野さんは頷いた。


「なるほどな。あの女が自分の名前を嫌う理由は分かった。だが――」


 秋野さんは一拍置いて言い放った。


「どっちにしろ、正直馬鹿げた理由だな。繊細で、幼稚だ。ボクには全く理解できねーな」


 馬鹿げた理由。

 俺から見ても、その通りだ。

 鈴美の自分の名前への忌避は、非合理的で感情的で、あまりにも幼稚な連想だ。

 しかし、それこそがコンプレックスというものだろう。

 ノッポにはチビの悩みは分からない。逆に、チビにはノッポの悩みは分からない。同じ境遇になければ、人は互いの苦悩など理解できない。

 それと同じで、あいつの名前の呪縛はあいつにしか解読できない難解な暗号のようなものなのだ。

 

 秋野さんは一度息を吐き出して言葉を続けた。


「しかしまあ、理解できねーからといって配慮を放棄するわけじゃないぜ。人が嫌がることをわざわざするような趣味はボクにはないからな。ということで、もしあいつに会うことがあったらフルネームで呼ばないように気を付けとくよ。ま、ボクからあいつに会うつもりは一切ないからもう二度と会わねーだろうけどな。というか、ボクはあいつに会いたくない。こっちの方からごめんだ」


 やれやれとでも言いたげに両手の平を天に向け、首を横に振る秋野さん。

 よほど鈴美と会いたくないんだなあ。左右に揺れる顔が苦虫を嚙み潰したみたいになってるよ。


 しかし、二度と会いたくない、か……。

 既にウマが合わないと分かってる奴らに挟まれるのは気が進まないから俺としてもそうあってほしんだけど――


「そうなれば……いいですね」


 俺は若干の申し訳なさを感じながらそう言った。


「なんだその、まるでボクとあいつが会わない方が難しいとでも言いたげな含みのある言いぐさは。まさかお前、あいつを連れてこようなんて思ったりしてねーよな?」


「しませんよ、そんなこと。だいたい単独で来るっていう条件を呑んだ上で俺はここにいるんですから。そう簡単に約束を破るような人間じゃないですよ、俺は。まあ、でも、一つ問題があって――あいつ、俺のストーカーなんですよ」


「ストーカー?」


 眉間に皺を寄せ、怪訝そうな細目をした秋野さんに睨まれる。

 名字に続いてこんどは何なんだ、とでも言いたげなご様子。


「はい、ストーカーです。って言っても直接危害を加えてくるとか、そんな深刻なものじゃないですけどね。ただ結構な頻度でつきまとわれてるってだけのことで」


「……」


 黙ってこちらを睨む秋野さんの額に寄った皺が深くなる。

 俺、何か変なこと言ったか?


「つまりこっちの意思とは関係なしにあいつは俺についてくる可能性があるわけでして、もしかしたらそれが原因で鉢合わせするかもしれないって話です。流石に今日は学校を出る前に散々口うるさく念を押しておいたのでいないと思いたいですけど、もしかしたら今だって後ろに――」


「いや、今はいねーよ。気配を感じない」


 秋野さんは背後を振り向くまでもなく即座にそう言い切った。


「気配って……本当ですか?」


「ああ、本当だ。ボクは霊感の代わりに第六感の一部が敏感で、特に人の気配を感じ取るのには長けてるからな。嘘だと思うならあの女が周りにいるか探してみてもいいぜ?」


「……いや、大丈夫です」


 正直半信半疑だが、秋野さんの自信を持った表情を見るに信じざるを得ない。

 それに鈴美の捜索を提案してきている時点でそうなんだろう。

 秋野さんの発言が嘘だとして、二度と会いたくないとまで言っている鈴美と再会してしまうような行動をそう安易に提案することはないはずだ。だから秋野さんの言葉は真であると考えるのが妥当だ。

 事実、長年培われてきた俺の対鈴美レーダーも全く反応してない。


「しっかし、幼馴染でストーカーねぇ……」


「昔はそんな変な癖なんてなかったんですけどねぇ。高一で再会したらそうなってたんです」


「はぁ……」


 呆気にとられたような、不審がるような、そんな思いが詰まってそうなため息にも似た擦れ声が、相槌として秋野さんの喉から漏れ出る。

 せっかく得意気になっていた秋野さんの表情は、目を細めて強い眼差しを向けていた先刻までの可愛げのないものに戻ってしまっていた。

 

「そもそもの話、なんでお前はストーキングされてんだ?」


「実は、それが分からないんです。何回か直接訊いたこともあるんですけど、ただ”三国がそこにいるから”みたいな感じで毎度はぐらかすだけで何も教えてくれないんですよ」


「はぁ……?」


 今度は、何を言ってるんだとでも言いたげな上擦った声の反応が返ってきた。


「なんか、その、ないのか? 心当たりとか」


「それが何一つ思い当たらないんですよね」


「……」


 口を(つぐ)んだ秋野さんに睨まれた。

 ジト目で。


「基本的にストーカーされる理由なんて恨みか色恋沙汰の二択だろ? 例えばお前、何か恨みでも買ってんじゃねーのか?」


「それは多分ないと思いますけど……だって再開してからあいつはストーカー以前に俺の唯一の友達として今まで時間を共にしてきてるんですよ。もし俺を恨んでるなら、2年間も俺の友達をやってる意味が分からない」


「じゃあ色恋沙汰は?」


「それもないですね。実は最初の頃、俺もそう考えて思い切って直接訊いたことがあるんです。”もしかしてお前は俺に気があるからストーカーしてんのか?”って」


「うわっ。自意識過剰のキモ男」


 秋野さんはわざとらしく薄笑いを浮かべた。


「茶化さないでくださいよ。それ以外にストーカーされる理由に見当が付かなかっただけですから……それで、そしたら、”違う。そもそも俺に対して恋愛感情を抱くことはできない。”ってご丁寧に言われたんです」


「つまりフラれたわけだ」


 秋野さんの口角がまた一段と上がった。


「フラれるも何も元々そんなんじゃないですよ。そもそも俺も鈴美と同じだったんですから」


「同じ? 同じって何が」


「恋愛感情が抱けないってとこがです。俺もあいつに対して”異性として好き”って気持ちが一切湧いてこないんですよ。だから別にフラれたってわけじゃないですからね」


 俺は鈴美に対して劣情を抱くことがあるが、それはあくまでも人格とは切り離された外面に対する肉欲であって、純粋な恋愛感情とは結びつかない。

 不思議な話だが、現実としてそうなのだ。

 鈴美は贔屓目に言っても容姿端麗で性格も良く、まさにパーフェクトな女の子だ。と、少なくとも俺はそう思ってるし、事実、劣情を抱くことが往々にしてある。

 だから多少なりとも好意を持ってもおかしくないと何度も考えたことがあるが――しかし、鈴美に対して恋愛感情が湧くことは一切なかった。

 それはもう、不自然なほどに。


「まあそういうわけで、今も俺は理由も分からずにストーカーされてるんです」


「……変な関係だな、お前ら」


「俺もそう思います」


 俺は自嘲気味に乾いた声で笑った。


「なんかお前、いくら相手が幼馴染とはいえ、ストーカーされてるくせに平気そうだな」


「もう二年もやられてますからね、慣れましたよ。それにさっきも言った通り、付き纏いだけで危害を加えてくるわけじゃないですし、ストーカーって言ってもそこまでじゃないですか?」


「一応教えてやるが、ストーカーって時点で世間一般じゃ全部異常だ馬鹿野郎」


 そりゃそうか。

 そりゃそうだ。

 普通の人にとっちゃ跡をつけられることすら非日常なのだ。

 どうやら、鈴美というストーカーに二年間も毒された俺の感覚は既に麻痺してるようだった。

 ……慣れって怖いなあ。


「まあ、鈴美がお前の幼馴染且つストーカーで、お前が意味も分からずストーキングされてるってのは分かったよ」


「どうですか? ちょっとはあいつの印象良くなりました?」


「今までの情報のどこに印象がマシになる要素が含まれてんだよ。悪化したに決まってんだろ。引き続きボクはもう二度と出会わないように祈っとくよ」


 俺の冗談めいた問いに対して、秋野さんはぶっきらぼうにそう言い放った。

 それから秋野さんは一瞬だけ下唇を噛みしめると、俺とは逆の方向に顔を背けてしまった。

 

「ところで秋野さん、異変とやらが全然見つからないんですけど」


 だいたい15分くらいは歩いただろうか。秋野さんが言う”異変”というやつは、未だ一つも発見できていない。

 この間にやったことといえば、自転車を引いて秋野さんの隣をただ歩くだけ。

 もはやただのデートだ。


「まあ、そりゃそうだろうな。元々異変が見つかるなんて思ってないし、それに異変なんて見つからない方がいい」


「え? それって……」


 どういうことだ?

 俺は今、異変を探す手伝いをさせられてるはずなのに、「見つかると思ってない」とはこれいかに……。

 俺が訊き返すと、秋野さんは自転車のハンドルを握る俺の手を指で軽く弾いた。


「いいか、異変ってのはそんなそこら辺にあるようなもんじゃねーんだよ。そもそも滅多に発生しないはずだ。だから基本的に見つからないのが当たり前なんだよ」

 

 秋野さんは俺に視線を向けることなく、淡々とした口調で続ける。


「そして”異変探し”とは言ったが、今回ボクがやるのはいわばパトロールだ。基本的にはただ散歩をするだけ。その途中でもし、万が一、異変を見つけたらボクが対処する。だけど何も見つからないならそれに越したことはねーんだよ。つまりだ、異変があることよりも、むしろ()()ことを確認するのがこの”異変探し”の目的だ」


「パトロール……」


 俺はその言葉を繰り返しながら少し考え込んだ。

 なるほど、警察のパトロールみたいなもんか。あっちだって犯罪が起こるのが前提じゃないし、「何か起きてくれ!」、なんて気持ちでやるわけじゃないだろう。

 それと同じだ。

 何も発見できないのが理想ってことだ。

 ――でも、そんなに大したことないなら、わざわざ俺を連れ回す必要もないんじゃないか? 


「あの、大体は分かったんですけど、それならここまでの道案内はまだしも、異変探しに俺を付き添わせる必要ってありました?」


「まあ確かに、正直に言えば別にいらないな。もちろん二人いた方が漏れが少なくなるって利点はあるが……そもそも異変は現れねーだろうしな。だがしかし、言ってなかったが、実はお前にはもう一つ別の役割がある」


「別の……役割?」


 秋野さんがこちらを見て、不敵に笑う。

 俺は固唾を呑んで秋野さんの次の言葉を待った。

 身体が強張り、ぞくりと自然に背筋が伸びる。

 

「お前も今体験してるように、異変探しってのはただひたすら歩くんだが、ただ歩いても暇だろ? そこでお前だ。ボクの暇つぶし、もとい話し相手。それがお前の役割だ。だから本当のことを言うと、今お前に求めているのは異変探しじゃなくて、ただボクと会話をすることさ」


「えぇ……うおっと」

 

 あまりに拍子抜けしたせいでハンドルを握る手が緩み、危うく自転車を転倒させそうになった。

 一体今度はどんな役目を吹っかけられるかと思ったら、なんだよ話し相手って……。

 寂しがり屋さんか?

 

「つまり、最悪俺は秋野さんと喋ってるだけでいいんですね」


その通り(イグザクトリー)。お前はボクに新鮮な言葉を提供すればいいのさ」


「はあ……分かりました」

 

そんなことのために俺は連れ回されるのか、というような若干腑に落ちない感じもあるが、報酬という鎖で繋がれている立場の俺があれこれ言っても仕方がないので、毎度の如く素直に受け入れることにした。

 まあ、結局のところ異変探しに注力しなくても別にいいってわけだし、そっちの方が楽でありがたい話だ。

 異変探しは変に神経使うんだよな。


 ……。

 ……。

 会話が一度終了したことを告げる沈黙が訪れる。

 カリカリカリと、自転車の車輪が回る音が場を支配し始める。

 役目の一つが会話だなんて言われたせいで、さっきまで気にならなかった無言が気まずい。

 さっきの話の流れから察するに、ここは俺から何か話題を提供するべきなのか?

 

 しかし、何を話せばいい?

 なんせ俺は、ここ二年間、家族と鈴美としかまともに会話してない男だぞ。そんな奴が知り合ったばかりの人との会話をリードできると思うか?

 無理だろ。普通に。

 うーん……。

 どうしよう。


 なんてことを思っていると、そんな俺の思考を知ってか知らでか、秋野さんは俺が何か言うよりも早く、自らその口を開いた。

 よかった。

 助かった。


「なあ、三国」


「なんですか?」


「お前、”殺し”をしたことはあるか?」


「……え?」


 脚の動きが半拍ずれる。

 なんかすごい物騒な単語がでてきたような気がしたんだけど。


「今、何て言いました?」


「だから、お前は”殺し”をしたことがあんのかって訊いてんだ」


 なんかさっきから言い方が変だけど、どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだ。

 なるほど。殺しか……って、え? 殺し!?

 つまり俺は今、殺人歴の有無を訊かれているのか?

 もしかして俺、人殺しか何かだと思われてるのか!?


 質問の意図が読めない。

 若干の混乱状態にあるせいというのもあるが、出会ったばかりの人間同士の雑談としてはあまりにも真意が読み取れない。

 ときに心理学、といってもどちらかといえばサイコロジーと言うよりもメンタリズムと訳すべき心理学にだが、出し抜けな発言をすることで相手の虚を突き、そこからさらに隙を突く、という人心掌握術があるらしい。

 もしかしたら秋野さんは、それは狙っていたのかもしれない。

 まあ、だとしても俺の隙を突いたところで何になるんだって話なんだけど。

  

「あるわけな――」


 あるわけないじゃないですか、と言おうとしたがその途中で口を閉じた。

 いや、待て。よく考えろ。秋野さんはただ”殺し”と言っただけだ。例として挙げただけで、”人殺し”に限定してるわけじゃない。この”殺し”は全ての生命を対象とする”殺し”だ。


 つまりこれはひっかけというわけだ。

 何をどう陥れるためのものかは全く分からないが、これは多分ひっかけなのだ。

 というかそうであってほしい。ナチュラルに突然、「人殺しの経験の有無」を話題に挙げたのだとしたら、常識的に考えて猟奇的すぎる。


「まあ、虫とかなら」


 俺は冷静に言い直し、答えた。

 流石に人殺しの経験はないが、虫を殺めた経験ならば数えきれないほどある。

 例えば小学生低学年のときなんかは、無意味にアリの巣へ水を流し込んだり、コンクリートを闊歩(かっぽ)するキウイの種ほどの大きさの謎の赤い虫を潰し回ったりした。

 今思えば、結構酷いことしてるなあ。まあ、無邪気さゆえの残酷さってやつだ。

 最近のことで言えば、先月は洗面所にいたゴキブリを退治したし、多分今も俺が歩みを進める度、小さな命が靴の裏で死んでいると思う。 


 しかし、どうやら俺の返答は秋野さんが望んでいたものではなかったらしく、「はあ」と、小さく溜息を吐かれてしまった。


「違う違う。殺しっつっても、人を対象とした殺しだ」


 ……。

 色々と裏をかいたけど、ただ単に秋野さんが猟奇的なだけかもしれない。


「人に対する殺しって、それただの殺人ですよね。あるわけないじゃないですか」

 

 ――そもそも殺人なんて犯していたら、今みたいに白昼堂々歩けてませんよ。

 俺がそう答えると、秋野さんは若干小馬鹿にする態度で再び口を開いた。


「おいおい、殺人だけが人を対象とする殺しじゃねーぞ。そうだな……例えば、黙殺、とか。ほら、”殺”って字がついてんだからこれも立派な殺しの一つだ」


「んな無茶苦茶な……」

 

 そんなのありかよ……。

 そういえば、最初に”殺し”だなんて妙ちくりんな言い方をしていたけどそういうことか。

 変でしょーもない言葉遊びというか、頓智というか何というか……。

 まあ、一度は外れたけど結局別のところでひっかけだったわけだ。

 分かりにくい。


 俺は秋野さんに向かって少々呆れた視線を向けてみるが、彼女はお構いなしに話を続ける。


「黙殺以外にもたくさんあるぜ。悩殺、笑殺、封殺、生殺し、褒め殺し、そして――」


 秋野さんは息を吸った。

 耳に入ってきた微かな呼吸音から察するに、その呼吸は今までのものよりも少し深いような気がした。


「――見殺し、とか」


 見殺し。

 他人が死にそうなのを見ていながら救わないこと。

 困っているのを見ていながら助けないこと。


「こういう殺しだったら、お前もしたことあるだろ?」


「そりゃまあ、ありまけど」


「見殺しも?」


「多分は」


「ふーん……それじゃあもう一つ訊く」


 秋野さんは悪戯な表情で俺を見た。

 歯車が合わさるようにガッチリと視線が絡まる。


「お前、自分の見殺しが原因で、誰かが本当に死んだことはあるか?」 

 

「あるわけないじゃないですか、そんなこと」


 結局人死んでんじゃねーか。

 そもそも見殺しが原因で人が死ぬってどういうことだよ。

 まあ確かに字面的にはそっちの方が適してるけど、乱世の時代じゃあるまいし、現代は一般人がそんな状況に直面するほど荒れてない。少なくとも俺の周りは泰平の世だ。

 俺は咄嗟に、そして自信満々にそう否定したが直後、一つの思考が脳裏をよぎる。

 

 いや、でも……そうか、あの事件。

 そうだ。俺の周りで、秋野さんが言うような”見殺しのせいで人が死ぬ”ということが起こってないと言えば嘘になる。

 でもあれは俺にはほとんど無関係だったはずだ。だってあの事件の経緯と結末を知ったのは、もう事が起きた後だったんだから。

 

 いずれにせよ、俺は今まで最悪な意味での人殺しに関与したことは決してない。

 潔白。

 真っ白だ!


「ふ~ん」


 秋野さんは俺の身体を舐め回すかのように眺めた。

 何かを疑われているのではないか、という状況が、心当たりなんてないはずの心臓の鼓動を自然と加速させる。

 彼女の鋭い眼光が、本当は自分が何か犯しているのではないかという気分にさせるのだ。


「ま、それならいいや。悪かったな、変な質問して」


「あ、いえ、別に」


 軽い謝罪のような言葉と同時に、秋野さんから俺を試すようなさっきまでの態度が消えていた。

 とうやら俺は許されたらしい。いや、何が許されたというわけでも、元々俺が悪いわけでもないんだけど。

 

 しかし、結局この質問の意図は何だったんだろう。

 何か明確な目的があったのか、それとも単に秋野さんの話題のチョイスが壊滅的なだけなのか。はたまた、秋野さんが属する界隈ではそれが普通のことなのか。

 そんなことを考えてると、横並びで歩いていた秋野さんは不意に前へと出ると、くるりと身体をターンさせて俺の方へ振り向いた。


「よし、今日の異変探しはここまでだ」


 突然の終了宣言。


「え? もうですか? まだ30分も歩いてないですよ?」


「いいんだよ。異変ってのは見つかる時はすぐ見つかるからな。このくらいで出てこなかったら、後はいくらやっても出てこないもんなんだよ。だからこれで十分だ。それともなんだ? お前はまだまだやりたいのか? 異変探し」


「いや、別にそういうわけじゃないですけど……」


 若干の拍子抜け。

 最初に仕事の補佐なんて言うから、結構な時間連れ回されるのかなあ、なんて思ってたのに、まさか30分も経たずに終わるなんて。

 異変探しの時間より、神社からここまでの移動時間の方が長いじゃないか。それもダブルスコアだ。


 それにまあ、異変探しなんて短い方が俺も楽だし別にそれはそれでいいんだけど、ただ、久しぶりに他の人とまともに話せたこの時間が名残惜しいというかなんというか……。

 妙な気分。

 あ! 違うからね。秋野さんのことが気になってるとかじゃないから。

 勘違いしないでよね! プンスカ。

 

「んじゃ今日は終わりだ。明日も同じ神社に集合な」


「分かりました」


 軽く頷いて、俺はえっちらおっちら引いてきた自転車に跨る。

 「明日も」、「集合」か……。

 友達がたくさんいた頃を思い出すな。


「そういえば秋野さんはここからどうやって帰るんですか? 足ないんですよね?」


「あーそうだな……よし」


 秋野さんはそう言って、俺の背後へと近づき、


「よっ、と」


 ここへ来たときと同じように、自転車の荷台に飛び乗った。


「えーっと、それってやっぱり……」


「最寄りのバス停までよろしくな」


「……分かりました」


 なんだか都合の良い足扱いされている感じがするけどまあいいか。

 どうせ俺は今、この人に逆らえないんだし、それに本能がこの人には敵わないと告げている。

 俺は素直に従って、秋野さんを荷台に乗せたまま、地面から足を離した。

 目指すはバス停。本当に最寄りなら1分とかからないけど、俺の善意だ、少し離れるが本数が多い所まで送ってあげよう。

 推定所要時間は約10分。

 ちなみに秋野さんは今、最寄り駅周辺で宿を取って過ごしているらしい。

 

 二度目の二人乗り。

 勝手が分かった今、普段と同じ調子でペダルを漕いだ。

 初めて二人乗りしたときには気にする余裕がなかったが、秋野さんの体重がやけに軽く感じた。

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