1日目①
翌日の放課後。
俺は珍しく、いの一番に教室を出た。
意表を突かれたクラスメイトの奇異なものを見るような視線を痛いほど浴びたが、気にも留めず足早にその場から離れた。
もちろん今日は一人だ。鈴美は連れていない。早く秋野ちゃんのところに向かわねば。
果たして手伝いという依頼の裏に何があるのか、という不安はまだ拭えていない。しかし、もしかしたら秋野ちゃんは本当に現状を解決する一助になってくれるんじゃないかという淡い期待が、怯える気持ちを上塗りし、俺の心を躍らせていた。
颯爽と校舎を抜け、駐輪場で自転車を取り出す。
そういえば今日、一つ気になることがあった。
よく考えれば、同じ学校の人間とわざわざ校外で会う必要なんてないんじゃないかと思った俺は、今日一日の休み時間を全て費やして秋野ちゃんを探し回った……のだが、どこにも彼女の姿が見当たらなかった。それだけなら、タイミングが悪かったんだな、とでも思えたんだろうが、驚くべきことに秋野ちゃんの姿どころか、「氏神秋野」の名前すらも見つからなかったのだ。
一体彼女はどこへ消えたんだろう。
まあ、これについては色々考察をしてみたが、結局のところそれらは全て憶測の領域を出ないし、どうせ後で秋野ちゃんに直接聞けばその謎は判明するだろうから、これについてはとりあえず一旦置いておくことにして――ちょうど今、俺には他に対処しなければいけないことがあった。
秋野ちゃんの言いつけを守るために、俺は単身で彼女の元へ向かわなければならないのだが、あることを忘れてないだろうか。
それは鈴美に関することで、彼女は俺の幼馴染兼唯一の友人という顔の裏に、もう一つ別の顔をもっているのだが……。
――そう、あいつは俺のストーカーなのだ。
「おい鈴美、いるんだろ」
何も返事はない。
だが俺には分かる。あいつは近くにいる。
「隠れてないで出て来いよ。俺が気づかないとでも思ったか」
二度目の呼びかけ。
すると、唐突な物音とともに、俺の背後に実体を伴った鈴美の気配が現れた。
「えへへ、バレちゃってたか」
「はぁ……やっぱりいやがったな。今日も何度か言っただろ? 秋野ちゃんのとこには一人で行くから付いてくるなって」
「それは、そうなんだけど……やっぱり心配だよ」
後ろを振り向くと、たった二、三歩先のところに、不安げな顔をした鈴美がいた。
いったいいつの間にここまで接近していたのだろう。
鈴美にストーキングされるのはもう慣れっこで、彼女が俺を付けていることは、背後に感じる気や、これまでに培った勘である程度分かるのだが、一体全体どこにどうやって身を潜めながら俺を追っているのかは未だに皆目見当が付かない。今回も鈴美にストーキングされていること自体は分かっていたので、途中何度か振り返ってみたりしたが、やはりどこに隠れているのかは全然分からなかった。
「そんな顔すんなよ、死にに行くわけじゃないんだから。それに、何か不穏な気でもしたら速攻逃げるから大丈夫だって」
脚には多少自信がある。
巨漢に囲まれでもしないかぎり捕まりはしないだろう。
「とにかく、秋野ちゃんとそういう条件で約束したんだから俺一人で行く。くれぐれもついてくるなよ。フリとかじゃないからな」
「……うん、分かったよ」
鈴美は不服そうに、渋々と頷いた。
「それじゃあ行ってくるから、今日は先に帰っててくれ」
俺はそう言って自転車に跨り、しょんぼりした顔をする鈴美を背にして学校を出た。
しかし、なんだろう……ストーカーをする方が社会的に悪いのは明らかだが、それでも自分を心配してくれているやつを追い払う、というか置き去りにするというか……そんな感じの扱いをしてしまったことに対して少しばかり申し訳ないことをしたような気持ちになる。決して俺が悪いわけじゃないはずなのに、なぜか生温くてじんわりとした罪悪感が湧き上がる不思議な気分だ。
ったく、まるで人を惑わす小悪魔みたいなやつだな、あいつは。
秋野ちゃんに指定されたのは学校から自転車で西に数分行ったところにある、落葉樹に囲まれた小さな丘の上にこじんまりと建っている神社だった。全体的にじめじめしていて、塗装が剥げかけた鳥居の先には雨風で劣化していて文字が読めない碑と素人目にもそろそろ建て替えた方がいいように見える古びた社殿、そしておまけ程度の賽銭箱や灯篭が置いてあるだけの場所である。
人気は全くと言っていいほどない。もちろん参拝客なんているはずもなく、利用者といえば歩荷トレーニングのために神社と道路を繋ぐ階段を利用するウチの高校の山岳部くらいのものだろう。
俺は自転車を階段の隅に停めて、名前も知らない神社の境内へと進んだ。
学校が終わってから即座に来たので、秋野ちゃんはまだ来てないかもしれないなんてことを思っていたが、彼女は既に着いていたようで、階段を上がった瞬間にその姿が、それもあまりに無礼な姿が目に入った。
「よう、三国。思ってたよりも早かったな」
秋野ちゃんは拝殿の縁で肘枕をして寝そべっていた。
「あの、秋野ちゃん……その格好はどうかと思うんだけど」
あまりに傲岸不遜。
いくらボロボロだといっても一応は神の御前だ。そこで自宅のリビングのようにくつろぐのはさすがに罰当たりが過ぎやしないだろうか。
「いいんだよ。どうせここの神なんて大した信仰もない無名の雑魚なんだから」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
神が無名だろうと有名だろうと、常識的に考えてアウトだ。
「はいはい、分ぁったよ」
あくびをして、尻を掻いて、形が崩れかけた髪をわしゃわしゃと弄って、なんとも不服そうに秋野ちゃんは立ち上がった。
……休日の中年親父かよ。
そして相変わらず、ポニーテールが絶望的に似合ってない。
秋野ちゃんは拝殿から離れると、今度は境内に落ちていたラグビーボールくらいの石の上に乗って、俺より少し高い視点からこっちを見下ろした。
圧迫感。閉塞感。
昨日もそうだった。秋野ちゃんに見つめられると息が詰まるような感じがする。
もちろん身体的な面で気圧されているわけじゃない。男女の体格差もあるし、秋野ちゃんがどっちかっていうと痩せ型なのもあって、そういった面で圧倒される要素は何一つない。
この感覚を喩えるなら、そう、まるで幽霊や妖怪――この世ならざるモノの類と対峙したときに近いだろう……まあ、そういった存在に出会ったことはないからただの想像に過ぎないけど。
「さて、約束通り一人で来たな」
「ああ」
少なくとも俺はそのつもりで来た。あいつには何度も、というかさっきも注意したし、これでまだ後をつけられていたとしても最早俺の責任じゃない。
「よし、それじゃ早速手伝ってもらおうか……と、その前に、お前への頼みの詳細を先に伝えておこう」
「ちょっと待って。その前に一つ聞きたいことがある」
詳細も気になるが、今日一日ずっと気になっていたことがある。まずはそれを明らかにしなければ。
「なんだよ」
「実は今日、学校で秋野ちゃんを探したんだ。同じ学校ならわざわざ放課後にこんなところで会う必要なんてないって思ってさ。まあ結局出会えなかったわけだけど、その途中で一つ気になったことがあって、俺がいくら秋野ちゃんを探しても、君の姿どころか”氏神秋野”の名前も、君の痕跡すら何一つ見つからなったんだけど、一体どうなってるんだ?」
「どうなってるも何も、そりゃ見つかるわけねーだろ。ボクはお前んとこの学校の生徒じゃないんだから」
「……え?」
「おいおい、一度でもボクが同じ学校の生徒だなんて口にしたか?」
そう言われてみれば、秋野ちゃんの口から確かな言葉としてそう告げられた覚えはない。しかし、彼女が着ている制服が、ウチの高校の制服であることは紛れもない事実なのだ。
「いやでも、その制服……」
「ああこれか? 先週の土日、この近くでバザーやってただろ? そこで見つけて買ったんだよ」
「やってただろ?」と言われても、学校に来るという用事以外でこの地域に来ない俺にはそんなこと知る由もない。
「なんでそんな紛らわしいことを……」
「そりゃ怪しまれないようにするためだ。お前に会うためにもそうだし、それに際してお前の情報を集めたり、他にも用事の関係だったりで、しばらくお前んとこの高校周辺に張り付く必要があったんだが、考えてもみろ、高校と無関係の人間がその周辺を謎にうろついたり、外から中を探ったりしているその様を。どう考えてもただの不審者だろーが。だから制服を着てカモフラージュしてんだ」
「えーっと、つまり秋野ちゃんは俺の後輩でも、そもそも高校生ですらないって、ことか?」
「そういうこった」
「じゃあ、君は一体……何者なんだ」
俺は身構えた。
秋野ちゃんはこの瞬間、怪しい後輩から、得体も素性も知れない謎の人物になったのだ。彼女の返答次第では、俺は即座にこの場を立ち去り、鈴美の元へ行って、「あんな見るからに怪しい奴にほいほいとついて行った私めが馬鹿でござんした」と土下座するのも辞さない。
俺の波打つ心を知ってか知らずか、相変わらずの悪戯な顔をした秋野ちゃんは一間置いてから口を開いた。
「そうだなぁ……専門外の人間に言っても伝わらねーとは思うけど、一応詳しく言うなら、”本来は概念的に〈無〉であるが、何かの拍子に〈有〉の性質を持ってしまったその〈無〉を、再び〈無〉へと還す専門家”だ」
「……?」
「ははっ。何にも理解できなかったって顔だな。まあ、噛み砕いて言えば、本当はこの世に存在しないはずのものを退治する専門家ってとこだ」
「つまり……幽霊とか怪異とか、そういうのを祓う陰陽師とか、創作物でいう退魔師みたいなものってことなのか?」
「うーん、厳密に言えば、っていうか全然違うんだが、イメージ的には似てるからとりあえずそんな感じの認識でいいさ」
なるほど退魔師か、うんうん……って、そんな簡単に受け入れられるか! 何だよ退魔師って。嘘か本当かも判断できないし、どっちに転んでも怪しいさ満点じゃないか。
でも、なんというかその場合、合点がいくようなこともある。秋野ちゃんの見た目が少し不気味なのも、オカルティックな環境に身を置いているせいだと考えればある程度納得できるし、神に対して雑魚だのなんだの言って不敬を働いていたのも、普段から畏怖を集める対象に関わって、それを退治する役を負う人間であること故のことだと思えば、それも何となく納得できるような気がする。
いずれにしても、結局秋野ちゃんが怪しい人物だという俺の認識に未だ変化はないが、とりあえず彼女が学生ではないことは判明した。
さあ、ここで一つ問題がある。
俺は今まで、〈同じ高校の制服を着ている=同じ高校の生徒;しかし同級生にはいない=つまり下級生〉、というプロセスを踏んで今目の前に立っている女性を秋野ちゃんと、何とも可愛らしい接尾辞を付けて呼んでいたのだが、〈彼女が高校生である〉という前提が崩壊した今、その呼び方が大きな過ちだった可能性が浮上したのだ。
「とりあえず、今までのことをまとめると、秋野――さんは、ただ個人的に制服を着ているだけの、高校生でも何でもない退魔師ってこと、ですか?」
「退魔師って言い方はあんま好きじゃないが、まあそういうことだ。てか、どうした三国。喋り方がぎこちなくなったな」
「あの、もしかして……秋野さんって俺より全然年上だったり、します?」
「するな」
どうやら俺はとんでもない大失態を犯したようだった。
「……えー、秋野さん。てっきり後輩だと思い、今まで馴れ馴れしく接してしまいました。すみませんでした」
俺が頭を少し下げると、秋野ちゃんもとい秋野さんは視界の端で小さく笑った。
「なーんだ、そういうことか。距離感が妙に近かったのは、てっきりお前がそういうキャラだからかと思ってたが違ったみてーだな。ま、別に気にしてねーからそんな縮こまんなよ。むしろボクのことをちゃん付けで呼ぶ奴なんて見たことねーから新鮮でよかったぜ。なんならずっとその調子で接してくれてもいいんだぜ?」
「……やめときます」
俺のポリシー的に年上だと分かってる人に軽々しくそんな口調で口は利けないし、年上だということが分かってから、秋野さんの威圧感というのが増した気がして畏れ多くも元の接し方には戻れそうにない、というか心理的に戻りたくない。
これからは「さん」付けプラス敬語でいく。
「そりゃ残念だ」
秋野さんは僅かに笑みを浮かべてそう言った。
本心からくる笑みなのか。裏がありそうな気がしてちょっと怖い。
「あの、ところで今一つ気になったんですけど」
「どうした?」
「なんで秋野さんはわざわざ俺に手伝いを頼んだんですか? 俺はてっきり同じ学校の生徒だからっていう理由で頼まれたんだと思ってたんですけど、そうじゃないみたいだし。昨日、俺に頼むにあたって色々調べたって言ってましたけど、別にわざわざそんなことしなくても、その辺で端泉の方面に詳しい人をとっ捕まえればいい話じゃないですか?」
「さっきちょこっとだけ口にしたが、お前んとこの高校にも少しだけ用があってな、端泉地区だけじゃなくてそこの高校にも詳しい奴が必要だったんだ。そこで在校生で条件に合うヤツを探した結果、端泉から通学してるお前が選ばれたってわけだ」
「そうですか……でも、どうしてピンポイントで俺なんですか? 端泉から来てる生徒なんて俺以外にもいますよね」
端泉地区からこの高校に進学する生徒は少ない。なにせ直線距離で10キロほど離れている上に、別に田舎というわけではないのだが、端泉からこの高校までは微妙に交通の便が悪く、公共交通機関で通学はあまり現実的とは言えないため、俺のような端泉地区からの進学者は毎日朝夕往復20キロ超えの自転車通学を余儀なくされるからだ。
この地域は高校が少ないわけではなく、むしろその選択肢は多種多様に広がっている。だから、わざわざ端泉からここを選ぶのは少数の数奇者しかいないというわけだ。
しかし、そうはいっても全くいないわけじゃない。一学年に10人いるかいないかくらいにはいる。即ち三学年合わせれば大体30人程度はいるわけなんだが……。
「そりゃこの時間に暇してる奴なんてお前くらいだからな。さすがに夜間に未成年を連れ回すわけにはいかないだろ」
「あー……」
至極理に適った理由。
そうだった。
普通の生徒ならこの時間は部活動に勤しんでるんだった。
放課後=丸々自由時間な俺が異常者だったことを忘れていた。
「というわけだ。納得いったか?」
「はい……――ん?」
ちょっと待て。
端泉に住んでいる生徒でこの時間暇してるやつならもう一人いるじゃないか。
「でも秋野さん、その条件だったら鈴美も当てはまってますけど、なんでわざわざ異性の俺なんですか?」
俺がそう言うと、秋野さんは「あー」とか「えー」とか、一頻り唸ってからしばらく間を空けて、
「ボク、ああいうタイプの女が苦手なんだよ。昨日、一人で来いって言ったのもそういうことだ」
と言った。
なるほど。
個人的な好き嫌いの問題か。それなら仕方ないな。
単純明快で分かり易い理由だ。
昨日、鈴美に強く当たっていたのもそういう訳なんだろう。
「どうだ、まだ聞きたいことはあるか? そろそろ先の話に進みてーんだけど」
「あ、もう大丈夫です」
とりあえず秋野さんの素性も分かったし、そこから派生した疑問も解消した。
正直言って、退魔師とかの件はまだ半信半疑だけど、今はひとまず受け入れるだけ受け入れる方針でいこう。
「じゃあ、ようやく元の話に戻るわけだが、三国、お前に頼むのは主に二つ。道案内とそこでの用事の手伝いだ。道案内ってのはそのまんまだな。ボクが示す場所まで案内してくれればいい。用事の手伝いっていうのは……つまるところボクの仕事の補佐だな」
「秋野さんの仕事っていうことは退魔師の?」
「その通り。まあ仕事の補佐つってもそんな難しいことじゃねぇ。詳しいことは着いてから説明するが、ただボクについて来てくれればそれでいい。大丈夫、心配するな。今回の案件にお前が想像するような危険は伴わないし、もしなんかあったらボクが守ってやっから」
うわ、なんだよその最後のセリフ。カッコ良すぎる。
氏神秋野。
そんな言葉がサラっと出てくるなんて、やっぱりこいつはとんでもねぇ女だぜ。
俺に秘められた乙女心がキュンキュンしそうだ……まあ、乙女心が何なのかは全く知らないけど。
「つまり俺は秋野さんに連れたって、道案内とそこでの仕事に同行、そして庇護されるヒロイン役をこなせばいいんですね」
ここでちょっとしたボケをひとつまみ。
秋野さんが纏う独特な空気に段々と身体が慣れ始めて、軽口も叩けるようになってきた。
「なんか変なノイズが入ってる気がするが……ま、そういうことだ。それで今度は手伝ってもらう期間なんだが――」
「え、今日だけじゃないんですか?」
「ああ、お前にはボクの仕事が全部完了するまで手伝いを頼みたい。そうだな……今日含めてざっと7日くらいだな」
「7日ですか」
「そうだ。そしてその仕事が全て達成された暁には、その報酬として、”お前の周りから友達が消え、それと同時に友達ができなくなったその理由”を教えてやる」
その言葉を聞いた途端、無意識に両の拳が固くなる。
少し解けておどけていた心がきゅっと締まる。
そうだ。
俺はこのためにこんな得体の知れない人物の誘いにのってここに立っている。
「以上が頼み事の内容だが、これらを踏まえた上でもう一度、やるか、やらないか、決めろ。嫌なら断って帰っていいぞ」
確かに未だ秋野さんに対して疑いや怪しさも残っているし、彼女が本当に俺が欲している答えを知っているとは限らない。これまでの話の内容の一部が、あるいはその全てがでっち上げで、俺を事犯に巻き込ませるための罠の可能性だってまだ拭えない。
もしかしたら秋野さんは蜘蛛の糸かもしれない。
希望に繋がる蜘蛛の糸。
地獄に垂らされた一本のか細い銀糸。
希望の光に誘われてそれに縋ったとしても、犍陀多が結局地獄の闇に呑まれてしまったのに同じく、途中で断れてしまうかもしれない。
救いの手を差し伸べられた上で、再び絶望の底に落とされてしまうかもしれない。
だけど。
それでもそこに一縷の希望があるとするなら、俺はそこに賭けたいと思う。
ここで退けばきっと後悔すると本能が告げている。
だから、俺は――
「やります」
秋野さんはニヤリと笑った。
「いい返事だ、三国。よし、なら早速一日目の活動開始といこうか」
秋野さんはそう言うと、ようやく石の上から降り、当然の如く参道の中央をずかずかと通って鳥居の方へ向かって行った。
相変わらず神社の神に対する敬意が1ミリもない。
俺は礼節と常識を兼ね備えた普通人間なので、参道の縁を歩いて後を追うとしよう。
そうして俺たちは、名前も知らない寂れた神社を後にした。
「ところで秋野さん、端泉まで何で行くつもりなんですか? 秋野さんの移動手段が自転車じゃないかぎり、コイツを学校に置いてこないといけないんで」
神社に繋がる階段を降り、俺は道の脇に停めておいた立派な横ハンシルバーに跨って訊いた。
「まあ、お前が自転車だから自転車でいいだろ」
「自転車あるんですか?」
「そりゃあるだろ」
辺りを見回してみるが、俺が今乗っている自転車以外にはどこにも見当たらない。
ここに停めてるわけじゃないのか。
「どこにあるんですか? 近くにあるなら俺、ここで待ってるんで――」
「いや、ここにあるだろって」
「どこですか?」
「だからここにあるじゃねーか」
秋野さんはそう言って、俺の方を指差した。
彼女の口汚さからは想像もできないような、細く、白く、綺麗な女性らしい指で、一直線に俺の自転車を指差していた。
「それってつまり」
「そういうことだ。よっ、と」
そう言って、秋野さんは自転車の荷台に飛び乗った。
「んじゃ、よろしく」