7日目②
しばらく道を進んだり、崩壊一歩手前の階段を上ったりして、俺たちは目的地へとたどり着いた。
廃神社。
林の中の開けた場所――おそらく人為的に整理された土地の中央に、社殿が建っている。
……いや、これを建っているとは言えないな。
だって普通に倒壊してるんだもん。
訂正しよう。
そこには屋根の形だけがわずかに残る、おそらくかつて社殿だった建物の残骸が在った。
「何も変わってねぇな……」
五年ぶりくらいに来たけど、ひどい有様だ。
あの社殿だけじゃない。
灯篭とか手水舎とか、そういった人工物全てがもう原型をとどめてないくらいに崩壊している。唯一、鳥居だけが神社らしい要素として残ってはいるが、その鳥居さえも今にも崩れそうだ。
全てが朽ち果てて、もはやこのまま放っておけば勝手に自然と同化するんじゃないだろうか、ってくらいには苔やツタなどの植物に浸食されつつある。
「変わってないって、前に来たことがあるのか?」
俺のつぶやきを拾ったのか、秋野さんはそう言った。
「ありますよ。小学生のとき、よくここで遊んだんです」
「ここでか?」
「はい。大人の目が届かない隠れ家的な場所だったんですよ。いつだったか、ある年は鈴美と秘密基地作ってずっと入り浸ってました」
「よくもまあこんなところで遊んでたな……普通、廃神社なんて不気味で近寄らないだろうに」
「今思えば俺もそう思いますけど、あの時はガキだったんで。無敵だったんですよ」
確かにこの場所は不気味だ。
薄暗い林の奥にある荒廃した神社。
もしここが心霊スポットだと言われても驚きはしないだろう。
「さて、雑談はほどほどにして――」
秋野さんはそう言って、辺りをキョロキョロと見回すと、
「やるか、異変探し」
と告げた。
その一言と共に、今日のメインが始まった。
――はずなのだが。
「とりあえず社殿を周りをぐるっと一周しよう」
初めにそう提案されて、俺たちは例の如く異変を探しながら瓦礫となった社殿を中心に神社の敷地を歩いた。
小規模な場所なので、一周するのにたいした時間はかからなかった。
多分数分も経ってなかったと思う。
そんな短時間の探索だったにもかかわらず、一周して元の場所に戻ってくるや否や、
「ふむ、いねぇな、異変」
――と、秋野さんの口から実質的な終了宣言が出されたのであった。
「え、もうですか!? まだ大して探してないですよ?」
「いいんだよ。何度も言ったろ。異変ってのは見つかる時はすぐ見つかるし、そうじゃない時はいくら探したところで出てこねーから。これ以上、時間かけたところで変わらねーよ」
「えぇ」
肩の力が抜ける。
わざわざ廃神社に行くなんて言うから、ちょっと期待したのに。
特に何も起こるわけでもなく、数分でぐるっと一周して「はい、おしまい」。ここまで来る道のりの方が圧倒的に長かったし、これじゃあ、今日も結局ただ道を歩いただけだ。
目的地があるだけのいつもと同じ散歩だよ、これ。
と、そんな拍子抜けというかがっかりした気持ちになりつつも、俺はそれを口に出すことはなかった。
どうせ言ったところで、「そういうもんだ」とか、「何も起きない方が良いに決まってる」とか、いつもの調子で軽く流されるのがオチだ。
まあ、そりゃあそうなんだろうけどさあ……。
異変探しなんて銘打ってるわけだし、一度は何か不思議なことやものの一つでも見てみたかったなあ。
なんて。
「そんな異変なんてどうてもいいことは置いといて、ところで三国」
秋野さんに呼ばれて、俺は背筋を伸ばす。
もはやどうでもいいのかよ。
「なんですか?」
「この廃神社で一つ、さっきから気になってることがあるんだが……あれは何だ?」
そう言って、秋野さんは俺の背後を指差した。
振り返って見てみると、その指は敷地内に生えた一本の木を差していた。
「何って、ただの木ですけど」
「そういうことじゃねーよ。ほら、よく見てみろよ。あの木だけなんか装飾されてねぇか?」
「あ、ホントだ」
確かに。
保護色で同化していて気付かなかったけど、よく見たら木の幹に縄が巻かれている。
それも、敷地内にも、もちろん敷地外にも木はたくさんあるのに、その一本の木にだけにだ。
「縄、ですかね」
「いや、それはボクも分かってるし、そういうことじゃなくて……」
何か不自然なんだよな、と。
秋野さんはそう呟きつつ、その木に近づいていく。
俺も慌ててあとを追う。
っていうか、あれ?
あんな縄、昔あったっけ?
「やっぱり……。ほら、見てみろよ。この縄、少なくともこの敷地内にある他の人工物の崩れ具合とか、朽ち方とは明らかに釣り合ってないだろ。比較的最近に誰かが巻いたって感じだ」
「誰かって……こんな場所にわざわざ?」
「それだから気になってんだよ」
「あ! もしかして、これが異変ってやつですか!?」
「いや、これはあくまでも普通の縄だ。ただ意図が分からないってだけの」
そう言って、縄を前に首を傾げる秋野さん。
「うーん……見た目は注連縄っぽい、っつーかおそらく注連縄そのものだが……ってことはこれがこの神社の御神木――いや、廃神社に神木もクソもねぇだろうし……。そもそも、もうここには何かを祀る必要も、神域と俗世を分ける必要もないだろうに、なぜ注連縄を付ける? 一体何のための縄なんだ、これは」
俺も注連縄を観察してみる。
ちゃんとした神社にあるようなのものと比べると小ぶりで、まるで個人が用意したような素朴なつくりだ。
それに、比較的最近のものとは言っていたが、劣化具合を見るに、取り付けられてから少なくとも数か月から数年は経っている感じがする。まあ、社殿やその他建造物が相当放置されている風なのに比べれば、たった数年前のものなら相対的に「最近」という括りになるのだろう。
また、縄には紙垂が付いていなかったが、劣化して消えたのか、最初からなかったのかは分からない。
正直、詳しいことはよく分からないが、明らかにこの廃神社の中で浮いているのは俺にも理解できた。
「何かしらの儀式、魔除け、あるいは供養……だとしてもこの場所で、この木だけ……三国、お前は何か知ってるか? 昔よくここに来てたんだろ?」
「いや、何も。記憶違いじゃなきゃ、あんな縄、昔はなかったですよ」
小学生の記憶を引っ張り出してみたが、一度としてここで注連縄を目にしたことはなかったはずだ。
つまり、俺がここに来なくなった中学生以降に付けられたものということになるが……まあ、だから何だって話だ。
時期が分かったところで依然意味は分からない。
「そうか……」
すると、秋野さんは横目でチラリと俺を見て
「それなら仕方ねぇ、か……」
と、わざわざ俺に聞こえるような音量、というかもはや「は~」と自ら発音するような感じで、ため息を吐いた。
……悪かったですね。何も知らなくて。
俺は反抗の意を込めて、秋野さんの視界の外から少し睨んでやった。
さて、謎の縄の話が一旦終わって。
「あの、もう一度訊きますけど、異変探しってこれで全部終わりですか?」
「ああ、今日の廃神社の活動を以て、今回のボクの仕事は完了だ」
「……!」
と、いうことで、あの謎の出会いから始まった異変探しそのものの終了が、遂に秋野さんの口から宣言されたのだった。
これにて俺は、約一週間にわたる秋野さんの仕事の手伝いを無事に完遂したのである。
……。
言いたいことは分かる。
なんともあっけなく、締まりのない終わり方だな――と。
俺だってそう思う。
結局何も起きなかったし。異変が何かすらも分からなかったし。最後なんて、異変とは全然関係ない謎の縄の話してたし。
まあ、それはそれとして。
「じゃあ約束通り、報酬として教えて下さい。俺から友達が消えた理由――いや、人が俺を避ける理由を」
俺は秋野さんの目を力強く見つめた。
とうとうこの時が来た。
ここからが、待ちに待った俺にとっての本題だ。
異変探しなんてものは、言ってしまえば、このために手伝っただけのことであり、俺にとってはただの過程であり、前座に過ぎない。極端な話、異変探しの補佐を終わらせてここまで漕ぎ付けた時点で、その結果なんてもうどうでもいいのだ。
俺は深呼吸して、心を鎮める。
よし、準備はできた。
たとえ騙されていたとしても、それすら受け止めるつもりで俺は秋野さんと向き合った。
どんなこと、どんな真実でも言われる覚悟がある。
……。
あ、やっぱごめん、今の嘘。
全部受け入れる覚悟があるなんてかっこいいこと言ったけど、流石に全部は無理かも。
いや、騙されてたってオチなら別にどうってことないよ?
だって、そもそもそのリスクを分かったうえで誘いにのったわけだし。
今更気にしたところでって感じ。
ただ、秋野さんが真実を教えてくれるとして、例えばもし、「お前が避けられるようになった原因は単純に口が臭すぎるからだ!」、なんてことを言われた暁には相当へこむと思う。
多分、ダメージがでかすぎてしばらくは立ち直れない。クリティカルヒットというか痛恨まであるというか。もはや、平然とスキルウィンドウに自害コマンドが出現してくる可能性すらあると思う。
割とマジで。
だって、そんな理由、あまりにもしょうもなさすぎるし、そんなことで青春の2年間を無駄にしてたのかと本当に死にたくなる。
どうせ人から避けられる理由なんて大小問わずネガティブな要因なんだろうし、変な話だけど、それならできるだけドラマチックで壮大で、かつ後でネタにできるような理由でみんなから嫌われていてほしい。
「あー、それなんだが」
ついに秋野さんが口を開いた。
さあ、何が出る。
嘘か真か。
鬼か蛇か。
――と、そんな風に一人脳内で盛大なシミュレーションをする俺であったが、秋野さんから次に出たセリフは、
「その前に、ボクの代わりに一つ用事を頼まれてくれねぇか」
という、そのどれにも当てはまらなないものだった。
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
俺の脳内で、勝手に組み上がっていた物語のステージがガラガラと音を立てて崩れる。
ここまで前振りしておいて――俺が脳内で勝手にやったことだが、出て来たのが嘘でも真でも、鬼でも蛇でもそして仏でもなく、まさかの「用事」って。
うーん。
……。
やっぱり騙されたのか?
用事、とか言ってその間にトンズラしようとしてんのか?
「話と違うのは重々承知してる。でも、あと一つだけ付き合ってくれ。それが終わった今度こそ必ず教える。決して嘘じゃない」
秋野さんは俺の呆気にとられた顔を見てか、彼女にしては珍しく、申し訳なさそうに手を合わせるような仕草をした。
嘘じゃない、ねぇ……。
正直、一回目の「教える」って約束はあっさりスルーされたわけだけど。
まあ、依然として手綱は秋野さんの手にあるわけで。
「……まあ、いいですよ。やりますよ。久しぶりに鈴美と家族以外の他人と話せて、ここしばらくは楽しい思いをさせてもらいましたし、最後まで騙されてあげますよ」
「だから騙してねぇって! 一週間以上会ってたのに、まだボクがそんな嫌なやつに見えるのか?」
「嫌な奴かはともかく、少なくとも不審者っていう評価はまだ変わってませんからね」
退魔師とかなんだの言っても、それを証明するようなものは見せてもらってないし。高校に侵入したときに一応それらしいことはしてたけど、別に御札を剥がして付け替えることなんて誰にでもできるから、正直それを判断する材料にすらならない。
結局異変の存在も本当かどうか分からないわけだし、未だ秋野さんの肩書は最初から変わらず、JKコスプレをする自称退魔師の成人女性だ。
「そうか……」
自分でもそれを理解したようで、秋野さんはしおらしく返事をこぼした。
残念ながらそうなんです。
秋野さん。
あなたはまだ不審者です。
「それで、その用事ってなんですか?」
「ああ、それなんだが……」
俺が尋ねると、秋野さんは丈夫そうに見える一枚の紙を懐から取り出して、俺の手に押し付けた。
受け取ったそれを見てみると、それは現像された風景写真だった。
写真の上半分をも占める快晴の空の下、どこかの高台から撮られた一枚。眼下には街が広がり、その奥の方には穏やかな海が見える。白い太陽光がカメラのレンズと海面を激しく突き刺し、水平線と空の境が曖昧になるほどの明るい風景だ。
構図か角度の問題で、撮影者の足元や周りのものはほとんど映っておらず、高台は高台でも具体的にどういった場所から撮られた写真なのかは分からない。ただ、写真の端の方に木々の枝が映り込んでいるので、撮影場所は山や丘といったところだろうか。
「これが、どうしたんです?」
「お前には、それと同じ写真を撮ってきてもらいてーんだ」
「同じ写真をですか? 場所さえ教えてくれるならいいですけど。でも、何のために」
「なんつーか……まあ、異変探しみたいな調査の一環だよ」
言葉を濁しながら秋野さんは答えた。
なるほど。
出張捜査ってとこだろうか。
しかし、同じ写真を撮るっていうのは、何か意味があるんだろうか?
もしかして、心霊写真でも撮れるのかもしれない。
俺はためしにその写真をもう一度見つめるが、それには何か異変があるようには見えなかった。
「やることは分かりました。それで、これってどこなんですか?」
「裏に住所を書いておいたから、それを見てくれ」
写真をひっくり返すと、確かに住所が書いてあった。
「えーっと……」
ここら辺では見たことない地名だけど……ああ、なんだ、隣の県か。
それで、ここはどこら辺だ?
うーん、調べないと分かんねえな。
でもまあ、どこにしろ一県跨ぐくらいなら大した金額も時間もかからないだろうし全然問題ないだろう。
むしろ、土日にはちょうどいい小旅行だ。
「ちなみにこの写真の場所って何なんです? 何かの施設ですか? それともただの山?」
「ま、行けば分かるさ」
「はあ……」
秋野さんは意味ありげに笑みを浮かべながら言った。
有名な場所なんだろうか。
「つまりまとめると、俺はこの住所の場所に行って、同じ写真を撮ってくればいいんですね」
「ああ。そして週明けの月曜日、その写真と引き換えに今度こそお前に例の理由を教えてやる」
引き換えってことは、写真の現像もしないといけないのか。
たぶん秋野さんがデジタル機器使えないからだと思うけど。
うわ。
ちょっと面倒くさくなってきた。
ってか現像ってどうやってやるんだ。コピー機とかでできればいいんだけど。
俺がそんなことを考えていると、
「あ、そうだ」
と、秋野さんが唐突に指を鳴らした。
「なんですか、今度は」
「月曜日の待ち合わせ場所はここにしよう」
「え、ここですか? なんでわざわざ。ていうか、道分かるんですか?」
「その日はここの方が都合がいいんだ。道は……今日一回来たし、まあ大丈夫だろ」
「秋野さんがそれでいいって言うなら別にいいですけど……」
「じゃあ決まりだな。月曜はこの廃神社に集合だ」
「了解です」
何か別の仕事でもあるんだろうか。
考えてみればさっきの写真のやつだって、わざわざ俺に頼んできたんだし、実はこの人、多忙なのかもしれない。
「っつーわけで、ボクの頼みごとは以上だ。んじゃ、頼んだぜ」
「こっちも秋野さんの言葉、まだ信じときますからね」
「安心しろ。約束は守る」
秋野さんはそう言うと、軽くあくびをしてもう一度、境内を一瞥した。
まだ日はほとんど暮れていないが、周りを囲む背の高い木々が次第に影を落とし始め、辺りはだいぶ暗くなっていた。
「さて、じゃあ、帰るか」
「はい」
秋野さんはいつもの如く、そう決めるや否や即座に身を翻して。
何かを隠しているようで、何も気にしていないような――秋野さんの歩き方は、相変わらず妙に軽やかだった。
今日で終わるかと思ったが、奇しい彼女のとの妙な関係はあともうちょっとだけ続くみたいだ。
俺は制服のポケットに写真をしまった。




