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7日目①

「三国」


 自転車に跨って、今まさに学校の裏門を出て行こうしたその時、背後から俺を呼ぶ声がした。

 振り向かなくても分かる。鈴美の声だ。


「行っちゃうんだね」


「ああ。昨日も言ったろ」


 俺は前を向いたまま答えた。


「そう……」


 鈴美はがっかりと言葉を漏らすかのように言った。

 普段陽気な彼女には珍しく、その声にはそこはかとない悲壮感が漂っていて、こっちがなにか悪いことしてるみたいな気分だ。


「まあ、もう今日で終わりなんだからさ」


 だから許せ。 

 鈴美よ。

 お前が何をそんなに嫌がってるのかは未だ分からないけど。

 

「てなわけで、それじゃあもう行くわ。あ、そうだ。来週会うとき楽しみにしてろよ。真の力を取り戻した俺を五年ぶりに見せてやるぜ」


「そんな日が、来るといいね」


「……え?」


 その時、どことなく恐ろしい気配を感じた気がして、俺は勢いよく振り返った。

 しかしどこにも鈴美の姿はなかった。


「あれ?」


 昨日といい今日といい、あいつは一体何がしたいんだ。


 ―――


  異変探し最終日である今日に提示されたのは、端泉北側に位置する小さな山の中腹にある林に囲まれた廃神社だった。

 廃神社なのでもちろん人は寄り付かず、誰の手入れも行われず野晒しの状態で、秋野さんとの待ち合わせ場所にしていた学校近くのあの神社よりもワンランク上の(言い方によっては下とも言える)荒廃具合だと記憶している。

 まあ、学校近くの神社はおそらく管理人がいるにもかかわらずあの寂れ様だから、あれはあれで酷いもんだが。

 どうやらその廃神社はだいぶ昔から、少なくとも数十年単位で放置されていて、それに加えて住宅地から一歩離れた町外れにあるせいで、地元民でもその場所くらいしか知らず、それどころかそんな神社があったことさえ知らない人もおそらく少なくはない。

 ちなみに俺も場所以外には名前も何も知らない。


 捨てられた神社。

 異変探し最終日にしてようやく()()()()()場所を指示されたというわけだ。

 今まで場所が場所だったので、それを聞いたときに俺の心が少し浮ついたことは言うまでもないだろう。

 というわけで、俺は秋野さんを自転車に乗せてそこへと向かった――のだが、俺たちは今、いつもと変わらない住宅街沿いのただの道を歩いていた。


 ただの道、とは言ったがそれだと語弊があるので捕捉しておくと、この道は今日の目的地と全く関係のない道というわけじゃない。

 これから向かう廃神社に続く道である。

 とはいえ、廃神社があるのはもう少し進んだ先で、徒歩ではまだ時間がかかる。

 じゃあなぜ自転車に乗って移動していないのか、という話だが、別に大した理由はない。

 ただ秋野さんが、


「今日は最終日だし、それに神社だけだと物足りねーから、少し多めに見て回ろう」


 と、そんなことを道中で言い出したからだ。

 ただそれだけの話である。

 ゆえに俺と秋野さんは今、いつものように、いつもの調子で、普通の道を歩いていた。 


「――それで、昨日の話の続きなんだが」


 出し抜けに、隣を歩く秋野さんが言った。


「ああ、えーっと……確か、見えるものは基本的に信用してもいいけど、全く疑わないのはよくないって件で終わりましたよね」


「そうだな。ちょうど、見えるものを妄信すると人は自身の異常性に気付かずに破滅する可能性があるっていう話をして、その良い例としてホフマンの『廃屋』と『ザントマン』の名前をとりあえず挙げたとこで昨日は切り上げたはずだ。というわけで、今日はそのホフマンの話をしようと思うんだが――うーん、どうするかな……お前、ホフマンって――」


「知ってますよ。E.T.A.ホフマン。本名はエルンスト・テオドール・ヴィルヘルム・ホフマン。19世紀初頭のドイツ人作家、ですよね?」


「その通りだが……よく知ってるなお前」


 秋野さんは目を丸くした。


「いやまあ、昨日家で調べたってだけです。それと『廃屋』、でしたっけ? ネットで無料公開されてたんで読んでおきましたよ」


 俺に対する心象が悪くなるような誤解を避けるため注釈を入れておくが、断じて違法サイトで見たとかではない。某青○文庫という著作権切れの作品を掲載しているれっきとした合法サイトをちゃんと使って読んだと言っておこう。

 気になる人がいたら実際に調べてみるといい。

 そもそも漫画とかアニメならまだしも、小説の違法サイトなんてあるんだろうか。

 

 さて、ここで一度、知らない人のために先に『廃屋』という作品について説明しておこう。

 『廃屋』はE.T.A.ホフマンの小説集『夜景作品集』に収められている一篇の小説だ。

 小説のジャンルは――そもそもホフマンの作品は全体的に、幻想文学というものらしいが、俺にはよく分からない。

 「幻想」という文字から「ファンタジー」を連想する人もいるかもしれないが、おそらく想像したような要素は一切出てこない。作中で起こる唯一のファンスティックなことといえば、主人公が幻覚を見ることくらいだ。

 幻想ではなく幻覚。

 もはや幻覚文学である。

 ……まあ、そんなジャンルがどうこうはさておき、以下簡単な内容。

 なお、ネタバレ注意だ。

 

 『廃屋』は、霊視能力を持つと豪語する主人公テオドールが、異様な雰囲気を醸し出す荒れた一軒の屋敷に出会うところから始まる。

 テオドールはある日、空き家だと思っていたその屋敷の窓に現れた美しい女性の手をオペラグラス越しに見る。

 屋敷のことが気になったテオドールは、隣家に屋敷のことを訊くと、どうやらそこはとある伯爵の別邸とのことで、今は偏屈な執事と不吉な犬だけが住んでいるという。さらにその屋敷からは夜な夜な化け物のような声が聞こえてくるとのことだった。

 結局あの美しい女の手は見間違いだったのかと思ったテオドールだったが、翌日、彼は屋敷の窓に今度はなんと美しい女の姿があるのを見る。

 テオドールがその姿を見ていると、不意に物売りが現れ、鏡を売りつけられる。鬱陶しいと思いながらもその鏡を見てみると、なんとその鏡は屋敷の窓やそこにいる女をより理想的な姿に映していた。テオドールは即座にその魔法のような鏡を買い、鏡の反射越しに女を見ていると、不意に女と目が合い、その瞳に魅了されてしまうのであった。

 その日以来、テオドールは幻覚、特に鏡の中にその女の幻影を見るようになった。

 ある日、いつもより激しい幻覚に襲われたテオドールは、さすがにまずいと思い、精神科のもとを訪ねる。医者に、まず鏡を手放すように言われたことで、テオドールは渋々その鏡を手放す――が、残念ながらそれで治るような簡単な話ではなった。

 それ以降も女の幻覚は治まらず、あげくその幻覚はテオドールを狂わせ、狂気に囚われたテオドールは女に会うためついに例の屋敷へと乗りこむ。そこでテオドールは、幻覚で屋敷の窓、鏡越し、そして幻覚にまで見た女と再会する――が、しかし、そこにいたのはあの麗しき姿とは似ても似つかわない、恐ろしい老女の姿だった。

 幻覚と狂気に魅せられ続けたテオドールは、そこでようやく目を覚まし、命からがら慌てて逃げ帰る。

 以降、テオドールの幻覚は治まり、彼は狂気から解放されるのであった。

 そして最後に、屋敷の正体が明かされてこの物語は終わる。

 あの屋敷は、とある伯爵が狂ってしまった娘のために建てた隠れ家であり、テオドールが見た老女は、その娘の成れの果てだったのである。

 

 ――とまあ、こんな話である。

 だいぶ端折ったが、大枠は大体こんな感じだ。

 狂気に囚われ狂気から脱する不気味な話。

 それがホフマンの『廃屋』である。

 説明終わり。


「なるほどな。それなら話が早い。ちなみに読んだのは『廃屋』だけか?」


「はい。『ザントマン』は公開されてなかったんで」

 

「そうか。それじゃあボクは『ザントマン』の説明だけすればいいか。よし」


 少し長いがよく聞けよ、と。

 秋野さんはコホンと咳払いをして。


 ここからは秋野さんによる『ザントマン』の説明である。


 ――『ザントマン』は主人公のナタナエルの身に起こった不気味で奇妙な出来事を綴った物語だ。

 ナタナエルは子供のころ、祖母から聞いた、夜更かしする子供の目玉を抉って袋に入れ、月の子供たちに与える”ザントマン”という怪物の存在に怯えていた。

 

「あの、始まったばかりなんですけど、ちょっといいですか?」


「なんだ?」


「その、ザントマンってそもそも何なんですか?」


「ヨーロッパに民間伝承に現れる化け物、日本で言う妖怪さ。実際は眠気を誘う魔法の砂が詰まった袋を背負う老人で、夜になると人の目に砂を投げ入れて眠らせてくるらしい」


 砂を投げる化け物……日本でも似たような妖怪を聞いたことがあるな。

 もっとも日本の場合は老婆だし、眠らせてもこないが。


「あと、日本語訳だとザントマンって砂男じゃないですか。なんで”ザント”なんです?」


「ドイツ語だよ」

 

 なるほど、と反応すると、秋野さんは説明を再開した。


 ――ザントマンが実在すると思い込んだ幼少期のナタナエルは、夜な夜な父のもとにやってくる怪しく、そして(いや)な老弁護士コッペリウスこそ砂男に違いないと考えた。

 そんなある晩、ナタナエルは二人が怪しい実験をしているのを目撃したが、コッペリウスに見つかりひどく脅され、錯乱してしまう。

 そして後日には、実験の最中の爆発で父親だけが死亡してしまうという事件が起き、ナタナエルはコッペリウスに対して強い恐怖を抱くこととなった。


「爆発する怪しい実験って、一体何を……」


「錬金術だよ。ヨーロッパ語圏の作品で妙な実験の描写があったら、それは大抵錬金術さ」


「へぇ~」


 ――さて、時が経ちナタナエルは大学生になった。

 すっかり青年になった彼だが一つ悩みの種があった。

 それは彼の下宿先にコッポラというコッペリウスの影をちらつかせる晴雨計(せいうけい)売りが現れたこと。

 ナタナエルは、コッポラが見目形と名前を変えたコッペリウスだと思い込み、幾らか錯乱状態になってしまう。


「そういえば、コッポラ……いや、コッペリアだっけな……まあ、それとコッペリウスって名前をゲームのキャラクターとかでたまに見かけるんですけど、もしかして同じ元ネタとかモチーフとかがあったりするんですか?」


「元ネタもなにも、その名前は十中八九この物語が人物が元ネタだよ。まあ、正確に言えばコッペリアは『ザントマン』から派生したバレエ作品の人物だけどな。ちなみに名前のモチーフは色々あるが、その一つは”coppo”、つまり眼窩(がんか)だ」


「がんか? アイドクター?」


「ちげぇよ」


 秋野さんはそう言うと手を伸ばし、俺の目に向かって、今にも突き刺さりそうな距離で指を差した。


「眼窩。目の窪みのことさ」


 ――コッポラの件で精神が不安定になっていたナタナエルだったが、あるとき彼は故郷に一時帰省することに決まった。

 帰省の少し前、ナタナエルが大学の新任教授スパランツァーニの住まいを訪問したとき、教授の家の窓のカーテンの隙間から一人の女を見かける。均整の取れた美しい姿を持ち、茫然とただ虚空を見つめるその女は、スパランツァーニ教授の娘で、名をオリンピアの言うらしかった。

 

 さて、故郷に戻ったナタナエルだったが、恋人のクララと喧嘩したり仲直りしたり、まあ色々なことを経て、下宿先の街に戻る頃には精神は落ち着きを取り戻していた。

 ナタナエルが街に戻ると、なんと下宿先の建物が火事によって消えていたので、彼は別の建物の一室に移り住むこととなる。新たな住居はスパランツァーニ教授の住まいの向かいで、窓からは向かいの部屋が丸見えだった。

 その向かいの部屋にはたびたびオリンピアが現れたので、ナタナエルは窓越しに彼女の様子を覗き見していた。

 

 そんなある日、ナタナエルの元に一人の物売りがやってくる。

 コッポラだ。

 周りの人間のおかげもあって今度こそ錯乱しなかったナタナエルは、ふとコッポラの持つ望遠鏡が気になってそれを買った。

 試しにその望遠鏡越しに向かいの部屋のオリンピアを覗いてみると、ありありと彼女の美しい姿を確認でき、ふと彼女と目が合う。

 その日以来、ナタナエルはオリンピアに魅了され、自分の理想を反映したかのような彼女に、恋人のクララのことをすっかり忘れてしまうほど激しい恋心を抱くようになる。


 それからナタナエルはオリンピアの元に通うようになり、そしてある日、ナタナエルがいつものようにオリンピアに会いにスパランツァーニ教授の住まいへ向かうと、スパランツァーニ教授とコッポラがオリンピアを引っ張って激しく言い争っていた。

 オリンピアを助けようとナタナエルが二人の間に飛び込もうとしたその時、ナタナエルはあることに気が付いた。

 オリンピアの目が欠けていたのだ。

 実はオリンピアの正体は、精巧に作られた自動人形(オートマタ)だった。


「つまりナタナエルはただの人形に恋をしてたわけだ」


「人形に恋するって……それって気付かないもんなんですか?」


「いや、少なくともナタナエル以外の人間はオリンピアが自動人形だということに最初から気付いていた。そもそも見た目以前に、彼女が”ああ”としか喋らない時点で普通は変だということに気付く」


「じゃあなんでナタナエルは」


「投影してたんだよ。自分の理想をオリンピアに。ゆえにナタナエルの視点では、現実が歪み、オリンピアは理想の女性に見えていた。つまり幻覚を見ていたっつーわけだ」


 ――ナタナエルはオリンピアの正体を知り、そして床に転がった彼女の目玉を見たことで、再び錯乱状態に陥り、気を失ってしまう。

 再び精神が崩壊したナタナエルだったが、家族の助けもあって、しばらくして彼は無事快復する。その時にはすっかり狂気の影は消え去り、ようやくまともな日常に戻ることができた。


 しかし、ある日、クララの提案で街の塔を登った時のことだった。

 見晴らし台から遠くの景色を眺めていると、ナタナエルは胸にいつぞやコッポラから買った望遠鏡があることに気が付く。

 それで景色を眺めようと取り出してレンズを覗くと、ちょうどそこにクララが映り込む。

 その瞬間、今度はクララに自動人形の幻覚を見て、ナタナエルは理性を失う。

 そして、狂気の淵から帰れてなどいなかったナタナエルは、再び錯乱状態に陥り――


「最終的に塔の上から身を投げて転落死してしまう。これが『ザントマン』っつー話の一部始終だ」


 解説ここまで。

 ――キリトリ線――


「……これまた一段と不気味な話ですね」


 秋野さんの話が終わったとき、俺の背筋を生温かい汗が伝っていった。

 ザントマンやら目玉やら、コッポラにコッペリウスに自動人形(オートマタ)……。

 登場するもの全てが一々妙に気味悪い。

 それに、まさか最後に主人公の気が触れて死ぬなんて。


「まあ、それがホフマンの味ってやつだしな」


 秋野さんはそう言った後、再び咳払いして、

 

「さあ、今日の本題はここからだ」


 と続けた。


「『廃屋』と『ザントマン』、実は話の大枠はほとんど同じなんだが、気付いたか?」


「え? そんな似てるような話でしたっけ」


「まあもちろん細部は全く違うが、言ってしまえば二作品とも歪んだ視覚ゆえに狂気に触れる物語だろ? 『廃屋』では主人公テオドールは鏡に映った女の幻覚を見る。『ザントマン』の主人公ナタナエルは、コッポラがコッペリウスとして、自動人形のオリンピアが人間として、クララが自動人形として見えてしまう。つまりどちらの主人公も歪んだ現実を見る。そしてそれが原因で次第に狂っていく」


「そう言われれば、確かに……」


 そこまで要素を削っていいのかという疑問はあるが、どっちの主人公もやっていることは似ている。

 両者とも光学機器を使って対象を覗き、それをきっかけに歪んだ現実を見始め、幻覚に囚われ、狂気に堕ちていく。

 確かに物語展開の枠組みを単純化して見れば、ほとんど同じかもしれない。

 いや、でも一つだけ――

 

「主人公たちは物語の途中まで同じような道を進む。しかし、最後の展開だけは違う」


 思考を先読みされたのか、俺が口を開く前に秋野さんはそう言った。


「テオドールは狂気から脱し、一方でナタナエルは狂気に囚われたまま死を迎える。かたや快復、かたや破滅だ。同じように視覚に映った歪んだ現実を見ていたはずなのに、なぜ互いに正反対の結末を迎えたのか――答えは簡単。視覚を妄信していたか否かだ」


 妄信が破滅に導く。

 ついに出てきた今日のテーマ。

 

「テオドールは完全に視覚を信じていない。例えば彼は自分がGeister(ガイスター)seher(ゼーア)――霊視者であると誇る。つまり自分の見るものが“普通の人間には見えないもの”であると認めつつも、それが必ずしも真実だとは思っていない。要するに、視覚が必ずしも現実を映さないことを最初から理解しているわけだ。だからこそ彼は、自分が幻覚の類を見ているとすぐに理解して自ら精神病院に行くし、実際に女を肉眼で見たときには、しっかり現実を認識する」


 秋野さんは指先でこめかみを軽く叩いて続けた。


「一方ナタナエルは違う。彼は自分の視覚体験を疑わない。実は作中でナタナエルは、幻覚や錯覚の類を見ていると、周りの人物から何度か指摘されるものの、そんなはずがないと彼はそれを全て突っぱねている。彼は自分に口出ししない、理想を投影したオリンピアを本物の人間だと信じて疑わないし、自分をおかしいというクララの正しさや理性をむしろ否定する。そして最終的に、”自分の目に映るものだけが真実だ”という視覚への妄信ゆえ、彼は自身の精神異常から抜け出せなかったし、それが原因で死に至る」


 その差は明白だった。

 テオドールは女の幻に取り憑かれながらも、自分の知覚をおかしいと思える余地があった。

 だから彼は自分の異常性に気付くことができた。

 逆にナタナエルは、幻に取り憑かれたまま、自分が見たものは正しいと思い込んだ。

 だから自分の異常性に気付くことなく、最後はその狂気に呑まれて死んだ。


「つまりだ。見えるものを妄信すると破滅するってのはそういうことだ。心の歪みは視覚の歪み。視覚を妄信すれば、人は精神の歪みを正しい現実として受け入れることになる。もちろん見えるものは基本的には正しい。でも常に”視覚=正しい”なんてスタンスでいると、もしも自分の精神が本当におかしくなったとき、その異常に気付かず破滅するのさ。ナタナエルのようにな」


「……なるほど」


「ま、昨日も言ったが、たまには見えるものに注意しとけって話だ」


 と。

 秋野さんがそう言ったところで、俺たちは足をとめた。

 ちょうど例の小山の前に到着したのだ。

 目の前には廃神社へと、林の奥へ続く道が伸びている。


 俺は自転車を道の脇に置いて、正面に立った。

 相変わらず、周囲には木や草が無尽蔵に生えていて、この先に神社があるとは思えないほど荒れている。

 すると隣で仁王立ちする秋野さんは、俺を横目に言った。


「ここか?」

 

「そうです」


「なら、よし」


 誰しもが一度は先へ進むことを躊躇いそうなほどの荒れ具合だったが、秋野さんは確認を取るや否や、即座に小山に足を踏み入れた。

 俺もその後に続いた。

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