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死に戻り令嬢は橙色の愛に染まる  作者: あさがお


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8、 仲良くなりたくて


「びっくりさせてごめんね。今日も来てくれて嬉しい」


 ミランダは梯子を使って地面に降りると、すぐにウェインの元に走った。

 静かに驚いていたのか、ウェインは口を開けたままだったが、ミランダの様子を見て息を吸い込んだ。


「だ、大丈夫!? どうして、ま、窓から……ミランダは、いつもあそこから出入りをしているの?」


「まさか! 部屋に閉じ込められたのよ。それで仕方なく窓から出てきたの」


「閉じ込められた? 家の人に? どうしてそんな……」


 父親には平民の男と遊ぶなと言われたが、それをそのまま伝えると、ウェインとの関係に嫌な空気が漂ってしまう。

 どう答えたらいいのか、ミランダはあらかじめ考えていた。


「私、反抗期なの」


「え?」


「親の言うことに、反抗したい時期ってあるでしょう。それが突然に来て、反抗中なの。大丈夫、気にしないで」


 ウェインは不思議そうな顔をしていたが、彼はまだ子供だ。

 そういうものだと言われて、首を傾げながら分かったと言った。


「さ、遊びましょう」


 ミランダがそう言ってウェインの手を掴むと、ウェインは大きく頷いて、二人で庭の奥に走って行った。


 それから一週間、ミランダとウェインはたっぷり遊び尽くした。

 精神的な年齢差があるため、ミランダにとっては、小さな子供と遊ぶ感覚だったが、それでも過去に戻った気持ちでウェインと過ごした。


 アンはベッドには近寄らないし、毎日日暮までに戻って夕食を食べておけば、何も言われなかった。


 ミランダにとっては、この一週間をウェインと過ごすこと、これが大きな分かれ道になると確信していた。


 こうして過去にできなかったことを、やっとやり遂げることができた。


 今のところ、まだ大人しくしていたが、いよいよ、人生を変えるために、ミランダの反抗が始まろうとしていた。





 一週間にわたって行われた商工会の会合は無事に終わり、各地域の代表が帰宅の途についた後、静けさが戻ったかに見えた。

 しかしその翌日、ミランダを書斎に呼び出したローズベルト子爵は、顔中火がついたように怒っていた。


「どうして呼び出されたかは分かるな。なんてことをしてくれたんだ!!」


 父の横にはぴったりと継母が寄り添っていて、困ったという顔をしていたが、目の奥が笑っているのがよく分かった。


「何のことでしょうか?」


「この私の言いつけを破って部屋を抜け出したな! 外で遊びまわるとは! アンから報告を受けているのだから、全部分かっているんだぞ!」


「おかしいですね。報告を聞いたのは今日ですか? この一週間、毎日部屋から出ておりましたが、呼ばれることがなかったので、てっきり何も問題がないのかと……」


「ふざけるなっ! 忙しかったんだ。いちいち、娘のことに構っていられるか。しかも平民の男の子供などと遊ぶなどとは……。自分がどういう立場か分かっているのか!!」


 父がドンと音を立てて机を叩いたので、ミランダはうるさいなと言う顔で冷たく目線を送った。

 その態度に父は少し驚いたようだが、一気に怒りが増して椅子から立ち上がった。

 一発くらい殴られるかと思っていたら、まぁまぁと声が聞こえてきた。


「私は友人が一人もいないミランダに、心配していたのです。パーティーに誘っても嫌がるばかりで……会話術を学ぶことは、将来の婚約に向けても大事なことですわ。男と言っても平民の子なら、貴族に対して間違いは起こさないでしょう。私はミランダが友人関係を作ることは大事だと思いますわ」


「だ……だが、しかし……」


「相手は商会長の息子だとか。繋がりを作っておいて損な相手ではございませんわ。子供同士のお遊び、大人が口を出すことではないですわよ」


 口元を扇で隠しながら、継母が口を寄せて話すのを、ミランダはじっと見つめていた。

 思った通り、平民の子と遊んでいると聞いたら、継母は手を叩いて喜ぶだろうと思っていた。


 フランシスとの婚約を快く思っていなかった継母は、どうにかしてアリアを婚約者にしようと、あの手この手で父に迫っていた。

 しかし、実子であるということが最大の壁となって立ちはだかり、結局は思い通りにいかなかった。

 それを考えたら、アリアがフランシスを誘惑したのは、この女の入れ知恵もあったかもしれない。

 ミランダの遊び相手が平民の子と聞いて、喜びが隠しきれていない様子は、見ていて笑いそうになった。

 あわよくば、ミランダと平民の子が男女の関係になれば、それを利用できるとでも考えているのだろう。


「商工会の理念は、どのような立場の人間にも、平等な権利を、ですよね。お父様はそれに反するつもりですか?」


「はぁ、ミランダ。お前は何も分かっていない……。だが、話し相手として利用するくらいなら、平民で十分ではあるな……」


「まぁ、それなら。こちらに通ってもらいましょう。この邸の中なら目も届きますでしょう。週に何度か来てもらい、一緒に授業でも受けさせてあげたらどうかしら、ね、アナタ。そうしましょう」


「いや、そこまでは……」


「お願いします。初めてできたお友達なので、たくさんお話ししたいです」


 頑固者だが、押されると弱いところもある。

 特に継母の頼みでは、本当にダメなこと以外、父は頷くことが多かった。

 今もしばらく唸った後、分かったと言って頷いた。


「良かったわねぇ、ミランダ。平民の子と、仲良くしてあげなさいね」


「ありがとうございます、お父様、お継母様」


 ドレスの裾を持ち上げて、ミランダは頭を下げた。

 書斎を出る時にも、もう一度頭を下げてからドアを閉めた。


 上手くいった。

 継母は予想通りに動いてくれて、ミランダの味方になった。

 頑固者の父を動かすために駒として、継母は思った通りの働きをしてくれた。

 ミランダはニヤっと笑った後、顔を元に戻してから、長い廊下を歩いて自分の部屋に戻った。



 次の週から週に二日、父が商会長に話を通して、ウェインはミランダの話し相手として邸に通うことになった。

 ミランダの目的である、ウェインと仲良くなっておくこと、これについては順調過ぎるほど順調に周りの環境が整った。

 二日のうち、一日は家庭教師による歴史や経済の授業を受けて、もう一日は自由に遊ぶという内容になった。

 平民の子は週に一日、教会で読み書きを教わり、後は家業の手伝いをするというのが普通だとウェインは教えてくれた。

 だから、ローズベルト家に通うことは、たくさんのことが学べて嬉しいと言ってくれたので、利用しようとしているミランダの罪悪感も少し薄れた。


 フランシスといる時は、どこにいても邪魔しようとして飛んでくるアリアも、ウェインといる時は影すら見えなかった。

 たまに廊下ですれ違う時に、平民臭いわねと小声で嫌みを言ってくるくらいで、二人が邸で過ごしている時に近寄ってくることなどなかった。

 だから、ウェインとの時間は、誰にも邪魔されることのない楽しい時間になった。


 二人で遊んでいる時に、ウェインは将来自分のお店をたくさん開きたいと夢を語ってくれた。

 その時にミランダは、私を従業員として雇って欲しいとお願いした。

 ウェインは冗談を言っているのだと思って笑っていたが、ミランダにとって、それは将来を見据えたものだった。



 一度目の人生で、フランシスとの婚約が破談となったミランダは、妹に婚約者を奪われた不憫な令嬢とはならなかった。

 アリアとその取り巻きの連中が動いたのか、ひどい男好きで金の亡者、賭け事に散財と、根も葉もない噂が流されて、社交界から背を向けられてしまった。

 焦った父親は、隣国の豪商として知られていて、何度も結婚と離婚を繰り返している自分よりも年上の男と、ミランダの結婚を決めてしまった。


 時計塔に行ったのは、嫁ぐ日の前日だ。

 背中を押されて突き落とされたのは確かだが、本当は自分で落ちてしまおうかとも考えていた。


 最善の選択をしてきたつもりだった。

 それなのに、婚約者も父も妹に奪われて、ひどい噂を流されて完全に孤立し、見知らぬ外国の地にいる、年老いた金持ちの男の元へ嫁いでいく。

 精神的に追い詰められて、この後の人生に夢も希望も持てなかった。


 二度目の人生で、同じ轍を踏むつもりはない。


 今度はウェインと仲良くなり、人生を切り開いていくための協力者になってもらおう。

 将来、事業家として成功するウェインの側で、商売を学んで、できればウェインの片腕のような位置で仕事をしたい。

 ミランダは冗談ではなく、本当にそう考えていた。



 こうして二度目の人生において、下地となる部分は完成し、順調に日々を過ごしてきた。

 一年、また一年と月日は経ち、女学校に入学後もウェインとの交流は続いた。


 そしていよいよ、運命の年。

 一度目のミランダが死んだ、十九の歳を迎えた。







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