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5、振り回さないで


 記憶ではいつも口を一文字に閉じて眉間に皺を寄せていた。

 発する言葉と言えば、ハイかイイエだけだったのに、二度目の人生で再会したフランシスは、庭園のテラスに設けられた席に着くと、自分から話しかけてきた。


「ミランダ嬢……? あ……失礼しました。雰囲気が……変わっていたので」


「お久しぶりでございます。髪も伸びていますし、一年経っていますから。フランシス様も背が伸びましたね。よく日に焼けてとても健康的でいらっしゃいます」


 カップに注がれたお茶を飲みながら、当たり障りのない言葉をかけてみると、フランシスは緑の目を細めて不思議そうな顔をした。


 少し子供らしさに欠けたかなと思いながら、わざわざフリをするのも面倒なので、ミランダはいつも通りに過ごすことにした。


 日に透けるような美しい銀髪を後ろに撫で付けているフランシスは、まだ十一歳だというのに、大人の顔つきだった。

 大人になったフランシスの面影があって、ミランダの胸に苦い痛みをもたらせた。


 間もなくして食事が運ばれてきた。

 ミランダはフランシスに気を遣うことなく、自分のペースで食事を口に運んだ。

 フランシスは記憶にある通りに、黙々と食べているが、どこか不安そうというか訝しそうな目をしていて、時折チラチラとミランダを覗き見ていた。


「食事が口に合いませんか?」


「い……いえ、そんなことは……」


 前回と印象が変わって戸惑っているのだろうと思ったが、こうしてよく見てみると、ずいぶん動揺しているように見えた。

 記憶では堂々としていたのに、こちらが話しかけないだけで、向こうの対応も変わるものだと少し驚いた。


「そういえば、お花をありがとうございました」


「あ……は、はい」


 フランシスは手紙と合わせて花束を贈ってくれた。

 過去のミランダはその度に飛び上がるほど喜んでいた。

 花束をめぐってアリアと喧嘩になるくらいだ。


 フランシスとしては、父親に言われて義務としてただ頼んでいただけだろう。

 もしくは向こうの使用人が、定期的に注文していただけかもしれない。

 なぜなら花束の中には、ミランダが、香りが強いから苦手だと言っていた花も混じっていた。

 以前、庭園を歩く時に、フランシスとの会話に出ていたので、覚えてくれているものだと思っていた。

 まったく興味がなかったということが、透けて見えてしまった。

 たとえ誰かに命じて義務的に用意しているものでも、過去のミランダは嬉しかった。


 だが、今のミランダにとっては、そんなものはもう必要なかった。


「手紙は約束なので仕方がありませんが、お花はもう結構です」


「え?」


「心がこもっていないプレゼントなど、嬉しくありません。迷惑です」


 カタンと音がして、フランシスがフォークを皿の上に落としたのが分かった。

 この男が見せる初めての顔に、そちらの方がミランダは嬉しくなってしまった。


 気を抜くと思い出してしまう。

 汗ばむ手で、恐る恐る開いた温室のドアの先に見た光景。

 鬱蒼と生い茂る草木の中で、深く口付けする二人。

 粉々に砕け散った想い。


 今のフランシスにその恨みをぶつけても無意味なことは分かっている。

 それでもつい責めるような気持ちになり、怒りをぶつけてしまいそうになる。


 しっかりしろと蓋をしたミランダは、にっこりと笑った。


「そろそろ行きましょうか? それとも、まだ召し上がりますか?」


「い、いえ」


 ミランダが立ち上がろうとすると、慌てて立ち上がったフランシスが近寄ってきた。

 貴族の男性らしく手を添えようとしたのだろう。

 しかしミランダは、フランシスが来る前にさっさと立ち上がった。


 驚いた顔で、手を中途半端に上げたまま動けなくなっているフランシスの後ろに、アリアが走ってくるのが見えた。

 過去とは違い会話があったことで、庭園に到着する前にアリアが登場してしまったようだ。


「フランシス様、お姉様、遊んでいらっしゃるの? アリアも一緒に遊びたいです」


「あ……、これは、アリア嬢。今は……その、ちょっと」


「フランシスさまぁ、アリア、騎士のお話が聞きたいです。どんなことをされているのですか?」


 アリアは過去と同様、馴れ馴れしくフランシスの手を掴んで体を寄せた。

 上目遣いでアリアに話しかけられて、その可愛さに目を奪われない者などいない。

 動揺していたフランシスだったが、目を開いて頬を染めたのが分かった。


 今考えれば、つくづくミランダのやっていたことは、モテない女性のお手本みたいなものだ。

 良かれと思って自分の話ばかりして、フランシスの話など聞こうとしなかった。

 こうやって俯瞰して見ればよく分かる。

 アリアが幼い頃から人の心を掴んだのは、その容姿もあるが、話術にも長けていたのだ。

 相手の話を興味がある顔で聞いて、すごいすごいと喜んで反応する。

 会話をするならそちらの方が楽しいだろうなというのは一目瞭然だった。


「私の話は、君には難しいかもしれないけど……」


「どんなお話でもいいわ。フランシス様のお話が聞きたいの。庭園をまわりながら、聞かせてください」


 猫が鳴くように、コロコロと弾む声でアリアが話しかけると、フランシスの意識はもうアリアに向かってしまった。


 過去の自分はそれでも付いて行かなければと、二人の後ろを歩いた。

 いつか会話に入れるかもしれない。

 フランシスが振り向いて、君はどう思う? なんて聞かれるかもしれない。

 そう思って二人の背中を見続けたが、結局最後まで話が振られることもなく、散歩が終わると、ではまたと挨拶だけしてフランシスは帰っていくのだ。


 そう思っていたら、庭園に向かうフランシスが振り返ってミランダを見てきた。


「ミランダ嬢、アリア嬢が一緒でもいいでしょうか……? もしあれでしたら、庭園をまわった後に、お茶を飲みながらゆっくり話しましょうか」


 ミランダの様子が変わったから、わざわざお伺いのようなことをしているのだなと呆れてしまった。

 前回はミランダの意思など確認もしなかったくせに。


「それではお帰りが遅くなってしまうでしょう。今日はこの後、訓練があると聞きましたが……」


「ええ、まあ……」


「お二人でどうぞ。私は少し目眩がして、部屋で休みます」


「えっ、大丈夫ですか? 部屋まで送ります」


「フランシスさまー、お姉様は自分のお家だから平気よ。ね、行きましょう」


 フランシスはアリアにぐいぐいと腕を引かれて、振り解くわけに行かず、ミランダの方を振り返りながら困った顔で連れて行かれた。


 ミランダは微笑んで手を振って二人を見送った。

 二人の背中が遠くなって行くのを見た後、深く息を吐いた。


「どうせ貴方達、結婚するんだから。今から仲良くしていたらいいじゃない」


 誰にも聞こえないくらい小さい声で呟いたミランダは、自分でも驚くほど気持ちが落ち着いているのを感じていた。


 なんでも奪っていく妹と、自分を裏切る予定の婚約者。


 二度目の人生まで、彼らに振り回されて一喜一憂するなんてまっぴらだ。


 十九のミランダを突き落とした、オレンジ色のドレスの女。

 今のところ一番怪しいのはアリアだと思っている。

 アリアはおかしいほどミランダから奪うことに執着していた。


 それは連れ子という自分の立場が、どう足掻いても変えられないものだったからだろう。

 婚約者を奪い、自分のものとすることで、彼女の欲求は完璧に満たされたかに思えた。

 だが、ミランダがローズベルト子爵の実子であることはどこまで行っても変わらない。

 変えられない事実であるなら、消してしまえばいい。

 アリアなら、そう考えてもおかしくない。


 今どこかへ逃げたとしても、あの親子は必ず追ってくる。

 いつか戻ってきて、財産を奪われたらたまらないと考えるに違いない。


 それなら、ここで戦うだけ。

 十九までの間だが、先を知っているというのは、何よりも強力な武器だ。



「お嬢様、ご気分がお悪いのでしたら、薬湯を用意しましょうか」


 テラスに立っていると、邸の中からエラが上掛けを持って出てきた。

 薬を用意すると言って、ミランダの肩に掛けてくれた。


「ええ、お願い。そういえば、お父様の姿が見えないわね。フランシス様がいらっしゃる時は、いつも挨拶には出てきたのに」


「旦那様は商工会の方々との食事会に行かれました。来週から、こちらで会合が始まるので、その事前顔合わせのようです」


「会合……」


「ええ、大変ですよね。評議員に選ばれたのは、大変名誉なことですけど、ますますお忙しくなられることに……」


「来週なの!? ここで会合が始まるのは?」


 死に戻りに気がついてから、次々と重要なことが続いて緊張の連続だ。

 ミランダは間違えてはいけないとエラの腕を掴んで、確かめようとした。


 過去の苦い思い出。

 大きくなってからも、時々思い出して切ない気持ちになった。


 今度の人生では後悔したくないと考えていたことだった。


「ええ、確かです。今朝集められて説明があり、今離れでみんな準備に追われています」


 ミランダは緊張から手に汗をかいて、ごくりと唾を飲み込んだ。



 君の名前は?

 そう言って、はにかんだ笑顔を忘れられなかった。


「お嬢様? 大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。それより、必要なものがあるの。薬湯と一緒に持ってきてもらえる?」


 こうしてはいられないと、ミランダはドレスを翻して自室に向けて歩き出した。

 来週までに準備しておく必要がある。


 今度こそ、後悔しないために……


 地面を鳴らしながら歩くミランダは、庭園の二人のことなどすっかり頭から消えていた。





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