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4、今度は反抗してみせます

「だめだ」


「ですが、お父様!」


「だめだと言ったらだめだ。お前はローズベルト家を破滅させたいのか? 向こうからならまだしも、格下のうちから断るなんてことは絶対にありえない」


 ドンと音が鳴るほど父が強く机を叩いたので、上に載っていた書類が落ちてパラパラと床に広がった。


 膝を折ったミランダは書類を拾いながら、また父親であるローズベルト子爵の顔を見た。

 口を一文字に結んで、絶対に折れないという顔をしていた。


「それは分かっています。ですが、やはり私には荷が重く、とても無理です。それならアリアにした方が……」


「なぜアリアなんだ。……アリアは私の実の子ではない。向こうから希望があれば別だが、すでにミランダで話が進んでいるんだ」


 取りつく島もなく断られてしまい、ミランダは崩れ落ちそうになった。

 そもそも父とじっくり話し合ったことすらなく、ミランダはいつしか父に怯えるようになっていた。

 距離があったことは認めるが、この件にしては話が別だった。


 父親が帰宅した後、遅い時間だったが、知らせを受けたミランダはすぐに父親の書斎に足を運んだ。

 長期戦になるのは覚悟していたが、初っ端からここまで否定されると、どうにも心が挫けてしまいそうになった。


「どうして婚約を取り止めたいなどと言うんだ。フランシス様のことを気に入っていただろう。金も権力もある高位の貴族だ。目を引く容姿であるし、何が不満なんだ?」


 父はミランダと目が合うと、気まずそうな顔になって目を逸らした。

 父はミランダと同じ栗毛だが、目は焦茶色だ。

 亡き妻を思わせるのか、ミランダの榛色の目を見るといつも気まずそうにしていた。


 フランシスが後にどんなことをするのか、それを今言っても信じてもらえないだろう。

 仕方なくミランダは引くことにした。


「……不満などありません。ただ気持ちが追いついていかないだけです。このまま話を進めることになっても、私の心は変わらないとだけお伝えしておきます」


「ミランダ、貴族の子供は……」


「親の意に従う、ですよね。お父様もそうされてきた。当然自分の子もそうするべきだと考えられるのでしょう。しかし、子にも意思はあります。お父様も若い頃は葛藤されたのでは?」


「ミランダ……?」


「今日はもう下がります。お疲れのところ、申し訳ございませんでした」


 そう言って父親の目を力強く見つめた後、ミランダは父の書斎から出て行った。

 当然父に止められることもなく、廊下へ出たミランダは、大きな息を吐いた。


 まず軽く抵抗してみせたが、頑固な父相手だと、力が抜けてしまいそうになった。

 ただ言われたことに従っていた過去を思い出して、怯えてしまう気持ちを何とか奮い立たせようとした。

 しかし、すっかり空振りに終わってしまい、ミランダは考え方を変えることにした。

 この件は、そこまで頑なに拒否する必要はないのかもしれない。


 なぜならミランダとフランシスの婚約は、このまま進んだところで、どうせ取りやめになるからだ。

 二人はこの後細々とした交流を続けるが、特に関係が進展することはない。

 婚約中であるにも関わらず、フランシスの元には縁談の話が尽きることがない。

 有力な貴族や、資産家の娘からの縁談が相次いで、フランシスのご両親はすっかりそちらの方に気持ちを持っていかれていた。


 そしてフランシス自身も、八年後、十六歳になり、社交界デビューを果たしたアリアを見て、心を奪われるからだ。

 もともとミランダとの会食でアリアと話す機会はあったので、改めて大人の女性の仲間入りをしたアリアを見て、恋に落ちたのかは知らない。

 どちらが先に誘ったのかなんて知りたくもない。

 いつの間にか二人の気持ちは繋がっていた。


 そうして二人は密会し、それが発覚したことで、話し合う事になり、フランシスの婚約相手は、ミランダからアリアに代わる。


 時間の問題だというだけだ。


 とにかく、何か策を考える必要もなく、後にミランダの婚約は破棄されるのだ。


 淡白な関係だったにも関わらず、決定的な場面を見られた時、なぜかフランシスはミランダの手首を掴んで行かないでくれと抵抗した。

 変なところで義理堅いというか、騎士としての責任とでも考えたのかもしれない。

 ミランダには彼の気持ちなどさっぱり分からないが、今度は心を惹かれることなどなく、ただ淡々と関係を保ったままにしておけばいいのかもしれないと考えた。

 それは向こうの態度そのままで、いつも盛り上がっていたのはミランダだけだったので、それをやめればいいだけだ。

 よく考えれば、簡単なことだった。


 ちょうどよく明日は年に一度のフランシスとの交流の日だった。


 心を痛めたのは過去の話。

 今はもう大丈夫だと思いながら、ミランダは父の書斎を離れて自室へと戻って行った。






 翌日、朝からよく晴れていて、エラがカーテンを開けた音でミランダは目を覚ました。


「おはようございます。いい天気ですね。フランシス様が午前中にいらっしゃる予定です。早めに支度を始めましょう」


 婚約後、一年に一度のフランシスとの交流会は、交代でお互いの家で行われた。

 今年の交流はローズベルト家で行われる。


 エラが持ってきた洗面器で顔を洗いながら、ミランダはこの年の交流会について思い出していた。


 毎年似たようなものだった。

 フランシスは騎士を目指していて、幼い頃から心身ともに鍛えている。

 椅子に姿勢正しく座ったフランシスは、ニコリと笑うこともなく、黙々と食事をする。

 アリアと違い、まともに友人ができたこともないミランダは、何とか会話の糸口を掴もうと必死に話しかけるが、フランシスはハイかイイエぐらいしか答えてくれない。

 結局ほとんど会話はできずに食事は終わってしまう。

 その後は庭園を歩きながら、二人で話すように言われるのだが、この時間が一番苦痛だった。

 フランシスは花など興味がない、という顔をしているのに、ミランダはどの花が好きだという話をして、そうですかで終わってしまう。

 ローズベルト家で行われる時は、アリアが出てきて二人の邪魔をしてきたこともあった。

 確か今年はそうだったと思い出した。


 無邪気に庭園に入ってきたアリアは、フランシスの手を掴んで一緒にまわりたいと言い出す。

 断ってくれると思っていたのに、フランシスは許可を出すのだ。

 貴族の女は男に従うものだと言われて育ったミランダは、嫌だと言いたかったのに言えなかった。

 そして、三人で庭園をまわるのだが、まだ幼いからだろうか、アリアの質問には答えて、普通に会話をしていた。

 手を繋いで歩く二人の後ろを歩きながら、自分は何をしているのだろうとミランダは虚しい気持ちになっていたのを覚えている。


「ドレスはこのピンク色のものでよろしいですよね?」


 エラが衣装部屋から持ってきたのは、ミランダが気に入っていたドレスだった。

 たくさんのリボンが並んでいて、レースがこれでもかとあしらわれているもので、子供時代のミランダにとっての勝負ドレスだった。

 ミランダのドレスを欲しがったアリアは、このドレスはお姉様に似合うからと持って行かなかった。

 その意味が今なら分かる。

 可愛らしいものだが、時代遅れの派手さがあり、甘すぎる雰囲気がミランダには似合わない。

 まるでドレスだけが歩いているように主張の激しさを感じてしまう。

 つくづく自分はセンスがなかったなと頭痛を覚えてしまった。

 頭に手を当てたミランダは、それではないと言って手を払った。


「今日は自分で選ぶわ」


 フリフリドレスを持ってポカンとしているエラの横を通って、ミランダは続きの衣装部屋に入った。

 父親は女の子のドレスなど全く分からないので、ここにあるのは乳母が集めてくれたものが多い。

 成長してもいいようにと、大きめで調整できるものを選んでくれたが、その乳母も継母と交代するように辞めてしまった。

 パーティーに出る予定もないミランダには、綺麗なドレスなんて必要ないと言われて、普段着る最低限のものしか残っていなかった。


 もっとドレスが欲しいなどと言えば、継母が嬉々として我儘だ、贅沢だと父に告げ口するのが目に見えている。

 家のことはすっかり継母に任せている父は、それを真に受けて、ミランダを叱ってくるだろう。

 考えるだけでうんざりしてしまった。


「これでいいわ」


「え……お嬢様、それは……」


 ミランダが一枚のドレスを手に取ってエラに手渡すと、エラは信じられないという顔をした。


 ミランダが選んだのは、継母が適当に寄越した普段着用のドレスだ。

 貴族向けの注文品なので、生地はしっかりしたものを使っている。

 ただ、華やかな場には相応しくない地味な灰色で、装飾もほとんどないドレスだった。


「靴はこのかかとがない黒いものを。髪は全て下ろして飾りは必要ないわ」


「よ……よろしいのですか? いつもは……庭園の花にも負けないようにと……」


「いいの。好みが変わったの。それに、あまり派手なものは似合わないわ。貴女もそう思っていたでしょう?」


 そう言ってエラを見ると、困った顔で言葉を失っていた。

 継母からはおそらく、おだてておけとでも言われているのだろう。


「早く終わらせましょう」


 ミランダは窓から家の門の様子を見た。

 もう少ししたら、門が開いてフランシスの来訪が告げられるだろう。

 女性の身支度は時間がかかるものとされていて、男性は寛容な心で待つようにとされている。

 そんな気を遣われることすら嫌だったので、急いで支度に取り掛かった。




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