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1、二度目の人生の幕開け

 鏡の前で大きく口を開けたり、眉を寄せたりしていると、侍女のエラが驚いた顔で髪をとかす手を止めた。


「お嬢様……、今日はどうされたのですか?」


「どうって、何かしら? 私はいつも通りよ」


 そう言って膝の上に載せていた新聞を手に取ると、エラはますます不思議そうな顔をした。


 変な顔をしたのは、まだ子供の顔の自分に馴染めなくて、鏡を見るとつい顔を動かしてしまうからだ。

 そして、ミランダが手に持っているのは、貴族向けの新聞だ。

 低俗な内容が書かれているから、子供が読んではいけないと父親から言われているものだった。


 それを朝起きて一番に持ってきてくれと頼まれたエラは、声を上げて驚いていた。

 確認したくても主人が不在なので、困った顔をしていた。

 ミランダは、何かあっても私が欲しがったからだと言えばいいと言って、父親の書斎まで取りに行かせた。


 書斎も含めて、各部屋の鍵はエラが持っているのと、子供の体では自由に動けない。

 とにかくまず情報を得るには、新聞が一番だと思ったのだ。


 十歳の頃のミランダは、新聞になど興味はなかった。

 見るのも触るのもだめだと言われていて、怒られたくないので、書斎に近寄ることもなかった。


 だがそれは昨日までの自分だ。

 今の自分は、体は子供だが、十九で殺されて、死に戻ってきた自分だ。


 それを周りの人間に言うつもりはない。

 思い返せば、ミランダの周りには敵ばかりだった。

 分かりやすく敵意を向けてくる者もいたが、好意的に見えても裏でひどいことをしていた人間もいた。

 何も知らずに生きてきたからこそ、ミランダは殺されたのだ。

 だから過去に戻り、もう一度人生をやり直すことになったからには、人との付き合いは慎重にしなくてはいけない。

 そのための情報収集は必要不可欠だ。


「大人のやることに興味があるのよ。エラだって子供の頃、そうだったでしょう?」


「ですけど……」


「それに難しい文字はまだ読めないの。絵が面白いから見ているだけよ」


 そう言って鏡越しに微笑んでみると、エラはまだ納得できないような顔をしていたが、息を吐いて分かりました、ほどほどにしてくださいと言った。

 ミランダは子供らしく、歯を見せてニコッと笑って見せた。


 手元にある新聞は今日届いたものだ。

 日付が書かれていて、それを確認すると、やはり今は九年前で、ミランダが十歳の時だと分かった。

 いまだに半信半疑だったが、これでやっと夢ではないと思い始めた。

 一面の話題は、王太子殿下が他国の長期外遊から戻ってきたというものだった。

 思い返してみれば、その頃は様々な場所で王太子殿下の帰還を祝うパーティーが開かれていた。

 仕事人間の父は、事業の関係以外のパーティーには滅多に出なかったが、継母は毎日のように着飾ってパーティーに繰り出していた。

 時には妹のアリアも着飾って一緒に出かけていて、それを羨ましく思いながら、窓から覗いていた光景が浮かんできて、ミランダは首を振った。


 もう羨ましがって大人しくしている自分とはお別れだ。

 今度こそ、好きなように生きてやると、ミランダは気合いを込めて鏡に映る自分を見つめた。




 ウェスト大陸に名を轟かせる大国、チェスター王国。

 長い戦いの時代が過ぎ去り、人々は平和な時代を謳歌していた。

 ミランダは、チェスター王国の貴族である、ローズベルト子爵家の長女として生を受けた。


 ミランダを産んだ母親は、貴族の女性であったが、流行病でミランダが赤ん坊の時に亡くなってしまう。

 仕事人間の父親は、ますます仕事にのめり込んで、ミランダは乳母に育てられた。

 ミランダが八歳の時、父親は突然再婚すると言い出した。

 妻を亡くした貴族の男に、言い寄ってくる女性はたくさんいたらしいが、その座を勝ち取ったのは、王都の劇団で働いていた、エルティナという女性だった。

 元々華やかで美しく人気があったが、結婚して引退し、その後、離婚して再び劇団に戻り、脇役などで存在感があると評されていた。

 どこで知り合ったか知らないが、父の目に留まり、二人は付き合うことになったそうだ。


 再婚に関して、父はミランダに一度も相談をしなかった。

 父は仕事ばかりで家に帰らず、親子関係は複雑なものとなっていた。

 いつも疲れているように見えて、ミランダは父親に対して、気を遣い話しかけないようにしていた。


 そんな父が新しい家族だと言って連れて来たのが、エルティナと連れ子であるアリアだった。

 アリアはミランダの二つ下で、エルティナによく似た可愛らしい容姿をしていた。


 初めて会った時からエルティナは、ミランダのことを冷たい目で見てきた。

 綺麗な人だが一切笑いかけてくれることもなく、まるでいないかのように扱ってきたので、ミランダはこれからどうしたらいいのか、不安になってしまった。


 そんなエルティナとは違い、アリアはミランダと目が合うと、ニコッと笑いかけてくれた。

 私、ずっとお姉さんが欲しかったのと言って、ミランダの手を握ってきた。

 私も本当の姉妹のように仲良くなりたいとミランダが言うと、アリアは嬉しいと言ってミランダに飛びついてきた。


 大きな邸で遊び相手といえば乳母くらいで、寂しい日々を送っていたので、ミランダもこれから楽しいことがいっぱいになると嬉しくなった。

 妹になったアリアと一緒に楽しく暮らせる。


 そう思っていた。





 ミランダの髪をとかしながら、エラはお嬢様の髪はサラサラで美しいですねと言った。

 ミランダの髪は、この国の人間ではありふれた栗毛だったが、貴族の令嬢らしく手入れがされているので、手触りだけはよかった。

 エラは手慣れた様子でミランダの髪を編んで、丸く結い上げた。

 ミランダが子供の時によくやってもらった結び方だ。

 いつもこの髪にしてほしいと言っていたのを思い出した。

 ミランダはエラに髪を整えられながら、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。


 平凡な栗毛に健康的な肌の色、瞳だけは母親に似て特徴のある榛色であるが、後はこれといって目立ったところのない顔だった。

 中途半端な大きさで少し吊り上がった目や、小さな鼻に薄い唇、好きだと思えるようなところはなかった。

 子供の頃は地味な顔であると思って、人前に出ると萎縮していたが、二度目の人生である今はどうでもいいことに思えた。

 大きくなれば化粧もあるので、それなりに見えるようにできる。

 ここで重要なのは、アリアと比べて自分が劣っていると思わないことだ。

 そのせいで、一度目の人生はずいぶん苦しんだ。


 エルティナもアリアも、王国では美しいともてはやされる、金色の髪に青い瞳だった。

 陶器のように透き通った白い肌に、整った顔立ち。

 どこへ行っても、ため息が出るほど美しいと称賛を浴びる二人の横で、ミランダはひたすら小さくなっていた。

 エルティナには恥ずかしい子と呼ばれ、アリアには私の引き立て役とも言われた。

 何より自分自身が自分のことを少しもいいと思えずに、自分はダメだと思い込んでいた。

 それはエルティナとアリアから、長年そう刷り込まれてきたのもあるが、もうそんな思いはしないと心に誓った。


「エラ、髪を下ろしてくれない? もうキツく後ろで結ぶのは嫌なの」


「えっ、よろしいのですか? 垂らすのは似合わないと仰って……」


「それは私が言ったわけじゃないわ。これからは私が好きな髪型にする。上の部分だけ編んで、下は垂らしてちょうだい」


 エラは少し不満げな顔だったが、分かりましたと言って髪を直し始めた。


 ミランダに下ろした髪が似合わないと言ったのはアリアだ。

 アリアは波打つ金髪をこれでもかと見せつけるために、腰につくくらいの髪をいつも下ろしていた。

 自分の隣に立った時に、少しでもミランダが目立つのが嫌だと思ったからだろう。

 ミランダが髪を下ろしていると、遠回しに似合わないと言ってきた。

 会うたびにその話をされるので、自分には似合わないんだと思い込んだミランダは、それから髪を下ろすのをやめた。


 でも本当は、長い髪を風に靡かせて歩くアリアが羨ましかった。

 キツく結ばれて、窮屈な気持ちになる髪から解放されたかった。


 目を瞬かせると、鏡の中には、豊かな栗毛をたっぷりと下ろしたミランダの姿が映っていた。

 髪を引き上げるとキツい印象だったが、下ろすと幾分柔らかい印象になった気がした。


「気に入ったわ。今日からこれにする」


 そう言ってミランダは椅子から立ち上がった。

 これからの計画を立てるために、一人でゆっくり考えようと思ったのだ。


「今日はどちらへ?」


「図書室よ。王子様とお姫様の絵本を見るの」


 そう言って子供らしく微笑んで見せると、エラは図書室の鍵をくれた。

 エラが少しホッとしたような顔をしたのが見えた。

 ミランダは知っている。

 エラは邸のコックをしている男と付き合っているのだ。

 後にエラは、貢いだ末に捨てられることになるのだが、この時はおそらく時々仕事を抜け出して密会を楽しんでいた頃だろう。

 主人は不在、子供のミランダは図書室に入って大人しくしているなら、後の時間は好き勝手できると喜んでいるなと分かった。


「額の傷がだいぶ薄くなりましたね。子供の肌は伸びがいいですから、ひと月もすれば気にならなくなりますよ」


 エラが気遣うようなことを言ってきたので、ミランダはありがとうと素直にお礼を言った。

 ミランダは口元に笑みを浮かべながら、冷めた目でエラを見ていた。


 この額の傷こそ、ミランダが主人のいない邸に残されている理由だった。





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