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死に戻り令嬢は橙色の愛に染まる  作者: あさがお


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11/14

10、迫り来る運命の足音

 ミランダは町に、婦人服店を開いた。

 もちろん自分一人の力ではなく、仕入れ先から職人集め、何から何までウェインに助けてもらった。

 ミランダが考えていた、女性が活動しやすくお洒落に見える服をテーマに、体に沿って動きやすいコルセットのないドレスや、ズボンスタイルにブーツだけど、おしゃれで女性らしく見える服を作った。

 今は店頭に置いてあるものだけで、希望があれば受注して販売する形になっているが、一年先まで予約が埋まっている状態だ。


 町に住む女性達からは、注目を浴びているが、それをよく思わない人もいた。

 その筆頭が、妹のアリアだ。

 今や社交界の白百合として、美しいと評判のアリアは、積極的にミランダの悪い噂を流していた。



「あぁ嫌だ。臭いにおいがするわ。こんな店で誰が買い物なんてするのかしら」

「本当、質の悪いものしか扱ってないのでしょう。だってそうよ。店の前にゴミが散乱しているのに、片付けもしないんだから」


 店の入口から聞こえてきたかん高い声に、中にいたミランダは頭に手を当てた。

 また始まった。

 従業員がため息をついて外に出ようとするのを、ミランダは止めた。

 自分が行かなくては、終わらないのだ。


 店の外へ出ると、入り口には腐ったゴミが撒かれていた。

 ミランダがまたかという顔でゴミを集め出すと、靴音がして地面に影ができた。


「あらぁ、誰かと思ったら店長さんじゃない」

「貴方の店、最悪。よくこんな店、やろうと思ったわね」

「それは男性の真似なの? 下品な格好。女としての矜持はないのかしら」


 三つの影を見て顔を上げると、そこにはよく知った顔が並んでいた。

 メリッサ伯爵令嬢、アイリス子爵令嬢、ナディア男爵令嬢。

 一度目の人生、彼女達はミランダの友人だった。

 気弱だったミランダは女学校でいつも下を向いていたが、唯一話しかけてきてくれたのが彼女達だった。

 ミランダは本当の友達だと信じて、何でも話して信頼した。

 しかし、彼女達はアリアと通じていて、ミランダの情報はアリアに筒抜けだった。

 そして、ミランダの根も葉もない噂を広めて、泣いて苦しむミランダの事をアリアと一緒に笑ったのだ。

 今度の人生も彼女達は話しかけてきたが、ミランダは話しかけないでくれとキッパリ言い放った。

 おかげでミランダはたっぷりと嫌われていて、彼女達も隠すことなく、アリアの取り巻きとして堂々と活動している。

 美しいアリアと言って、神のように崇拝する姿は恐ろしさすら感じる。

 ミランダにとっては、彼女達が自分を塔から突き落としたと可能性もあると考えていた。


「どいてくれませんか? 掃除ができないのですけど」


「ひどい言い方。なんて店長なのかしら!」


 騒ぎが大きくなりそうな予感がした時、ガラガラと走ってきた馬車がミランダの店の前で止まった。


「申し訳ございません、姉の無礼をお許しください」


「……アリア」


 宝石のような青い目に涙をためて、金色の髪をこれでもかと靡かせて降りてきたのはアリアだった。

 この九年でアリアの演技力にはますます磨きがかかった。

 人騒がせで迷惑な姉に苦しめられる令嬢、今はその演技にすっかり入り込んでいた。

 何でも奪っていくアリアだったが、フランシスの気持ちを掴みきれず、いら立つ気持ちをミランダの邪魔をすることで発散させているようだった。

 三人の令嬢が文句を言っているところにアリアが現れて、私が悪いの、どうかお叱りは私にと言って、周囲に心優しい人だと印象付ける流れは、もう何度目か分からない。

 毎回場所や小道具を変えての小芝居にもいい加減飽きた。

 目立ちたくなかったが、店先での騒動に、何が起きているのかと周囲の人々が集まってきてしまった。


「もういい加減にして、ゴミをばら撒いたのも貴方でしょう。これいじょ……!?」


 無視をしてやり過ごしてきたが、いい加減にガツンと言ってやろうとゴミを拾っていたミランダは顔を上げた。

 逆光でよく見えていなかったが、アリアの着ているドレスを見て、ミランダは体が痺れて固まってしまった。

 アリアのドレスは、鮮やかな橙色だった。

 胸元はアリアの好きなレースとリボンで可愛らしくデザインされている。

 ドクドクと心臓の音がうるさく鳴った。

 細かいデザインは分からない。

 重要なのは裾の刺繍だ。

 国の女性はドレスの裾に好きな花の刺繍を入れるのが昔からの伝統だ。

 ミランダを突き落とした橙色のドレスの女。

 その裾に施されている花は……


「……百合」


「え!?」


「そのドレス、初めて見るわ」


「あ……ああ、ドレスのこと? お誕生日にフランシス様からもらったのよ。百合の花と一緒に……」


 ミランダの態度がいつもと違い、恐ろしいものでも見たかのような目をしていたので、アリアもいつもの勢いをなくして驚いた顔をしていた。

 ミランダを嘲笑しようとしていた場が、変な空気になってしまった時、パンパンと手を叩く音が聞こえてきた。


「お騒がせして申し訳ございません、オーナーのウェインと申します。ただいま、向こうの通りのカフェで新しい茶葉の試飲会をやっています。お菓子も無料で食べられますので、皆さんどうぞ」


 完全に心が飛んでいたミランダは、どこからか登場したウェインのおかげで、ハッとして我に返った。

 ウェインは大きなゴミ袋を広げて、店の人間を何人か呼んで掃除を始めた。

 それと同時に、集まっていた通行人の興味を通りの反対側に向けたので、野次馬はあっという間に消えて行った。

 向かいのカフェはウェインが経営しているお店でもあるので、咄嗟に試飲会に誘導しようと思いついたのだろう。

 ウェインのおかげで、騒ぎが大きくならずにすんだ。



 ガラガラと馬車の音がして、いつの間にかあの三人組と、アリアの姿が消えていた。

 おそらくウェインが現れたからだろう。


 なんでも欲しがるアリアは、ミランダが仲良くしているウェインを奪おうとしていた時期があった。

 勉強の邪魔をして、ウェインに私と仲良くしましょうと迫った。

 ウェインがフランシスのように、アリアに惹かれてしまうのではないかと、ミランダは心配した。

 しかし、いつの日か、それはぱったりと止んで、アリアは今までと逆にウェインを避けるようになった。

 集まりにウェインが来ようものなら、お腹が痛いと騒いで部屋に帰ってしまうほどだ。

 なんと言って言い聞かせたか分からないが、優しいウェインのことだから、きっと根気よくミランダと友達でいたいと伝えてくれたのだろう。

 それで、平民の子にバカにされたと考えたアリアが、避けるようになったのではないかとミランダは考えていた。


「ありがとう、ウェイン。また助けられてしまったわ」


「ミランダ、これはいつから?」


「………」


「困ったことは何でも話してくれって言ったよね。カフェにいたら、店の者から連絡が来て……、俺って、そんなに頼りない?」


「そんなっ、まさか! 私は……ウェインに迷惑を……」


「分かった。白状しよう。俺は、ミランダに迷惑をかけられるのが好きなんだ。だから、どんどんかけてほしい。それが俺の喜びになる」


「ええっ……」


 ミランダが驚いた声を上げると、ウェインはニヤッと歯を見せて子供のように笑った。

 ウェインは優しい。

 こんな時まで、冗談を混ぜて慰めてくれる。


「分かったわ、これからはちゃんと相談する」


「よかった。約束だよ、ミランダ」


 ミランダは座り込んでいたが、ウェインが手を伸ばしてくれたので、その手を取って立ち上がった。


「実は、ミランダにいい報告があるんだ。明日、迎えに行くから、その時に教えるよ」


「あら、もったいぶるのね。それなら、お茶を用意しておくから、いつもより早い時間にしましょう」


 ウェインのいい報告とは何だろう。

 笑顔で楽しみにしているわと返しながら、ミランダの胸はトクトクと不安の音を鳴らした。

 もしかして、恋人ができたとか。

 結婚報告だったらどうしよう。

 頭の中がどんどん不安で染まっていくのを隠しながら、ミランダはその後の仕事を淡々とこなした。

 


  翌日、ウェインが早く来ると言うので、部屋にティーセットを用意したが、ウェインが外の空気を吸いたいと言い出した。

 ミランダはそれならと、テラスに席を作るようにエラに頼んだ。


「男爵位ですって!? すごいじゃない!」


「まだ早いと思うけど、せっかくだから受けることにしたよ」


 一度目の時も、ウェインは国に利益をもたらしたということで、男爵の位を受けていた。

 ウェインの商売はどんどん利益を出していて、その多くを孤児院や教会に寄付をしたからだ。

 貴族になることは知っていたが、同じ貴族という関係のはずなのに、ウェインがどこか遠くへ行ってしまったような気がしてしまった。

 ウェインはますます輝いていくので、ミランダは嬉しかった。


 自分自身はやりたいことも見つけて、仕事も順調であるし、問題ないと思うのだが、最近やたらと一度目に死んだ時を連想させるようなものが目について、その度に心臓が痛くなる。

 フランシスが持ってきた薔薇、アリアの橙色のドレス。

 継母の死んでしまえという発言。

 何もかも、死の運命から逃れられないという啓示のように思えて、体が震えてしまう。

 父親に反抗して、好きなことをして生きてきたはずだ。

 それなのに、また逃げ道のない場所へ追い込まれているような気がしてならなかった。


「お祝いをしなくっちゃ。パーティーはするんでしょう? 私も呼んでね、プレゼントは何がいい?」


「それなんだけど……」


 ウェインが何か言いかけた時、庭の奥から怒号のような叫び声が聞こえた。

 何かあったのかとウェインと目が合ったら、二人で頷いて声の方向に走り出した。


  走りながら、昨夜降った雨で地面が濡れていて、靴に水が飛び跳ねるのを感じた。

 ジメジメとする空気の方向を見ると、そこは温室だった。

 まるで一度目の人生の時のようで、ミランダは息を吸い込んだ。

 温室の入り口には、父親であるローズベルト子爵の後ろ姿。

 その隣にはエラが立っていて、口に手を当てて驚いたような格好をしていた。


「お父様、何かあったのですか?」


「ミ、ミランダ、お前は見ちゃいけない!」


 止められたが、父親の後ろからミランダが顔を出す方が早かった。

 その先に見えたのは、温室の中にいる半裸の男女だった。

 一人は乱れた服を隠しながら、恥ずかしそうに頬を染めるアリア、一人は驚愕の顔で目を泳がせているフランシスだった。


「まぁ……」


「ミランダっ! ローズベルト子爵! こ、これは何かの間違いなのです! わ、私は決して、何も……」


「何も、だと……? 我が末娘と二人で密会し、裸でいる状態で、何が何もだ!!」


「そ、そんな! 気がついたら裸でここに……アリアに迫られて、触れてしまったのは事実ですが……」


「よくも、娘を傷物にしてくれましたな。しかも、婚約者のミランダにこんな光景を見せることに……、即刻オリバーノース侯爵に連絡をします。もちろん、男として責任をとってもらいますので、そのつもりでいてください!!」


 格下の貴族と言えど、女性の貞操に関しては、強く意見することができる。

 市井の女性と遊ぶわけではなく、貴族の若い女性に気まぐれに手を出すなど、高位の令息になるほど厳しい目が向けられた。


 どうやら継母の策略なのか、本人の案なのか、フランシスを温室に連れてきて誘惑したようだ。

 そこにエラを使って、父親を連れてくることで、既成事実を作ろうとしたのだろう。

 一度目の時よりも、過激な演出にミランダはただ驚いていた。

 今度は、ショックな気持ちはない。

 ようやく、ことが進みそうだと安堵する気持ちが大きかった。


「ミランダ……大丈夫?」


「え、ええ」


 ミランダの横から現場を見たウェインも驚いていたが、ミランダを気遣う言葉をかけてくれた。


「ウェインも一緒だったのか。私はこの場を片付けないといけない。ミランダは、傷ついているだろうから、倒れてしまうかもしれない。ミランダを頼む」


「はい、お任せください」


 最初は平民の子とウェインのことをバカにしていた父親だったが、次々と商売に成功し、ローズベルト家にも利益をもたらしてくれたウェインのことを、今ではすっかり気に入っている。

 酔って機嫌がいい時は、自分の息子のようだとも言うくらいだ。

 いちおう婚約者として続いていたので、ミランダが傷ついているだろうと思い、ウェインに託したようだ。


「行こう、ミランダ」


 ウェインはミランダの背中に手を回して、支えながら、この場から離れるように誘導してくれた。

 ミランダは、ウェインの気遣いを嬉しく思いながら、フランシスに背を向けて歩き出した。


「ミランダ、ミランダ! 待ってくれ!」


 一度目の時と同じ、密会がバレてフランシスが騒ぎ出す。

 あの時もフランシスは、待ってくれと言いながらミランダの手を掴んだ。

 フランシスの手を振り払ったミランダは、一人泣きながら走った。


 今回は違う、隣にはウェインがいる。

 そのことが何より心強かった。


「クソッ! あの男!! ミランダから離れろ!」


 ここでフランシスが最後の悪あがきなのか、ウェインに向かって声を上げた。

 何をされたかは知らないが、結局アリアに惑わされてしまったのは事実だ。

 ウェインに怒りをぶつけるのは間違いだ。

 前を見て歩いていたミランダは、振り返ってフランシスを睨んだ。

 フランシスはまだ何か叫んでいたが、もう距離ができてしまい、声は聞こえなかった。



 



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