旅立ち・序
昔語りを始めましょう……。
本日の物語は、前回より夜は明けて太郎佐が宗熙より呼び出されたことから始まります。
前回、太守高崎満豊の開いた宴会に於いてしこたま酒を飲まされた宗熙でしたが、その話はまた何れ行い当御座います。そして、そんな目に遭ったにも関わらずピンシャンとしている宗熙の肝臓は一体どこまで強いのか。
本日もとくとご覧あれー……。
前回より夜は明けて、「赤入道様」高崎満豊よりしこたま酒を飲まされていたはずにも関わらず宿酔の顔すら見せずに太郎佐を呼び出した宗熙。一方で太郎佐も思うところがあったのか、素直に話を聞いていた。
「さて、太郎佐。なぜお前を呼び出したかは、わかっているな?」
「赤入道様の主催する加冠式の件でございましょうか」
「まあ、それもあるが、昨日言うたであろう。お前が清顕国の中にあるいずれの所領を受け持つかが決まった。里野じゃ」
里野。豊富な水資源と海に面したそこは、非常に良好な都市を構える条件の整った城市であった。とはいえ、里野自体はそこまで防御の高い城があるわけではなく、いわば出町といった様相を呈していた。
「さとの?」
「おう、田畑もさることながら、近くに港もある良所じゃ。城こそ御殿に棟門、櫓が少々程度であるが、匂阪助左衛門殿の所領も近くにある。いざとなれば、援兵を頼めるじゃろう」
匂阪氏は大隅氏同様に高崎家の重臣であり、また古来より担娘を支配していた古株であった。高崎や大隅のように、よその地域から来訪して大臣の命により支配をしているわけではなく、彼らこそが領民国衆の代表とでも言えるべき立場であった。
「……父上は、どこに住むのでしょうか」
「儂か?……儂は、ひとまず清顕国の代官職を賜ったでな、清顕国府になるだろう」
「……それって、どの辺なんですか?」
「明須じゃな。里野に比べたら、かなり東の方になる。
……ん?ひょっとして父と離れ離れになるのがさみしいか?」
明須は里野と違い、山脈に面しているが故にあまり田畑を作るには向いていない土地であったが、そこがなぜ国府かと言えばその国府は首都圏から西を守るための関所が設けられており、そこを守るために築かれた天嶮の要塞が存在することと、首都圏と往来のしやすい天然の良港を宿していたからこそ、いわば「村」ではなく「町」の条件を満たしていたのだ。
「いえ、ただ敵地に占領軍として赴く以上は気を引き締めるべきかと思いまして」
「……まあ、里野であれば今の担娘より街道もあるし、退却路は心配せんでよいぞ。
そんなことよりもお前、領内に診療所を設けるそうだな」
この子は相変わらず甘えるのが苦手だな、そう思いながら、宗熙は太郎佐にある忠言をくれてやることにした。それは……。
「……拙いでしょうか」
「あまり、宜しくはないな。……何のために設けるのかにも依るが、医師として歩むにせよ武人として歩むにせよ、二兎を追う者は一兎をも得ずという。どちらか一つと決めるべきだと思うが」
……太郎佐が医学を学びたいと言ったのは記憶に新しいが、それが武術を怠ることの都合付けであるとすればやめさせようと思ったらしく、しかしかの子はそれなりに聞き分けよく知恵の回り駄々をこねない、まあ子供らしくない子であったことから、言って聞かせることにしたようだ。だが、太郎佐は珍しく反駁した。その理由とは……。
「とはいえ、芸は身を助くとも申します。それに、領民慰撫のために、統治の一環として設ける予定なのですが、それでも拙いでしょうか」
「ふむ、言うようになったのう。……まあ、もし足軽が傷ついたとしても診療所があれば安心できるやもしれん、そういうことならば、やむを得まい」
「ご許可戴き有難う御座います」
……まあ、ようするにそういうことだ。里野に設けた診療所は今尚本朝に於いて最高峰の医学塾実践場であるのだが、それを作ったのが大隅太郎佐だということは、周知の事実である。
「儂は「やむを得まい」と言っただけなのだがな。……まあ良い、然らばそろそろ旅立ちの支度でもしておけ。太守様の側に居る許可を貰った以上は今日明日の話では無いとは言え、山越えは辛いぞ」
「ははっ」
それでは次回、「太郎佐の天稟・前話」。ご笑覧戴ければ、幸甚の限り。




