加冠式・前話
昔語りを始めましょう……。
本日の物語は、昨日に引き続き重臣大隅家の屋敷に乱入した赤入道様が太郎佐を抱き上げたところから始まる夜半。まだまだ陽光が眩しからざる頃の物語で御座います。
何を気に入ったか、赤入道様は太郎佐を抱きかかえ、以下のことを述べた次第でございます。
それでは、本日もとくとご覧あれー……。
「さて、宗熙。太郎佐の加冠式だが……」
「はっ」
「一つ、儂に任せてはくれぬか」
「は、はっ!?」
宗熙は耳を疑った。無理もあるまい、赤入道様こと高崎満豊が嫡子太郎佐の加冠式を取り仕切る。それは彼にとって予想だにしない果報であり、同時に謀将を気取らずとも高崎家の範疇に於いては大隅家の将来は安泰である旨を意味したからだ。
「嫌か?」
念のため、尋ねる満豊。無論、返事として否はあり得ないのだが、それほどまでに宗熙は狼狽していたこともあり、少しからかいたくなってしまったのだ。
「め、滅相も御座りませぬ! 有り難き幸せに御座います!」
案の定、慌てて平伏して頷く宗熙。それが可笑しくてしょうが無いのか、満豊は満足そうに頷いて、抱き上げたままの太郎佐にも問うてみた。
「おう、それでよい。……さて、太郎佐。加冠主は儂で良いな?」
「ありがとうございます」
緊張した表情のまま礼を述べる太郎佐。あるいは意味がわかっていなかった可能性もあるが、彼の加冠主は今ここに高崎満豊と決定した。
「おうおう、と、いうわけで宗熙。太郎佐の初陣までは儂の側に置いておく。よいな?」
「有り難き幸せ!」
それは、嫡子を人質に取るという行為のはずではあったが、宗熙は平伏したまま礼を述べた。それは、高崎満豊の下太郎佐が出世街道にのったことが確定したことでもあり、また同時に太郎佐に家督を譲れば大隅家は安泰であることも意味した。無論どちらにせよ、宗熙にとっては吉報である。
「さて、太郎佐。おぬしは加冠式より大隅豊熙を名乗るが良い。加冠式の日取りもまた決めておく。達者に育てよ、疫病などに罹るでないぞ」
「かしこまりました」
まだ、顔がほぐれていないのか、緊張したままの顔で答える太郎佐。それを見て何か思案することにしたのか、太郎佐を下ろして部屋を出る満豊。そして……。
「では、失礼する。宗熙は後でちくと儂の屋敷まで来い」
「は……ははっ!!」
……宗熙を呼び、屋敷に来るように伝えた。とはいえ、叱責ではないことだけは明らかであった。
「……行ってしまわれた……。
おい、太郎佐、良かったな!」
朗らかな声で太郎佐を抱き上げる宗熙。またしても驚いた表情をしている太郎佐を尻目に、大人げなくはしゃいでいた。
「あ、はあ」
「……ことの重大さをわかって居らぬのか? まあ良い、おぬし、太守様に気に入られたぞ!」
利発な面があるとはいえまだ幼さの残る顔立ちである、ことの重大さが判らぬのも無理はないか。そう思い直し宗熙は太郎佐を下ろして、かがみ込み太郎佐に目線をあわせてわしわしと乱暴になで始めた。
「太守様、ですか」
何かを確認するかのように呟く太郎佐。それに対してまさか「太守様」の意味がわからぬのかと思い付け足す宗熙。
「おう、つまりは先程の赤入道様のことじゃ。まあ、そういうわけで、じゃ。おぬしの烏帽子親は赤入道太守様であらせられるぞ。くれぐれも、粗相の無いようにな」
そして、真剣な顔になり太郎佐に向き直る宗熙。とはいえ、太郎佐は年の割に聡い。彼は心配して、というよりは確認のためにそう告げた。
「は、はい」
「さて、南川。そういうわけじゃ。当初はおぬしに加冠主なども努めてもらおうかと思ったが、太守様がああ仰った以上はそれはできぬ。とはいえ加冠式までは太郎佐を確りと育て上げよ!」
「畏まりまして御座います!」
平伏する南川。若干残念ではあったのかもしれないが、何せ太守が加冠主として加冠式に参加するのである、どちらを優先すべきかは彼らには常識以前の問題であった。
そして、愉快そうに宗熙が部屋を去った後に、南川は万一のことを考え太郎佐にかみ砕いて説明しようとした。だが。
「さて、若。大変なことになりましたが、お喜び下され。少なくとも悪いことでは御座いませぬ」
「うん、大体なんとなくは判った。つまりは、南川じゃなくて偉い人が親代わりになるってことだよね」
「その通りでございます。何せ高崎様は大臣家の御一門、本朝が倒れぬ限り高崎様が陰ることもあり得ませぬ」
「……わかった」
何かを考えていたのか、あるいは喜びをかみしめていたのか。太郎佐は若干の間を開けて頷いた。
そして、よがあけた!
それでは次回、「旅立ち」。ご笑覧戴ければ、幸甚の限り。




