薬を作ろう(前)
昔語りを始めましょう……。
本日の昔語りは、快復魔法の存在が未だ無いことに対して疑念を生じる太郎佐が、忠臣南川の手を借りながら薬の調合を行い始める物語。
この世界に於いては今尚最先端の医学生理学研究力を誇る里野医学研究所の発端でございます。
それでは、本日もとくとご覧あれー……。
「……まずは、薬の作り方を把握しておきたい」
「おお、薬で御座いますか。確かに、魔法を使っても人体の治療を行うのが難しい現状、必須では御座いますな」
「えっ、治療魔法って無いの?」
「ございませぬぞ」
「えーっ……」
治療魔法、それはこの世界では存在しないものであった。否、存在しないというよりは、誰も発明し得なかったと言った方が正しい。では、なぜ治療魔法というものを皆発明し得ないのか。それは後々、追々見ていこう。
「そもそも、長らく人体の治療を魔法によって行うという発想が御座いませなんだな。さすがは若、その発想力は大事になさいませ」
眼前の若が、用心慎重な結果隠していた鉤爪は、予想より物々しいものであることを考慮した南川は、なるべく眼前の若の発想力を伸ばす決意をした。そして、それが結果的にジパング地方を大きく拡張するのだから、流れとは侮れない。
「ああ、うん」
「それでは、薬の作り方で御座いますが……」
そして、南川は太郎佐に薬の作り方を教え始めた。
「若、そもそも薬とはどういうものか、ご存じでしょうか」
「確か、主に対応すべきは風邪と聞いたことがある」
風邪は万病の元、とはよく言ったものでこの当時、いわゆる抗生物質に相当するものがこの世界では発明されておらず、故に結核であろうがペストであろうがコレラやマラリアであろうが、皆「風邪」という事になっており、即ち免疫力をつけることこそが唯一の治療方法であった頃の話である。とはいえ、よもや南川も眼前の若殿がその「抗生物質」を発明するとは思っておらず、故に本草学的な薬品製造方法を教授するに、留めた。
「はい。そもそも病気というものは外にある邪気が体内に入り込んだ結果起きる現象でございますが、その病気には六つの期間がございます。それがしも薬師ではないので詳しゅうは存じ上げませぬが、前半三つを明、後半三つを暗と称しまして、正直暗昏期に出来ることは限られまする」
「そりゃ、そうだろうな。そして、赤ん坊や年寄りが死にやすいのは病気が明期からではなく暗期から始まるからだろう」
「おお、よくご存じで。然様に御座います。耐久力の弱い赤子や老人はやはり、邪気が流行った場合死にやすうございます。それは体ができあがっていなかったり経年劣化することによって病気が暗期から始まることから起こるものであり、裏を返せば老人だとしても体が経年劣化しておらねば、案外邪気に晒されてもかくしゃくとしておる者もおりますな」
本草学に曰く、病「期」に六期あり。前に明三期、後に暗三期。初手から数え陽明、陰明、昏明、暗黒、暗闇、暗昏。内、本来ならば病の初めは陽明だが、体のできあがっていない幼児や体の衰えが見られる翁媼は暗闇期から始まるとされている。逆に言えば、老人にも関わらず陽明期からの病状である場合は多少楽観視してもよい程には衰えていない、という証明にすらなるほどである。
話を戻そう。まず南川が太郎佐に教えたのは六病期であるが、門前の小僧習わぬ経を読むという通り、眼前の若殿は思いも寄らぬことを口に出す。
「で、だ。爺、俺は詳しくは知らぬが病状には虚実や表裏とかいうのもあるそうだな」
「おお、どこから耳にしたのかは存じませぬが、その通りに御座います。その分では気血水なども存じてそうですな」
この辺り、世界が変わっても漢方の知識は通用するのか、概ね気血水なども含め言語は違えど似た概念ではあった。
「文字通り、言葉知ってるだけだがな。前に、医者が来訪していただろう」
「おお、盗み聞きは感心しませぬが、若は耳が近う御座いますな」
「ああ、目や耳は良い方だと思う」
後に、この若は耳目の良さを武器にとんでもない活躍をするのだが、それを知る者は、まだここには存在せず。
「それはそれは。……とはいえ、それがしも専門家では御座いませぬ、そういった専門の知識は、是非とも専門の講師をつけまする故、お待ち戴ければ」
「ああ、何だったら領民用の診療所でも清顕に作ろうかね」
後に、里野医学研究所と称される此方の世界に於いて今尚最先端を誇る医学塾は、眼前の若殿が発端とされている。
「おお、それは宜しゅう御座いますな。さすれば、反抗的な民も懐くやも知れませぬ」
「おう」
それでは次回、「薬を作ろう(後)」。ご笑覧戴ければ、幸甚の限り。




