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第3話 「これは神がくれたチャンスだ」と彼は言った

 269回めのループが始まると、しかし松方くんはもう話は終わったとばかりに教科書に視線を戻していた。僕のことをちらりと見ることさえない。


 彼の非協力的な態度に僕はうんざりしながらたずねた。


「松方くん。さっきの続きだけど、一体この状況の何が好都合なんだい?」

「お前にこれ以上話す義理はねえが……まあ、いいか。特別に教えてやる」と彼は教科書から一度も視線を離さずに言った。「実は親とある約束をしたんだよ」

「約束?」

「ああ、次のテストでクラスでいちばんの成績を取れば、小遣こづかいを今の3倍にして貰うという約束さ。俺の今の小遣いは5000円だからな。一気いっきに大富豪になれるぜ」


 それはすごい、と僕は思った。高校生にとって15000円は大金たいきんだ。感覚で言えば、毎月のようにお年玉を貰うことに等しい。そんな大金をいたずらに散財する彼が近い将来、仲間内から嫉妬と羨望せんぼうの入り混じった目で見られることは想像にかたくなかった。


 彼の親もずいぶん思い切った約束をするものである。しかし彼のあだ名と照らし合わせて考えてみれば、彼の親の思惑はおのずと理解できるというモノだった。


「だが知っての通り俺は頭が悪い」と、彼は僕が考えていた通りのことを言った。「この前の学年末試験だって悲惨な点数だった。そんな俺が中間でクラス1位をとるってのは夢のまた夢ってやつだ」

「確かにこれまでの松方くんの成績じゃあ、クラス1位なんて天地がひっくり返ってもあり得ないね」

「ああ、親もそれを見越してのことだったんだろうぜ。どう逆立ちしたって俺がクラスでいちばんになれるわけねえってな」


 それから彼はこの269回めのループ中で初めて僕へと視線を向けると、夏休みにハワイに言ったことを友達に自慢する小学生のようにいじわるく笑った。


「——だが、それも3分前までの話だ。この3分で、俺は何者なにものにもなれる。ご丁寧にも記憶だけが引き継がれているからな。これは神がくれたチャンスだ」

「なるほどね」と僕は納得して頷いた。「つまりキミはこのループを利用して秀才になろうというわけか。まったく、キミもよくやるよ」

「なんとでもいえ。だが悪いが邪魔だけはしてくれるなよ。俺の未来《小遣い》がかかってるんだ」

「残念だけど」と僕は首を振った。「それはできないよ」


 彼の言葉を聞くうちに、僕はとある疑念を深めていた。すなわち、彼がこのループを引き起こしているのではないかという疑念だ。


「この事象を引き起こしてるのがキミでない保証がない。話を聞く限り、キミには理由がある。これ以上6月13日の午後1時10分を繰り返すのは僕はもうゴメンなんだ」


 しかし彼は呆れたように眉をひそめた。


「あのなぁ、そんなわけねえだろう? もし俺が犯人だったとしたら、どうしてお前を巻き込む必要があんだよ」

「僕には思いつかないけれど、キミにはあるかもしれない。僕に何かしらの恨みがあるとかね」

「ねえよ、んなもん」

「でもそれを証明することは不可能だ。なぜなら他人の考えなんて、どう頑張っても完全に推し量ることはできないからね」


 基本的に僕は他人の言動を信じてはいない。どんな悪人にだって、善人を完璧に演じきる能力があると僕は思っている。それが人間というモノだった。


「はぁ……ったく、だからお前と関わるのはメンドくせんだよ」と彼は頭をかいた。「いいか、俺はお前に恨みなんてこれっぽっちもねえ。けどお前の言うようにそれを証明する手段もねえし、する気もねえ。だがな、よく考えろ。もし俺がこんな超常現象を意図的に引き起こせるんだとしたら、こんな面倒な真似すると思うか? テストが配られてから巻き戻した方が遥かに効率的だろうが」

「それは……確かに、ね」


 とても説得力のある意見だった。おなじ時間をかけるにしても、テストの問題がわからない状況で勉強をするよりも、わかってからする方がはるかに効率的だ。3分しか巻き戻すことができないのだとしても、1回めにテスト問題を把握した後は、戻ってくると同時にトイレにでもこもって勉強する方がずっと良いに決まっている。


 僕は彼を疑うことをやめた。けれどそれは別に、彼の主張に納得したからというわけではない。結局のところ、彼は論点をずらしただけだった。しかしこれ以上の問答もんどうは時間の無駄だと僕は考えなおしたのだ。


 僕は彼に重要な確認をすることにした。


「その勉強だけど……それはいつまでかかるの?」

「俺がもう完璧だと思うまでだ。ま、少なくともあと5日は必要だな」


 5日……つまり彼の参戦を待つには、少なくともあと2000回はループを許容しなければいけないらしい。


「いくらなんでも長すぎるよ。せめて半分には出来ないのかい?」

「無理だな。俺は俺のバカさ加減をよく知ってる。それぐらいの時間は絶対に必要だ。それにいま言ったのはあくまでも最低値だ。もっと時間をかける可能性だってある」

「僕はもう限界なんだ。これ以上ループに囚われていると自分が何をするかわからない」

「そりゃ怖い」と彼はまるで怖がっていない口調で言った。「ま、できる限りやるさ」


 そうしてまたループの時間がやってきた。


 隣を見ると、彼は先のループのことなんて覚えていないかのようにまた勉強を始めていた。どうやら本当に次のテストでクラス1位をとる自信をるまではループ世界から抜け出す気はないらしい。


 仕方がない。僕は彼の勉強が終わるのを待つことにした。


 僕は彼が勉強をしている間、いったい何をして過ごそうかと考え始めた。ひとりで脱出方法を模索してもいいが、それは不公平だと僕は思った。せっかく一緒に巻き込まれた縁なのだ、彼にも苦心してもらわなくては。


 しかしそうすると、僕の主観時間にしてさらに120時間以上この時の牢獄に閉じ込められることになるわけだが、まあいいさ。その対価は、この世界から抜け出した後に貰うことにしよう。


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