とろとろのチョコを、君の唇から口移しで。
放課後。
委員会の集まりを終えて、荷物を取りに教室に戻ると、幼馴染みの沢田有菜がいた。
「有菜?お前、教室でなに菓子食ってんだよ。ひとり?」
有菜は自席でひとり、お菓子をもぐもぐと食べていた。
「んふ!へふほほほへ」
「…飲み込んでからしゃべれよ。なに言ってっかわかんねぇよ」
有菜は食べていたお菓子をごっくんと飲み込み、言った。
「花実のこと待ってるの。委員会の集まりがあるからって」
「委員会の集まり?もう終わったぞ…あ、そういえば山崎、委員会の集まりが終わったあと、先生に何か頼まれてたな」
山崎花実は、有菜の友人だ。
「えー!まだ終わんないのかな…やっぱ花実の言った通り、先帰っちゃおうかな~…」
はあ~…とため息をつきながら、ちいさなチョコの包みを開けて、口にひょいと入れた。
「お前、そんなに菓子ばっか食ってたら、ブクブク太るぞ」
「はあ?絋太には関係ないでしょ」
そう言いながら、そのちいさなチョコの包みを開けては食べ、開けては食べを繰り返していた。
…関係ない、か。やっぱり有菜は俺に脈はないか。
俺はもうずっと、有菜のことが好きだ。けど、有菜の様子を見てると、俺には弟とか身内みたいな感じで接してるようで。
…たしかに、俺と有菜の母親たちは幼馴染みで仲良くて、しかも家が隣同士だから、生まれた頃からよく一緒にいたし。だから、兄弟感覚であってもおかしくないと思う。
けど、俺は違う。兄弟的な好きじゃない。俺は有菜のことを異性として見てる。
俺は有菜のことが…好きだ。
「──た…ひーろーた!ボーッとして、どうしたの?」
はっと気づくと、顔のそばにふるん、と艶やかに濡れて揺れる唇が、有菜が目の前にいた。
「ぉ、わ!」
俺はドキッ、として、少し後ろに跳ねた。
「ふは、ウケる。何驚いてるの?…あ、もしかして~…私に見とれてたとか?」
「はあ?んなわけ無いだろ。菓子バカ食い女なんかに見とれるかよ」
「誰が菓子バカ食い女よ!絋太なんかにお菓子分けてやーんない!」
ぷうっと頬を膨らませながら怒る有菜。
…可愛すぎだろ。
「別に菓子なんかいらねーし」
「へー、美味しいのにな~。このチョコレートなんて特にめっちゃ美味しいのにな~…んんっおいっしぃー!」
そう言いながら有菜は俺に見せつけるようにして、チョコをぱくぱくと食べた。
「あ~美味しいチョコー。絋太いらないんだ~。私が全部食べちゃお~!」
もーぐもぐと、有菜の口の中に消えてゆくチョコ。
…これはあれか?俺が「ちょうだい」とか言わないといけない流れか?
そう、内心で思いながら、はぁ~…とため息をつくと。
「…そんな一人でバカ食いしてたら太るだろ。俺に1個くれよ」
そう言って、俺は手を有菜の前に出した。
「も~!太る太るうるさい~!」
「その通りだろ」
有菜はまた頬を膨らませながら怒った。
怒ってるつもりなら全然怖くないし、むしろ可愛すぎるわ。
そう思っていると、有菜は頬を膨らませながらも、俺の手のひらにそのちいさなチョコの包みを乗せ…ようとして、ぴりっと開けた。
「んだよ、くれるんじゃないかったのかよ」
「あんたみたいなやつには、こうやってあげる。ちゃんと口で取ってよ?」
そう言って、有菜はチョコの包みを開けると、そのチョコを自分の口にくわえた。
「…は?」
「んー」
目を瞑り、くわえたチョコを指さしながらんーんーと何かを言う有菜。
おいおい、まさか…
「…それ食えってか?」
俺が有菜に聴くと、目を瞑りながらこくりと頷いた。
そんな口にくわえたちいさいチョコを食え!?いやいや、確実に唇に当たるだろ!?そ、それじゃまるでキ…キスじゃんか!!?
と、内心で動揺しまくりながら、チョコをくわえて目を瞑る有菜を見ていた。
すると、チラッと片目を開けて、有菜は何か言う。
「んーんーふーっ!」
辛うじて〝はーやーくー!〞と聞き取れた、が。聞き取れたけども、そんなことできるか!
でも…俺は有菜のことが好きだ。
有菜とは恋人たちのように手を繋いだり…キスだってしたい。
けど、急にそんなことしろと言われても…こ、心の準備が…
目を瞑り、有菜は俺が唇からチョコを取るのを待っている。
ふるん、と艶やかで柔らかそうな唇が、体温で溶けてとろとろになったチョコで濡れていた。
ドキッ、とする。
そうだ…有菜は俺のことをどう思ってるかなんて知らないけど、俺は有菜のことが好きだ。
俺は有菜とキスしたい──────
きしっ…
俺は有菜の席の机に両手を乗せ。
ゆっくり…ゆっくりと、有菜の顔に近づいていった。
有菜のくわえたチョコの側まで唇を寄せると目を瞑る。
だんだん、チョコの香りが…有菜の甘い香りが、俺の体内で色濃くなってゆく。
ぴたり。
有菜のくわえたチョコにちょん、と唇が触れて。
俺は慌ててその触れたチョコから顔を離した。
心臓がドキドキしすぎて限界だった。
ああ…俺はなんてヘタレなんだ…と、内心で嘆きながら。
「おま、えさぁ!好きでもない男にそんなことすんなよ。勘違いするだろ!」
と、苦し紛れに詰まらないことを言ってしまうという。
…なんと情けない男か、俺は。
と。
ガタッ。
有菜が急に席を立ち上がったかと思ったら─────
────────────…………
突然、柔らかいものに、唇を塞がれた。
唇から口腔内に流し込まれる、とろとろとした甘ったるいもの。
とろとろに溶けたチョコレート。
有菜が俺の頬を手のひらで包み、くわえていたチョコレートを舌に乗せて、俺の口の中に押し込んだ。
俺は思わず両目を見開き、その様子を見つめていたが、何が起こっているのかすぐには理解できなかった。
そして。
─────────………ちゅ、ぱ。
濡れた唇の弾ける音がして。
息がしやすくなった。
視界には、唇をチョコで濡らし、顔を真っ赤にした有菜が立っていた。
有菜は唇に手の甲を当てながら、小さな声で言った。
「…好きでもない男に、そんなことするわけないでしょ。…バカ」