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※嘔吐注意

「ねぇ、ねぇ、もーいーかい、もーいーかい、」


 ドンドンドンドン……ガリガリガリ……

 扉一枚を挟んでいるとは言えヨウからとても近い場所に僕がいるということに、緊張が最高潮となる。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい! 扉を開けられたら見つかってしまう! どうしようどうしようどうしよう、どうやってこの危機を回避する? どうするどうするどうする? 僕の頭は混乱し、良い回避案が思い浮かばない。

 とにかく五月蝿い心臓の音を聞かれていないことを祈りながら息を殺す。気配も消す。それくらいしか出来なかった。


「もーいーか……ああ、でもまあ、この部屋にいるとしたらもっと色々と(・・・)音が鳴るはずだもんね。じゃあ違うかー。」


 ヨウは意味深にそう呟いた後、また斧を引き摺って遠ざかっていったようだった。もーいーかい、そう連呼しながら。

 それから数分待ち、全くヨウの声が聞こえなくなったところで一息つく。


「……ふー。」


 なんとか危機を乗り切った。ただ、ヨウが呟いた言葉が気になるが。この部屋にいると僕は音を立てる(・・・・・)、とは一体……?

 分からない、分からない。分からない焦りが僕を襲う。

 取り敢えずライターの明かりをつけて目的(鍵を見つける)を達成させなければ。焦っている場合ではない。

 僕はシュボッとライターの火をつけ……


「うっ……」


 ぼんやり明るくなったことで見えてしまったものに対して発狂してしまいそうだったが、ライターを持たない手で口を塞いだので声はかろうじて出なかった。しかし……


「おえぇ……」


 流石に堪えきれなかった。僕の目の前に落ちている切断された(・・・・・)右足の横で嘔吐する。






「ふぅ、はぁ……」


 なんとか吐き気からも立ち直り、ポケットに入っていたティッシュで口元を拭う。本当のところは口をゆすぎたいが、水なんてここには無さそうだし、あったとしても腐っていそうだからやめておく。いつからここが廃屋なのか分からないのだから。


「はぁ、はぁ……」


 僕の嗅覚は血の臭いを嗅ぎすぎて馬鹿になっていたようで、あまり臭いを感じ取れなくなっていた。だからこそ、明かりをつけるまでそれ(・・)にも気がつかなかった。こんなに大量の血溜まりが広がっているというのに。

 あまり見たくもない。バラバラになった右足、左足、右手、左手、胴体。いじめっ子最後の一人の死体がそこにあった。

 それを見て僕はこの部屋を調べたくない、そんな思いでいっぱいになった。こんな惨状の中平気で調べものが出来るやつなんか、狂ってるやつか頭がおかしいやつしかいない。僕はまだ狂ってなんかいないし頭もおかしくない。だからこの部屋を調べるのはやめよう。今狂ってなくても、ここにいるだけで狂ってしまいそうだ。

 もしこの部屋に鍵があるのなら、それは四階を調べ尽くしてからだ。それまではこんな場所に一秒もいたくない。

 僕は廊下の様子を窺い見てヨウがいないことを確認し、部屋の外に出る。


「……。」


 ここから四階に上がるには目の前の階段を上ればいい。よし、行くぞ。今一度気を引き締める。






 四階に上がって一部屋一部屋探した。あとこれで最後。逃げろと助言してくれたあいつがいる部屋。出来ればこの部屋を探す前に鍵を見つけたかったが、鍵は依然として見つからなかったのだ。仕方がないのでその部屋に静かに入る。


「……。」


 僕が四階に上がってきてからヨウに一度も出会っていない。今まで一つの階を上がるだけで二、三回は遭遇していたというのに。そのことに少し違和感を感じたが、そのことを詳しく考えている暇は僕の頭の中に無かった。とにかく鍵を見つけることしか考えていなかった。


 だからこそ、バラバラの部屋から今までずっと血の足跡が残っていただなんてこの時の僕には思いつけなかった。バラバラにされたくらいなのだから、今まで以上に大量の血が床に広がっていたというのに。そしてその足跡がヨウに見つかっていないはずなんて無かったのに。



「……ごめんな。お前の最期の願い、まだ叶えられてないんだ。でも絶対ここから出てやるからな。」


 倒れているこいつに一度謝り、さて、と部屋を探索する。






「無い……」


 僕は軽く絶望する。この部屋にも無かったということは、やはり唯一探していないあのバラバラの部屋に行かなければならないということ。あんなにグロい部屋には行きたくないのになぁ……。


「でも、行くしか……ない。」


 ふー……と長く息を吐いて気持ちを落ち着けさせ、僕は決意する。行くしかない、と。

 そう決めたのだから早速この部屋から出る。ヨウの気配も声も無い今がチャンスだ。更にこの屋敷を行ったり来たりしているうちにどこに階段があるか覚えてきていた。だからすんなり三階へ降りることが出来た。

 天は味方をしてくれている。そう思うことで気力を保たせている。きっとあの部屋に鍵はあるだろうから、と。






 結果から言おう。バラバラの部屋に鍵はあった。というか鍵の束があった。形が良く似ている五つの鍵が輪っかに一纏めにされていた。バラバラになった一部、右手と左足の近くにある本棚にあった。

 僕はそれを掴んでポケットの中に入れる。ジャラ、と歩く度に鍵と鍵が擦れて音が鳴るが、もうここから出られるなら音が鳴ろうが気にすることではない。


「あれ?」


 鍵があった場所の下に紙切れが置かれていた。ノートの切れ端のようなそれに興味が引かれた僕は手に取る。


「なんか文字が書かれてあるな……」


 紙をライターの火で焦がさない程度に近づけて文字を読み取る。


『僕はヨウ。僕の意識が屋敷の鬼としての僕に侵食される前にここに綴る。僕が鬼になったことで、この屋敷の仕組みを理解することが出来たからだ。

この屋敷にはかくれんぼの鬼となる幽霊が存在し、それに見つかると殺され、最後に見つかった人間が次の鬼となる。そして次に屋敷に来た人間とかくれんぼをしながら殺すことになる。この負の連鎖を断ち切るためには……』


「なーに見てるのー?」

「っ……!?」


 文章を読んでいる最中に真後ろから声が聞こえ、ハッと紙から目を離す。声がした方を向くとヨウが笑っていた。この文章を書いた張本人。

 ヨウは僕が持っている紙に目を向け、驚いたように目を見開く。


「あー、それ見つけたんだー。でもこんなにバラバラな死体がある部屋、よく探そうとか思ったよね!」


 正気を疑うよ! と無邪気な笑顔でそう言うヨウ。ああ、僕もそう思うさ。そう思うけれども、脱出するためには仕方がないだろう。


「……ここから出るためならなんでもやる。」

「へぇぇー……狂ってるね。」

「なんとでも言えばいい。僕は生きたいんだ。ここから出て……」

「そんなの……そんなの僕が許すはずがないじゃないか!」


 ダン! とヨウは持っている斧を床に叩きつけ、眉も吊り上げ、怒りを全身で表す。ぶわりと黒い靄もヨウから出てくる。もはや悪霊の類のように見える。

 僕はそのヨウの醸し出す空気に気圧され、足が竦む。ごくりとつばを飲み込む。汗がたらりたらりと流れる。

 これはまずい。今にも殺されそうな勢いを感じる。

 どうする、どうする、どうする。鍵は僕のポケットの中に、ライターは僕の手の中に、玄関までの経路は頭の中にある。脱出するために必要なものは全て揃っている。ということはヨウの気をそらしてこの部屋から出られればきっと脱出出来る。足にも自信はある。だから何かきっかけを……

 ぐるりぐるりと目だけを動かして情報を得る。何か、何かでヨウの気をそらして……


「これだっ!」


 僕の近くに落ちていたいじめっ子だった人の右手をヨウに投げつける。僕の思惑通りヨウの気を一瞬引けた。その僅かな瞬間を見逃さずに僕は廊下へと続く扉へと走る。非人道的と言われようと気にしている場合ではない。生き延びるためには。


「待て! 逃がすか! お前を殺すまでは!!」


 僕の行動にヨウの怒りは沸点に達したようで、先程までヨウの周りを漂っていた黒い靄が僕に向かって伸びてくる。僕を取り込もうとでもしているかのようだ。

 それに取り込まれないように走る。ライターの火が揺れる。


「待て!」

「はぁ、はぁ、はぁ、」


 そう言われて待つ馬鹿はいないだろう。僕はヨウの声なんて気にせずに走る。二階へ行く階段を一段飛ばしで走って降りる。


「一人だけ生き延びるだなんて、そんなことさせないっ!」


 ドォン、僕の真後ろで大きな音が鳴る。バキバキ、と床の木が割れる音も同時に聞こえた。ヨウの斧で床を叩き壊したのだろう。あれが僕に当たったらと考えただけでゾッとする。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 その後もドォン、ドォンと大きな音が背後から何度も聞こえた。辛うじて僕には当たっていないが、次は僕に当たるのではないかとヒヤヒヤする。

 一階に降りる階段までやって来た。よし、あともう少しだ。息も切れ切れになりながらも走り抜ける。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「待て!」


 ドォン! 今度は走る僕の真横に斧が振り下ろされる!


「ひっ!?」


 この行動が、いつでもお前を殺せるのだからな、というメッセージにも見えた。これはまずい。もっと速く、速く走れ……!






「はぁ、はぁ、はぁ……」


 玄関にようやく辿り着いた。扉まで走りながら鍵の束を取り出す。さて、この中のどれがここの鍵だろうか。見た目は似たり寄ったりなので、それで判別するのは難しいようだ。

 僕の勘を信じて掴んだ一つを扉の鍵穴に入れる。ガチャガチャと音が鳴るだけで開く気配はない。


「ちっ、」


 今度は違う鍵を穴に入れる。それも駄目。開かない。ああ、早くしないとヨウが……

 焦りで手元が狂う。次の鍵を穴に入れたところで、ヨウが追いついて来た。


「ようやっと追い詰めた! もー、意外と足速いんだね。でもざーんねん! その束の中に玄関の鍵は無いよ?」

「えっ……!?」


 衝撃の事実に、僕はバッと振り返るとヨウがニッコニコの笑顔で僕の真後ろに立っていた。


「そしてその玄関の鍵は……僕が持ってるんだ〜!」


 チャリ、と鍵を一つ僕に見せつけたヨウ。そんな、そんな……! 今までの苦労は無駄だったってことなのか……!?

 ああ……僕は……ここから出られずに……殺される……のか……?

 僕はストンとその場に座り込み、ただひたすらに絶望する。


「絶望しているところ悪いけど、そろそろ殺してあげるね〜!」


 斧を振りかざすヨウを、僕はぼーっと見ていることしか出来なかった。逃げる余裕が無かったのだ。ここから脱出するという気力ももう既に無くなっていた。


「ばいばーい!」


 僕の頭に向かって振り下ろされる斧の動きがスローモーションに見えたが、避ける余裕も僕には無かった。



グシャッ



 頭をつんざく痛みを最後に、意識は途切れたのだった。



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