二
ここは廃屋。だからもちろん電気も通っていない。薄暗くなってきた廊下を、足音をなるべく立てないように早歩きする。まあ、床が軋んで幾らかは音が鳴ってしまうから、それをゼロにするのは難しいが。
「はぁ、はぁ……」
死んだあいつは切れ切れにだが言っていた。『あいつ、つよい』と。ということは、他のいじめっ子の誰かが犯人なのだろう。しかし、あいつって……誰だ? いじめっ子主犯格のあいつか?
犯人探しを頭の中でしながらも足は動かし続ける。玄関へと向けて。
僕は今ようやく二階に降りてきた。実はここに来るまでで何度か人の気配がしたのだが、もしかしたら死んだあいつを襲ったやつかもしれない。そう考えついた僕はそのナニカから隠れながら早足でここまで来た。
僕は体力気力共に磨耗していた。それでも脱出しなければ。その想いだけでここまで来た。
ああ、暗くなるのが早い。そろそろ真っ暗になってしまう。さてどうするか。暗くなれば足元も覚束ないだろうから、明かりが欲しい。せめて、僕の周りだけでもいいから。
「この部屋に、あるだろうか。」
目の前にある扉を開けると、かろうじて部屋の中のものを探せる明るさだった。
「探せるかな……」
僕はこの部屋の中を片っ端から漁ることにした。どうせ廃屋だ。少しくらい拝借しても怒られないだろう。
箪笥の中を開け、テーブルの下を探し、机の引き出しを開ける。何でもいいから明かりが欲しい。マッチでも、ライターでも、懐中電灯でも良い。何か、何か……!
「あ、これは……!」
机の引き出しを開けて書類の束を掻き分けていると、四角いものを見つけた。これはきっとライターか何かだろうと踏んだ僕は、四角いものの蓋を開ける。キン、と小気味良い音を鳴らし開いたそれ。やはりライターのようだ。しかし火は付くだろうか。
もう一度言う、ここは廃屋だ。いつからここが使われていないのかも分からない。だからこれにオイルが入っていないかもしれない。古くなって使えないかもしれない。
しかしそれでも使ってみないと分からない。駄目元だ。使えなかったらそれまで。使えたのなら僥倖。一か八かだがとりあえずつけてみよう。
カチ……カチ……カチ……シュボッ
「おお、ついた。」
僕は運が良いらしい。偶然見つけたライターがちゃんとついたのだから。きっと神様が味方してくれているのだ。僕なら出来るさ。そう思い込ませて自分を鼓舞する。さあ、脱出しよう!
「……。」
はて、どうして階段がそれぞれの階で違う場所にあるのだろうか。そのせいで毎階毎階、階段探しをしなければならないのだ。だからまだ二階にいる。僕は方向音痴ではないが、それでも今僕がどこにいるか分からなくなってくる。とても厄介な構造だ。
明るければもっと早く出られただろうが、暗くてよく見えないのだ。ライターの明かりがあるとは言え、やはり心もとない。
……あ、ようやっと一階へ降りるための階段を見つけた。ライターの明かりのおかげで階段がぼんやりと見える。はぁ、長かった。
「……。」
一応階段の下に気配を感じないことを確認してから降りる。たまにギシ、と床が軋むその音だけが辺りに広がっていく。
ええと、ここからどう進めば玄関だっけ……。ライターを右に左に向けて玄関を探してみる。少し歩くんだっけか。
「っ……!」
その時ふとナニカの気配を感じ取った僕は、階段下の隙間に逃げ込む。もちろんライターの火も消した。
「っ……」
僕は息をひそめる。ここに来るまでに何度も感じた気配は危険だと僕の直感が言っている。僕の直感はなかなか当たるから見つかってはいけないのだろう。
「……ぃーかい、もーいーかい、」
今までで一番ナニカの気配を近く感じる。少年のような声も聞こえてきた。ヒタヒタと歩く音と、ギィーギギギと何かを引き摺る音も少し聞こえる。
「もーいーかい、もーいーかい、もーいーかい、もーいーかぃ……」
そう何度も呟いて向こうに行った。それをしっかり耳で確認してから、ふっと一息つく。ああ、心臓がバクバクと五月蝿い。
「ふー……」
それを落ち着かせるように深呼吸をして、目的地の玄関に行こう。
今一度耳をそばだててナニカがいないか確認してからライターをつけると、ぼぅっと辺りがぼんやり明るくなる。
ちなみに息をひそめていた時に玄関までの行き方を思い出した。ここを右に行くんだった。その記憶を頼りにして進む。
「……。」
ようやっと玄関の扉がぼんやり見えてきた。出口を見つけた僕はホッと一息つく。
ムギュ、
扉に向けて小走りするとまた何かを踏んだ。ライターでそれを照らしてみると……
「っ……!?」
いじめっ子の主犯格だった。四階のやつを殺ったのはこいつだと思っていたが、その考えを改めなければならないらしい。四階のやつと同じやり方で死んでいた。背中に二つ大きな切り傷がある。
ということは……何回か遭遇したナニカがこいつらを殺ったのだろうか。この屋敷の中で生きているのはそのナニカと僕……と他のいじめっ子三人……はどうだろう、見ていないから分からないが。生きていればいいとは思う。
まあ、このうちの誰かが犯人なのだろうが……。
「いや、今は脱出するのが最重要事項。明日明るくなってからどうにかしよう。」
ライターを消してポケットへ突っ込んでから、ごめんな、といじめっ子主犯格に手を合わせ、その後玄関のドアノブに手を掛ける。
ガッ
「あれ?」
しかし扉は開かない。鍵がかかっているようだ。
「嘘だろ……!」
早くここから出たいのに。それなのに鍵が僕の行く手を阻む。焦りでドアノブをガチャガチャと回す。もちろん、そんなことで開くわけがないのだが。
「もーいーかい」
「っ!」
その時僕の真後ろから声が聞こえた。それもナニカの声で。僕は驚き過ぎてひゅっと息を飲む。
待て待て待て! 今までのような近くに来た時の気配が全く無かったぞ! 足音も聞こえなかったし! いつの間に真後ろに回り込んだんだ!?
「もーいーかい?」
「……。」
「ねぇねぇ、無視しないでよー。無視されると……殺してしまいそう!」
無邪気な声で物騒なことを言うナニカ。これは無視し続けたら背後からザックリ切られるかもしれない。いじめっ子達のように(まあ、このナニカが二人を殺った犯人かはまだ分からないが)。
意を決してゆっくりと後ろを振り返ると……
「……見えない。」
そうだ、ライターの火を消していたのだった。僕はシュボッとライターをつけると、ニコニコ笑顔を浮かべた少年の姿がぼぅっと見えた。
「やぁーっと向いてくれた! もう少し遅かったらこれで殺してたかもねー?」
そう言って少年は手に持っていた斧を見せてきた。少年の細っこい腕で持つには重そうなそれにはベットリ赤いものが付いていた。やっぱりこいつがいじめっ子達を……
「お前が……こいつらを殺ったのか?」
倒れているいじめっ子主犯格を指差して聞く。
「うん、そうだよ? 五人!」
「……。」
どうやら五人ともやられたらしい。その事実に眉間の皺がクッと寄る。
「五人の話をそっと聞いてみたら、どうやら誰か一人を置いて帰ろうとしていたみたいでさ。もしかしていじめっ子なんじゃないかなって思って、だから皆この斧でざっくり! でも、君はその時いなかった子だよね? もしかして君がそのいじめられっ子?」
「……ま、まあ。いつもこいつらにいじめられていた。」
「だよね! だから君のことは今は殺さないでおいてあ、げ、る!」
「……あ、ありがとう。」
「でもその代わりにさ、ヨウとかくれんぼしよ?」
ヨウと名乗る少年は、にぃ、と口角を上げる。