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 学校が終わり、今日は僕を含めたオトモダチ五人とかくれんぼをしようと決まった。僕はあまり気が進まなかったが、オトモダチの誘いを断ることも出来ず渋々参加することに。しかし嫌な顔を表に出さないように意識してオトモダチの後をついていく。

 かくれんぼをする場所は、近所の廃屋敷だった。周りの皆は皆口を揃えてこの屋敷のことを『お化け屋敷』と呼ぶ。確かにそう呼ばれているのも頷ける風貌の屋敷だった。レンガ壁にはたくさんの蔦が蔓延り、窓も曇っている。庭の草もボーボーに生え、屋敷の中に入るためにはその草を掻き分けていかなければならない。そうしてようやっと屋敷の中に入ることが出来たのだが、玄関の扉を開けた瞬間に埃が舞う。こほ、と一つ咳をし、口元を腕で覆いながら屋敷の中を進む。

 こんな場所でかくれんぼをするだなんて何か裏があるに違いない。いつものように。






 この屋敷の最上階の廊下の端に皆でやって来た。


「じゃあコウスケが鬼な!」


 オトモダチの一人がそう言う。ああ、ちなみに僕がコウスケだ。


「俺達は隠れるからな、五分経ったら探しに来い。」

「ご、五分!? 何が何でも長すぎない!?」

「この屋敷、でかすぎるんだよ。だからそんくらいの時間が無ぇとちゃんと隠れられねぇだろーが。そんなことも考えられねぇのかよ。馬鹿だなぁ!」


 ゲラゲラ下品に笑うオトモダチ。屁理屈のようにも聞こえるが、まあ、僕には決定権が無いのだから従うしかない。


「……分かった。」


 そう了承して僕は壁に手をつけ、そこに顔をつける。視覚は閉ざされた。真っ暗闇が広がる中、僕は数を数え始める。


「いーち、にーい、さーん……」


 すると、オトモダチはバタバタと足音を立てながら隠れ始めたようだった。数十秒で既に足音は聞こえなくなり、僕一人がこの場所にいるこの状況を客観的に見ると途轍もなく侘しい。

 侘しさを紛らわせるように、今日は早く帰れるだろうかと頭の中で考えながら数を数える。……いや、きっと帰れないだろう。あいつらの気が済むまでは。


「ろくじゅうにー、ろくじゅうさーん……」


 というか五分は長くないだろうか? まだ五分の一しか経ってないのに。数を数える時間が永遠と続くような気がして、僕はため息を一つついた。

 律儀に五分きっちり数えなくてもいいような気はするが、あいつらのことだ。約束を守らなければまた何を言われるか分からない。何をされるか分からない。それなら言うことを聞いておいた方が何倍もいい。心身共に。

 所詮あいつらはいじめっ子。そして僕はいじめられっ子。この構図が覆ることはないのだ。僕には覆す力も頭もない。だから諦めるしかない。






「さんびゃく!」


 ようやっと五分数え終えた。ああ、長かった、と溜息を一つついてから顔を上げる。

 五分しか経っていないのに、どうやらもう夕方になってしまったようだ。傾いた日の光が窓から差し込んできて眩しい。この五分間の暗闇に目が慣れてしまっていたから、余計に眩しかったのだろうことが推測出来た。


「さて、どこから探そうか。」


 探すしか今の僕に出来ることはない。探さずに帰ったら、次の日にあいつらから何を言われるか……。考えただけで怖い。だからさっさと全員探し出して早く帰ろう。

 さて、と辺りを見回す。あまりにも広いこの屋敷のここ、最上階は確か……四階だった気がする。一階ずつしらみつぶしに探したとしても時間がかかる。一つの階に何部屋あるのか知らないが、相当な数あるようだし……。さてどうしたものか。

 しかしここでうだうだしていても何の解決にもならない。歩くしかないのだ。早く帰りたければ。

 そう決めた時、ぶるりと肩が震えた。なんだろう、よく分からない寒気を感じた気がした。しかしそれは気のせいだと落ち着かせ、とにかく歩かなければと自分を鼓舞する。

 近くの部屋に入ってみるが、人気(ひとけ)はない。隠れる場所もほぼなく、テーブルの下を覗いてみたり、箪笥の中を見てみた。しかしこの部屋には誰もいないようだ。

 しんと静まり返り誰もいないことを、聴覚が、視覚が、教えてくれる。


「次だ次。」


 頭を切り替えて隣の部屋に入る。






 それを何回も繰り返したその後。僕が先程まで五分数えていた場所の反対側の端に位置するこの階最後の部屋の前に立つと、ぞわりと寒気がした気がするが……うーん、気のせいだろう。そうだそうだ、そうに違いない。この部屋に近づく度に寒気を感じていたのは気のせいだ。

 そう自分に言い聞かせてガチャリと扉を開けると、むわりと鉄のような香りが部屋に充満していたらしい。その空気に気圧される。


「っ……」


 なんだなんだ? こんな嫌な臭い……。思わず手で鼻と口を塞ぐ。

 この部屋の異質さが気になり、部屋の中に一歩踏み出すと……


 ムギュ、


 僕はナニカを踏んだようだった。目線を恐る恐る下に向けると……


「っ……!?」


 そこにいたのはいじめっ子の中の一人。右手を部屋の奥の方へと伸ばしたままうつ伏せで倒れていた。まるで、這いつくばってでも何かから逃げたいと言わんばかりに。

 そして鉄の匂いの元はコレだったようだ。こいつを中心に、血溜まりが今もなお広がっている。うつ伏せになって露わになった背中に二つある大きな切り傷からそれが漏れ出ているのだろうことは分かった。


「っ、おいっ! 大丈夫か!?」


 いじめっ子だからこいつのことも嫌いではあるが、死んで欲しいなど願っては……いないと言えば嘘になるけど、それでも目の前で死なれるのは気分が良くない。何か、何か止血出来るものを探さなければ……!

 目を皿のようにしてギョロリギョロリと部屋の中を見回す。早く見つけないと、こいつの命が危ない! 何か、何か……!


「……ぃ、」


 そう焦っていた僕を止めるかのように微かな声が聞こえた。


「っ! 生きてるのか!?」

「……にげ、ろ……お、の……ころ、さ……れ……」


 いつも僕をいじめて蔑んできたやつが僕に『逃げろ』と言った。それくらい緊迫した状況なんだということは理解出来た。だが、こいつを見捨てる選択肢はない。そこまで人間辞めてはいない。しかしそれはこいつも同じだったらしい。だっていじめっ子が僕に……


「今何か止血出来るものを探してくるからな!」

「に……げろ……おれ、は……もう、だめ……だ……」

「そんなこと言うな! 生きると強く念じろ! 駄目だなんて言ったら本当に駄目になる! だから生きろ!」

「……あ、いつ……つよ、い……かなわ……ない、から……」

「待ってろ、今……!」

「お……まえ、い……き、ろ……」


 そんな、そんなそんなそんな……! そんなこと言うなよ! 僕は、僕はどどどうすれば……

 僕はとにかく焦ってしまい、はくはくと口を動かすことしか出来なかった。


「いけ……に、げろ……。」


 こいつはその言葉を最後に、もう話すことはなくなった。口元に僕の手を持っていくと、呼吸による空気の移動が感じられなくなった。ああ、こいつは……もう……。


「くっ……」


 とても悔やまれる。救えなかったことを。

 こんなことをしたのは一体誰なんだ。誰なんだ! そいつを見つけないといけないか? いやでも……僕とこいつの間にそこまでする親密さはない。だが、だが……

 どうする? どうすればいい?


「……いや、考えている暇はないな。」


 こうなってはかくれんぼなんてしている場合ではないな。こいつの最期の言葉くらい叶えてやらないと。だから……僕は『生きなければ』。


「助けられなくてごめんな。」


 こいつに向き合って手を合わせる。そうしてから立ち上がり、とにもかくにもここから逃げなければ、と決意を固くする。

 ここは最上の四階。一階に行くまでも長い道のりになるだろう。しかし、逃げ出さなければ。そうでないとこいつも報われない。


「……よし。」


 どんどん日は傾いてきて、そろそろ真っ暗になりそうだ。早くここから出なければ。

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