表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

007 おばん 2019年 夏

挿絵(By みてみん)


あつい。


夏やさかい暑いのん当たり前や。

辛抱するしかあらへん。

そんなことは分かってんねんけど、納得したからゆうて涼しなる訳やあらへんしな。

暑いもんは暑い。

暑い時に「あつい、あつい」ゆうたら余計暑うなるやん?

そやし言わんとこ思うねんけど、それでもついついゆうてまう。

しばらく「あつい」言うのん辛抱しよ。


みーん、みーん。

じりじり。


暑う。

黙っとってもやっぱり暑いわ。

ゆうてもゆわんでも結局、暑い。

おんなじ暑いんやったら、とことんゆうてみたろか。


あついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい。

あついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい。


あかん、目ぇ回りそうや。

自分でゆうてて気持ち悪うなって来た。

あー暑う。


ある日の夕刻、わいはおばんに連れられていつもの河川敷を散歩しとったんや。

その日は…いや、その日もおばんのナンパは上手いこと行かなんだ。

ここ2週間ずーっとこんな感じや。

あ~あ。

今日もジャーキーだけや。

しばらくマグロキューブ貰うてないなあ。

食いたいなあ。

隠したある場所は知ってんねんけどなあ。

届かへんねん。

くーん。


わいが思うに、おばんのナンパが上手いこと行かんのは、自己プロデュース戦略を誤っとるからや。

セルフイメージが実体と乖離しとるせいで、戦略コンセプトのベクトルが明後日の方向へずれとんねん。

まずは客観的に自己評価をすることから始めないかん。

そやないと、わいが持ち前の可愛らしさでイケメンの気ぃ惹いたかて、おばんが出て来た時点でぜーんぶ台なしや。

おばん自身がそのことに気ぃ付かん限り、わいはいつまで経ってもまぐろキューブ食われへん。

くーん。


とりあえず、年相応の格好するこっちゃな。

メイクも服装も若作りし過ぎやねん。

ええ歳して花柄のワンピースは頂けへんわ。

45やで。

そら、なかには45で花柄が似合うご婦人もおられるこっちゃろう。

でもうちのおばんには、ぜんぜん似合うてない。

絶望的に似合うてない。

花柄かて不本意やろうと思う。

ぼたもちがケーキ皿に載っとるようなもんやがな。

ケーキ皿はケーキのためのもんやさかいな。

ぼたもちはぼたもちに相応しい食器に乗っからな。

麻の葉やら組亀甲みたいな伝統柄の豆皿に載っとったら、ぼたもちかて風流に見えるで。

自分のことをマカロンやフィナンシェみたいな洒落た洋菓子やと勘違いしとるさかい、間違いが起きるんや。

とりあえずケーキ皿から下りないかん。


そや、着物なんかどや?

洋服よりは、まだ似合うんちゃうか。

歳も歳やしな。

紬の着物なんかさらっと着こなして、わいみたいな可愛らしいわんちゃん連れて歩いててみいな。

おんなじ豚でもピグレットぐらいには見えるで。


わいとおばんは、国道沿いの舗道を家に向かってとぼとぼ歩いた。


はぁ…。

まぐろキューブのことしか考えられへん。

ずず。

よだれ出て来た。

どうにかしておばんのナンパを成功させんと、わいは永遠にまぐろキューブ食われへん。

カリカリのドッグフードと小そう千切ったジャーキーしか貰えへんにゃ。


そんな具合に頭ん中をまぐろキューブでいっぱいにしながら歩いとったら、前からしゅっとしたイケメンが歩いて来よった。

犬連れとるがな。

チャンス!


わいはおばんのためにひと肌脱いでやることにした。

すれ違い様に、イケメンの連れとるメスのチワワに向かって吠えたったんや。


「わん」


すかさず、おばんがわいを嗜めよった。


「金太郎!ダメでしょ」


あんたのためにやったってんねんで。


「おや、フレンチブルドッグですか。可愛いですね」


イケメンは気さくに話しかけて来よった。

おばんは年甲斐ものう、色めき立っとる。

ぶるぶる。


「とんでもない。おたくのチワワちゃんには及びませんわ。私も本当はチワワが欲しかったんですよ」


わいかてお前みたいなんに飼われとうなかったわ。


「こんにちわ、チワワちゃん。お名前は?」

「うちの子の名前はココです」


ベタな名前やなあ。

いかにも成金の青年実業家かなんかが犬に付けそうな名前や。

まあ、名前に関してはわいも他人のこと言えへんけどな。

くーん。

わいは協力を仰ぐべく、チワワに話しかけた。


「すんまへんなあ。うちのおばんがご迷惑お掛けします」


あれ?

明後日のほう見よった。

犬語、分からへんのかな?

わいは気ぃ取り直してもういっぺん話しかけてみた。


「あのう…」


こいつ、分かってて無視しとるな。

なんやねん。

しれーっと、しくさって。

わたし、あんたみたいなんに興味ないねんっちゅうような態度や。

わいかて興味ないわ。

このいけず。

わいはお前みたいなツンと澄ましたメスは好かんねや。

ちょっと可愛らしいからゆうて、お高う止まりやがって。

わいはな、少々ぶっちゃいくでも愛嬌があって器量のええ娘が好きなんや。よう見たら性格悪そうな顔しとるわ。

いけ好かん奴っちゃで。


おばんは、わいのことなんかお構いなしにイケメンとの会話に夢中になっとる。もう、勝手にやってくれ。


「この辺りにお住まいですの?」

「ええ。いつもココを連れて近くのカフェテラスに行くんですが、今はその帰りでして」

「へえ。カフェテラスっていうと…」

「あそこの交差点を右に曲がったところにダイナーがあるんです」

「だいなあ?」

「ええ。テラスは犬もオッケーなんですよ」

「そうなんですか。私もこの子を連れて行ってみようかしら?」

「お勧めしますよ。わんちゃんを連れたお客さんが沢山いらっしゃいますからね。その店でココにもたくさんお友達が出来ました」

「そうなんですね。じゃあ、私もぜひ行ってみますわ」

「わたしとココもしょっちゅう遊びに行きますので、またお会いしましょう」

「ええ、ぜひぜひ。ココちゃん、またね~。…むふ」


おばんは家に着くまで、ずーっとニヤニヤしとった。

ときどき我に返って真顔になりよるねんけど、気ぃ抜いたらすぐニヤ~っとしよんねん。

気色悪うて、見てられへんかったで。


その晩わいは久しぶりにまぐろキューブをゲットした。


うんまー。

頑張った甲斐があったわ。

おばん、明日さっそくイケメンが勧めよった店に寄りよんで。

そうなると、わいかて可愛いらしいメスと出会えるかも知れへんな。

3匹も4匹もいっぺんに告って来よったらどうしよ?

わい、優柔不断なとこあるしな。

断わんのヘタやねん。

プレイボーイ気質やねん。

まあわいもまだ若いんやさかい、焦って相手決めんでもええにゃ。

ワン・ナイト・スタンドっちゅうのもアリやがな。

わい、やぶさかやないで。

一夜限りやったら、やっぱり女っぷりのええメスがええな。

ぴちぴちギャルもええけど、経験豊富な大人のメスも捨てがたいな。

小股の切れ上がったスレンダーもええけど、グラマーもええな。

知性のあるスマートなメスもええけど、ぽーっとしたおぼこい娘もええな。

ひひ。

ひひひ。

もう、なんでもええわ。


楽しみやな~

あのいけ好かんチワワだけは会うても無視したるけどな。

あとでわいの男っぷりに惚れて告って来ても、ぜーったい相手したらへん。まあ、明日のことは明日考えるとしよ。

それにしても今日はええ仕事したわ。

まぐろキューブも継続的にゲットすることが出来そうやし。


むしゃむしゃ。

うんまー。


翌日、おばんはいつもより早い時間にわいを連れて散歩に出掛けよった。

店に行く気ぃ満々や。

河川敷をさーっと流しとるあいだも、店へ向かっとるあいだも、終始ニヤ~っとしとった。

店はすぐに見つかった。


小洒落とんなあ。

これがダイナーっちゅうやつか。

店の前に木造のテラスが備え付けてある。

店のなかには客がちらほらおるけど、テラスにはまだ客おらへん。

おばんはこんな洒落たとこへ来たことないんやろう。

店に入んのを躊躇しとる。

なんべんか店の前を行ったり来たりしたあと、ようやくテラスに自分の席を取りよった。


さて席は取ったもんの、どないして注文したらええのかが分からへん。

レジへ行って注文したらええのんか、店員がオーダー取りに来んのを待っとったらええのんか…。

おばんはずーっときょろきょろしとる。

端から見たら挙動不審者や。

分からへんだら店のもんに聞いたらええねん。

注文もせんとぼーっと座っとったら、乗る気もないのにバス停のベンチで休んどるばあさんみたいやで。

あー喉乾いた。

おばん、とりあえず水貰うてくれ。


しばらくしたら、店員がオーダー取りに来よった。

髪の毛を真ん中からピンクと水色に染め分けた若い姉ちゃんや。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「えーっと…。私、こちら初めてなものですから」

「そうでしたか。ありがとうございます。本日はお食事ですか?それとも…」

「今日はお飲物だけ頂こうかと…」

「でしたら、当店お勧めのクリームブリュレラテなどいかがでしょう?」「…そうねぇ。じゃあ、そのクレームブル…」

「…」

「…ブルれラテを頂こうかしら」

「クリームブリュレラテでお間違いないですか?」

「はい。それ下さい」


ゆえてへんがな。

いちびって訳の分からんもん頼みな。

「ねーちゃん、冷コ」ゆうといたらええねん。

しばらく待っとったら、これまたけったいなパーマあてた兄ちゃんがクリームなんちゃらを持って来よった。


「お待たせいたしました。クリームブリュレラテでございます」

「あ。ありがと」

「わんちゃんにもお水をお持ちしましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


あほ。

わい、喉乾いとんねん。


「可愛いわんちゃんですね。僕もフレンチブルドッグを飼ってるんですよ」「あら、そうなんですか。き、奇遇ですわね」

「うちのはお客様のわんちゃんみたいに可愛くないですけどね」

「そんな。うちのはもう、がさつで困ってるんですのよ」

「いいじゃないですか、元気が一番ですよ。お水、大丈夫ですか?」


いるいる!

わいは、はあはあ言いながらおばんの足を掻いた。


「ええ、大丈夫です」


おい。


「かしこまりました。ではごゆっくり」


水!!


兄ちゃんが行ってしもたあと、おばんは虚空を見つめたまんまじーっと座っとった。

クリームなんちゃらもごくごく飲んでしもたし、やることあらへん。間抜けやなあ。

10分後、パーマの兄ちゃんがテーブルを拭きに来よった。


「あ、あの…お会計…」

「ありがとうございます。680円になります」

「680円ね。ありがとう。じゃ、これで」

「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

「ええ、どうも」


イケメンもおらんかったし、なんも収穫なかったな。

わいもゴージャスでセクスィ~なメスとの出会いを楽しみにしとったんやけどな…。

くーん。


「高っか」


おばんは店を出るやいなや、そうゆうて呟きよった。

おばん、もう二度と来おへんな。

680円やもん。

ビッグマックMセットとか、吉野家の牛丼特盛とおんなじ値段やん。

ありえへんで。

コーヒー牛乳に砂糖ぶっかけて表面焦しただけやろ?

原価100円せえへんちゃうの?

ようけ儲けとんにゃろな~


そや。

わい、カフェやろかな?

正真正銘のドッグカフェ。

犬が居るん違うて、犬がコーヒー淹れるカフェ。

客ら、びっくりしよるで。

お隣のコーノさん経営コンサルタントやったはるし、今度相談してみよかな。


なになに?

犬の分際でコーヒー淹れたり出来へんやろって?

犬を舐めてもうたら困るな。

あんたら舐めんのは、わいら犬のほうや。

わいかてコーヒーぐらい淹れられるし、クリームなんちゃらかて作れるで。


見ときや。


こうやって、こうやって、ボーって。

ほれ、出来た。

な?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ