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002 おばん 2019年 春

挿絵(By みてみん)


わいの世話は概ね母親の役目や。

45のおばんやねん。

このおばんが毎日わいを散歩に連れて行きよるんや。

週に2、3日パートに出とる日ぃ以外は、テレビ見てるか昼寝して過ごしとるようなおばんがな。

そんなぐうたらの出不精がなんでマメにわいを散歩に連れて行きよるんかっちゅうと、それには訳があんねん。

まあ聞いてえな。


毎夕、暗うなる前に近所の河川敷を散歩するんや。

このおばんな、散歩しとるあいだずーっとキョロキョロしとる。

ちっこい目ぇを限界まで見開いてイケメン探しよんねん。

目ん玉がこぼれ落ちるんちゃうか思うほどかっ開いてな。

まあ怖い顔やで。

イケメン探すのに必死で、わいのことなんか気ぃにも留めとらへん。

ちょっと道草食おうとしたら、思いっきりリード引っ張りよんねんで。

首締まるっちゅうねん。

バッタ捕まえたり他の犬の小便の臭い嗅いだりすんのが、犬の散歩の醍醐味やないか。

犬に道草食わさんでなにが散歩や。

好き勝手ひっぱり回しやがって。

がるう。


まあええわ。

世の中には散歩に連れて行って貰えへん犬もおるんやしな。

連れて行って貰えるだけましや。

そう思うとこ。

ほんでこのおばん、イケメン見つけるやろ。

そしたらな、わいを抱き上げてこう言い聞かせよるんや。


「きんちゃん、あのお兄ちゃんだよ。分かった?」


おばんはわいを地べたへ下ろしよる。

ほんでリードを手放して、わいを放ちよるんや。

わいはイケメンに向かって駈けて行く。

たったったったー。

辿り着いたら、イケメンの足元にじゃれ付いたんねん。

くーん、くーんゆうてな。

そいつが犬嫌いやなかったらまず、わいを邪見にしたりはせえへん。

わいは可愛らしいさかいな。

わいがイケメンにじゃれとったら、頃合いを見計らってそこへおばんが来よるんや。

すみませーん、うちの子がご迷惑を…とかなんとか言いもってな。

猫撫で声でな。

豚のくせに。

笑わしよんで。

まあそんな具合に犬をダシにして若いイケメンと話しをするんが、このおばんの愉しみっちゅう訳や。

寂しいおばんやで。


要するにわいはおばんのナンパの手伝いをしたってんねん。

もちろんタダで手伝うたる訳やないで。

おばんな、ナンパ手伝うたったら見返りにジャーキーくれよんねん。

こんなチャンス逃す手ぇあらへんがな。

わいは、いつなん時もベストを尽くすように心掛けてんねん。

無理やて分かってたかてな。

またこのおばんが面食いで若いの好っきゃさかい、無理そうなんばっかり選びよんねん。

それでもわいは精一杯やる。

仕事っちゅうのは信用が第一やさかいな。

ナンパが上手いこと行くか行かんかは、おばん次第や。

犬のなかでも特別可愛らしいわいがそんだけやっとんにゃさかいな。


そやのにや。

この前おばんな、ジャーキーなやしに犬用のガム寄越しよってん。

それも味のせんやつや。

イケメンがすーっと行ってしもた日ぃのこっちゃ。わいはちゃんと仕事したってんで。

イケメンに向かって駈けてってじゃれたってんで。

これ以上、わいに出来ることあらへんがな。

箸にも棒にも掛からんかったからゆうて、それわいの責任か?

どんな思い違いしたらわいのせいになんねん?

自分のせいやがな。

そのおもろい顔を鏡に映してようよう観察してみぃっちゅうねん。

あほ。

反省せえ。

わいの貢献の偉大さを思い知れっちゅうねん。

おんどれが晩飯にガム噛んどったらええねや。

がるう。


わいは復讐を誓った。


翌日の散歩の時や。

いつもどおり、おばんはわいを抱きかかえてイケメンに駆け寄るように指示しよった。


「きんちゃん、いい?あのお兄ちゃんだよ。OK?」

「…」

「OK?」

「わん」

「オッケ~。レッツ・ゴー!!」


ふん。

なにがレッツ・ゴーじゃ。

見とれよ。

駈け出したわいは、おばんの目当てのイケメンやなしに、たまたま近く歩いとった禿げ散らかしたおっさんにじゃれ付いたった。

ひひ。

あの時はおばん、なかなか迎えに来なんだな。

5メートルほど手前から「きん、きん」ゆうだけや。

それにしてもあの時のおばんのツラは見物やったで。

岸田劉生の麗子像みたいな顔しとったわ。


「きんちゃん。なんでお兄さんのほうに行かなかったの?」

「…」

「ねえ?」

「…」

「いつもご褒美にジャーキーあげてるでしょ?」

「ううう…」

「あげてるじゃないの」

「がるるるる…」

「ああ…昨日はガムだったけど」

「うう…」

「買いそびれちゃって、ジャーキーがなかったのよ」

「うううううう…」

「あんた、それ根に持ってんの?」

「わん」

「じゃあ、ジャーキーあげたら機嫌直してくれる?」

「わん」

「そしたらまた協力してくれるのね」

「わんわん」

「…ふん。現金な犬ね」


ごちゃごちゃ抜かしとらんで、さっさとジャーキー寄越さんかい。

わい、ボランティアちゃうねんど。

しかしやってみるもんやで。

その晩おばんな、ジャーキーだけやのうてまぐろキューブもくれよってん。わいの抗議が実ったんや。

あんたら、まぐろキューブ食うたことあるか?

あれはうまいで。


それ以来、わいの仕事は成果報酬制になってん。

おばんが目当てのイケメンと心ゆくまで話すことが出来たら、ジャーキーとまぐろキューブ。

盛り上がらんかった時はジャーキーだけや。

イケメンがそっけのう去ってしもた時でもジャーキーはくれよる。

要するにジャーキー1枚がわいの基本給で、まぐろキューブはボーナスみたいなもんや。

せやけどこのおばん、せこいでぇ。

ナンパが思うように行かんかった時な、ジャーキーをこっそり千切って小そうしてから寄越しよんねん。

わい、分かってんねんど。

ほんま、みみっちいおばんやで。


まあさんざん悪口言うたけど、おばんには同情を禁じ得んとこもあるんや。旦那が相手してやらんさかい欲求不満やねん…ひひ。


それにしても人間のおばんゆうのは、みな、うちのおばんみたいに年がら年中盛っとんにゃろか?

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