タイタニス、再起動
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暗闇の中、巨大なゴーレムに片手を当てて魔力を流し込んでいた少年がぴくりと身動ぎ、ゴーレムを見上げて動きを止めた。
「………動く?」
魔法玉にはこれ以上魔力を流し込むことは出来ない。限界まで溜めきったのだ。予想が正しければ、これで彼は動くようになるはず。
「………」
一歩、二歩と少しずつ距離をとる。
まだだ。まだ鉄の巨人は片膝をついたまま動かない。
「………何かやらなきゃ駄目なのかな?」
ふとそう考え、腕輪を指先でトントンと弾いてみる。金属製でやけに細かな装飾が施されたそれは、コツコツと心地好い音を鳴らした。しかし、やはり鉄の巨人はぴくりとも動かない。
「えぇ………じゃあ僕の頑張りは一体……」
彼が動くようになると信じてこれまで頑張ってきたのに、魔力を満タンにしただけでは結局動かないと知って思わず溜め息が出てしまう。これでは骨折り損のくたびれ儲けではないか。こうなると最初から知っていたら、大人しく此処で緩やかに死んでいったものを。
「あーあ、何やってるんだか」
ごろりと地面に寝っ転がり、真っ暗な天井を見上げる。あの日から随分と時間も経ってしまったせいで、死にたいという気持ちも大分薄れてしまった。今更、自分から死のうなんて思えない。だからと言って、ここから出るにはほぼ垂直な崖をずっと登っていかなければならない。そんな事、僕には不可能だ。つまり生きていたとしても、ずっとこの暗い洞窟の中に死ぬまでたった一人で居るしか無いと言う事。
「はぁ………外はどうなったかな。魔王は倒せたのかな」
最初は、幼馴染みのカミラと共に、家族や村の人々の敵を取ろうと始めた旅だった。神様によって武聖に選ばれてからもその目的は変わらず、強くなるために武聖としての戦い方を覚え、鍛え続けて来た。
もしも自分がちゃんと強くなれていたのなら、彼等と共に魔王と戦い、仇を取れていたかもしれない。だが今の僕は、魔王軍の幹部ですらない魔物にも苦戦し、仇を取りに行く戦いに参加する事すら出来ず、自殺しようにも死ぬ勇気も無い負け犬だ。世界中探したって、これ以上にみじめな男はいないだろう。強くなろうと努力していたのに、強くなれなかった所が尚更救えない。
「皆どうしてるかなぁ……」
今頃は魔王を倒して、故郷の国でお祝いのパーティーでもやっている頃だろうか。皆、華やかな衣装に身を包んで、旨い料理と酒に舌鼓を打って、綺麗に飾り付けられたホールで喜びを分かち合って。
勇者アレク。彼はどうしているだろうか。平和になった世界で、ちゃんとカミラの事を幸せにしてくれるだろうか。経緯はどうあれカミラが最後に選んだのは彼だ。彼女に選ばれたという嫉妬はあれど、彼に対しての恨みは無い。実力もないのにパーティにしがみつき続けて、彼等に迷惑をかけ続けていた自覚もある。だから、最後に彼等が幸せになってくれるのであれば、それで良かった。
まだ自分が強かった頃、役に立っていた頃、自分が戦ったで救われた命もあったはず。結果こそ、このようになってしまったが、戦うことを諦めなかった選択に悔いは無い。
何も出来ず、外で何が起きているか知ることも出来ず、ただ無意味に命を繋ぎ続ける事しか出来ない今の状況は、きっと愚かな選択を取り続けた僕への報いなのだろう。
「それにしても、やること無さすぎるなぁ……」
「それじゃあ……ボクの為に死んでくれよ」
「っ!? 誰だ!」
突如、暗闇の中から自分以外の声が聞こえ、跳ね起きて周囲をぐるりと見渡す。すると、暗闇から一つの影が近付いてくるのが見えた。
一見すると美しい容姿をした男性に似た姿だが、頭部からは山羊のような巻角を生やし、山羊の下半身を持った魔物。あれは『インキュバス』だ。人間の女性を好んで襲い、凌辱し、最後に殺す事が生き甲斐の下劣極まる悪魔。その上戦闘能力も非常に高く、並の兵士では相手にすらならない。
「何で、此処に……!」
「魔王様が念の為に、ってね。まさか生きているとは思わなかったけどさ」
そう言うと、彼は目の前で見る見る内にその本性を現し、山羊の角を持った牛の顔に剛毛でで覆われた人のような胴体、背中からは蝙蝠のような羽を生やし、蜥蜴のような尻尾と山羊の足を持つ異形となった。
今の僕ではまず勝つことが出来ない相手。そんな魔物が僕を殺しに来た。しかし、今の僕の頭の中はそれどころでは無かった。
「魔王が……? 有り得ない、もうあの日から何日も経ったのに。奴と戦っていないのがおかしいぐらいなのに、どうして魔王は生きている!?」
頭が沸騰して思考が纏まらない。いや、考えが纏まらないと言うよりも、今自分は必死にその考えを否定しようとしている。だが、彼の魔物は笑みを浮かべ無慈悲に真実を突き付けた。
「死んだよ、勇者達は」
「………っっ」
「魔王様と戦って、手も足も出ずに全員死んだ」
そんな、有り得ない。
彼等ならば、絶対に世界を平和にしてくれると信じていたのに。人類最強の存在である勇者なら、最強の魔物である魔王にも勝てると信じていたのに。
たった一人。僕に残されたたった一人の最後の身内と言っても良い存在だった彼女。僕の復讐の旅に巻き込む形になってしまった彼女。どんな形であれ、将来彼女が幸せになってくれる事が、復讐以外に何も残されていなかった僕の願いだったのに。
彼ならば、彼女を幸せにしてくれると信じていたのに。
「でもさぁ、魔王様も勿体無い事したよな。聖女と賢者、あんなに美人だったのに簡単に殺しちゃうんだから。ボクたちで孕み袋にしたかったのにさ」
僕の中で、何かが産まれる音がした。
「まあ良いや、死んでよ」
目にも止まらぬスピードでインキュバスは飛び、瞬時に距離を詰めてくる。そして、その鋭い爪が生えた手を振り上げて――
「『我が名はタイタニス。破壊の頂点に立つ者』」
「………え」
腕輪があの日と同じ、太陽の如き金色の輝きを放っている。
振り上げられたインキュバスの手は、鉄の巨人に掴まれていた。インキュバスは掴まれた腕を引き抜こうとするもびくともせず、宙吊りになる。
「全部壊してやろう」
『我は汝の怒り。我は汝の拳。我は汝の正義を為す者』
タイタニスの装甲が中央から両開きに開き、内側から絡繰の腕が何本も延びてきて身体の各部を掴んで持ち上げる。そして、僕の身体はタイタニスの身体の中にゆっくりと入れられた。
装甲が閉じると頭、両腕、両足とそれぞれに何かが装着され、体内の魔力がくぐっと引き伸ばされていくのを感じる。器の大きさに魔力が合わせようとしているのだ。膨大な魔力が無ければこれだけの大きな身体には合わなかっただろうが、僕が内包していた魔力量なら上手く行く。
閉じていた目を開くと、僕はその手にインキュバスを掴んでいた。
「え…………はっ?」
『許さない』
「あ、あぎぃぃぃあぁぁぁぁぁっ!?」
僅かに手に力を込める。するといとも簡単に頑丈な筈のインキュバスの腕は粉々に潰れ、激痛のあまり彼は絶叫した。
パッと手を放してやると、インキュバスはどちゃりと地面に落ちて、這いつくばったままで此方を睨み付けてくる。
「き、きき、貴様! 絶対に殺す! 殺してやる! 俺にこんな仕打ちをした報いを必ず受けさせてやる!」
痛みのせいか背中の羽を動かす事も忘れ、ナメクジのように地面を這って彼は叫ぶ。その瞳は赤く充血し、口からは涎を撒き散らし、美少年だった時の面影は欠片も残っていない。
『沢山の人々を殺して弄んできたお前がそれを言うか。報いを受けるのはお前だ』
「クソが………人間如きにぃぃぃぃ!」
インキュバスへと鉄の拳を思い切り叩き付ける。
辺りに血と肉片と骨が散らばり、くすんだ色の洞窟を鮮やかに染め上げた。
【タイタニス】
この世界における現代の技術では製作不可能なほどの大きさを持つ謎のゴーレム。自ら動くことも可能なようだが、消費する魔力が多すぎるせいで基本的に装着者が居る時しか動かない。武聖の為の特別な武器らしいが、自身を装着するに足る者を自ら選ぶという性質を持つ。
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