繋がる世界
最終話です。
世界には、合計で五つの国々が存在している。
大陸北方に領土を持つ資源大国『オスロー帝国』。
大陸西方の工業大国『ゲラルト王国』。
南西の砂漠に位置する『ムシュロア』。
東の小さな島に首都を持つ民主国家『ヤマト』。
南方に位置する漁業の盛んな国『ウィディミオン』。
五つの国々はそれぞれほぼ同じだけの広さの領土を持ち、互いに得意な分野で不得意な分野を支え合って発展してきた。
そして、何時如何なる時も世界の平和を保ち続けてきた機関が大陸の中央に存在する。
その名も『聖域タイタニア』。
時の武聖『ハルト』とヤマトの姫『クシナダ』の二人を中心として作られた巨大組織。
大陸中央部の山脈地帯に位置するタイタニアはその性質上、法律などの国としての機能を備えては居るが、国ではない。
タイタニアの町はどの国からでも出入りが自由であり、あらゆる国の文化が入り交じる此処は、簡単に訪れられない地でありながら非常に栄えている。
タイタニアの目的は『世界の平和を保つ事』。
各国から集められた優秀な人々によって世界は常に観測され、国同士が争いを起こそうものならば、タイタニアの奥に眠る『機神タイタニス』が目覚め、圧倒的な力をもって争いを止めるのだ。
一見すると暴力によって世界を掌握しているようにも見えるが、タイタニスがその力を振るうのは『争い』が起こった時のみ。つまり争いを、起こさなければタイタニスは目覚めない。
一瞬で地平までを焦土に変える力を持つと言われているタイタニスと戦う事がどれだけ愚かであるか、五つの国はそれを理解しているからこそ、互いに侵略しあったり、戦争が起きる原因となるような不和を起こすといったような真似はしない。
タイタニアは世界を見守る平和の象徴であり、世界の均衡を保ち続ける抑止力なのだ。
「ふッ、はっ!」
「どうしました武聖殿? その程度では私を倒すことなど出来ませんよ」
大理石で造られた広い聖堂の中央で、年端も行かぬ少女と壮年の男は戦っていた。互いに武器は持たず、己の身体のみで渡り合う。
二人の腕の差は歴然であり、少女は何度も殴りかかったり蹴りを入れようとするが、その何れもが避けられるか綺麗にいなされてしまう。それどころか、隙を突かれた少女は鳩尾を男に蹴られて吹っ飛び、大理石の床をごろごろと転がっていってしまった。
「うぐっ………ぐっ、あああぁぁぁっ!」
「ほう、ですが……」
それでも尚、少女は諦めずに立ち上がる。
口からは血を流し、目からは涙を流しながらも、男に勝つ為に拳を握り締める。
そして、獣のような叫び声を上げながら突進し、目にも止まらぬ速さで右の拳を振り抜いて――
「まだまだですね」
男が上体を反らし、少女の拳は空を切る。そして、軽くつんのめった所に足払いを受け、腕を掴まれた彼女は男によって投げ飛ばされてしまった。
「がっ、あ………!」
「しまっ、アオイ!」
背中から落下し、痛みに悶える彼女に男は慌てて駆け寄った。先ほどまでの様子が嘘のように彼は少女の身体を優しく抱き上げると、彼女の口元に小さなビンを寄せる。
「治療薬だ、飲みなさい」
「……せん、せ」
「飲めそうに無いか?」
「のめ、る……」
「なら飲みなさい、はやく」
壊れ物を扱うかのように繊細な手付きで、少女の口の中に液体が注がれていく。少女がそれを飲み干してから十数秒ほどすると、少女の身体に出来ていたアザや擦り傷がみるみる内に消えていった。
「アオイ、すまなかった」
「……ううん、先生は悪くない。私が弱いのがいけなかった」
「弱さは恥じるべきものではない。悪いのは私だ。君があそこまで食い下がるとは思わなかったから、ついやり過ぎてしまった。本当に君はよく出来た弟子だよ」
「なんか、はずかしい」
「ハハ……ごめんね。背中は痛まないかい? 自分で立てそう?」
「大丈夫」
アオイと呼ばれた少女は男に支えられながら立ち上がった。そして、腕や足を動かしたり、身体を捻ったりして異常が無いか確認したあと、再び男の方を見上げた。
「修行は?」
「今日はもう終わり。そろそろ夕時だし、ご飯でも食べに行こうか。アオイは何か食べたいものとかあるかな?」
「………天麩羅!」
「よし、なら天麩羅を食べに行こう!」
そう言って、先生と呼ばれた男は手を叩くと、少女と連れ立って聖堂を出ていく。二人が居なくなった後、聖堂の床を照らすステンドグラスには、旅装の男性と甲冑姿の女性が並び立つ姿が描かれていた。
「ヤマト先生、私は次代の武聖として強くならなきゃいけないのに、どうして先生は弱い事を否定したりしないのですか?」
「ん? それはねぇ」
タイタニアの町の大通りに店を構える老舗の天麩羅屋。二人はそこの個室に席をとり、海老や獅子唐などの天麩羅に舌鼓を打っていた。
しばらくは他愛もない会話を続けていた二人だったが、ふと、思い出したようにアオイは男に質問を投げ掛ける。
「武聖にね、強さは要らないんだよ」
「えっ? で、ですが有事の際には国同士の争いをたった一人で止めなければならないのですから、強さは必要なのではないのですか?」
「まぁ、普通はそう思うよね」
驚きに目を見開く少女に、男は頷きながら続けた。
「強さは、タイタニスが持ってきてくれる。武聖に必要なのは、『平和を護る』っていう心と、『力への責任』なのさ」
「力への、責任……」
「そう、タイタニスっていう世界を破壊し得る力をたった一人に任せるんだから、使う者には責任感が問われる。元からそれなりに力のあった者や、心の弱いものは力に飲み込まれ易い。だから、武聖は本当の意味での『弱さ』を知らなければならない。そもそも、タイタニスはその強さに精神が見合ったものしか選ばないとも言われているしね」
話していく内に真剣な表情になっていく男に、アオイもきゅっと口を引き締め、ピンと背筋を伸ばす。食事中であった事すら忘れ、張り詰めた空気が個室に漂っていた。
「僕のご先祖様、武聖ハルトから脈々と受け継がれてきた教えさ。今でこそ伝説の英雄と持て囃されている彼も、タイタニスを持たなかった頃は自らの弱さに苦しめられたそうだ。自らの弱さ故に仲間を失い、助けられたはずの人々を救えず……そうした経験があったからこそ、タイタニスの力に飲み込まれる事無く、正しく使うことが出来た」
「弱さを、知るのですね」
「うん。アオイは、まだこの『弱さ』について完全には知れていないと思う。だけど、僕と戦っていて何度も『悔しい』とか、『勝ちたい』とか思った事はあるだろう?」
「はい。先生にはいつも負けてばかりですから……」
「その心が弱さを知る事の始まりなんだ。今はまだどちら側にも転がり得る状態だけど、その弱さに責任と誇りを持ち、正しく力を振るうことが出来るようにする為に、こうして修行をしている」
そこでアオイはきょとんと首を傾げる。そして少し自分で考えた後、口を開いた。
「ならば何故あのような修行の形態になるのでしょうか。強さが必要ないのであれば、戦う必要すら無いのでは?」
そう、彼女の疑問は至極まっとうな疑問だ。
強さをタイタニスが与えてくれるのであれば、わざわざ修行で強さを身につける必要は無い。精神面を重要視するのであれば、座学を続けるほうが良いのではないか。
「あー、うん。言い方が悪かったかも。確かにタイタニスは強さを与えてくれる。でもタイタニスは『戦い方』までは教えてくれないんだ」
「あっ……」
少女は自身の疑問の穴に気付き、思わず声を漏らして赤面した。彼の言う通りだ。素人にいきなり剣や弓を与えてもまともに使えないように、戦い方を知らない武聖にタイタニスを与えたところで満足に動かす事すら出来ないだろう。
「強さは要らない。弱さは傷では無く誇りとして持つ必要がある。しかし戦い方は知らなければならない。難しい事だけどさ、これが武聖に求められてる事だから、僕は『弱い事』を否定しないってわけ。あ、でもいつまでも戦えないままなのは困るよ?」
「成る程、そう言う事だったのですね。勉強になりました」
「うん、でもまあそれで思い詰め過ぎる必要は無いから、辛くなったら何時でも言うんだよ」
「はい、先生」
男は少し腰を浮かすと、向かい側に座るアオイへと手を伸ばし、ごつごつとしたその手で彼女の頭を優しく撫でた。彼女も満更では無いようで、嬉しそうに目を細める。
「あ……ところで先生。先程から先生の海老天が汁に浸かったままになっているのですが……」
「え? あ"ーっ!」
アオイの指摘に彼は慌てて彼女の頭を撫でていた手を引っ込ませ、素早く箸を握ると天つゆから海老天を救出した。しかし時既に遅く、海老天は天つゆを吸ってぐでんぐでんになってしまっていた。
「ふふ、残念でしたね先生」
「やっちゃったよ……まあ、ご飯に乗せて天丼っぽくすれば行ける、かなぁ」
がっくりと肩を落とす彼を、アオイは愛おしそうに頬をほんのりと赤く染めて見つめる。少女の好意に彼はまだ気付かないけれど、今はそれでいい。でも数年後にはきっと。
それを想像して、少女の笑みが少し深くなる。
世界は平和だ。
魔王なんていう理不尽な驚異も無く、国同士が憎みあったり争ったりする事も無く。
タイタニスと共に、これからも平和は続いていく。
【武聖ハルト】
かつて多くの国々を滅ぼした魔物の王『魔王』を倒した英雄。旅の仲間に裏切られてもなお折れること無く立ち上がった彼は、当時のヤマトの姫『クシナダ』と共に世界中を巡り、人々を救い続けた。戦いの後はクシナダ姫と共にヤマトを復興させ、その後『聖域タイタニア』を二人で造り上げる。後に結ばれた二人は生涯仲睦まじく、互いの一番の理解者であり続けたと言う。
【ヤマト・クシナダ】
かつてのヤマトの姫にして、英雄ハルトの最後の旅の仲間。旅の中で彼女が戦うことは武聖ハルトの意思により一度も無かったが、彼女の存在は武聖ハルトに大きな影響を与えたと言われている。ヤマト復興後はヤマトの民主化を進め、長きに渡って続いていた王政を終わらせた。
後に武聖ハルトと結ばれ、多くの子をもうける事となる。人々が武聖ハルトを救世の英雄として見る中で、常に一人の人間として接し続けた彼女の存在は武聖ハルトにとって何よりも大切だっただろう。
【クズノハ・アオイ】
次代の武聖に選ばれた少女。代々優秀な魔術師を排出してきたヤマトの一族の末裔で、飛び抜けた魔力を内包しているものの魔法の才が全く無い。今は次代の武聖に相応しい人物になるために、次代の勇者でもある騎士『ヤマト・ジン』に師事している。
【ヤマト・ジン】
次代の勇者に選ばれた壮年の男。武聖ハルトとクシナダ姫から続く由緒ある家系の一人で、タイタニアを守護する騎士を勤めていた。次代の勇者に選ばれた事もあり、現在は次代の武聖である『クズノハ・アオイ』を武聖に相応しい人物になるよう修行をつけている。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




