これ何てハザード?
あれは今から三週間程前の事だ。
海外から日本に帰って来た旅行客の一人が原因不明の病に侵され、一時的にその空港が隔離された。
たまたまその空港で生放送のニュースを放送していたテレビ局のカメラマンとレポーターがその時の様子を撮影していたが、その時の状況は映像越しでも伝わるくらいには凄惨なものだった。
病に侵された旅行客は暴れに暴れ、救助に来た救急隊員や空港の警備員や職員ら十数人でなんとかなだめようとするも効果は無く、挙句の果てには旅行客を抑えていた人の指や腕を噛みちぎって喰べる始末。
どう考えても生放送で放送していい内容じゃなかった。
けど、そこはカメラマンとレポーターの意地だったのかな?
目の前で起こる非現実的な現実をなんとか記録しようと、周囲のお客がパニックになって急いで立ち去ろうとしているのに一切逃げる事なく、カメラを向け続けて実況を続けていた。
あれはもう賞賛に値する行動だった思う。
病人が苦しみ、傷害事件が目の前で起こっているのに撮影を続けるなんて今の日本の倫理観からしたら批判殺到・炎上ものだろうけど、それを覚悟の上で撮影をしようとしたんだ。
もしかすると、自分達が被害を被るかも知れなかったのに。
その旅行客はどれだけ沢山の人に制止されようと、どれだけ沢山の人を傷つけようと暴れる事を止めなかった。
何人もの人がその場にうずくまり、血を流して苦悶の表情浮かべ、苦しんでいた。
正気じゃ無かった。
誰がどう見ても異常だった。
でも、今思えばそんな事でさえまだ現実的で普通だった。
まだこれ以上暴れるのかとテレビを見ていると、もっと信じられない光景が撮影されたのだ。
暴れる旅行客が制止しようとする救急隊員の喉元に噛み付き、顎の力だけで喉笛を食い千切ったのだ。
それだけじゃない。
手の指の力だけで体に裂傷を負わせ、屈強な男性の腕を軽々とへし折りもした。
病に苦しむ病人がだ。
阿鼻叫喚。地獄絵図。
空港内はそんな言葉が似合う程に凄惨な現場になっていた。
重傷者が他に出てしまった事で流石にその旅行客を抑えておくどころじゃ無くなったらしく、喉笛を食い千切られた救急隊員の応急処置と搬送に人員を割かざるを得なくなっていた。
しかし、それが間違いだった。
十数人の男性の力でやっと抑え込む事が出来ていた旅行客から半数以上の人が離れれば当然抑え込む事は出来なくなる。
枷が外れた旅行客は勢い良く立ち上がり、その場に居た人達を見境なく襲い始めた。
ある者は爪で引き裂かれ、ある者は拳で頭部を粉砕され、ある者は四肢を喰い千切られ、最早救出活動どころでは無くなっていた。
ここまでの事件が起こっても尚カメラを向け続けたのはただ二人が勇敢だからなのか、それとも目の前の現実を受け入れれずに映画の撮影か何かだと勘違いしていたからなのか。
いずれにせよ、この二人が居たからこそ今の日本に普段では考えられないような脅威が持ち込まれた事が国民全員に知れ渡る事になった。
ただ、それだけで終わっていれば良かった。
異常な病人が複数人もの人間を惨殺する。
そんなただ血みどろのすぐに解決しそうな事件だけであれば放送当日に国民全員がパニックになって恐慌状態に陥る事も無かったろうに。
この事件の肝は異常な病人が異常な力で誰かを惨殺するという所では無かった。
では何が一番の肝であったか。それは……
間違いなく死んだ筈の人間が起き上がり、最初の旅行客と同じように周囲の人間を惨殺し始めた事だ。
それはさながら映画やアニメで題材にされる【ゾンビ】。
誰がどうみても致命傷を負って助からないような、あるいは間違いなく死んでいると外見だけで判断出来るような人がゆっくりと次々に起き上がり、最初の旅行者のように人を襲い始めたのだ。
ここまで来るともう理解が不能だった。
テレビに映っているのは現実なのか、はたまた趣味の悪い映像作品なのか。
ずっと生放送を見ていた筈なのに、突然それが信じられなくなる程には意味の分からない光景が起こっていた。
そしてここまで事態が悪化してしまった時点で既に何をするにしても手遅れだった。
緊急出動した自衛隊員は相手が一般人で、しかも怪我人という事で警棒などの基本的か武装すら許されなかった為に素手での対応を余儀なくされ、多少の対応は出来たもののすぐに返り討ちに遭い全ての自衛隊員はゾンビ化してしまう。
戦闘のプロでさえあの様だったのだ。
他に対応出来る人が居るわけもなく、その空港を拠点にじわじわと感染……もとい人類のゾンビ化は進みたった三週間足らずでこの国は崩壊した。
マジでこれ何てハザード?
それともなんとかオブ・ザ・デッド?
案外これは至極真っ当な人生を送っていた僕に訪れた転機なのではと思いもした。
唯一の生き残りの日本人が生き残った人類を救うべく立ち上がる!
とか、生き残った友人を集めてこの国から脱出する!
とかまるで映画やアニメの主人公のような転機が訪れたのではないかって。
……まぁ、あっさり僕は噛み殺されてゾンビ化しちゃっているからそんな事がある訳もなく。
やっぱり人生こんなものなんだなって今更ながらに痛感した。
何にせよ、この国が滅びてしまった事には変わりない。
丁度一ヶ月程経ったし今後の方針でも考えるかな。
本文では描きませんでしたが空港に居たカメラマンとレポーターは当然無事には済みませんでした。
済む筈がありません。