9:されど少女の願いは届かず
見知らぬ誰かにいきなり賢者呼ばわりされた件について。
いや、確かに女性経験なんてまったくないわけなんだけどさぁ、だからっていきなり賢者はないと思うんだよ。こちとらまだ魔法使いにも程遠い22歳の予備軍なわけでありますしおすし。
そもそも見た目に関してはそれなりに高水準だと自負してるし。ほら、養ってもらうには見た目も重要だと思うんだよ俺は。愛犬だって見た目が良いのが良いって人が多いはずだ。そこ、犬扱い(笑)とか言わない。
まぁ、ローブのフードで顔隠してるのでわかんないだろうけど。
「ねえ! あなたなんでしょ!? 花園の賢者って!」
黙り込んでいる俺に再度叫ぶように問いかけてくる魔法使いっぽい少女、略して魔法少女。うん、こっちのほうが言いやすいな。
だがしかし待ってほしい。俺は自分のことを賢者なんて自称したことはないし、言ったこともない。ならば、この少女は他の誰かと間違えているのではないだろうか? というか、そうあってほしい。じゃないと面倒な気がしてならない。
なので俺は言う。
「人違いです」
「嘘よ!!」
即否定ですかそうですかメンドクセェ。
この人どうにかなんないかなぁ、と魔法少女の隣で同じく縛られている(エロい意味ではない)女騎士に視線を向けるが、何故か俺の事を睨んでいるようなので直ぐ様視線を魔法少女に戻した。
まったく、俺が何をしたと言うんだ。
とりあえず、ある程度話を聞いたら何かしらの理由でもつけて帰ってもらおう。で、今度からここに来たら花園の入口で皆に追い返してもらおう。
うん、それがいい。
「私、ちゃんとギルドで聞いたわよ! この地竜の森の花園に、橙色程度の実力しかなかった冒険者を青に届くくらいにまで鍛えた賢者がいるって!」
面倒事を回避するためにあれやこれやと考えていると、唐突に魔法少女がそう言ったのだが、生憎と人のいるところに出たことがないので専門用語はわからないんだなこれが。まぁ、話の内容からして強さ的な話ではあるんだろう。
確かに、怪我をした冒険者を治療の間、住まわしたことはあるし、ある程度の世話をしたことがあるのも本当のことだ。
しかし、だ。一つだけ言わせてもらいたいのだが俺は鍛えたことなんてない。そもそも、何故俺がそんな面倒なことをしなきゃならんのだ。俺がやったのはせいぜい食事の世話くらいだったんだが。
………あ、いや、思い出した。確か、花園の虫たち相手に戦闘訓練してるのを見た気がする。
大変そうだなぁーくらいにしか思ってなかったから興味もなくスルーして花に水やってたけども。
ひょっとしてそれのこと言ってんのか?
「俺は相手にしてないんだがなぁ……」
「嘘だっ!!」
やだこの子話聞いてくれない。将来は鉈でも振り回してそうだ。
「嘘だって……じゃぁ、仮にそうだったとして、あんたら二人はその花園の賢者に何しに会いに来たわけよ?」
尚、面倒事だった場合は拒否させていただきます。
「それは……その………」
「代理として、決闘に出てもらいたいのだ」
俺の問いに答えあぐねていた魔法少女を見かねたのか、今までになにも答えずに睨んでいただけの騎士が代わりに答えた。
答えてもらうのは構わないんだが、何故睨むのを止めてくれないのだろうか。そういうのはそういうのが好きな人にやってあげてくださいお願いします怖いから。
しかし、ふむ。決闘とかあるのかこの世界。前に来た冒険者の話を聞いて思ったりしたのだが、この世界の世界観はよくある地球でいうところの中世ということでいいのだろうか?
まぁ、魔法とかある時点で違うところは多々あるだろうが、そこはそれなりにそういう系統の小説も嗜んできた俺である。ひょっとしたら何もかもが違う可能性があるが、まぁそこはいいだろう。なんせ、俺は自宅で悠々と過ごすからな(予定)。
「こんな状態ではあるが、名乗らせていただく。私はクェル。こちらのアリエリスト家が次女、アーネスト様に仕える騎士だ」
「そして私がアーネスト・P・アリエリストよ! この地竜の森のすぐ隣を治める領主の娘! 頭を垂れてもいいのよ?」
内心で改めて俺の将来設定を考えていると、向こうが勝手に自己紹介を始めた。
クェルと名乗った騎士が、睨み付けているわりに話し言葉は割りと丁寧だったことに若干ながら驚きを隠せない。もっとこう、敵対しててもおかしくない様な感じだったし。あと、縛られた状態でよく言えたなこのアホウ少女。逆に尊敬するよ。
「チェンジで」
「なんでよ!?」
最も、貴族の娘って時点で面倒事の匂いしかしない。騎士がお嬢様って呼んでる時点でそんな気はしていたが、案の定だったようだ。だから帰ってほしいです。
「それで?その領主の娘さんが、何で俺にそんな頼み事をするんです? あ、お帰りの際は回れ右して進んでくれたら森を抜けますので」
「悪いが、こちらも引くに引けない状況なんだ。取りあえずは話を聞いてもらいたい」
「なら睨むのを止めてくれませんかねぇ。怖くて仕方ないんですが?」
俺がそう言うと、黙り込み、見るから落ち込んだ様子を見せる女騎士クェル。何故事実を言ってそんな反応になるのか分からなかった俺であるが、そんな俺の様子をみてアホウ少女ことアーネスト・P・アリエリスト……長いな。よし、Pさんと呼ぼう。
とにかく、Pさんが口を挟んだ。
「よく勘違いされるけど、クェルは普段からそんな感じよ?」
「………え、ほんとに?」
「……すまない。気を付けてはいるのだが……不快にさせたなら謝ろう」
「あ、いや…。何か悪かった」
居た堪れない空気に染まる花園。
沈黙する三人の人間と、それを取り囲む虫の集団。第三者から見れば何だこれと思わずには居られないだろう。
「…とりあえず、虫たちに森の外まで送るように言っておこう。変な空気にして悪かったな」
「ちょっと、何話は終わった、みたいな感じになってるのよ!」
ちょうどいい感じに話が区切れたので、もうこのままごまかせば終わるかなと思ったのだが、見通しが甘かったようだ。まさか、Pに気づかれるとは。アホなのに侮れん奴だ。
「……では本題に入ろう。そもそもの事の始まりは、先代アリエリスト家当主の借金なのだ」
意外とPさん面倒臭ぇとか思っていると、クェルがその理由とやらを話し始めた。
尚、話が長くて大して面白くもなく、面倒この上ない内容だったので俺の独断でダイジェストにさせてもらおう。
まずその一。
五十年ほど前にこの地竜の森の魔物たちが何らかの原因で凶暴化し、軍勢となって森に近い街を襲った。
その二。
当時のアリエリスト当主はこれを何とか凌いだが、被害が尋常ではなかったために、復興資金を他の貴族から借りた。
その三。
それから当代までの間で借金の返済は完了したはずが、当時金を借りた貴族のひとつであるフルフート家の新しい当主が、まだ返済は完了していないと供述。
その四。
膨大な請求額。払えないなら娘(アーネストの姉)を出せ。
その五。
無理なら決闘で決める。ただし身内以外の魔法使いでな!←今ここ
とのこと。
なんか、説明聞いてるのも面倒になってきたので、後半は聞き流していたが話はそんな感じの内容だった…はず。なんか、聞けば聞くほど言うこと聞く必要あるのかとおもうのだが、まぁそこはよくわからない面倒臭そうな貴族の世界だ。色々あるのだろう。
「身内の魔法使いが使えない以上、こちらも外部の者を代理人にするしかない。だが、魔法使いは希少。おまけに、名の知れた魔法使いはどこかの貴族が囲っていることが多いのだ。もちろん、冒険者の者にも少なからず魔法使いはいるんだが、多くは精々初級が使える程度。決闘を任すことができない」
「そんな時に聞いたのが花園の魔法使いの噂。つまり、あなたのことだったのよ!」
「ふーん」
だがしかし、いろいろあったとしても俺には関係のないことだ。
なんせ、今の俺はほぼ世捨て人みたいなもの(捨ててない。というか、そもそも世にでていない)。貴族の世界で何かあったとしても俺の生活が変わることはないだろう。なら、答えは決まっている。
「悪いが、断らせてもらおう」
「……え、な、なんで!?」
俺の突然の拒否に驚きを隠せないPさんは、そう言って慌ただしく隣のクェルに視線をやる。
むしろ、何で引き受けると思ったのだろうか。
「…理由を聞いてもよろしいだろうか」
そんな視線を向けられた彼女は、その鋭い眼光で俺を見る。
もともと目つきが悪いという話であったが、意図して睨んでくるとここまで凶悪になるのか、と内心ビビって腰が引けそうになるのだが、ここで引くほど俺の意思は軽くない。
「俺にメリットがない。そして、面倒臭い。何故俺がやらなきゃならないんだ」
第三者からすれば本当に屑みたいな理由だろう。だが、俺はどこかの主人公のように、誰にでも優しさを振る舞えるわけではない。
俺は自分が大好きだ。なら、俺を優先することの何が悪いのか。楽をするために、面倒事に首を突っ込まないことの何が悪いのか。
「そ、そんな理由で……?」
思わず声が漏れたのだろう。Pさんが信じられないと言った様子で俺を見る。
だが、今俺が言った理由が俺が断る理由のすべて。
実に実に、面倒だ。
「そんな理由で悪かったな。……さて、お帰り願おうか。森の外までの安全は保障しよう」
話は終わりだ、と踵を返して俺はいつもの地下の部屋へと足を進める。後は連れてきたカマキリがあの二人を外へと返してくれるだろう。異常な強さを持つ彼らの相手になる魔物は、この森にはそうそういないのだ。
「ま…待って! ねぇ! 待ってってば!?」
Pさん…少女の声が後ろから響いた。
「お願い、もう時間も、頼れる人もいないの……このままじゃ、姉さんが…」
悲痛な声が響く。それでも足は止まらない。悪いが、残り少ない時間で何とかしてもらうしかないだろう。
それに俺はその姉とやらに会ったことはない。何故、見知らぬ誰かのために俺が労力を払わないとならないのか。
「私にできることなら、何でもするから……だから、だから……
---姉さんを、助けて………!!」
足が止まる。
何も少女の言葉に心を動かされ、善意で代理人になってやろうとか、ん? 今何でもするって言ったよね? とか思ったわけではない。
ただ単純に、俺がそれ以上進めなくなっただけだ。
「…急に現れてどうしたんだ、じいさん」
俺の前で道を塞ぐのは、いつもの見慣れたスーツに身を包んだ、この森の主である老紳士だった。
どうやらこの話はまだ終わりではないようだ。