75:牢屋の男
木人擬きの階段を降りた先で初めに感じたのは、固い地面の感触だった。どうやら、この地下全体が石造りであるようで、一面が壁になっているようだ。
アヤメの火を光源にして歩くと、今まで俺を下すための階段役を担っていた木人擬きたちが崩れて元の木人擬きに戻っていた。しかし、俺が歩くたびに動く足にまとわりついてくるのは正直うざい、というか邪魔である。
外ならともかく、今は城の内部に潜入しているのだ。誰かに見つかるリスクはできるだけ下げておくに限る。
一度だけ木人擬きの方へ振り返った俺は、口元に人差し指を当てて静かになるように促した。
口に出さずとも、こいつらの体には『心が通じる』の花言葉を持つススキも混ぜているため、理解はしてくれるだろう。本当に、口に出さなくても指示できると言うのは楽でいい。何もしたくないといは言葉を発することさえ面倒だからな。
ついでに持っているアヤメの炎にだけは気を付けるようにと指示を出せば、彼らは静かに敬礼のポーズをとった。素直なのはよろしいのだが、それをどこで覚えたのか。あれか、俺が作ったから、俺の記憶とか基にしている感じなのか?
まぁそこを考えていても、答えなんざ分かるわけがない。やめだやめだと言い聞かせて歩を進める。
しかしあれだな。出口がどこにあるのかがわからんな、これは。一応、感覚的に掴んでいるあの忍者の男の居場所を目指しているのだが、この石造りの通路から出るなんやらが見つからない。近づいているのは分かるし、俺の侵入方法からしてこの上なのはわかるのだが、下手に動くとあの男に会う前に面倒ごとに巻き込まれかねない。
木人擬きたちを突入させることも困難だ。外ならギリギリ木に擬態させてもばれないだろうが、室内でっそれが通用するわけがないだろう。最悪魔物と認識されて大騒ぎになる可能性もある。
「……しかし、場所も分からずこのまま歩き続けるのも嫌だしな」
主に精神的な意味で。ゴールの分からないマラソンとか地獄でしかないだろ。
「…ぁれ………か……」
「……ん?」
何度目かの分岐点に来たところで、感覚を辿って右折……する前に、何か音のようなものが左折方向から聞こえた、ような気がした。
「……気のせい、か?」
念のため、アヤメの炎を左折方向に向けてみる。すると、今までの石造りの壁面とは異なり、奥の暗闇まで鉄格子のようなものが続いていた。
鉄格子……牢屋、か? 誰かいる?
体だけをそちらに向けて耳を澄ませる。
牢屋、ということはそこにいるとすればこの国の犯罪者か何かなのだろう。仮にいたとしても出してやるつもりはないが、情報収集には役立つかもしれない。外の見張りの事やこの城についてなど、聞きたいことはそれなりにある。
「誰か、この奥まで行ってみてきてくれ」
「トゥリッ!」
牢屋となっている通路の方を注視しながら、木人擬きたちに声をかけると、一番前にいた一体が片腕(木)を挙げて前へと進み出た。
俺? 行くわけないだろ。相手、凶悪犯罪者かもしれないんだぞ? 危ないじゃん。
トテトテという音が似合いそうな足取りで進んでいく木人擬き。俺とその他の木人擬きは、その様子を静かに見送った。暫くして、アヤメの炎の光が届かない暗闇の中へと消えていく木人擬きであったが、『トィィッ!?』という鳴き声が響いたかと思えば、慌てた様子で駆け戻ってきた。
何だ、そんな恐ろしいものでも見たのかよし逃げよう、と振り返って右側の通路を進もうとしたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。
駆け戻ってきた木人擬きは、勢いそのまま俺の足にしがみつくと、葉っぱの生えた腕を器用に動かして体をよじ登ってくる。
「待て待て待て待て! 危ないって、引火するだろ!?」
『トゥリィッ! トゥリッ! トゥリッ!!』
ユーカリが使われているため、燃えやすいということを分かっていないのだろうか。登ってきた擬きは俺の声を無視して肩まで登ると、あっちあっちとでも言いたそうにその腕で俺の背後……つまり牢屋の方を指示した。
「……誰かいたのか」
『トゥリッ』
擬きの反応に、まじかと内心でため息をつきたくなった。
これで頭のおかしい犯罪者とかだったらどうしてくれるのだろうか。
しかし、それは可能性の話でもあるため、もしかしたら有益な情報が手に入るかもしれない。具体的にはここからの出口とか? まぁ、犯人が逃走経路を知っているはずもないが、その他にも何かわかるかもしれない。
情報渡したんだからここから出せ、的な話であれば、無視して情報のみを入手。先に出せと言われれば無視。よしこれでいいか。
そこまで決めた俺は、意を決して左折通路の牢屋へと足を踏み出したのだった。
◇
「案外、私の運というのも捨てたものではなかったようだな」
結論から言うと、俺の心配は杞憂だった、とだけ言っておこう。
木人擬きに案内されてやってきた牢屋の中には、すでに死んでいるんじゃないかと思われる男性の姿があった。しかし、かろうじて生きてはいるようで、時折かすれた声で小さな呻き声をあげていた。
肩に乗っかっていた擬きはそいつの前に着地すると、男の肩をその葉の茂った腕で叩き、俺を見上げていた。まぁつまり、この男を助けてほしい、ということなのだろう。
……おかしいな、俺、ゴーレムみたいなイメージでこいつら作ったのに、もう思考して行動する生物みたいなのになっちまってるよ。何なの? 向こうの世界で流行っていたAIか何かですか?
リアの実の使用も考えたが、見知らぬ男に使用するのも躊躇われる。そこで今回はマリーゴールドとセイタカアワダチソウの二種で男の牢屋内を埋め尽くした。概念的な治療になるとは思うが、それでも大分マシになるだろう。そこまで体力を戻しさえすれば、あとは普通の果物でも与えておけばいい。
そんなわけで、多少元気を取り戻した男は、俺が実らせておいたバナナを食しながら呟いたのだった。
「そうかい。それはよかったな」
「そうだな。できれば、ここから出してもらえればもっとありがたいのだが」
「……それは難しいなぁ。初めましての人をそんなすぐには信じられないのでね」
男の名はソクズ・ミナヅキ。猫耳ダンディーなおじさんで、ここ巫女院やこの国において、二番目くらいに偉い人であるらしい。もちろん二番目云々は自称であるため、そんな紹介ではいそうですかと出すわけにもいかないのだが。
それにもう一つ。出さない理由もある。
「なるほど。しかし、驚いたぞ。まさか、異国の者がこんな国の中枢部にまで来るとはな」
「まぁそれは俺もだ。まさか、この幻術を見破られるとは思ってなかった」
この男、ホオズキによる俺の幻術がうまく作用していないらしいのだ。というのも、この男はこの国の中でも珍しい魔法の適性があるらしく、彼曰く俺の頭の獣耳に違和感を感じたのだとか。
異国人だと知った時のこの国のものの反応はよく知っているつもりだ。今の対応が演技で、牢屋から出た瞬間に襲われれば、接近戦を不得手とする俺ではどうにもならない。木人擬きの反応次第ではあるが、そんなかけ事みたいなことはするつもりはない。
「あの男と言い、君と言い、もう少し海岸付近の守りを固める必要がある、か」
ソクズさんは、そう言って皮だけになったバナナを丁寧にたたむと、自身の隣に積み重なっていた皮に重ねるようにして置いた。よく食べたものである。
あの男、というのはいつの間にかここ巫女院を支配していた異国人の事らしい。何でも、気付かないうちに潜入されており、先代の巫女は毒殺され、大臣たちまで洗脳によりその手に落ちたらしい。この人はその珍しい魔法への適性のためか、洗脳はされなかったようだが、その代わりこうして牢屋に入れられたいたのだとか。
食事は出されていたそうだが、洗脳のためのお薬入りだったので食べなかったそうな。だから餓死寸前だったのね、この人。
「そういう話は、別の時に、俺じゃない誰かとやってくれ。でだ、ソクズさんよ。俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇんだ。この石造りの通路から出る方法を教えてくれ。まぁ、知っていればの話「わかった」……まじか」
まさか知っていると答えるとは思ってもいなかった俺は、そうとうマヌケな表情でもしていたのだろう。ソクズさんはそんな俺を見て、フッ、と笑う。
「だから言っているだろう。私は、ここ巫女院の中でも重要な立場の者なのだと。この地下通路の構造くらい、覚えているのが普通だ」
ここから出してくれるのなら、案内するが、どうかね? と言ってニヤリとするその様子には、俺の知る中でも一番偉い立場であるユリウス以上の貫禄が垣間見えた。
「っ、なら先に情報をしてくれ。その後で出してやる」
「ふむ、情報だけ得て出さないという選択肢かね? なら私は嘘のルートを提示しようじゃないか」
さぁ、どうするのかね、とでも言いそうな顔で俺を見るソクズさん。正直な話無視をして立ち去るという選択肢も考えてはいたが、この人の言っていることが本当だった場合、かなりの損をしていることになりかねない。
「……あ、真実だとわかればいいのか」
何かいいのはないかと頭の中の引き出しを開けまくっていた俺は、ちょうど良さそうな花言葉を思い出した。
……一度、記憶の中の花言葉をまとめたほうが良いかもしれないな。面倒だけど。
片方にはアヤメの花を咲かせているため、残った方に白い菊を咲かせた。
白い菊。花言葉は『真実を求める』。嘘をついているかどうかなどを知るにはちょうど良さそうな花である。
使いようによっては、この花言葉の効果という俺の魔法の副作用はかなり使い勝手が良いものだと思わされる。もっとも、知っていなければ意味がないし、覚えておく必要もあるのだが。
俺が聞きたいのは、この人が嘘をついているのかどうかだけ。それさえ知れれば、あとはどうでもいい。どうせこの国に残ることはないのだ。
「……なるほど、嘘はついていなかったのか」
何となく、嘘をついている感じはしなかったので多分大丈夫なはずだ。ちなみに、ここまでの話は全て本当らしいので、俺以外の異国人の男の話も含めて、である。
とんでもない時期にとんでもない場所に送りやがったな、あのじいさん。
「しかし、嘘かどうかわかる魔法とはな。是非とも私の下に引き入れたいが、どうかね?」
「遠慮しときます。そういうの興味ないので」
ではどうぞ、と先行するように促すと、彼はうむと頷いて前を歩き始めた。
「ところで、気になっていたのだが」
「はい?」
「彼ら? は、何なのだ?」
ソクズさんが指さしたのは、先ほどから待機命令を出していた木人擬きたちの姿。ただ、待機させていたはずなのだが、彼ら音もなく静かに舞っていたのだった。その様子は奇妙としか言いようがない。
「……ちょっと、俺にもわからないです」
その返答にお互い微妙な顔をするしかなかったのだが、木人擬きたちは俺が行くぞと声をかけるまで舞い続けたのだった。
そして、場面は木人擬きたちがあのよくわからない男をぶっ飛ばした時まで進むのだった。
リアルが落ち着いてきたので、だいぶ久しぶりの投稿になります。
待っていてくれた方々には感謝とお詫び申し上げます。
久々に書いたから文章すごい不安だぜ




