73:トゥリィーーー!!
大失態・・・!!
前話において、アズサのことをサクラと呼んでいました。
やべぇよ、書いてなかった弊害がモロに出ちゃってるよ。
修正したから許してね!
リットマン・ハーバルはサルバーニ帝国の軍に所属する魔法使いである。
水の魔法を最も得意とする彼は、自身の魔力を液体に馴染ませ摂取した者を操ることを可能とする洗脳には打ってつけの男である。
故に彼は、ヤマトを裏から動かして強力なヤマトの海軍を使って王国に奇襲を仕掛けるという重大な任務に選出されたのだ。
リットマン自身は己が仕える帝国幹部の一人でもあるゼルラーシの下を離れることに異論があったようだが、ゼルラーシの期待しているという言葉に態度を一変させたという。
ヤマト大国の獣人は、普段から魔法に触れることが極端に少なく、身体能力に優れる反面魔法への対抗力は並以下。故に洗脳を用いた都への侵入は容易で、巫女と呼ばれる国を治めていた女の毒殺も巫女院の者を洗脳してしまえば簡単に事が運んだ。元々病弱だったことに加え、少しずつ勘付かれないように毒を盛ったのが良かったのだろう。巫女は病死と噂を広めたことも相まり、一部を除いて誰も第三者の存在を疑うことはなかったのだ。
あとは巫女の娘である少女を洗脳してから巫女に仕立て上げ、自身の指示に従わせれば任務は完了。ゼルラーシ様も喜ばれることだろうとほくそ笑んでいたのだった。
しかし、リットマンの計画はとある男の手によって妨げられることになる。
ミナヅキ家当主、ソクズ・ミナヅキ。彼への洗脳が完全ではなかったことに気づかず、院の外への連絡を許してしまったことが致命的なミスであった。
その手紙が発端となり、計画していた巫女の娘の洗脳を行う前に都の外へと逃げられてしまうことになる。
リットマンは知らなかったことであるが、ヤマト大国においてミナヅキ家は稀有な術者の家系でもある。それ故ソクズは魔法への耐性が高かったことが幸いしたのだ。
原因を作ったソクズ・ミナヅキは今すぐにでも殺してしまいたいリットマンだったが、院を掌握した後のことを考えれば、ヤマト大国全土に影響力を持つソクズを洗脳する方が効率が良いために地下牢に捕らえる程度にとどめている。
もっとも、その娘は腹いせに殺すつもりではあるが。
しかし最終的には巫女の娘であるサクラの洗脳に成功したために問題はなく、あとはのこのことやってきたアズサ・ミナヅキを殺害すれば計画は完了。
唯一の障害と思われる暗部の男も、帝国が開発した薬の力をもってすれば容易く狩れるだろう。
「さぁ! 哀れな獣を狩る時間ですよぉ!!」
ローブを脱ぎ去り、服用した薬の影響で体中を鱗で覆われた体を晒したリットマン。アズサとナナシはその姿に息をのんだ。
その姿は湿地帯などに生息するリザードマンと人を混ぜたような姿だった。
固い鱗が生えた肌に、鋭い爪。そして瞳孔は縦に裂け爬虫類のそれを彷彿とさせる。
「何よそれ、気持ち悪い」
「気持ち悪い? 気持ち悪いだとぉぉおお!? 卑しい獣の分際で、我等が帝国の技術の結晶を笑うかぁぁァアあ!?」
アズサの一言に激怒したリットマンは自身の周囲に水の槍を数本形成すると、躊躇なくアズサに向けて解き放つ。
鉄扇で対処しようとしたアズサであったが、その前にナナシがアズサの真正面に躍り出ると両の手に構えた苦無を振るう。直進を続けてアズサへと向かっていたすべての槍が水飛沫をあげて露散した。
「アズサ様、無闇に迎撃しようとするのは避けて回避に専念を。あの術は、なかなか厄介な威力をしています」
「そう。わかったわ」
ナナシの忠告に短く返事を返したアズサは、袖から棒手裏剣を取り出すとリットマンに向けて投擲。ナナシの苦無さえ弾いたリットマンに通用するはずがないのだが、アズサが鉄扇を振ると棒手裏剣はたちまち軌道を変え、そのすべてがリットマンの顔面を目標に定めた。
「チィッ、劣等種が小賢しい真似を」
鱗に覆われた体であれば何もせずとも防げるが、鱗で覆っていない目に受けては堪らない。
リットマンは腕を顔の前で交差してこれを防ぐが、その視界を塞いだ一瞬を見計らってナナシが距離を詰め、無防備になった胴に全力の蹴りを叩き込んだ。
ドムゥッ!! という鈍い音とともにリットマンが吹き飛んでいくのだが、ナナシは追撃を緩めず、飛んでいくリットマンよりも速く回り込むと今度はその背中に向けて踵落としを繰り出し、リットマンを地に落とす。
「グゥッ!? この下等種があぁ!」
「ムゥっ!?」
しかし地に叩きつけられたリットマンはくぐもったうめきごえをあげながらも、攻撃直後のナナシの脚を掴むと勢いよく壁に向けて投げつける。追撃として宙に飛ばされているナナシに向けて水の矢を放とうとしたリットマンだったが、その攻撃は真横から放たれた風の槌が直撃したことで中断し、その方向を睨んだ。
「フンッ、私の事も忘れないでもらいたいわね」
「劣等種がよく吠えますねェ……それでは、あなたの相手は他の者に任せることにしましょう」
パチンと指を鳴らせば、今まで壁際で待機していた役人たちや他の洗脳された貴族たちがわらわらとがき出すと、アズサの周りを包囲し始める。
さすがのアズサも囲まれてしまっては勝ち目がないと思ったのか、役人たちを風を起こして吹き飛ばすと形成されかけていた包囲網を抜けてリットマンの下へと駆けた。
「ナナシ! 合わせなさい!」
「御意」
アズサは大量の風の弾を術を用いて用意すると、一気に射出し逃げ場をなくすように軌道を調整。ナナシもこれに合わせ、着弾と同時に仕掛けられるようにリットマンに向けて駆けていた。
「守りなさい」
再度リットマンが指令を出せば、洗脳された役人たちが庇うように躍り出る。更に先ほどアズサを包囲しようと動いていた者達も、獣人特有の高い身体能力を用いてアズサとナナシへと襲い掛かる。
「それを凌げないほど弱くはないわよ!」
魔法が多くの役人たちを吹き飛ばしていく中、アズサは魔法の制御に気を割きながらも鉄扇を振るい軽やかな身のこなしで対処していく。
その様はまるで演舞のようで、敵であるリットマンでさえほう、と声を漏らすが寸前に迫っていたナナシの拳を自身の鱗で弾くと鋭い爪で切り裂きにかかる。
苦無と爪が何度も切りつけあい、時折宙で水と風の魔法がぶつかりあうこと暫く。
「っ!?」
最初に気づいたのはナナシ。
彼はすぐに口元と鼻を腕を使って抑え込むと、すぐさまアズサの側へ引き返した。
「ナナシ、どうしたのよ」
「アズサ様、すぐに鼻と口を塞いでください。この場の空気はすでに奴の術中。お気を付けを」
「っ……そう、わかったわ」
ナナシに言われたとおり、懐から布を取り出して口元に押し当てるアズサ。その様子を見ていたリットマンは「おや、気付きましたか」と意外そうな声を出していた。
「一応、あなた方劣等種の鼻でも気づけないほどには希釈したつもりでしたが……」
うーむ、とリットマンが取り出したのは掌に収まるサイズの瓶だった。すでに使い切っているのか、中身はないのだが、それが逆に不気味さを醸し出している。
実はこのリットマン、先ほどのアズサとの魔法戦に用いた水弾に少しずつこの瓶に入っていた薬品を混ぜ込み部屋中にばら撒いていたのだ。
「まぁもうすでに役目は終わらせましたし、ここは一つ、先祖の力とやらを見せていただきましょうか」
用済みとなり放り投げられた瓶は、放物線を描いて落下を始める。やがて地に叩きつけられた瓶は甲高い音をたてて砕ける。
「う、あぁあ、あ……あぁあああアアああぁぁアあぁ!?!?」
「!? サクラ!?」
同時に部屋中に響いた少女の声に反応したアズサは、扉付近で洗脳された役人たちに囲まれていたサクラのもとに駆け寄る。その際に進行の妨げとなった役人たちを手加減なしの風で弾き飛ばすと崩れ落ちそうになっていたサクラを倒れる寸前で受けとめた。
「あアアぁア!! ガッ、アあぁっぁぁ!? う、うウぅぅううっ……!?」
「っ!? これは……」
しかし受け止めてもなお狂ったように唸り声をあげるサクラの姿に困惑するアズサは、その周囲であちこちに散らばる瓶を目にした。
「お前、サクラに何をしたぁ!!」
「おぉ、怖い怖い。そう怒ることではありませんよ?」
自身の体に腕を回して苦しんでいるサクラを必死に抱きかかえながら、アズサは元凶であるリットマンを睨みつけながら叫ぶ。しかし彼はそんな彼女の様子には動じず、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「私の上司から聞いた話なのですが、このヤマトに住む劣等種の皆様は何らかの影響で獣の因子が混じったと聞いていました。そしてこれは洗脳した劣等種から聞いたのですが、巫女……この場合は先代ですね。あれは特別で、魔物の中でも特に強い力の因子が混じっていたのだとか。」
「……それが何だっていうのよ」
「いやぁ、ね? それだけ強い力があるのなら、戦争では帝国の役に立ちます。おあつらえ向きに敵がいますし、実践投入の前段階として性能テストでもしようかと思いまして」
ニヤリと笑うリットマン。その直後に、アズサが抱えていたサクラに変化が現れた。
未だ苦しみ続けるサクラの体中から徐々に白い毛が伸び始めると、爪が鋭利になりアズサの着物の一部を裂いた。牙も伸び体そのものが大きくなるにつれて尻尾の数が増していく。
危険と判断したのか、ナナシがアズサの下へと駆け付けた。
『グォォオオオォオ!!!』
「アズサ様。これ以上は危険です。退避を」
「できるわけないでしょ!? サクラが苦しんでいるのよ!? 私を逃がす暇があるなら、あの男を仕留めなさい!!」
「しかし……っ! 御免!」
アズサに向かって振るわれた爪はナナシがアズサを抱えて飛び退いたことで何とか躱す。ナナシの背面を殴りつけてアズサが文句を言っているが、今はそれどころではないとサクラの下から大きく距離をとった。
やがて巨大化が収まるころにはサクラ・カヅキの面影は白い毛と赤い目くらいなもの。
四足歩行となった巨体は優に三メートルを超え、五つになった大きな尻尾。爪や牙は容易く人を引き裂けそうなほど鋭利になっており、今もなお唸り声をあげて手当たり次第に攻撃を仕掛けていた。先ほど役人たちを風で吹き飛ばしたことが幸いである。
「ふむ、流石は竜にも匹敵するとされた九尾の白狐の血ですねぇ。流石に今は竜には敵いませんが、しっかりと育てれば尻尾も揃い、いずれは届くかもしれません。帝国の力にもなってくれることでしょう」
「その前にお前を殺すわ!! 絶対に許さないわよ!!」
「安心してください。彼女は私がこの国を牛耳るために必要な駒。むやみやたらと壊すつもりはありませんし、体ももとに戻せます。もっとも……」
パチンッ、とリットマンが指を鳴らす。すると、今まで狂ったように暴れまわっていた九尾の白狐が動きを止めて飛び上がるとリットマンの前に立ちふさがるように着地を決めた。
「劣等種同士での殺し合い、何てものも楽しんでみたいでしょうぅ?」
「……下衆め」
舌打ちとともにナナシが呟くと、リットマンはさも愉快そうな表情で笑った。
そんな時である。
気分良くアズサ達を見下ろしていたリットマンのズボンの裾を何者かがクイッと引っ張った。
気分が良いときに何なんだ、とリットマンは引っ張ったであろう洗脳した役員を蹴り殺すつもりでいた。
しかしそうはならず、リットマンはそこにいた意味の分からない存在を目にして「は?」とだけ声を漏らした。
『トゥリィィー』
背丈約一メートル。まさに見たまま、動く木とでも名付けられそうなそいつはこれまた意味の分からない言語を発してリットマンの裾を引っ張っていた。
「何ですか、こいつらは」
『『トゥリーー』』
「!? いったい、どこから……」
その一匹に気を取られていたせいか、もう一匹増えていたことに気づかなかったようだとリットマンは目の前の存在の侵入ルートを探して辺りを見回した。
『『『『トゥリィ?』』』』
「!?」
そしてまたしても増える木。
何なんだと思案していると、何か巨大なものの影がリットマンを覆った。
恐る恐る振り向く。
するとそこにあったのは、木で作られた巨大な人の腕。見れば、先ほどの小さな木たちが寄り集まって出来ているようで、今もなお木たちを取り込んで大きくなっていた。
直後、巨腕がしなった。
「!? 九尾! 守……」
『トゥゥリィィィィーーー!!!!』
しなった腕は勢いそのままにリットマンへと叩きつけられ、当の本人はすさまじい速度のまま壁へと激突。
その様子を確認した腕は、次にはバラバラと小さな動く木へと戻っていくと別個体同しでハイタッチを始めた。
「よーしよし、チビども。よくやった」
床から這い出してきた青年が周りの木たちにそんな声をかけると、木たちは嬉しそうに『トゥリィーーーーー!!!』と片手(?)を挙げて答えた。
「何か、よくわからん奴がいたが……まぁ、いたやつが悪いよな」
青年――カオルがやれやれと辺りを見回す。そして目当ての男であったナナシを発見すると、獰猛な目を
向けるのだった。
やっと出てきたよ。
トゥリィィィーーー!!!




