70:反撃の狼煙
闇
暗い
怠い
疲れた
面倒だ
様々な言葉が頭に浮かんでは消えていき、気づけばそれさえも面倒だと感じている俺がいる。
真っ暗闇の中で倒れ伏しているような気もするが、別段頬や体が地面に接しているわけではない。考えようによっては立っているようにも思えるし、仰向けになって寝ている気もすれば座っているのではとも思えてくる。
だがこんな得体のしれない状況でも俺の意思は慌てるようなことはせず、むしろ自身の欲を優先して目を開けることはなかった。
ただただ、惰眠を貪るために。何なら、ここで永遠の時を過ごしてもいいのではないかとも思えてくる。面倒臭がりでどうしようもない俺は、それが一番お似合いな生き方なのだろう。
『また寝てるのかよ』
『本当に寝るのが好きなのね、カオル君は』
思い出すのは前世の記憶。懐かしい、友と呼んでくれた男と呆れたように笑っている優しい女性。
俺という人間が形成された人生の中で、最も影響を与えた二人であり。
俺というどうしようもない人間が背負うべき罪の象徴。
例え周りが俺は関係ないと言ったとしても、あの日の出来事はこんな俺でなければ違う結果になっていたはずなのだ。たらればの話は意味がないことはわかっているが、それでもと考えてしまう。
俺はこんな俺が大好きだという言葉に嘘はない。だがそれと同時に、俺はこんな俺が大嫌いだ。
曖昧な意識の中、二つの矛盾する言葉がゆっくりと混ざり合っていく。しかし、結局のところそれらが完全に混ざり合うことはなく、表面上ではそう見えるだけのハリボテだ。
そんなハリボテが俺なのだ。
徐々に背中から熱を感じるようになるのを感じる。曖昧だった意識が浮かび上がってくるような感覚。恐らく現実の俺はもうすぐ目覚めるのだろう。
『お土産、楽しみにしてろよ!』
最後に聞いた友の声は確か、そんな陽気な言葉だった気がする。
◇
「……ッガハッ、ハァッ、ハァッ。クソッタレ……」
目が覚めた。
そして同時に襲い掛かってきたのは、まるで熱した鉄を押し付けられたような痛み。もちろん、そんな経験などあるわけではない。ただの比喩だ。
しかし、背中から熱を感じているのは事実。伏した状態から起き上がろうにも力が足りず、背中に激痛が走って呻き声を上げるだけに終わった。
こうして倒れる前のことは大体覚えている。
陽が傾き、時刻はすでに夕暮れ時。辺りが淡い紫色に染まっている中で俺は魔法で咲かせた花を動かして状態を起こすと、続けてリアの実を実らせてそれを食す。
食べた傍から背中の傷が癒えていくのを感じる。これぞリアの実大先生の真の実力である。
一個をまるまる間食したころには背中の傷は完全に癒えた。
軽く体を動かした後、大丈夫そうなので立ち上がる。そして戦闘時に手放してしまった杖を探そうと辺りを見回してみれば、目的の物は木の上に引っかかっていた。
「『咲け』」
適当な花を咲かせてその茎を杖の部分で伸ばす。花の付いた茎は俺の思うがままに動き、あっさりと杖の先端を絡めとるとそのまま引っ張り下ろして俺のいる場所まで運んでくる。
それを受け取ったあと、自分の状態を再確認。
「クソッ……破けてんじゃねぇか」
体はリアの実のおかげで問題なく回復したのだが、身に着けているものはそうもいかなかったようだ。
じいさんからもらったローブと服はざっくりと何かを突き刺したような跡が残っていた。触れてみれば、その部分から俺の素肌が顔を覗かせている。
いろいろと便利で優秀な服とローブだったんだが、と若干の苛立ちを露わにしながら他の確認を行う。が、どうやらそれ以外は何も問題はなかったようで特に盗まれたものもない。指輪も健在だ。
「しかしあれだ……とっさの判断だったとはいえ、死んだふりってのは良く効くもんだな」
相手にもよるが、戦闘というくそ面倒なものを回避するためには意外と有効な手立てかもしれない。
先程の戦闘。
背後からの攻撃に回避が間に合わないと判断した俺は、咄嗟に背面の心臓部分、それも体外にではなく体内に植物を咲かせて簡易な壁を生成。これによって刃が心臓を貫通することはなく(恐らく少しは刺さっていたかもだが)即死だけは免れた。
そしてその際に用いた花の選択もよかった。
ツルウメモドキ、シノノメギク、ノコンギク、ホオズキ
ホオズキは見た目の偽装のために元々咲かせていた者であったが、順に『強運』『困難に耐える』『守護』『偽り』の花言葉を持つ花である。これらの効果によって、生き永らえたといっても過言ではない。
さらにもう死んだと思わせるために、体中に根を張り巡らせてありとあらゆる血管を生存できるギリギリまで縛ることで脈を抑えた。
だが、いくら有効であろうともできれば使いたくないやりかたである。
何せ、人の体というのは限りなく効率的にできているもので他の物を入れるスペースなどありはしない。
そこへ根っこやら植物やらと不要で無駄な異物を詰め込んだのだ。本来なら無理をしても入らないが、今回は魔力ではなく己の筋肉をエネルギー源として体に余白を作った。
リアの実で元通りとはいえ、考えただけでもゾッとしてしまう。
しかしそれだけ俺が追い詰められたのだ。パワーは俺よりも上だがアリーネさんほどではなかった。しかし、その速度はアリーネさんよりも確実に上だと断言できる。
あぁ、何と恐ろしい敵なのだろうか。
恐ろしいと、もう戦いたくないと思えるのが普通なのだろう。実際、普段の俺ならばそんな強いやつを相手にすること自体が面倒だと、関わりたくないということだろう。
だが、ここで一つだけ訂正しておく。
そう考えるのは俺が面倒ごとに巻き込まれる前の話であり、俺に被害が及ばなかった時の話だ。
知っているか? ストレスってのはため込むよりもちゃんと発散してやったほうが身の為になる。
ならどうするかは決まった様なものだ。
「あの野郎に一発……いや、死ぬよりも惨めな屈辱を」
決して不可能な話ではない。確かにアリーネさんよりも速く、技の多い厄介な相手ではある。がそれでもまだあの人よりも対応はできるのだ。
ありーねさんの場合は俺の仕掛ける策を尽くその力で粉砕してくるが、あの男はそうではない。
なら、俺が俺のフィールドで、万全の準備を整えていけば不可能なことではなくなるはずだ。
最初から全力で奇襲を仕掛けて足を奪う。
自らの判断で俺自身が動く以上、それを無駄に終わらせるつもりは毛頭ない。動く以上は望んだ結果を。でなければ、俺は俺が許せなくなる。嫌うことしかできなくなる。
すっかり陽が落ちて空には月が顔を出していた。
「さて、それじゃあ潜入開始と行きますか」
咲け、と杖に巻き付けるように咲かせたのはクローバーとロウバイ。それぞれ『復讐』『先導』の花言葉を持っている。あの男をこの広い都で見つけるにはうってつけであろう。
ふと視線を上げれば、月明りに照らされた鳥居の一部分が目に入ったのだった。
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