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花を咲かせる魔法使いはとりあえず楽をしたい  作者: 岳鳥翁
アリエリスト領と花の魔法使い
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7:少女と騎士

「お嬢様! お待ちください! 先行されては困ります!」


「心配しすぎよ、クェル。それにこの辺の魔物なら、私の魔法でも余裕よ!」


 とある日の朝、地竜の森の中でそんな声が響いた。


 迷いのない足取りで森の中をずんずんと進んで行く少女と、そのあとを周りを警戒しながら進む騎士の格好をした女性。


「いけません! もうここは魔物のテリトリーです。何が起こるかわからない以上、油断してはなりません」

「でも、危なくなったらクェルが守ってくれるんでしょ?」

「それはそうですが、私は何が起きてもおかしくはないと……」

「なら大丈夫ね!それじゃ、このまま進むわよ!」


 お嬢様と呼ばれていた少女はそう言って止めていた足を再び動かし始めるのだが、クェルと呼ばれた女性の方は諦めたようにため息を吐くと出来るだけ少女から離れないように、そして周りを警戒しながら進んで行く。


「しかし、本当にいるんでしょうか?唯でさえ貴重な魔法使い。それも、賢者と呼ばれるほどの人物がこの森の奥に住んでいるなどと……」

「いるわ! ていうか、いてくれないと困るわよ? じゃなきゃ、何のためにここに来たのかわからないじゃない」


 クェルが口にした疑問に、少女は、振り返って答える。


 つい昨日の話だ。色々と訳があって魔法使いを探していた彼女達は、あまり期待せずに訪れた領内の冒険者ギルドでとある話を聞いたのだった。


 それはとある冒険者のパーティーが依頼を受けたあと行方知れずになった、という話だ。

 聞いた当初は、魔法使い関係ないじゃないの!と話をしてくれた冒険者に叫んでしまった少女であったが、この話には続きがあるという事で我慢して聞いたのだ。


 そのパーティーが行方知れずになってから三ヶ月程経ったある日のことだったらしい。

 パーティーが帰ってきたのだ。当然ながらギルドの冒険者達は騒然となった。死んだと思っていた者が帰ってきたのだから当然である。

 で、本筋はここから。そのパーティーのことなのだが、あり得ないほど強くなっていたそうだ。

 三ヶ月前まではよくて橙色(オレンジ)くらいの実力しかなかったはずが、今では(パープル)。よもや(ブルー)に届くとさえ言われているんだとか。


 その強さの原因を彼らのパーティーメンバーは揃ってこう言うのだそうだ。

 曰く、『花園の賢者のおかげ』と。


 これを聞いた昨夜の少女が、そのまま森へ特攻しそうになったのを止めるのにはクェルも苦労したものだ。




「待ってなさいよ、花園の賢者……!!」

「ですが、お嬢様。仮にいるとして、会えるのでしょうか?聞いた話ではこれまで多くの冒険者が賢者に会いにこの森に入ったようですが、会えなかったと聞いています」


 もちろん、この情報も冒険者からだったりする。

 その賢者の目撃情報は件のパーティーのみ。それ以外の冒険者も強くなりたいがために森へと入ったが会えていないらしい。


 出かける前に、と情報を求めて件のパーティーと接触も試みたのだが、惜しくも彼らは数日前に護衛のクエストで不在。仕方ないので、陽が昇って早々にこうして地竜の森を訪れたのだ。


「大丈夫よ!」

「根拠は?」

「ないわ! 私の勘!」

「……」


 クェルは手で頭を押さえて声もなく項垂れた。

 

 だが少女はそんな従者のことなど気にせず、更に森の奥へと歩を進める。


「……はぁ…行動力は素晴らしいんだが…もう少し貴族令嬢としての慎みを覚えてはもらえないのだろうか…」












『ほぉ、またあやつ目当ての虫が来おったようじゃの』


 地竜の森。その中心部には森の外側から見ても分かるほど大きな山が聳え立っている。

 多分富士山よりも大きいというのは転生者こと(かおる)の言葉だ。


  そんな山の麓には、巨大な穴が存在する。

 まるで巨大な何者かが掘ったような穴。その穴の先は山の真下、地下空間へと繋がり、そこにはのそりと動く巨大な影。

 その存在こそが、この山の地下空間を根城にするこの地竜の森の主である地竜と呼ばれる竜である。

 


 深い地下世界であるにも関わらず、彼が森へと踏み込んだ人間を感知できるのはこの森そのものが彼の縄張りであるからだ。

 故に彼はこの森で起こっていること、更には侵入してきた人間の簡単な思考すら看破できる。

 

 余談ではあるが、薫が初めてこちらに来た際に現れなかったのはその存在から自身よりも強い力を感じ、警戒したからに他ならない。初めは特に害となる人間ではなかったために見逃したが、気づいた頃にはその身に宿す魔力がとんでもないものになっていた。

 故に早いうちに潰しておこうと思ったのだが、それがこの竜にとってよい出会いであったのは幸運なことだっただろう。


 閑話休題

 

『まったく、あやつが外の世界に興味を持つかと思って招いた虫であったが興味は持たんし、虫は増える始末。無駄なことをしたもんじゃ。…さて、此度の虫もそういう輩かと思っておったが……ふむ』


 森の眼を通して侵入者を視る。

 視えたのは魔法使いのようにローブを纏った小娘とその後を追う騎士の小娘の二匹のみ。森を進むにしては少々心許ないなずだが、騎士の方は虫にしてはなかなかの実力者と視える。


 もっとも、虫にしては、じゃがな。


 鋭い牙を剥き出しにしてクツクツと笑うその様子は、誰もが恐ろしいというに違いない。

 あの程度であれば容易く屠れる。ならばすぐに潰す必要もないだろう。そもそもやるつもりもない。彼ら彼女ら人間は、彼にとっては虫も同然なのだから。


『……なるほどの、目的は今までの虫と違う、か。あやつが外に出るきっかけになるかもしれん』


 警戒心の薄い少女の思考を読んだ竜は、その目的にもう一度笑う。

 

 この虫(これ)なら会わしてやってもいい、と。

 

『これも我が一族のためじゃ。面倒くさがりなあやつには悪いが……あきらめてもらうしかないの』


 


 ◇




「っ!? お嬢様っ!! お下がりを!!」

「え、何……きゃっ!」


 突如感じた危険に体が動いた騎士は、素早く剣を抜き取ると少女を庇うようにして前に出た。

 咄嗟のことで対応できなかった少女は、体制を崩すが騎士が背中を空いた手で支えることで転倒は免れた。


「……気のせい、なのか…? いや、しかしあの悪寒は……」

「ちょ、ちょっとクェル! いきなり何するのよ! 危ないでしょ!?」

「申し訳ありません、お嬢様。何かに見られている気がしたのですが……気のせい、だったかもしれません」

「そう? あなたがそういうのならそうなのかもしれないけど……」


 辺りを警戒しながらも剣を収める騎士。そんな彼女を心配そうに見る少女だったが、騎士の大丈夫です、という一言でまた歩き始める。


 

 花園はこの先だ。





 ◇




「ん? 侵入者? 人、かな?」

 

 その言葉にハニービーは頷くようにして顎を鳴らす。


「……面倒なことにならなかったらいいんだけどな…」




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