69:都の陰謀
本日は二話投稿します。
予定では七時ごろ
「まったく、随分うまく逃げ回っていたわね。サクラ」
「……」
都のミナヅキ邸。そのとある一室では、二人の少女が向かい合っていた。
一人は黒の髪を後ろで一つに結った少女。見た目からは『清楚』や『可憐』といった言葉が似合いそうなものであるが、その実態は『癇癪姫』と呼ばれるほどの苛烈な少女、アズサ・ミナヅキ。
そしてもう一人。見事な白髪に赤い目を持つ少女。先代巫女の一人娘にして、巫女候補の中でも彼女こそ、と噂されるサクラ・カヅキ。
畳が敷かれ、ふすまで区切られた応接間。質素ながらも品のある木製の家具に、出されたのはヤマト大国でも最上級と言える茶葉を使った緑茶。
とてもじゃないが、殺そうとした相手への対応とは思えない。
サクラは出されたお茶に口をつけず、ただじっと視線を下に落としたまま黙り込んでいた。
「……はぁっ。そろそろ、何か話しなさいよ」
「……あなたに話すことなど、何もありません。殺すならそうすればいい。覚悟は……できています」
サクラの様子を見かねたアズサであったが、とうの本人は先ほどから対応が変わらない。だが、そのような対応を取られることも全て承知の上での計画。自分の心が痛んでも、それが望のためであるならば甘んじて受け入れる。
その一方、サクラはアズサには目もくれず殺されるならそれでいいと考えていた。
確かに、亡き母の跡を継ぐため巫女になろうとは思った。
しかしそんな自分のわがままに、事情を知らない無関係の人間を巻き込んだうえ、その命を奪ってしまった。その事実が現在の彼女を責め立てる。
この国の生まれではない異国人。しかし、その実力を知った自分は都へ戻るために彼を利用した。都に向かう彼についていけば、必ず戻れると思っての行動。
これでどうして、次代の巫女と言えようか。自身の行為は、決して許されることではない。自分が関わらなければ、彼は、カオルさんは、あの男に殺されることはなかっただろう。
すべては、私がいたから。
「……一つだけ、答えてください」
「聞くわ」
「どうして彼を……カオルさんを殺めたのですか。私を都へ帰さないだけなら、何も殺すことはなかったはずです……!」
サクラの問いにアズサは少しばかり目を閉じると、目の前に置かれていた湯飲みに口を付けた。手を温めるためなのか、湯飲みを両手で包むように持つと彼女は漸く口を開く。
「邪魔だったからよ」
たったそれだけ。何の感情も込められていないその言葉に、サクラは息を飲んだ。
「そんなっ……でも彼は――」
「話は聞いているわ。あの男があなたのことを何も知らなかったことも、ただ都へ向かっていただけってことも」
けどね、とアズサは言葉を続ける。
「そんな男が、それも名前すら聞いたことがない無名の男がよ? うちの精鋭を退け、単独で海を渡り、更には暗部の頭目であるナナシに一時的であっても対抗した。そんな危険因子をわざわざ放置する方が危険なのよ」
そうよね、という言葉にふすまの外から肯定の言葉が返ってくる。
男のことをサクラは知っている。
代々ミナヅキ家に仕える忍びの一族。諜報や破壊工作、戦闘を得意とする暗部の中でもまさに最強ともいわれ、噂ではヤマト大国において彼に敵う者はいないとまで言われる傑物。
その名をナナシ。しかし、これは彼の本名ではなく、彼の一族、その頭目が受け継ぐ名前である。本名はこの名の継承の際に捨てることになっているため本人とその親以外に知る者はいない。
そんな規格外に少しでも対抗して見せた彼を危険視するのは至極当然のことなのだろう。それは次代の巫女を決めようという今の国の状態を考えれば、敵対する強敵など邪魔にしかならない。
だが、例えそのような理由があろうとも、自身が原因で命を落とした青年のことをサクラは悔やまずにはいられなかった。
故にこれは自らの罪。その清算のためにこの命を使わねばならないのなら、受け入れるつもりであった。
「話は終わりよ。それと、私はあなたを殺すつもりなんてさらさらないわ。けど、私が巫女になるまでは大人しくしておきなさい」
しかし、アズサはそうはせずに話を切り上げると徐に立ち上がった。
連れて行きなさいという彼女の言葉を機に、部屋の外で待機していた侍女たちがサクラを誘導する。
何かを言いたげな様子だったサクラであったが、結局何も言うことができず、彼女は促されるままミナヅキ邸内の一人部屋へと彼女を連れて行くのだった。
「よろしかったのですか?」
「……何がよ」
程なくして、サクラがいなくなった部屋に残ったのは屋敷の主であるアズサと、いつの間に入ってきていたのか黒服の忍び、ナナシ。
「あのままだと、今後サクラ様との間に修復も不可能な溝ができると思われますが」
「そ。それがどうかしたのかしら」
ナナシの言葉に、さもどうでもいいかのように振舞うアズサ。しかし、湯飲みを手にしたその手がわずかながらに震えているのを見て、彼は失礼しましたと暗闇に紛れるようにしてその場から立ち去った。
「……あの娘は優しいのよ」
ぼそりと呟いた独り言に答えるものは誰もいない。
日が傾き、淡い赤の陽がうっすらと部屋を染める。そんな部屋の中で、彼女は幼き頃を思い出すように目を閉じた。
たった数度。それもごく短い間ではあったが、彼女と過ごした時間は今でもアズサの宝である。
だからこそ。だからこそ、巫女にならなければならないのだ。
優しい彼女を、何が起きているのかが掴めないあの巫女院へ近づけるわけにはいかない。
「院のお父様と連絡が取れなくなってもう一月。最後の伝言は『気をつけろ』の一言のみ。暗部を送ってもその暗部が消息不明。……本当に、いったい何が起こってるっていうのよ」
だが十中八九先代巫女とも関わりがあることだろう。
ナナシを送ろうとも考えたが、何があったのかがわかっていない状況で側を離れさせるわけにはいかないほか、万が一にも何かあれば対処ができなくなる。
故に、行動に移せるのは巫女候補として巫女院に入る巫女決めの日のみ。
そこで私が全ての謎と、その元凶を突き止める。
そして全てが終わった後。
もし叶うのであれば……
「……サクラちゃん」
◇
「ほぉっ? カヅキの娘がミナヅキの元へ? それは良いことを聞きました、よっ!!」
都中央部、巫女院。
そこは国の象徴ともいわれる巫女が住み、巫女とはもちろん別ではあるが、国の運営に関わる多くの文官、貴族もこの巫女院にて生活している。
その見た目はまさしく白亜の城。都の中央に建設されたそれは、巨大な石垣によって都のどこよりも高い場所にあるのだが、これは国の象徴である巫女がいつでも国民を見守っていることを示しているのだ。
しかし、巫女院の最上階に位置する巫女の部屋には、とても巫女には見えない男が薄ら笑いを浮かべて陣取っていた。
名をリットマン・ハーバル。
黒いローブを身に纏った中年の男は、今しがた報告に訪れた巫女院所属の調査員を足蹴にケラケラと笑った。
だが、蹴られた男は何の反応も示さない。
やがて、生気の抜けたような瞳を浮かべながら立ち上がった男は、リットマンに恭しく礼をして部屋から出て行った。
リットマンはその様子を眺めながら口角を上げた。
「うむうむ。下等なる劣等種にはお似合いの姿ですなぁ。やはり彼らのような蛮族は上位存在たる我らが使ってこそ幸せというもの。魔法抵抗力の欠片もないお馬鹿さんたちは扱いやすくて大変よろしい」
まぁすべてはこの私が優秀だからこそできることですが、とリットマンは懐から取り出した小瓶を手の中で転がしながら笑った。
チャプチャプと音を立てる淡い紫色の液体を満足げに眺めた彼は、そういえばと先ほどの報告内容を思い出した。
「先代の娘……どこにいるのかと探しましたが、ミナヅキの家ですか。……また面倒な」
唯一、自身の調合した薬による洗脳がうまくいかなかった男のことを思い出し、機嫌を損ねたリットマンは、近場にあった壺めがけて拳を振り下ろした。
魔力強化によって底上げされた力は、容易くその壺を破壊する。
巫女の部屋に置かれるほどの逸品であるのだが、彼にとって人間以外の作ったものは等しくゴミ。精々したとさえ思うことだろう。
pipi pipi pipi
ふぅ、とストレス発散を終えたリットマンは、そこで自身の懐から機械的な音を上げている水晶に気づくと少し慌てた様子で水晶を取り出した。
『リットマン。そちらの様子はどうだ?』
「これはこれはゼルラーシ様。ええ、はい。それはもう順調でございます」
笑みを浮かべて答えるリットマン。その言葉に、水晶の人物はそうか、と一言だけ呟いた。
『では引き続き頼むぞ。ヤマトを手中に収めるまで、貴様の帰る場所はないと思え』
「ええ。わかっておりますとも。我らが帝国に栄光あれ」
水晶が反応を示さなくなるのを待ちながらリットマンは頭を下げる。
暫くしてまた元の位置に水晶を戻したリットマンは、ふむと考えるように顎を手で撫でた。
「しかし、見つかったとなればやることは一つですね。あとはどうやってこの薬を飲ませるか……」
まだ十代だというのに面倒なことをしてくれる、とリットマンはミナヅキ家の少女の姿を思い浮かべて顔を歪めた。
折角巫女院のほとんどの下等種を洗脳し、先代の巫女の殺害まで成功させたというのに、あの女のせいで計画が狂ったのだ。心底腹が立つ。
「まぁいい」
所詮は小娘。いくらでも出し抜くことはできる。あのナナシとかいう下等種が少々厄介ではあるが、それでも完璧というわけではあるまい。
巫女を選ぶための巫女石。その前に姿を見せた時が最後となるだろう。仕留めてしまえば、逆らうものはいなくなり、そして私の傀儡となる巫女が誕生する。
全ては先の戦争のため。
「ふふっ、計画が成功した暁には、牢屋の劣等種に娘の末路を聞かせてやるのも面白いかもしれませんねぇ」
◇
「……ッガハッ、ハァッ、ハァッ。クソッタレ……」




