68:じいさん以来のピンチ
見上げた先、巨花の壁の上に佇む襲撃者。
声からして男。そして今までの奴よりも強いことは明らかだ。
「橋の者からもう貴様の姿がないと連絡を受けたときは些か信じられなかったが、捨て駒を仕掛けて正解だった」
捨て駒とは先ほどの気持ち悪いカエルの事なのだろう。しかし一人でブツブツと呟いているようだったので、無視して足場にされていた巨花を消す。急に足場が消えれば、体勢も立て直せず、身動きの取れない空中で花の餌食にしてやろうと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
男は巨花が消滅する寸前で足場を蹴って離脱。体勢こそ崩すことはできなかったが、空中であることには変わりがないため、容赦なく落下地点から花を咲かせて拘束しにかからせた。
「ほぉ?」
意外そうなものをを見た。そんなことを言いたげな様子で目を少しばかり見開いた男は、落下途中であるにも関わらず空中で身を捻ると、新たに取り出した苦無で手を縛りにかかった花を切り刻み、足に向かったそれを足場として軌道を変える。
軌道を変えられたことによって胴を狙っていた太めの花の挙動が乱れてしまい、男に時間を与えてしまった。
「『切り裂け 水刃』」
男の手元から発生した水が瞬時にその形を薄い刃物のようなものに変えると、軌道を変えて拘束しにかかった花を根元から切断。
「『咲け』」
だがそれで終わらないのが俺の魔法。
切られて分離された花の先端部分は、未だ男とともに落下中。つまり男の目の前だ。
先端部分の魔力をエネルギーに還元し、俺はそこから新たに花を咲かせて再び拘束しにかかった。
流石にそこまでは予期していなかったのか、目元しか見えていないはずの男の表情が強張ったようにも思える。が、容赦はしない。どんな強者であれ、あれに拘束さえしてしまえばそこで終わる。何せあれはダメージを負わせるものではなく、そのダメージを耐えるためのものすべてを吸収する。ゲーム風に言えば体力の最大値を半殺しでは1、殺すときは0にしているようなものだ。
もっとも、拘束する必要があることに加えて、爆発的な火力がないことが欠点と言えるだろう。
新たに咲かせた花の一本が男の腕を捕らえた。それをきっかけに、残りの三本ももう片方の腕と両足を拘束。後は大人しくなるまで体力やら魔力やらを吸い取らせて情報収集するのみだ。
「『変わり身』」
しかし、どうやらお天道様は俺のプランをうまく進めてはくれないらしい。
拘束したと思っていた手足は、いつの間にか男が身に纏っていた黒い忍者服のみにすり替えられており、当の本人はすでに着地を決めていた。
「なかなか興味深い術を使う――」
何か話し始めたので問答無用で足場から花を咲かせてやったのだが、足に仕込みの武器でも備えているのか、一蹴されただけですべての花が切断される。
「なるほど、奇怪な術だ。手練れの部下が成す術なく、というのにも納得がいった」
「うわこいつ面倒臭ぇ」
思わず口から出てしまったが仕方ない。
あれで拘束できないとかどんな変態的行動に出ているのか。杖に全体重を乗せて項垂れたいところではあるが、あれを前にして油断しました、などというのは割と洒落にならないことはわかっている。
黒い忍者服を脱ぎ去り、ぴっちりとしたインナー姿になった男。目だけを出した覆面はそのままなので見た目だけはただの変質者だ。好き好んで目に入れたくないが仕方ない。
「しかし話している途中でも容赦がないのだな。もっとも耳を傾けてもいいのでは?」
「馬鹿かてめぇ変態か。そんな無駄にしかならないこと誰がするかよ。それに、俺は面倒臭がりでな。面倒ごとは回避が基本だが、『咲け』るのが無理なら面倒にならないうちに対処するのが俺のやり方だ」
言葉の途中に仕込んだ呪文で、辺り一面を花畑に変えてやる。
数本で拘束しにかかるれば対処されるのは十分に理解できた。だがそれが何十何百ともなればどうか。戦いは数なりってな!
「はぁっ!」
「……は?」
しかしそれらの花による物量攻撃は男の咆哮ですべてが吹き飛んだ。
安心しろシロ。俺だって何が起きたのか一瞬よくわかっていなかったのだから。だがあの一瞬で男の体から爆発するような魔力が感じ取れたところを考えると、その魔力ですべての花を弾き返したのだろう。
意味が分からん
「くそ……っ!」
ならばと今度は壁に使用していた巨花を男を中心とした円状に展開。更に巨花の先を上空で折り重なるように絡ませると、反撃の暇を与えないように今度は巨花の内側から数多の花を咲かせて内部の男を捕らえにかかる。
あの巨花ならば、さきほどのような気合の咆哮で潰れることもない。更に言えば、空間を限定することで逃げる範囲は狭まっている。流石にこれならば拘束は可能なはずだ。
「っ!? コンッ!!」
「っ、どうしたシ――」
――ロと、そうフードの方に目を向けようとした時だった。
足を何者かに掴まれたような感覚を感じて目を向けてみれば、そこにはあったのは土の中から伸びた手が俺の片方の足首を握りしめている光景。
危険を知らせるアラートが頭の中で鳴り響く。が、意外にも力強くつかまれているせいなのか、動こうにも動かせるのは掴まれていないほうの足のみ。
その場から、動けない
「くそっ、こいつ地面から……っ!! シロッ! 離れろ!!」
俺の言葉と同時にフードから降り立ったシロは、そのまま逃げるようにして駆けて行った。
あの狐、俺がピンチだとわかった瞬間すぐに逃げやがった! ここ切り抜けたら探して逆さ吊りにしてやる……!!
掴んでいる手を目掛けて、蹴りを仕掛けようとしたのだが、振り下ろす直前で勢いよく手が振られた。当然ながら足を掴まれたままの俺は、全体重を支えていた足を無理やり動かされたせいで体勢を崩して転倒。それでも手は足から離れることはなく、ついには地面から男が姿を現した。
すかさず手にしていた杖を叩きつけるが、体勢も悪くために力が入らず簡単に手で受け止められた。
俺よりも力があるのか、男杖は動かそうにもびくともしない。しまいには握っていた手に向けて足の刃物を向けてきたために杖まで手放してしまった。
「チィッ! じいさん以来の大ピンチじゃねぇか……!!」
「そうか。なら安心するといい。そんなピンチはもう二度と来ないだろうからな」
掴まれた足から花を咲かして拘束を試みたが、花が展開するよりも早く男は俺を宙へと放り投げた。
一瞬の浮遊感。俺が苦手とするその感覚にほんのわずかな時間だが気を逸らしてしまった。
やってしまった
「死ね」
いつの間にか空中の俺の背後に移動していた男。
その声に反応して振り向こうとした俺であったが、すでに手遅れ。
男が手にしていた苦無。それが、俺の心臓を目掛けて突き刺さったのだった。
◇
「……」
男は目の前で倒れ伏す青年に目を向けた。
すでに脈もなく、血を流すその姿から死んでいることは明らか。
「……フンッ。厄介ではあったが、それだけだったな」
確かに見たことのない術に最初は動揺はした。しかしこの青年の術はそれしかない。手練れの護衛であったことは確かだが、所詮は初見殺しというやつだろう。
「まったく、部下ももう少し鍛える必要があるな」
さて、と男は視線を辺りに向けると、近くで様子を見守っていた白狐に歩を進めた。
一瞬ビクリと体を震わせた白狐であったが、男が接近しても目を合わせたまま動くことはなかった。
「サクラ・カヅキだな? 悪いが、連れて行かせてもらう。我が主、アズサ・ミナヅキの命であるのでな」
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