67:都へ入るために
「またこれは……よく作ったなこんなもの」
目の前にそびえたつ巨大な鳥居を見上げながら、呆れたような声でつぶやいた。
今まで見た鳥居の倍近くはありそうなその姿に、どうしてここまででかくするのか意味が見いだせない。しかし、彼らにとっては街を守る大事なもの。それも中心都市と言われている都ならばこの大きさというのも理解はできる。
どうやら、あの精霊王はちゃんと都とやらの近くに送り出してくれたようだった。
もっとも、理解できるだけで納得はしないが。
そもそもの話、あんなにでかいと、侵入する際にもっと高い場所まで植物を伸ばさなくてはならないのだ。今までの大きさでも怖かったのに、あの高さまで上がるなど柵があっても普通に怖い。
だが検問は今まで以上に厳しくなっているとみていいだろう。なにせここは都。地方都市ならともかく、ここの警備を怠ることはないと考えておいたほうがいい。そうなってくると追われる身である俺が正面から鳥居をくぐって中に入ることは不可能。いつも通り、人目の少ない夜中まで待って外部から侵入する方がいいだろう。
本当は門をくぐって入れればいいのだが、この国にとって俺は殺してでも排除すべき異国人だ。いくら魔法で誤魔化しているとはいえ、それを無効化する術がないと決まったわけではない。だからこそ、少しでもリスクの小さい選択をする必要がある。
人が多いであろう鳥居の正面方向を避けるように迂回して森の中を歩く。
いつもならある程度離れた場所から侵入できていたのだが、都ということで念には念を入れておく。大きな都市となると、人口もそれなりの数になる。そうなると、緊急時に街から脱出する際門が一つだけだと大混乱になることは明確であるし、それだと一番遠い場所の住民が危険にさらされることになる。
そのため、あの鳥居の他にも出入り口があると考えたほうがいい。問題はその出入り口がどこにあるのか、ということである。
大都市の出入り口だ。夜でも警備の者がいると考えたほうがいいだろうし、門兵以外にも詰所などがあるはず。となると、例え侵入できたとしても降り立った場所が兵士の前だったら笑えない。魔法を使って無力化しようにも、倒れている兵士が見つかれば街の中に警戒の目を向けられてしまう。そうなれば街中に潜むリスクが高まる。
ここで俺がとるべき最善の行動は、出入り口付近からの侵入を避け、かつ大多数の住民達に見つからないように結界を超えて侵入すること。
「となると、重要なのは場所選びと結界越えの速度、か」
時間は大抵の住民が寝静まる夜に行うのがベスト。月が隠れているならなお良しなのだが、あまり期待できそうにはない。
雲一つ見当たらない空に目をやり、どうしたものかと首を捻った。
「コンッ」
何かいい花言葉がなかったかと、自身の記憶を思い返していると、不意にフードの中にいたシロが足元へと飛び降りる。すると、辺りを見回した後にタッタと駆けた。
急なことに少し驚いた俺であったが、少し行った先でシロが立ち止まり、こちらに視線を向けていることに気づく。どうやら、着いてこいとのこと。
そういうのフィクションでよくあるよな、などと考えたが、そもそもこの世界自体がファンタジーなので気にしても意味がない。シロはどう考えても普通の狐ではないことはわかっているので、ここは彼女の行動に任せてみよう。
もちろん、、行った先で俺にリスクしかないのであれば無視して他の案を考えるが。
俺が歩き出したことを確認したシロは、ある程度の距離を保って前を進む。時折こちらを振り返って着いて来ているのかを確認しているあたり俺の性格をよくわかっていらっしゃる。
着いて来てますよーっと手をプラプラさせて応えてやればどこか満足した様子で再び足を動かしていた。
しっかし、どこに向かっているのか……
彼女が進んでいるのは、都の場所とは逆方向。つまり森の奥だ。こんなところにいったい何があるのかと前を進む白狐に視線を投げかけるが、とうの本人はそれに気づくことなく尻尾を揺らして歩いていた。
やがてギリギリあのでかい鳥居見えるくらいの位置まで進んだ頃、シロが突然立ち止まり、その近くにあった木に向かってコーンッ、と鳴き始めた。
最初はその方向に何かあるのかと思ったのだが、どうやらシロはこの木に用があるらしく、俺が木に近づけば片方の前足でポンポンと幹を叩いていた。
「この木がどうかした……あぁ、なるほど」
近づいてわかったのだが、どうやらこの木、中が空洞になっているようだ。
もちろんそう感じただけで根拠などどこにもなく、見た目のわりに木そのものの力をあまり感じなかったという曖昧なものである。だが勘に従って幹を叩いてみれば、音が響いた。
「お前よくこんなこと知ってるな」
「……」
あ、目を反らしやがった。
動揺するように揺れている尻尾を見てため息を吐きそうになった。
何故シロがこんな事を知っているのかは気になるが、こんなところで真実を知ってしまうと、なかなかに面倒臭そうな事態になりかねない。そんな予感があったために俺は深く追求することなく、とりあえずは木を調べることにしたのだった。
「お、ここか」
暫く調査してみて気づいたことだが、どうやら木の幹でも俺の頭と同じくらいの高さの場所。そこにほんの少しではあるが隙間があった。それをなぞってみれば、どうやらこの部分は開閉式の扉のようになっている。ここからこの木の中に入るのだろう。
あのタイミングでシロがここまで連れてきたことを考えるに、恐らくだがこの木の中から都の中に入ることができるのだろう。まさに隠し通路。誰が作ったものかは知らないが、俺の役に立つのであれば感謝の言葉くらいはかけておいてやろう。
「ただ、確認はしておいたほうがいいか」
シロを疑うわけではないのだが、そもそも都までの隠し通路だよ! などと紹介されたわけではない。そのため、ここが本当に都まで繋がっているのか確かめておく必要がある。
ここで遠隔操作が可能なカメラなどがあれば、生やした植物の先にカメラを括り付けて隠し通路に沿って伸ばしていくんだがないものは仕方ない。とりあえずは通路の確認だけでもしておこう。
そう思ってわずかな隙間に指……は入らないので腕から花を咲かせて隙間から中へと侵入させると、向こう側で花が開いたことを認識してから一気にこちら側へと引っ張った。
だからこそ、よかったと言える。
「ギャッ!!」
「うぉっ!? 何だ!?」
手ではなく、生やした植物で扉を開けたことで俺と扉の間にはいくらかの距離ができていた。そのいくらかの距離があったからこそ、俺は開いた場所から飛び出してきた謎の存在による攻撃を避けることができたのだから。
「コンッ!?」
「おいシロ! 何か出てきたぞ!?」
驚愕を露わにしているシロの様子を見るに、彼女もこれについては知らなかったのだろう。
ベチャッ、という気持ちの悪い音を立てながら着地したそいつは、ゆっくりとした動作で体勢を整えると、俺やシロに向き直った。
見た目は完全に青いカエルだが、俺の顔よりも大きいので少々気味が悪い。流石異世界である。
ギョロギョロと蠢く目が俺たちをとらえると、今度は喉の部分を膨らまして鳴き始めた。
グェッグェと音は俺の知るカエルそのままなのだが、その体故なのか音が大きく、そして何より速いためすごくやかましい。
しまいにはうるせぇ!! と叫んで魔法を使って花の肥料にしてしまったではないか。
「たく、驚きすぎて心臓が止まりかけたぞ」
「そうか。ならば、そのまま死ぬと良いぞ」
考えるよりも先に体が動いた。
振るわれた腕に握られていた刃物に対して、指輪から出した杖でそれを防いだ俺は、続けざまに飛んできた脚を腕を固めてガードする。
その威力に顔を顰めてしまうが、痛がっている場合ではないためすぐさま『咲け』とだけ唱えて襲ってきた存在と俺との間に巨花による壁を築いた。
しかし、壁が俺と奴を隔てる寸前で先ほどの武器が投擲される。
「この……っ!」
だが俺も最近はなかったとはいえアリーネさんに鍛えられた身。そう簡単に攻撃を受けるはずもなく、杖を手元で回転させてそれを弾いた。
武器は、この間の奴らと同じ苦無。
「ふむ、手練れの者とは聞いていたのだが、予想よりも上だったな」
ふと見上げれば、巨花の壁の上にそいつはいた。
黒い服に身を包み、素顔が全く見えないそいつは、そんなことを呟いて俺を見下ろしているのだった。
「シロ、ここに連れてきたこと、絶対に恨むからな……」
いつの間にかフードに納まっている存在は俺のその言葉に体を強張らせたのだった。




