65:都へ向けて
軽々しく精霊王などというたいそうな名乗りを上げられた俺は、目の前でドヤ顔を決めている老人に対してはぁ、という言葉しか出てこなかった。名前からしてすごそうなのはわかるのだが、そもそもの話、俺はその精霊王とやらのことを今まで全く耳にしたことがないため名乗られてもどう反応すればいいのかわからない。
その反面、隣で行儀よくお座りをしていたシロは心なしか目を見開き、何故かソワソワしているような気がする。
俺が知らないものを理解しているのだろうか。薄々ただの狐ではないとは思ってはいたが、それがだんだんと確信に変わりつつある。
……まぁ、俺に害がないのであればそれでいい。
そんなことを頭の中で考えている俺の様子に、精霊王である目の前の老人は一瞬面白くなさそうな顔をするが、その隣のシロを見て満足そうな顔を浮かべていた。
「しかしまぁ……世界中の森の管理とは、たいそうな仕事ですね」
この世界がどの程度なのかは不明であるが、前世ともいえる現代の地球ほど文明が進んでいない(一部除く)のは目に見えている。ならば当然、開発も遅れているということになり、手つかずの自然が残っている地域もかなりあるはずだ。
『そうでもないで? 実際、ワイがやってんのはこの国の森の管理くらいなもんや。流石にこの世界全ての森となると手が回らん。せやからこの国以外の森にワイの子とも呼べる精霊を送って管理させとる。まぁ、いざとなればワイの指示通りに管理させることもできるんやけどな』
「あー、そういう……」
いうなれば子会社の社長が精霊で、それらを束ねてトップに立つのが目の前の精霊王、といったところか。
『そこにいる子らも、いずれはどこかの森に送り出すことになっとる』
「てことは、地竜の森にもいるんですか? 俺があそこで生活しているときにはまったく見かけなかったんですが」
『生活って……あんなとこで生活してたんかいな。そもそも、精霊自体遭遇するのは稀なんやで? まぁそこの二人に関しては例外に当てはまるんやけどな。それと、地竜の森やと遭遇もできひんで? なんせ、あの森は地竜が自分で管理してるからな。送ってもしゃあないんや』
なんでも、あの森はじいさんの縄張りであるため、他者が管理するということに反対してきたらしい。それが理由でドンパチやっていたそうなのだが、最終的にはじいさんが自分で管理するという条件で落ち着いたのだとか。目の前の精霊王は不服であるらしいが。
「……まぁいいです。ここに滞在できないことはわかりました。ならせめて、都のすぐ近くか、都の中まで送ってもらうことは可能ですか?」
『なんや、もう行くんかいな。急からしいやつは嫌われる……何て言いたいところやけども、時間もないしな
。それくらいなら頼まれたる』
流石に中は無理やけどな、と笑った精霊王はその場で腕を一振り。すると、精霊王の背後で待機していた木人……精霊たちがせかせかと動き出した。
一人(未だに単位不明)が一人の上に乗り、そのまた上に木人が乗る。積みあがっていく木人たちは、やがて俺の身長を優に超え、連結状態を維持したまま半ばから折れ曲がった。
出来上がったのは木人たちによってできたアーチ状の門。それを見て精霊王がパンッ、と手を打つと木人たちの門がうっすらと光を帯びた。
『これで都近くの森に行けるはずや。けど、二人は都に行くんかいな』
「はい。追手から逃れるにも、人の中の方が隠れやすいですから。どうやら俺みたいな別の国の人種は殺してでも追い出そうとしているようですし」
『……ああ、何や自分。そう思ってんのかいな。どうりでなぁ』
ふむふむと顎の髭を撫でながら頷く精霊王の老人に、俺は首を傾げざるを得なかった。
その反応を見た彼は、次には何でもない何でもないと言葉を返し、チラリと俺とシロに視線をやった。
『まぁなんや。今都の方は次の巫女の話で持ち切りや。いい意味でも悪い意味でも、な。せやから十分に気ぃつけることや』
「忠告に感謝します」
関係のない話ではあるが、都がそういう状況であるならば、気にかけておいたほうがいいのかもしれない。とにかく、都に入って残りの期間をどこかでゆっくり過ごせるならそれでいい。
シロが杖を持って立ち上がった俺の体を駆け上がり、いつもの定位置に納まった。
『そや、これも何かの縁。お前さんの杖、貸してみぃ』
「杖? まぁそれなら」
手にしていたそれを、差し出された彼の手に渡す。
すると精霊王の手に渡った杖は、『祝福あれ』という言葉とともうっすらと発光した。
『ほんまは直接やるんがええんやけど、すでに地竜の加護があるからな。効果が相殺、何てことになったら笑われへんから、ワイのはその杖にかけといた』
「あ、ありがとうございます……」
『まぁ地竜の加護程体に影響があるわけやないけど、かわりに森との親和性が高くなる。あんたの魔法の効果からすればうってつけやろ?』
曰く、この祝福とやらがあれば森の自然や精霊が力を貸してくれやすいのだとか。普通なら森で迷うことがなかったりだとか、森の恵みである果実や薬草などの採集が容易になったりするらしいが、俺に限って言えば森での戦闘において、周りの植物たちが協力的になってくれるのだとか。協力的、というのがどの程度でどういうものなのかは試してみないとわからないが、自己のためになるのであればそれでいい。
祝福自体は杖にかけられたものなので、杖を持っていなければ無意味らしいが、アイテムボックスの指輪の中にあれば問題はないそうなので考える必要はない
「万が一壊れた場合はどうなるですか?」
『安心しぃや。その杖ちょっと見せてもらったけど、相当固い上に自己再生するみたいやからな。欠片になっても時間さえあれば元に戻るみたいやで? 魔法の発動体としての性能も申し分ない』
目の前の精霊王曰く、これレベルのものはある意味伝説といっても過言ではないらしい。じいさんからわたされたものである時点で察してはいたが、指輪も含めてとんでもないものを受け取っていたらしい。
大切にしぃや、という言葉とともに、俺は杖を受け取った。埋め込まれた翠の玉が青っぽくなっていた。碧、といった方がいいかもしれない。
『まぁあれや。苦労するかもしれんけど、頑張りや』
「……あぁ、はい。まぁ逃げることに関しては多少自身があるので大丈夫ですよ」
流石にアリーネさんクラスの化け物を相手にすることは難しいが、それ以下の相手なら対処もできるだろう。伊達にあの人から逃げ回ってはいない。
それでは、といって精霊王の老人に挨拶して俺は木人たちがつくった門へと歩を進める。フードの中に納まるシロがどこか緊張しているような気がするが、見慣れないこの不可思議な門に警戒でもしているのだろう。
俺は迷わずに歩を進める。そして門を潜り抜けたとき、俺たちの目の前には今まで見たものよりも大きな鳥居が森の木の間から見えたのだった。
◇
『……いったな』
二人がくぐった門を眺めながら、老人――精霊王は言葉を漏らす。
門を作らせたときと同じようにもう一度手を打てば、繋がりあっていた木人――精霊たちは再びばらけ、あちこちへと散らばり始めた。
元気に動き回って外へと出ていく子らを見送った精霊王は、先ほどまで門があった場所を眺めながら一人呟いた。
『確か、カオルやったか? 地竜の奴、おもろそうな奴を選びおったな』
ヌハハと笑う昔ながらの知り合いの顔が見えた気がした。それにつられ、精霊王自身もクカカと笑みを浮かべた。
偶然出会ったとはいえ、子らが連れてきた二人組。妙な気配だったため姿を見せただけだったが、珍しいものを見れたので出てきて正解だったかもしれない。
地竜の加護者と水竜の加護者の候補――いや、今は巫女の候補というべきか。
加護を持つこと自体が稀であり、更には一人しか選ばれない存在。水竜に関しては、国の方針で必ず一人存在するのだが、あの地竜が加護を与えたとはまた珍しいものだった。しかもそれが行動を共にしているのだから、驚くのも仕方ないだろう。
それに、だ。
『あの地竜の奴が選んだんや。きっと何かある』
でなければ普段人前に姿を見せず、人を虫と呼ぶあの地竜が加護を与えるはずがない。
恐らくあの人間は自身が想定している以上の何かを持っている。だからこそ、地竜も加護という特別な『縁』を結んだのだろう。
『いやぁ、どんな顔するんか楽しみやわぁ』
だからこそ、精霊王自身もカオルと祝福という形で縁を紡いだ。囲い込もうとしている人間に、いがみ合う中の自分と縁が結ばれているのを見て、あの竜はどうするのだろうか。その顔を思い描くだけで暫くの楽しみになる。
縄張りだからと言って森を管理する役割を与えられた自分を拒否した罪は重いのである。
そして精霊王が次に思い浮かべたのは、先程見送ったカオルと狐に化けたもう一人。
なぜ先代の娘である彼女があのような姿でカオルとともにいるのかは不思議ではあったが、都での出来事を考えれば大体の予想は着く。
しかし、彼らはあくまでも傍観者の立ち位置に居なければならない。国を見守る存在が、民の生活に過度に干渉するわけにはいかないのだ。
彼はその視線を都の方角へと向ける。送り出した彼らはもうすでに森を抜けた頃であろうか。
青年のフードに納まってこちらを見ていたちいさな存在を思い出し、彼はふっと口角をわずかに上げる。
『もし選ばれたなら、またそん時に、やな』
せやろ? という精霊王の問いかけ。誰もいない空間でささやかれた言葉に返答するものはいない。
大木の地下で、水の音が響くのだった。
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