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63:壁の向こう側

 ミュージカルを遠い目で鑑賞すること暫く。漸く満足してくれたのか、木である彼らはいい汗かいたと言わんばかりに腕にあたる枝で顔らしき部分を拭っていた。


 ツッコミどころしかないその動きに、思わず何かを言いそうになったが、それを言ったところでどうにかなる事でもないために黙っておくことにする。シロも周りの状況が落ち着いたと見るや俺の元に早足で駆け寄ってきたので今は周りの木がどういう行動に出るのか様子を伺っている最中だ。


「敵意は感じられないんだよなぁ……」


 突然襲い掛かってきた木……わかりにくいので木人(もくじん)と呼ぶが、彼らのその後の行動を鑑みるに、俺たちをどうこうしようというわけではないようだ。やられたことと言えば、彼らの移住地らしきこの滝の裏の洞窟に連れてこられた後で歓迎を受けたというもの。俺とシロを滝の裏の洞窟という如何にもな場所に拉致した時には警戒したが、それさえ無駄になったのだ。


 しかし、敵対することが目的ではないとするのなら、何のために俺たちをここに連れてきたのだろうか。


 チラリと俺とシロの近くで大人しくしている木人に視線をやれば、それに気づいたのか嬉しそうにキュッキュと鳴き、それに同調して周りの木人たちも同じように鳴き始めた。


 突然始まった大合唱に顔を顰めたシロは、俺に何とかしろと言いたげな目を向けていた。


「キュキューー!!」


 どうしたものかと俺が耳をふさいで考えていると、俺たちが連れてこられた滝側の入り口と反対方向、つまり洞窟の奥から一人(一本?)の木人が鳴き声を上げながら駆け寄ってきた。


「キュキュッ!!」

『キューーーーー!!!』


「え、ちょっ!?」

「コッ!?」


 奥からやってきた木人の鳴き声を合図に、今まで待機状態で俺達を囲んでいた木人たちが一斉に行動を開始。素早い動きで立ち上がった彼らは、勢いそのままに俺とシロの元まで駆け寄ってくる。一応対応できるように身構えていたのだが、彼らは俺の体のあちこちに飛び掛かってくると、特に何もすることもなくしがみついたのだった。


 見た目だけで言えば、体のあちこちから木を生やしている変人である。……いや、花を生やしていた奴が言うことではないか。


 シロの方は体のサイズ的に抱き着くことが不可能だったのか、逆に木人数人(数本?)に抱きかかえられている状態だった。


「キュキュ」

「ん? ……進めってか?」

「キュ!」


 俺の頭の上に乗っかかっていた木人がペシペシと頭を叩いたのでそちらに目をやると、鳴き声とともに腕にあたる枝をまっすぐ洞窟の奥へと向けた。

 木人の意図を察して洞窟を奥へ奥へと進んでいく。入り口から離れていくため、当然ながら辺りの闇は深くなっていった。心なしか、洞窟の幅も狭まっているような気がする。


 しばらく歩くと、流石に歩行することが困難なほどに闇が深くなってきた。真っ白で目立つはずのシロも確認できず、何かに躓いては危ないので、昨夜にも使用したアヤメの花を手から咲かせた。

 

 相変わらずの不思議な紫火ではあるが、明かりになるならそれで構わない。俺の隣で木人に抱えられたシロの姿も確認できたので俺は更に洞窟の奥へと歩を進めた。


「キュキュ~……」

「触るなよ? 下手すればお前が燃え死ぬ」

「キュッ!?」


 アヤメが灯す紫の火に見入っていたのか、腕にくっついていた木人が枝を伸ばして触れようとするのをその一言で止めさせる。枯れ葉ではないため直ぐには燃えないかもしれないが、念には念をだ。それにそこで燃えられたら俺に燃え移る。

 

 先ほどの一言で、俺の体にくっついていた木人たちは今なお燃えているアヤメから距離を取ろうと胴体を動かしている。重心が偏って歩きづらいので是非ともやめてもらいたいものだ。


 もう片方にもアヤメを出すか、などと考えていると、頭の上の木人が「キュ」と何かに反応した。その声に釣られて、視線をアヤメから前方に移せば、そこにあったのは岩の壁面。つまり行き止まりだ。

 念のために左右に目を向けてみるが、隠し通路みたいなものは見つからない。そもそも、人一人が立つのがやっとのこの最奥部に何かあれば普通に気づく。

 しかし、俺の反応とは逆に、木人たちは興奮したような声を上げながら俺から降りていく。同様にシロを抱えていた木人たちもシロを下ろしてそれに続いた。シロは俺の体を駆け上がってフードの中に納まった。


「何かあるのか?」

「キュー」


 俺の問いかけに反応した木人たちは、てけてけと前方の壁面に近づくとその葉が生い茂った枝(手)を触れた。すると、木人たちが触れていた壁面が一瞬だけ淡く光る。


「魔力……?」

「コン?」


 一瞬だけではあるが、何となく魔力反応を感じ取ることができた。それにシロも気づいたのか、首をかしげてその壁に目を向けている。だが、何があったのかを理解していない俺たちのことなど露知らず、木人のうちの一人(単位不明)はいつもの鳴き声を上げながら壁面に向かって飛び込んだ。


 何をしているのかと思ったのは一瞬。飛び込んだ木人は壁にぶつかることなくその向こう側へと姿を消した。驚いていると、それに続くように他の木人たちも姿を消していく。そして最後に残った木人は、こっちに来いという仕草をしながら向こう側へと姿を消した。


「ここで帰る、何て選択肢はないわな」


 行き止まりだと思っていた場所には、実は隠された向こう側があった。実にファンタジー。


 ここで引き返したところで、またあの木人たちが追ってくるといううのは容易に想像できる。なら、大人しくついていったほうが被害は少ない、か。

 壁面に近づいた俺は、とりあえず安全確認のために杖を取り出してそれを突っ込んだ。壁面が見えているはずなのに杖の先端は刺さることなく、その向こう側へと抜けていく。


 とりあえず大丈夫そうなので俺は意を決して壁に向かって足を進める。そしてぶつかる寸前で勢いよく飛び込んだ。

 仮にこれで壁になっていたら笑いものであるが、そうならなかったので問題はない。


 俺は反射的に瞑っていた目を開いた。



「でけぇ……」


 思わず口から出たのはそんな簡素な言葉だった。

 しかしこれについては理解してほしい。何せ、洞窟を抜けた俺たちを最初に出迎えてくれたのは雲にも届きそうな大木だったのだ。

 俺がこの国で見かけたあの巨大な鳥居もでかかったが、この大木はその比ではない。あれとこの木を比べるのを例えるなら、大人と赤ん坊を比べるようなものだろう。それくらいこの木は大きかった。


 普通木というのは大きくなればなるほど根っこから水や栄養を吸い上げるのが難しくなるはずなのだが、こいつはどうしているのだろうか。

 流石ファンタジーで納得するしかあるまい。



「キュキュー!」

「ん?」


 俺が大木を見上げていると、先に壁を抜けていた木人たちが前方で手を振っているのが見えた。

 俺が視認できたことを確認した彼らは、そのままあの大木に向かって駆けだしていく。時折こちらを振り向いているのを見るに、ついて来いというのだろう。目的地は言うまでもなくあの大木だ。


 あの大木のせいで遠近感が狂っている。近くにあるように見えて遠いやつだなあれは。カオル知ってる。



 また木人が運んでくれないかと期待してみるが、彼らがこちらに戻ってくる様子はない。仕方ないと諦めて歩き出せば、シロもしょうがないという顔で地に降りた。


 そして歩き始めて気づいたことなのだが、この足場も全てあの大木の根っこであるようだ。時折波打つような足場があり非常に歩きにくい。

 

 なんとも不思議な空間である。

 あの洞窟を抜けた先にまさかあんな巨大な木が生えているとは思ってもみなかった。あれだけでかければ今までの旅の途中で気づきそうなものなんだが、何かしらの魔法でもかかっているのだろうか。


 シロもしきりに辺りを気にしながら俺の後をついてきていたのだが、待ちきれなくなったのか木人の一部がこちらまで赴き急かすようにローブの裾を引っ張ってくる。その仕草さえまるで人の子供の様だ。






 斯くして、俺たちは木人の目的地であったであろう大木の、そのすぐ真下までやって来た。



 すると、今まで俺の裾を掴んでいた木人や、先行していた木人たちが一斉に駆けだして行き、とある地点で立ち止まって俺たちの方に向き直った。


 人がいる。


 いつの間にかそこにいた、なんとも不思議な雰囲気を醸し出す顎鬚の長い老人。服も簡素なもので、薄い緑の貫頭衣に木の実のような何かで作られた首飾りがあるくらいだ。

 しかし、見た目とは裏腹に俺の頭ではあの老人が人間ではないことも理解している。


 あれはじいさんと同類。人に見えるだけのもっと別の何かだ。


 シロも何かを感じ取ったのか、足が止まると俺の足元に近寄った。獣の本能というやつだろうか。しかし、先程の木人たちがあの老人たちの周りに集まっているのを見る限りそう悪い存在でもないのだけは理解できる。


『そう、警戒せんでもええ。取って食うたりはせんよ』


 ふと、頭に声が響いた。


『なんや、うちの子らがえらい興奮してたみたいやけど……またおもろい人連れてきたなぁ。それも加護持ちとは、珍しいでほんまに』


 顎髭を撫でるように手を動かしながら、老人はそんな言葉を響かせたのだった。

 


面白い、続きが気になると思っていただけると嬉しいです。

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