60:待ちぼうけ
宿をとったため、今回は陽の光とともに起床、何てことにはならず久しぶりに惰眠をむさぼっていた。
そのせいなのか、時刻はすでに昼過ぎである。途中、何度も白狐……シロに急かされていたのだが、そんなの知ったこっちゃねぇとばかりに無視をしていたのだ。流石に顔面を引っ掻かれそうになった時は抵抗したがな。
起き上がるのと同時に、体に負担をかけないように植物で拘束していたシロを開放する。するとシロはこちらをジト目で睨みつけながら部屋の扉の前へ。早く出せと言いたいのか、爪を立てて扉をカリカリし始めた。
「おいおい、宿に余計な金を請求されたらどうするんだよ」
起きてすぐ体を動かすのは正直つらいのだが、あのまま爪を立て続ければ跡が残る。俺はシロを扉の前から回収して大人しくしているように言いつけると、敷布団を簡単に折りたたんで部屋の端に寄せておいた。
特に持ち物もなく、あったとしても指輪のアイテムボックスに収納すればいいので、偽装を終えた俺は手ぶらのまま部屋を出た。俺の準備が終わるまで言いつけ通りにしていたシロもそのあとに続き、部屋を出るころにはいつも通りフードの中に入っていく。
節約のため、宿の飯は頼んでいない。まぁこの宿は食事面ではそこまでということだったので、ほかの店で食べたほうがいというのもある。それにリアの実食ってればいいだけの話だしな。
宿の主人に礼を言って大通りへと出れば、もう昼になっていることもあって人は多かった。
とりあえず、今日は陽が暮れる前に箸を渡ればいいかと、昨日見て回れなかった場所を探索する。昨日の時点で橋の場所はわかっているためまぁ大丈夫だろう。
偽装の効果もあってか、ローブにフードまで被っている俺を気にするような奴はいない。見た目は完全に怪しいはずなのだが、ここまでくると強化された花言葉の効果に感心してしまう程。暫くの間アリーネさんの感知を欺いただけのことはある。
「まぁ、意識して俺を見なければの話だがな」
「……?」
俺の呟きにフードの中のシロが何が? と言いたげな様子で後頭部をはたく。
だから、いちいち叩くなっての。
◇
大勢の人で賑わう大通り。そんな中で、二人の男が行動を開始した。
なかなか現れなかった青年が昼近くになってからようやく姿を現したのだ。二人は焦ることなく、一般人に紛れてその青年の後を追う。一度、青年がよろめいてこけそうになって人込みに紛れてしまったがプロの彼らにかかれば再度発見するのは簡単なことだった。
着かず離れずの距離を維持し、何時でも人込みに紛れて仕掛けられるよう袖や懐に隠した暗器の準備は万端だ。
自らが仕える主の命により、彼らに下されたのは白い狐の回収。場合によっては、障害になるであろう護衛の青年の暗殺も許可が出ている。無用な殺しは控えるべきだが、彼らにとっては依頼が最優先。邪魔になるなら殺すことになるが、それが困難になることは予測できている。なにせ、すでに四人が一斉に仕掛け返り討ちにあっているのだ。
そのため二人が選んだのは意識外からの奇襲により、対象を保護したのち全力で退避することであった。一人が対象を連れて逃げる間に、もう一人が青年をひきつけ時間を稼ぐ。
どんなに奇妙な術を使えようが、それを使わせなければいいだけの話なのだ。
今まで裏の仕事を請け負ってきただけに、その自信が二人にはあった。
ローブの中に隠しているのであろう白い狐など、彼らにとっては財布を掏る様に容易いことである。
そうして機をうかがって暫く監視を続けていると、青年はローブの中を覗いたのち辺りを見回してから人通りの少ない場所へと歩を進めた。
恐らく、中にいる対象を出すためなのだろう。辺りを確認したのは、白い狐を外に出すために見られていないかを危惧したからか。何にせよ、彼らにとってそれは都合がいい。
彼らは互いに合図を送り、一斉に駆けだした。
そして先ほど青年が入っていった路地を覗いてみれば、そこには予想通りこちらに背を向ける青年と地面で呑気に伸びをしている対象の白い狐の姿。
そんな一人と一匹を確認した二人は、予定通りにと頷き合うと一気に駆けた。
一人は対象の保護を。もう一人は油断しているであろう青年の意識を刈り取るため、手にしていた刃物の柄で首筋を狙った。
青年が二人に気づき、行動を起こすがもう遅い。
その瞬間、二人の視界は緑の壁に覆いつくされるのだった。
「お財布ゲットだぜ」
◇
まぁ当然の如くこうなるわな、と俺は目の前に出来上がった植物のオブジェクトを見上げると、獲物の中身を確認する。
前回俺が金を巻き上げたからなのか、今回の獲物の中身は少ないようだった。ないよりはマシ、といったところか。
「しけてんなぁ」
「コンッ」
ペシペシと後頭部をはたかれるが気にしない。こんなに少ないと、俺がわざわざ襲われた意味がないではないか。働きに給料が見合ってないぞ、訴えてやる!
正直な話、俺が誰かに着けられていることはわかっていた。元とはいえ、森で暮らしていたのだ。転生初期の狼とかあいつらマジでやばいから。魔法なけりゃ即死だった。
話が反れたが、要は視線でばればれってことだ。おまけに他の街の住民は偽装によって俺のことをてんで気にしていないにも関わらず、あれだけ俺を気にしてれば当然だろうに。
とまぁ、そんなわけで一芝居打ったわけだ。
よろめいてこけたように見せた際に、俺と同じ方向へと歩いていた赤の他人の頭にイシモチソウを咲かせて、俺の代わりを務めてもらう。
追手が誰とも知れない相手を俺だと思って尾行している間に、俺はその後ろから追手の姿を確認しその頭の上に気づかれないように花を咲かせたのだ。
咲かせたのはダイモンジソウ。名前からして炎が出てきそうな花であるがそんなわけはなく(アヤメは花言葉の効果であるため)、花弁が「大」のような形に開くことからこの名前がついている。
その花言葉は『自由』『不調和』『節度』の他に、『まぼろし』というものがあり、今回はこの効果を使わせてもらったのだ。
結果この二人は都合のいい展開を勝手に想像し、その通りになるまぼろしを見てまんまと罠にかかったわけだ。後ろから見ていたが、何もない路地裏に突っ込んでいく光景は理由を知っているだけに面白かった、とだけ言っておこう。イシモチソウを咲かせた人は気づくことなくいつもの日常に戻っているはずだ。
急速で二人の体力や気力、その他諸々を限界近くまで吸収させたのち、その場に捨てておく。柄頭で殴り掛かっていたのを見るに、殺す気はなかったのだろうがまた動かれると厄介なので慈悲はない。襲ってきたのがそもそも悪い。
「にしても、隣町まで来て捕まえたいのかねぇ」
それだけ他国の人間を毛嫌いしているのだろう。下手をすれば国家問題になりかねないことでもあるのか。そこまでは俺の知るところではないのだが、ここまで来ると何か不都合なことがある様にしか感じない。
「隣町まで追ってはこないと思ってたんだがなぁ……」
面倒だな、といつもの言葉が口から漏れる。
問題としているのは、偽装中である俺を宿から出た時点で追っていたということだ。これでは、偽装していても意味がない。かといってこれを解いてしまうと一般市民にも目に付くようになり、他国の人間だと騒がれる可能性が増してしまう。
別の手段を考えようにも花言葉による偽装以外に有効な手段は思いつかない。
それにこうして俺のことを執拗に追ってくる相手だ。恐らくこれからも狙ってくるに違いない。この街で一日を過ごすのは失敗だったか。
こうなってくると予定よりも早く都へと向かう必要がある。話によれば、一日ではとても回り切れないくらいには広い場所であるらしいし、そこでなら隠れてやり過ごすことも可能なはずだ。じいさんが俺を戻してくれるまで隠れれば問題ない。その時は観光なんてできなくなるが、もともと今回はアリーネさんから逃げきれただけで目的は達成されているため、ついでだった観光ができなくなるくらいどうってことない。
部屋にこもってダラダラしているだけで一日を過ごせるはずだ。
だが相手も俺が都に行こうとしていることはわかっていることだろう。何せここは本州と中州を繋ぐ橋がある中継地点。この街を訪れるということはつまり、本州へ渡ることと同義と簡単に考えられる。
実際そうであるし、俺が相手の立場になるなら橋で待ち伏せさせる。船とこの橋以外で本州に渡るルートは存在しないのだ。
◇
「故にここを通る他ないのだ」
そう話すのは、黒一色の軽装を身に纏った男。顔さえも同色の布で覆っている人が数人集まっているその様子に、周りの人が見れば一発で怪しいやつ認定を受けて通報されるのだろう。しかし、そうなることはなかった。
というのも、黒尽くめの集団がいるのは本州と中州の間の海峡を跨ぐように建設された巨大橋、通称ヤマト橋の裏。数多くの通行人が通るその橋の裏側に、逆さづりされているような形で立っていた。
彼らはミナヅキ家に仕える諜報や暗殺を担う暗部の者達。
隠密などお手の物。まして時刻はすでに夕暮れ時であり、光源の少ないこの橋では人目に付くことはない。
そんな彼らが狙うのは、この橋を渡ると思われる一人の青年と一匹の白い狐であった。
「街で尾行させていた者と連絡が取れなくなったことを考えるに、恐らく護衛の男にやられたのだろう。となれば、また襲われると警戒しているはずだ。だが都を目的地としている以上、この橋は必ず通らなければならない。我々は、ここで待っているだけでよいのだ」
その言葉に、周りの者達が頷いた。
標的が次代の巫女を決める催事までに戻るためには、そう長くないうちにこの橋を渡らなければならない。そのため焦らずここを張っておけばよかった。
わたって来ないならば来ないでそれでいい。保護するか標的を都に近づけさせなければいいのだから。
「徹底するならこの橋を爆破でもすればいいが、ここが通れなくなるのはヤマトにとっても損害が大きすぎる。それにアズサ様もそこまでは望んでいない。故に我々はここで標的を抑える必要がある。わかったな?」
『了解』
指示を出していた男の言葉に、周りの者達が頷いた。
「では総員、持ち場に着け。標的がやって来次第、しかけるぞ」
その言葉と同時に、場にいたもの達の姿が夜の闇に溶けるようにして消えた。
一流である彼らは、きっと標的であるカオルたちがやってくるまで律義にこの橋で待ち続けるのだろう。そしてそれを知ったカオルは、きっと笑いをこらえて笑顔を見せることだろう。
彼らは知らない。
カオルという男がどのような人物なのかを。
せいぜい腕の立つ術使い程度の認識であるのなら、彼を知る者からしてみれば甘いとしか言いようがないだろう。
そしてそのころ、件の人物は闇夜に紛れて本州の海岸に降り立っているのだった。
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