59:シロ
アヤメの火は意外なことに朝まで持っていたらしく、起きてもなお特徴的な紫炎が揺らめいていた。
ここの地中の魔力をエネルギーとしていたからなのだろう。ただ陽の光の中で燃える紫色の炎というのは、何だかとっても微妙な気分にさせられた。夜なら色も相まって不気味だとか思えるのだが、この日差しの中では如何ともし難いものだ。
いつまでもアヤメを咲かせていても意味はないので花もろとも炎を消しておく。体を起こして辺りを見回してみれば、白狐はノコンギクのすぐ隣で丸まっていた。何度も言うが、もはや野生と言える姿ではないなあれは。
そんなことを考えながら、俺は朝ごはんにとリアの花を咲かせてその実を慣れた手つきでもぎ取り咀嚼する。相も変わらずの味であるがそれがいい。一つを丸まる食べ終えたところでふと白狐の朝食をどうしようかと頭によぎった。
面倒だからリアの実を食べさせてもいいのだが、ユリウスからはあまり他の者には与えないようにとも言われている……のだが、相手は人じゃないから別にいいだろう。人の集まる都に行きたがるくらいには人相手は平気そうだし、俺が王国に帰った後でも人を襲うようなことにはならないだろう。万が一の可能性? ……さぁ? ほら、そこは自己責任ってことで。それに今回一個食べさせた食らいで理知的なだけの狐がそこまで強くはならんでしょうに。せいぜい、もっと賢くなるくらいだろ。
そんなこんなを考えているうちに、件の白狐も目を覚ましたようだ。クワァッ、と大口を開けて伸びをしていらっしゃる。その様子をいつもの偽装準備をしながら見ていると、白狐はノソリと四つ脚で立ち上がりこちらへとやってきた。
「ほら、これでも食っとけ」
まん丸なリアの実は狐の口では齧り付きにくいだろうと思って切ってやりたかったのだが、生憎俺の手持ちには今刃物がない。いつもならアリーネさんに持たされた(強制)剣があるのだが、あの日の俺はほぼ何も持たないで森に逃げてたからなぁ。
つい先日のことであるが、何故かもっと前の事のように感じる。
まぁそんなわけで俺は近くにあった石を叩きつけて果実を粉砕。食べやすいようにしたわけだ。ユリウスが見たら発狂して詰め寄ってきそうな光景かもしれないが、今ここにいないので問題はない。ばれなきゃいいのよ、ばれなきゃ。
差し出したリアの実に一瞬首をかしげるような仕草を見せる白狐だったが、一口目を食べた途端に目を見開いて慌てたように食べ始めた。
「わかる。わかるぜその気持ち。俺も初めて食べたときは横取りされないように慌てて食ってたんだよなぁ」
昔の一幕をしみじみと思い出す。当時このリアの実を見つけてその種を栽培し、初収穫後の食事は今でも鮮明に思い出せる記憶だ。それくらいこの実は俺に衝撃を与えた逸品である。
あっという間にリアの実を食べ終えた白狐。
フッ、いくら理知的であるとはいえ所詮は獣。おいしい食事を与えてくれる者をどうして警戒できようか。これで白狐の俺への評価は急上昇し、結果警戒を解いて懐いてくれるって寸法よ!
撫でようとしたら避けられました。
あっれぇぇ?
◇
まぁそんなことが朝にあったわけなんだが、なんやかんや例の隣町にはもうすぐそこだ。西がどっちかわからなかったのだが、幸運呼び込むコチョウランによって事なきを得たのだ。
すごいなこれ。方向音痴にはぴったりの花だぞ。道案内専用というわけではないのだが、仮にこれを旅人向けに販売すればバカ売れするんじゃなかろうか。そしたら、何でもやってくれる嫁さんと一軒家こさえてまったりゆっくりダラダラ贅沢に過ごしたいのだ、俺は。
となるとまずは口コミからだなと頭の中で取らぬ狸の皮算用をしていると、フードの中から後頭部を打ち付けてくる白い尻尾。どうやら変なことを考えるな、ということらしい。こいつ、リアの実で人の考えでも読めるように進化でもしたのか?
ペシペシとうっとうしい衝撃にうんざりしつつ、俺は前方に見えてきた巨大な鳥居を見据えた。
前の街でも見たあれである。街での調査のついでにそれとなく怪しまれないように聞いてみたのだが、あれは街を覆い、守るための結界なんだとか。
島国であるこのヤマト大国は意外にも森林や草原などと言った自然がかなり多いらしく、それにともなって魔物も多いのだそうだ。そのため、それらの侵入を拒むべくあのような巨大な結界が作られたのだとか。鳥居は唯一安全に結界内の街へ入るための門であり、そこには警備の侍が詰めているのだとか。
まぁそんな結界は今回も跨いで侵入するのですが。本当に、空からの侵入も考えたほうがいいレベル。
なお、この話を聞いたご婦人には『忘却』の花言葉を持つグラジオラスをプレゼント。グラジオラスは他にも数多くの花言葉を持つのだが、記憶消去系の花言葉はこれとケシの花しか知らなかったのだ。日本で栽培が禁止されているケシは大麻の原料であるため、流石の両親も俺に見せることはなかった。なので消去法でこちら。まぁケシよりも見た目はいいからオールオッケー。どうか俺のことは忘れてくださいな。
閑話休題
そんなわけで警備の目など何のその予定通りに結界を通過した俺はさっそく観光しようと大通りを歩いていた。今回は前回の俺とは一味違い最初から現金所持である。そのため早めに一泊分の宿をとり、こうして買い物しようと出てきたのだ。お供はフードの中の白狐。
「にしても、ここも人が多いんだよなぁ」
大通りといっても車があればギリギリ二台が通れるくらいの幅である。人とぶつからないように体を動かしているのだが、なんかもうそれすら面倒になってきた。このままぶつかりながら進んでやろうかとも考えたが、変に目立って他国の人間だとばれる危険を冒す方が面倒になると考え直して我慢する。
そのかわり、俺のポケットから財布を掏ろうとする輩を偶然を装って転ばすことで留飲を下げる。おまけ付きでお前を禿げにしてやろうか!
またも後頭部に尻尾を打ち付けられた。
何はともあれ、もう昼にもほど近い時間帯だ。ここらでどこかの食事処によるのもいいだろうと、俺は適当に目の付いた店へと入る。
猫耳の店員さんに店の名物である蕎麦を頼み、食事がてら情報収集。といってもこの街に来たのは本州に渡るための橋が目的なのでそれ以外に聞くことはあんまりない。
蕎麦とは別にお金を渡せば喜ばれるので、やっぱりこの世の中は金なんだと思いましぃっ!? ちょ、今のちょっと勢い強すぎませんかねぇ?
ありがとうございましたー! とここでも元気な挨拶を後に、目的地へ向けてぶらぶらと歩く。
半月くらいあれば都に着くとのことなので、一日くらいゆっくりしても問題はないだろう。その後は通りの店を冷やかす程度に街を回る。
明日の目的地である橋の場所も確認できたところで、俺は今日の宿へと戻るのだった。
◇
「ウゥゥゥゥゥッ……!!」
「だから、そんなに怒るなっての。まったく、人ならともかく何でお前がそんなに嫌がるんだよ……あれか、獣のくせして羞恥心でもあるのか?」
本日の宿である一室。そんな中壁際の限界まで身を寄せて警戒する白狐が一匹と、そんな白狐に警戒されている男が一人。つまり俺である。
本当は風呂がついている宿に泊まりたかったのだが、そういった宿というのはどこも高級宿であるらしく、一泊すると所持金がかなり残念なことになってしまう。これからも街のお姉さんや店の店員さんなどに情報をもらうことなどを考えると、あまり贅沢は言ってられないのでグレードを下げたのだ。本当は久しぶりにお湯に浸かりたかったのだが、お湯が張られた大きい桶が出てくるだけまだましだと言えるだろう。
で、だ。お湯で濡らした布で体を汚れをふき取った後、今度は白狐を入れてやろうと思ったのだ。
俺は服とローブのおかげで汚れなどないに等しのだが、白狐は俺と違ってここまでの道中で砂などの汚れがついている。せっかくの綺麗な体毛がそれでは台無しだろうと気を利かしたが故の考え。
幸いこの桶は白狐なら余裕で入れる大きさであるため、もう風呂に浸かっているようなものだ。後は毛の間の汚れを取ってやるように毛を指ですいてやれば、白狐はお湯の温かさもあって気持ちよさそうにしていたのだった。ここまではよかったのだ。ここまでは。
そんな中でふと俺の頭に疑問が浮かんだのだった。
こいつ、雄雌どっちなのだろうか、と。
まぁ後はご覧のありさまだ。脇に手を入れて腹が見えるように持ち上げたのが最後、白狐は狂化状態になったのかと錯覚するほど暴れだし、現状に至っている。ちなみに雌だった。
「おい、白狐。これやるから機嫌直せっての」
「ウウゥゥ……」
相変わらずの様子に思わずため息を吐く。関係が振出しに戻った気分だ。
しかし……いま改めて思ったが、洗ってからの白狐は本当に見違えったようだ。現に、今まででも十分に白かった体毛は、窓から差し込む月明りによって淡く光っているようにさえ見える。目の色も相まって神獣と言われても違和感はないだろう。
「それにしても、白狐は長いな。名前、名前……うん、面倒だからシロ、とでもしておくか」
警戒は今晩中には解いてくれそうにないので、俺は未だに警戒を続けている白狐……シロを無視して、先に布団に潜り込むのだった。
なおこの宿に限らず、ほかの宿もベッドではなく敷布団であることは余談だ。
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