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58:癇癪姫と野菜

「はぁ!? また失敗した、ですってぇ!?」


 場所はヤマト大国の中心都市である都のとある屋敷。カオルが見れば、平安貴族とか住んでそう、などと言い出しそうな場所に、年若い少女の金切り声が響き渡った。

 その声を聴いた屋敷の者たちは、「あぁ、また怒っていらっしゃる」と慣れたような顔をして、今その声を浴びせかけられているであろう人物に合掌するのだった。


「一度ならず二度も失敗するなんて、どれだけ無能なのよ!?」

「申し訳ございません」


 少女の癇癪の対象となっている青年は、言葉とは裏腹に涼しげな顔で謝罪の言葉を述べるのだが、青年のこの態度に少女の癇癪更に暴走することをこの青年は知っている。


 ヤマト大国を支える大貴族であるミナヅキ家。そのご令嬢にして次代の巫女候補でもあるアズサ・ミナヅキ。長い黒髪を頭の後ろで一つに結っており、その見た目からの雰囲気は「清楚」や「可憐」といった言葉が見劣りするほどの容姿を持つ彼女であるが、その容姿を台無しにするほどに難のある性格をしているのだ。


 ある時にはその日の気分に合わない料理が出てきたと言って料理人を辞めさせた。

 またある時には突然気に食わないという理由で使用人を辞めさせた。

 さらにまたある時には街の屋台を全て、匂いが嫌いといって撤去させた。


 そのような行為から付いたあだ名は『癇癪姫』。何が彼女の琴線に触れるかわからないため、今では誰もが彼女に関わりたくないとさえ考えているのだ。下手をすれば、貴族という身分を笠に、死刑、なんてこともあるかもしれない。


「……はぁ、もういいわ。だいたい、なんで今回も失敗してるのよ。うちの中でも精鋭の四人を送ったはずでしょうに」

「はい。それが予定外の事態が発生しました」


 怒ってもこの青年相手では無意味なことを悟ったのか、アズサは一度ため息を吐くようにして心を落ち着かせる。そんな様子に癇癪を起す前にそうしてくれと心の中で呟きつつ、青年はアズサの疑問に変わらぬ口調で言葉を返した。


 現在、二人が話しているのはある少女について。

 サクラ・カヅキ。先日亡くなった巫女ナデシコ・カヅキの実の娘であり、次期巫女として最も期待されている少女。アズサと違って、庶民にも優しく接する彼女の評判はかなり高く、巫女は彼女できまり、などと言われていた程。


 そんな彼女を、アズサは旧知の仲という間柄を利用して呼び出し、配下の者を使って誘拐。そして、都から離れた場所に()()()()()おこうと考えていたのだった。

 すべては、自身が確実に巫女となるために。


 しかし誘拐まではうまくいったものの、その誘拐犯であったもの達が()()()()、及び()()するという事態に合い、サクラに逃げられてしまうことになる。


 サクラ・カヅキは母親と似てその見た目は普通とは異なっている。

 透き通るような白髪を持ち、目は紅玉のような赤。その見た目は神秘的と言ってもいいもので、その容姿さえ巫女となるためにある、などと言われているほどであったのだ。


 だからこそ、逃げたところで探すことは容易だった。

 実際、送り出した精鋭たちの報告では中州のとある街で森に入っていく白い狐の情報を得た、と(ふみ)があったらしい。

 白い狐などそうそういない。それはサクラが獣化した姿だろうと判断し、今度こそ確実に捕らえるように指示を出したのだ。


 それがつい先日の話。

 あれから連絡はなく、どうなったのかと思ってたところにこの青年の報告。自分の思った通りに事が運ばない事実に、『癇癪姫』と呼ばれるアズサが怒らないわけがなかったのだ。



「予想外の事実?」


 青年――ミナヅキ家にて情報収集や暗殺などを行う暗部の頭目は、その言葉に頷いた。

 

「誘拐時に起きた謎の存在による邪魔もその一つではありますが、今回は先代巫女の娘に護衛の者がいた、というものでございます。送り出したもの達が排除を試みたようなのですが……」

「それで返り討ちに合った、と?」


 言葉の途中から肩を震わせて怒りを露わにしていたアズサ。その様子に、これはまた爆発しそうだ、などとどこか他人事のように考える青年。


「そうなります」

 

 その一言で青年の懸念は現実となるのだった。


「ばっかじゃないの!? ばっかじゃないの!? あなたたちそれでも暗部なわけ!? 戦闘の精鋭が返り討ちとか、あなた人選間違えたんじゃないの!? 私の指示でうまくやったのは誘拐だけ! あとは諸々失敗続き! そんなのあなたたちじゃなくてもその辺のゴロツキにでもできるわよ! 何のための暗部なのよ! ムカつく! 気に入らないわ! あなたたちに任せてたら私が巫女になれないじゃないの! もしあの子が(ここ)に帰ってきたらどうしてくれるのよ!? 計画が台無しどころじゃないのよ! わかっているわけ!?」


 フーフーと肩で息を吐く彼女に、青年ははい、と一言だけ言葉を返す。

 その対応にまた声を荒げそうになった彼女であったが、疲労により諦めた。もとより、この青年のこの対応は今更な話である。


「落ち着かれましたか?」

「誰のせいだと思ってるのよ。それで? その護衛については何かわかったのかしら?」

「は。現在は回収したもの達に確認中ですが、今のところ分かっているのは奇妙な術を使う男、くらいなもの。後は回復を待ってから、となるでしょう」


 そんなに手酷くやられたの? というアズサの言葉に青年は頷いた。


「外傷はないに等しいのですが、反して精神、体力の消耗が激しいようです。まともに動けるようになるには当分かかるかと」

「命に問題は?」

「ありません。ですが、死の一歩手前まで消耗している様子ですね、あれは。それと、回収に向かわせたものの話なのですが、今回サクラ・カヅキの捕獲に向かわせた四人は何かの植物に捕縛されていた、とのこと。おそらくは護衛の者の術だと思われます」


 青年の言葉に、そう、と興味のなさそうな様子で返すアズサ。視線が窓の外に向いているのを見るに、別のことを考えているのだろう。

 そう悟った青年は、アズサの指示を待つためにその場で待つ。


「そういえば、誘拐の時に余計なことをしようとした輩がいたわよね」

「お気になさらず。こちらで()()しております」

「ならいいわ。地獄の方が良いと思えるくらいには味合わせてやりなさい。後は魚の餌にでもすればいいでしょう」

「御意」

「それと、何としてもサクラをこの都に近づけないようにしなさい。護衛の者は殺しても構わないわ。とにかく、私が巫女にならなければ意味がないの。頼んだわよ」

「御意」



 アズサが目を向けるころにはすでに青年の姿は煙のように消えていた。 

 そしてアズサはもう一度目を窓の外に向ける。


 西向きの窓からは夕日が差し込み、アズサの顔を赤く照らすのだった。



「巫女は私がなる。……ならなくちゃいけないのよ」









「なぁ白狐さんよ。西ってどっちかわかるか?」


 俺の問いかけに、フードの中の住人から帰ってきたのは後頭部への肉球パンチ。それはちょっと酷くないかね?


 現在俺と白狐の一人と一匹は西にあると言われた隣町を目的地として街道を進んでいる真っ最中……だったのだが、街道に沿ってあっちへこっちへ進んでいるうちに、どの方向が西なのかが不明となっていた。


 おかしいな……隣町って聞いてたから、もっと早く着くと思ってたんだが。


 昼頃に街を出たためにその日のうちにつくだろうと考えていたのだが、陽が暮れそうになっている今も街らしき建造物は見えてこない。包囲される前に街を出ようとして急いだのがまずかったか?


「つーか、どこで迷ったんだ? ……イテッ、だから叩くなっての」


 あれか、お前のせいで迷子になったとおこなのか? 獣のくせして偉そうなことだ。

 はぁ、とその場でため息を吐くが、状況が変わるわけではない。こんなことなら、すぐにつくと考えずにまたコチョウランでも装備しておくんだった。


「切り株で方向見ようにも、その切り株がねぇし、こりゃ今日は野宿確定かね」


 また外で雑魚寝かぁ、と気落ちしそうになる。予定ではまたベッドに寝転がって寝ていたはずなのだ。暗くなる前に、人目につかないような広めの平地を探すことにする。幸い食料については問題はない。


 暫くして寝床にできそうな平地を見つけた俺は、フードの中の白狐に降りるように声をかける。白狐もそれに応じてフードから地面に跳び降りると、身をかがめるように伸びをしていた。やはりフードの中での待機は疲れるのだろう。

 伸びが終わった白狐はこれからどうするんだと言いたげな目で俺を見上げていた。


「寝床と花の結界を作るんですよっと」


 咲けという言葉とともに、俺たちを中心としたドーナツ型の花畑が完成する。今回咲かせたのは『守護』の花言葉を持つ御馴染みノコンギク。本当に結界として便利な花である。


 俺たちを囲むようにして咲くノコンギク。その大きさは花の咲いていない中心部を含めると半径はだいたい五メートルほどといったところか。中心部も四メートルくらいはあるのでかなり広いスペースだ。一人と一匹では広すぎる気さえしてくる。


 とりあえず安全地帯を作ったことに安心を覚えた俺は、その場に腰を下ろした。白狐もそんな俺を見てその場で足を崩すと、疲れが出たのか、かわいらしくクァッとあくびをするのだった。


 完全に野生をなくしていると思われても仕方のない姿である。


「っと、そういや試しておきたいことがあったんだったっけか」


 そう言って俺が咲かした花の名はアヤメ。人の名前でもありそうだが、これは紫色をした綺麗な山野の草地に自生する花である。なお花言葉は『希望』『信頼』『友情』『知恵』などの他にも数多くの花言葉を持つ。

 そして俺が野営をすることになった際にふと思いついたのが、このアヤメの花言葉の効果だ。数多くの花言葉を持つアヤメ。その花言葉の中には『炎』というものがあるのだが、これが俺の魔法によってどう反応するのかを試したかった。火種なしで火がつけられるなら俺のとっても損はないだろう。王国に戻った際に、アリーネさんから逃げてサバイバルするときなんかにも役に立ちそうだ。


 さてそんな感じで試してみたことではあったのだが、目の前でユラユラと燃えている炎を見るに成功した、と考えてもいいだろう。まぁあれだ。酸素の量が多いと炎が青くなるというのは知っているが、ここはファンタジーなんだし紫色の炎が出ても何も問題はないよね! 



 白狐も驚いた様子で炎を見ている。

 色はあれだが、獣が炎を見ても怖がらないってどうなのよ。あれか、この炎獣除けにはまったく意味がないってか? ノコンギク頼んだ!



 予想外のことはあったが、これで火は確保した。ので、寂しい野営に彩でも加えるとしましょうか。


 俺はノコンギクの生えていない中心部にできるだけの花を咲かせた。驚くことなかれ、これ全て野菜の花である。大豆もあるよ!

 リアの実のように咲かせ慣れているわけではないので一瞬で果実を採集することはできないが、成長速度をかなり高めているため、数分もすれば収穫できる。リアの実でも十分なのだが、たまにはこういうのもいいだろう。


 そうしてできた野菜を目の前の毒々しい炎で炙っていく。


「ほら、お前も食っとけよ、白狐」


 野菜だし、味付けもまんまだから食べさせても大丈夫だろうという判断のもと、炙ったもしくは焼いた野菜を白狐に差し出してやる。ネギはダメと聞いたことがあるのでそれは出さない。

 匂いを嗅いで安全だと判断したのか、白狐は野菜に口をつけた。心なしか嬉しそうにしているように見えたので俺も炙った野菜を頬張った。



 とりあえず、また明日から頑張ることにしよう

 


 


 


 

 

 

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