57:時には歩きも妥協案
「そうか、船は当分来ないのか……」
「そうなります。何分、先日都からこの中州に来たばかりですので。その後は南州へ下り、またここを経由して都へ向かうことになっております。ですので、最低でも1ヶ月はかかるのではないかと」
そこまで話を聞いた俺はありがとうと一言礼を言い、情報をくれた女性に少しばかりのお礼を握らせた。
嬉しそうな表情と共にゆらゆらと揺れている尻尾を見るに、やはりこの対応は正解なのだろう。俺の金じゃないから使うことに躊躇はしない。
金をもらって喜ばない人はいない。つまり、この世の中は金なのである。あれば皆ハッピー万々歳だ。
「コンッ」
「痛っ、おい何で叩いたんだ」
テシテシと俺の後頭部を叩いてくる存在に顔をしかめると、被ったフードの中へ視線を向けた。
「ほんと、訳がわからんぞ、この白狐」
フードの中の存在――白狐はそう呟いた俺の頬を同じように叩いた。爪も立ててないし肉球があるのだが、如何せん少しばかり勢いがついている。だから叩くんじゃない。
俺を追ってきたと思われる忍者みたいな奴らからの襲撃があった時から数時間後、俺はまた街に戻っていた。
理由は早いところ船が何時出るのかを調べるため。手元に金が入ったので動きやすくなったのだ。
だが都への船は暫く出ないとのこと。これは非常に困った事態だ。
俺がここにいるとばれている以上、長期間の滞在は逆にリスクを高めることになる。だからこそ、包囲網を仕掛けられる前にこの街を出なくてはならないのだが、第一案としていた船がない以上、別の手段を考える必要がある。
殺しにかかってくる相手とか面倒だし怖いしで相手にしたくない。
それから、フードの中で今は大人しくしているこの白狐についてだが、正直俺もよくわかっていない。
警戒心丸出しだったと思うのだが、俺が街へ向かおうとすると、その後ろから着いてくるのだ。
何度か立ち止まって見れば、同じように止まるし、いきなり進行方向を変えてみても着いてくる。とりあえず、街の中まで着いてこようとするのでこうしてフードの中に隠れてもらっているのだった。
出来るだけ目立ちたくない俺にとってこの見るからに目立ちそうな白狐に後をつけられるのは避けたいことだった。
壁越えの前に森に帰そうと思ったが、まったくそんな様子を見せない白狐。これも警戒されていたとはいえ、餌付けしたからなのかと諦めの気持ち半分、女王のように俺に何か恩返しをしてくれるかもしれないという打算が半分でフードの中にいれて行動しているのだ。
俺の言う通り大人しくしているのを見るに、知性は高いのだろう。女王やしーちゃん達のように俺の言葉を理解している気がしてならない。流石異世界、といったところか。
閑話休題
時刻はもう昼過ぎ。とりあえず飯を食べようと目についた食堂らしき場所の暖簾をくぐった。こんなところも日本みたいだと考えていると、俺に気づいた犬耳(垂れている)の女の子が元気よくいらっしゃいませと言って空いている席へと案内してくれた。
「ご注文はどうしますか?」
「そうだな……とりあえず何か食べたいから、この店のおすすめでも頼む」
「おすすめ……なら、鯖の味噌煮定食がいいですよ!」
待っててくださいね! と元気よく厨房に引っ込んでいく少女の姿を見送ると、ふぅとため息をついた。
にしても鯖、ね。名前までそのままとは驚いたものだ。昔の日本に似ているとはいえ、ここまでくると偶然ではないように思えてくる。
まぁ言語については考えても仕方ない。あの天使が全言語対応の翻訳能力でも与えてくれた、とでも考えておこう。不都合がないならそれでいい。
「ほら、今なら出てきてもいいぞ。幸い、人は少ないみたいだからな」
被ったフードの中でもぞもぞと動く白狐にそう声をかけてやると、フードの隙間から外の様子を窺うようにして顔を覗かせ俺の膝上を踏み台にして床まで飛び出てきたのだった。
膝上で止まらないのを見るに、まだ警戒はしてるのだろう。本当に、何故俺に着いてきているのか謎である。
白狐は辺りを見回した後、周辺を探索。しかし興味を引くものがなかったのか、ある程度歩いたところで俺の足元まで戻ってきたのだった。
「お待たせしましたぁ~!」
暫く白狐の様子を見ながら時間を潰していると、先程厨房の奥へと引っ込んでいった少女が料理を乗せた盆を手にやってくる。
来た来た、とこの国での初めての料理に心を躍らせながら、目の前に並べられていく料理に目をやった。
鯖の味噌煮、と言われた料理は見た目は俺の知るそれとほとんど一緒だ。出てきたのが魚の切り身であるため、俺の知っている鯖と同じなのかどうかまではわからないが、まぁ似たようなもの程度の認識があれば十分だろう。
あとは海藻類や野菜が入っている汁物にご飯。ただこのご飯、俺の知っている白米ではないようだ。というのも白ではなく、若干ながら色がついているようだ。精米技術の問題なのだろう。その他に気にするべきものといえばいっしょに運ばれてきた箸くらいなものだろう。木でできたそれは割りばしのような使い捨ての物ではないらしい。衛生面でそれはどうなのかと思うのだが、まぁあれは科学技術の進んだ世界だからできることであってそう簡単にはいかないものだ。
それと水のおかわりは自由なんだとか。水源の豊富なこの国ならではといったところなのだろう。シャルル王国では酒や果実を絞ったジュースが主流で純粋な水はあまりなかったように思える。
何はともあれ食事だ。味わうとしよう。
「わぁ~! 綺麗な白! お客さん、この子ってお客さんの使い魔?」
目の前の食事に舌鼓を打っていると、先程の店員の少女が足元で休憩中の白狐を見てそう言った。
「すまない、店の中に連れてはいるのはダメだったか?」
「大丈夫ですよ! 使い魔と一緒に入ってくるお客さんも多いですから」
「それは助かる。それと、その子は……まぁ成り行きでな」
勝手についてきてるだけなので使い魔とは言えないだろう。
白狐に興味津々といった様子の彼女は、撫でようと思ったのか手を伸ばす。しかし、それに気づいた白狐が低い唸り声をあげたため残念そうにしながらも諦めたのだった。
「警戒心は強いみたいでな。勘弁してやってくれ」
「うぅぅ……残念です」
ますます垂れ下がる耳に苦笑を浮かべながら、俺は食事を再開する。
その後も、少女は他の客の相手をしつつも暇があれば白狐を身に近くまでやってきていた。どれだけ見たいのだろうか。あそこまで来ると俺が食事をしにくいのでやめてもらいたいものだ。
だが、あの少女とは白狐をだしにしてそれなりの話し相手程度には慣れたのではないだろうか。なら、ここで話を持ち出しても変に思われることはないだろう。
「一つ聞きたいんだが、船以外で都へ行く手段はあるのか?」
「船以外、ですか?」
ちょうど足元の白狐の顔を覗き込んでいた少女に問いかけてみると、少女はそうですねぇ、と少しばかり考え込むしぐさをして見せた。
やがてあ、という声とともに耳と尻尾が一瞬上に伸びるとありますありますと話してくれた。
「確か、ここから西にある隣町から、都のある本州までつながる橋がありますよ。お客さん、都まで行くんですか?」
「ああ、観光がてらな。南州の田舎から出てきたものだから、一度都を見ておこうと思ってる」
流石に、鎖国状態であるこの国で他国から来ました、などと言えるわけがない。ホウズキによる偽装はちゃんとしているし、俺が会話でボロを出さなければこの田舎者設定でも問題はないだろう。
「都はいいですよ! 私も一度だけ言ったことがあるんですけど、この街よりもすっごく大きくていろんなものが売ってるんです! それに今は次代の巫女を決める大事な時期ですから街の方は活気づいてると思いますよ!」
「なるほど。そりゃ、賑わってそうだな」
娯楽の少ない世界では、こういった行事で盛り上がることが多いのだろう。人込みとかすごいのだろうか。
脳裏に浮かんだ過去一度だけ行った祭りを思い出す。人に酔うとはああいうことを言うのだろう。もう一度体験したいとは思わない。
なぜあの二人はあの中を嬉々として進んでいたのだろうか。狂気の沙汰である。
「ッチ……」
「? お客さん?」
思わず歪めた顔を見られたのか、少女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
大丈夫だと言って話を戻す。
「それでその橋についてなんだが、そのルートで都を目指す場合どれくらいで着くんだ?」
「え? あー、えーっと……他のお客さんに聞いた話だと確か半月ちょっと、だったかな?」
こめかみに指を当てながら何とか思い出したようだが、返答が曖昧だ。
しかし情報は情報だ。ありがとうとお礼を言い、少ないながらも料理とは別料金で金を渡す。
とりあえず、今からの行動方針は決まった。
船を待つよりは、そのルートで都へ向かったほうが早い。なら包囲網を敷かれる前に西の隣町に行くとしよう。
「だからほら、急かすんじゃない。まだ食事が終わってねぇんだから」
「……」
何時の間に立ち上がっていたのか、白狐が尻尾で俺の足をパシパシと叩いていた。都の話が出た時からこの様子である。
無駄に知性が高い分、人が集まる都という言葉に反応したのだろうか。俺や先程の少女にも警戒していたのに、人が集まる都に行きたがるとは本当によくわからない狐だ。
時間にして十数分ほど。鯖の味噌煮定食を堪能した俺はごちそうさまとだけ言って席を立つ。その途中で白狐は俺の体を駆けあがり、被ったフードの中へと納まった。
「おいしかった。縁があればまた来るよ」
「どうも! また来てくださいね! お会計小銅判三枚です!」
シャルル王国のような円形の金貨、銀貨などではなく、この国では楕円のような形に加工されたものが貨幣となっている。その加工も、王国では絵が描かれているのだが、こちらは何かの模様。
俺は小さめの銅判を三枚取り出して少女に渡す。ありがとうございましたー! という言葉を聞くに正解なのだろう。
あの襲撃者たちはそれなりに金を持っていたようで、手持ちはまだ余裕がありそうだ。金色の判もあるし、何もなければ、これで都まで行けるだろう。
……いけるよね? やだよ、また追っかけられるとか。
てしてしっ、と後頭部を叩いて急かす存在に、はいはいと返事をして俺は西の隣町へと向かうのだった。
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