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56:追っ手

遅くなりました

「ウゥゥ……」


「だから、そんなに警戒するなっての。こっちは治療してやっただろうに」


 起きてから数時間が経過し、陽も少し高くなってきた頃。俺と件の白狐はまだ俺が咲かせたセンブリの花畑の上にいた。朝までは涼しかったのだが、すこし陽が強いのでローブのフードは必須だろう。


 さて、その件の白狐についてだ。

 こちらが少し身じろぐだけで唸り声をあげる白狐。治療(無理やり)してやったというのにこの扱いはあんまりではないだろうか。


 恩を感じて懐いてくれるかと思っていたんだがなぁ。


 チラリとフードの中から隣の白狐に視線をやると、ばっちりと目が合った。そして追撃の唸り声。ため息しか出ない。

 

 ただまぁ、隣にいても逃げ出すようなことはないためそれなりには信用されている……と考えてもいいのだろうか? 動物は飼ったことがないのでよくわからない。



 実家が花屋という特殊環境だったせいか、俺は生き物は嫌いではない。むしろ好きな部類だ。本当なら動物も飼いたかったのだが、それを親に伝えて帰ってきた返事は「ここにいっぱいいるだろう?」というもの。店先で売られていく花を示して言う言葉じゃないだろう。

 見慣れた植物よりも動物に興味があった当時の俺ではあったが、結局は母親の世話は自分で、という言葉に断念。面倒臭がりの俺が手間がかかると噂の動物の世話はするべきではないとの判断だった。なにより、そんな俺に飼われた動物がかわいそうだろう。



 まぁそんな話は置いといて、だ。


「これからどうしようか……」


 頭に思い浮かべたのは本日の予定だ。

 都に行くことは決定しているので街の港から船に乗るのは確定。ただ、その船の時間を把握していないのでまずその確認作業は必須だろう。問題はその船の時間だ。

 運よく今日にも都への船が出るならいいのだが、もしそうでないなら俺はまたこの街で過ごさなくてはならない。それすなわち野宿である。


 場合によっては結構な期間を野宿、なんてこともある。冗談ではない。

 

 だが金がないなら仕方のない事態だ。故になんとか金を稼ぐ必要があるのだ。


 それすなわち労働。


 ヒモになりたいと願っている俺が最も無縁になりたいと思うものである。


「何か働かずとも金を手に入れる方法はないか……」


 隣から呆れたような目をされているような気もするが気のせいだろう。獣が労働というものを理解できるはずがない。

 リアの実でも売り捌く……何てことしたらいろんなところ(ユリウスとかじいさん)から発覚した際に何か言われかねない。昨日考えていた花を咲かせる大道芸も変わらず面倒だから却下。


「……お前は何か芸はできるか?」

「ウゥゥ……」


 まぁそうだわな、と白狐の反応にため息を零す。頑張ってお手、と言って手を出してみたが引っかかれそうだったので慌てて避けた。

 こいつに芸を仕込むのも無理そうだ。


 俺は再びうんうんと唸って考える。

 背後の波のさざめきを聞きながら腕組みをする俺。隣ではいまだ警戒するように白狐が俺を見ていた。


 そんな風に辺りが静かだったから気づけたのだろう。

 不意に聞こえた風切り音。それが俺をめがけて飛んでくるのを認識し、アイテムボックスから取り出した杖を構えて盾にする。


 カキンッ、という甲高い音を立てて弾いたそれは投擲用のナイフ……いや、これはあれだ。忍者とかが使う苦無(くない)というやつ似ている。

 白狐もその奇襲に驚いたのか、起き上がって前方を警戒。俺も白狐の視線の先に目を向けた。


「……いた」


 場所は森の中。日中でも木陰で見にくいがその中に蠢く影がいくつか確認できた。黒装束に身を包むその姿はまさに俺の知る忍者そのものと言ってもいいだろう。



 数は四人。多いとは言えないが、囲まれると逃げるのは困難になる。


「あれ、俺の客なんだろうなぁ……」


 思い浮かべるのはこの街に来る前に出会ったあの侍集団。どっかで勘づいて俺のことを尚追っていたのだろう。しまいには忍者みたいなやつらまで差し向けてくるとはどれだけ必死なんだ。そこまで異国人を国内に入れたくないのかよ。


 おまけに今の攻撃。あれは明らかに俺の顔面、つまり急所を狙って投げてきた。アリーネさんとの相手をしていなければ即死だったぜ。

 捕縛ではなくていきなり殺害とか、どれだけこの国は物騒なのか。


 三本同時に飛んできた苦無。二つは横に跳び退くことで避け、残りの一つは杖で迎撃する。その際に白狐が邪魔だったのでもう片方の手で拾い上げて後方に投げ飛ばした。

 いきなりの事に動揺している様子の白狐は、後方に投げ飛ばされる際にコーン、と鳴き声を上げていたがまぁ問題はないだろう。あれでも獣だ。怪我は治っているようだし着地くらいはできるだろう。


 何気に初めて聞く白狐の鳴き声を耳にしながら、俺は正面から突っ込んでくる四人の黒装束に視線を戻した。頭の耳を見て獣人なのは一目瞭然。彼らはその種族故の身体能力を生かし、すさまじい速度で俺との距離を詰めてくる。

 

アリエッタと同じくらいの速度とみていいだろう。はたしてアリエッタがすごいのか、彼ら黒装束が頑張っていると言えばいいのかはわからないが、とりあえずアリーネさんよりは遅いのは確かだ。

 ……最近の俺の基準がアリーネさんなのはおかしいのではないかと思い始めている今日この頃である。



 短刀を構えて突っ込んでくる黒装束の四人を見ながら、俺は杖を構えて真正面から彼らを迎え撃つ。



「わけがねーよな」


 彼らが花畑に足を踏み入れた瞬間にそれは起こった。

 辺り一面に咲いていたセンブリの花が一斉に彼らに向けてその根を伸ばして襲い掛かると、その手足を拘束。さらに息を吐く暇を与えずにその手足ごと体を拘束しにかかったのだった。


 四方八方、上下左右、三百六十度。逃げる隙間もなく襲い掛かる植物という光景はまさに圧巻の一言に尽きる。術者である俺さえ少しビビった。


 そもそもの話、俺のテリトリーである花畑に向かって来た時点でほぼ俺の勝利は決まったようなものである。この魔法、迎え撃つことに関してはかなり強いのではないだろうか。


 もっとも、コールのように全て焼き尽くされたらひとたまりもないのだが。

 桜と一緒にセンブリを消さなかった俺はナイス判断である。


 植物に覆いつくされ、人の面影もない植物の塊となり果てた四人組。今では緑一色である。

 体力を吸収するようにしているが、気絶するまでもう少し時間がかかるだろう。とりあえずはこのまま放置だ。


「っと、忘れてた。大丈夫か、白狐」


 先ほど邪魔だからと後方に投げ捨てた白狐のことを思い出した。見れば、白狐は健在なようでうまいこと着地はできていたようだ。


「……」

「……ん?」


 近づけばまた唸られるかと思っていたのだが、いっこうにその素振りを見せない。むしろ、先ほどよりも警戒は薄れているようにも感じる。

 自分を投げ飛ばした相手である俺には、もっと警戒されると思っていたんだが……


「……よくわかんねぇな」


 とりあえず白狐のことは後回しにしておこう。そう考えた俺はもうそろそろ体力切れで動けない、もしくは気絶しているであろう人型植物の元へと向かった。

 さて、襲ってきたのはあっちだ。なら、有り金もらっても問題はないよね!







(何、あれ……)


 私はその光景に驚愕するしかなかった。

 辺りに咲いていた花達が、まるで彼の意思に従うように一斉に黒装束の者達を拘束。気づけば戦闘らしいこともせずに彼は勝利を収めていた。


 おそらく、先程の者達は彼女が仕向けた私に対する追手なのだろう。それも、今度は確実に私を仕留めるために選りすぐりの強者であったはずだ。

 それがいとも簡単に、まるで大人が赤ん坊を相手にするかのように無力化してしまったのだ。



 彼と出会ったのはつい先ほどの今日の朝の事であった。


 ただの花畑だと思って私が休息していたこの場所は、どうやら彼の拠点であったらしい。こちらが悪いのかもしれないが、今の私の状況から考えて警戒するのは当然のことだった。

 そして気づいた。


 彼は人族と呼ばれる、大陸の種族であることに。

 私はそんな彼を警戒せずにはいられなかった。何せ、このヤマト大国は鎖国状態。私たち獣人族以外が国に入ることは許されず、できても南州の一部だけのはずなのだ。


 そんな存在がこの中州にいる。


 どんな手を使ってきたのかは知らないが、十分警戒すべき相手だろう。


 しかし、警戒をしていても当の本人は呑気なもの。

 どうするか、などと口に出し、挙句私に芸ができるかなどと聞いてくる始末。自身の状況がわかっているのだろうか。


 まぁでも、悪い人物ではないのはなんとなくわかった。だからこそ、私は危険を冒して森に逃げ込むことよりもここにいることを選んでいる。

 

 そして先の戦闘とは言えない戦闘から、彼の力は相当なものなのだろう。


(この人なら……)



 そんな気持ちが湧いてくる。


「おお!! 金あるじゃん! ほら、持ってる分全部持っていくぞ!」


 その声に顔をあげてみれば、人族の青年は誰が見ても悪と答えそうな笑みを浮かべて追っ手から金銭を巻き上げている最中だった。


 ……本当に、悪い人じゃないと思いたい。


感想、ブクマをよろしくお願いいたします。和尚のテンションが爆上がりします。



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