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55:白い狐

早めに投稿できた。

 日本で見ていたものよりも大きな月。

 異世界であるはずなのに地球のような月があることには疑問を覚えるが、ここで俺が何を言ったところでどうしようもないことだろう。ついでに言うならば、あの月について考えるのも少々面倒だ。


 綺麗なものは綺麗。それでいいじゃないか。わざわざ複雑に考えることはない。


 雲一つない快晴の夜空。その天辺から月明りを届ける月に、その光を辺りに散りばめる広大な海。そんな海が奏でる波のさざめきを背後に、俺は月明りに照らされる桜の木を見上げたのだった。


 俺が咲かせた桜である。


 木の幹を背に、俺は手元に咲かせたリアの実をもぎ取った。

 桜の木の周りは『安らぎ』『余裕』『弱きものを助ける』といった花言葉を持つセンブリの花で花畑を作った。どうせやるなら盛大に、だ。


「はぁ~……落ち着く」


 宿に泊まれなかったことさえも、今ならばどうでもいいとさえ思えてしまう。

 センブリをベッドにし、俺は夜空を見上げた。


 視界いっぱいに広がる桜は、月明りによって神秘的な聖木のようにも思えてくる。波のさざめきは子守歌、といったところか。

 大量に咲かせたセンブリの効果で、身も心も癒す。そして寝ころびながらリアの実を一口。食べ慣れているはずなのにまったく飽きさせないこの果実はもう果実の王様といっても過言ではないだろう。むしろ、すべての食糧の頂点なのではないだろうか。果物の王様と言われるドリアンなど敵ではない。


 街へ戻っても、宿をとれないなら行っても無意味であろう。なら、このままここで一夜明かすという手も悪くはないかもしれない。いや、むしろそうすべきだと俺の中の天使と悪魔が囁いている。


「『咲け』」


 センブリの花畑のその外側に、今度はノコンギクの花を咲かせると、寝るのに邪魔なので体に巻いていたホウセンカとコチョウランを消す。地竜の森でも使用していたノコンギクがあれば、俺をちゃんと守ってくれるだろう。寝てる間に魔物の餌になるなんてのは御免だからな。


 金の問題は……まぁ今は他所に置いておこう。問題解決は明日以降の俺がやってくれるはずだ。今の俺がやるべきことは明日の朝まで眠ることのみ。それ以外の仕事はない。ないったらない。


 自分の周りの花を俺を覆い隠せるように成長させる。気温的には敷布団代わりの花だけで充分なんだが、こうして何かに包まれるというのは安心感が違う。

 俺は顔だけを出した状態で空を見上げた。


「……まぁ、街の明かりがないんだ。当たり前か」


 夜空に浮かぶ満点の星空。まるでキャンプに来ているようだと笑みを浮かべた俺はそっと目を閉じる。一人っきりのキャンプは初めてだが、これはこれで静かでいいものだ。……少々、静かすぎる気がしないでもないが。


 願わくば、これからの一か月が俺にとっていいものになりますように、と思いながら、俺は意識を落としていくのだった。






 港を出てどれくらい経ったのだろうか。

 そんなことを自問しながら、夜の森を警戒しながら進んでいく。所々で月明りが木々の隙間から漏れているため、視界は良好。しかしこの白い体毛は目立つため、少しでも目立たないように土で汚してある。


 本当なら街で体を休めたかったところだが、私の容姿は母様譲りで普通のそれとは異なるためにかなり目立ってしまう。私の姿が噂となって都へと伝われば、彼女はまた私に向けて追手を差し向けてくるだろう。それも何人も、今度は逃げられないように。


 今のような獣の姿でも、白い狐であるこの姿では一部の者にはすぐにばれることだろう。味方となってくれるならいいかもしれないが、そうでなかった時のリスクが大きすぎる。また、人目につかないようにスラム街に行こうにも、白い狐というだけで珍しがられ、そして売り払われることが目に見えている。あの船乗りの元にいたほうがよかったのでは、とも考えるが、あのまま南州や北州に向かう可能性がないわけではない。そうなれば、催事までに都へ戻ることは困難を極める。


 だからこそ都まで船で一直線のこの街で体を癒す必要があるのだが、そう簡単にいかないのが現状だった。


 そこで選んだのがこの森だ。

 結界に守られている街の周囲に展開しているこの森は、比較的危険な魔物が少ない。木の実なども自生しているのでやろうと思えば食料の調達も可能だった。それに、私には母様に教わった結界術もある。身を守ることに関しても可能なはず。

 そこまで考えての行動。しかし、自然というのは思っていた以上に脅威だった。


 魔物が活発になる夜に、こうして辺りを警戒しながら森を進まなければならないこの状況がその証拠だろう。


 今は獣の姿をとっているが、もともとは普通に暮らしていたのだ。そんな自分がいきなり自然界の中で生活できるわけがなく、魔物の影に怯えながら食料となる木の実を探し、体を休めることなどそう簡単には

できなかった。

 そしてつい先ほどのことである。頼みとしていた結界が襲撃してきた魔物によって破られたのだ。

 

 精神的な疲労によって弱体化していたのだろう。命からがら逃げだすことに成功したが、もう心も体も参ってしまっている。この調子では、また都に戻ることなど不可能に近い。


(何故、私がこんな目に合うのか……)


 巫女様……母様が病死したことを聞いたのはいつだったか。もともと体が弱くて床に伏せがちだったのも知っている。けど私は、白い布を被ったその姿を初めは受け止めることができず、葬儀を終えて初めて受け入れたのだった。

 いつか治ると信じていた。また一緒に顔を合わせて話ができると思っていた。


 思い描いた幻想は、脆い陶器が地面に落ちた後のように砕け散った。


 けど悲観してばかりではいられないのもまた事実。母様……巫女がいなくなったことで、この国はまた新たに巫女を候補の中から決めなくてはならなくなった。私もその候補の一人。

 民からの信頼厚い良き巫女様であった、と周囲は言う。なら、私もそうなろう。娘の私が跡を継ごう、とそう思った。



 そんな中、友人だと思っていた相手に騙されたのだ。

 思い出すのは、笑みを浮かべてさようならと呟く彼女の姿。



 あの冷たい笑みを思い出すだけで私の体は震えてしまう。

 けど、それでも私はここにいる。


 転びそうになっていたのを脚を出すことで何とか踏みとどめ、再度安全な寝床を求めて歩を進める。


 そんな時だった。

 

 森の匂いの中に、わずかながら懐かしいものを感じ取った。

 

(……母様)


 思い浮かんだのは幼少の頃、まだ母が床に伏せる前の記憶。

 忙しい中、時間を空けて会いに来てくれた母に連れられて桜並木の道を歩いた時のものだ。


 はしゃぐ自分の手を引き微笑むその姿は、桜の景色も相まって忘れることのできない大切な思い出だ。


 獣化によって強化された嗅覚がその匂いを辿る。自然と脚が向いたその先では、懐かしい匂いの他にも潮の匂いも混じっていた。




 やがて狐の少女はたどり着く。

 森を抜けたその先。月明りに照らされているのは大きく立派な桜の木。その足元には豊かな花畑が広がっていた。


(母様……)


 誘われるような足取りで花畑へと脚を踏み入れた。安らぐ花の匂いと懐かしき桜の匂いに包まれたからなのか、足を折りその場へと横たわる。


(サクラ)


 夢の中の母がぞう呟いた気がした。







「……んあ?」



 陽の光が顔面を直射する中、俺はまぶしくて思わず目を覚ました。

 やはり、屋外で寝るというのは考え物である。眩しくてとても昼間まで寝ていられない。


 桜の木が影になるにしても、それも時間の問題だったのだろう。


 ぐっと腕を伸ばし、そのまま背筋も伸ばせば、案の定コキコキと体から音が鳴った。いくら柔らかくしているとはいえ、所詮は花だ。寝心地はベッドが圧勝である。


 よくこれで寝ようと思ったな、昨日の俺。


 とまぁそんな文句をぶつくさと呟きつつ、軽く体動かしてみれば、先ほどと同じように至る所で音が鳴っていた。とにかく、今日中にはベッドかそれに準ずるもの(花にあらず)で寝たいものだ。


 咲かせていた桜の木を消して、ついでに花畑も消……そうとしたところで、俺はその花畑の一部に見慣れないものを見つけたのだった。

 あんな花咲かせたか? と頭に疑問符を浮かべつつ近づいてみれば、それは花ではなく動物であった。


 それも白い狐である。


 すぐに頭に浮かんだのはホッキョクギツネ。北極圏に住む白い狐であるが、そもそもここはそこまで寒い地域でもない。ということはそういう種類の魔物なのか。


「あれ、でも俺ノコンギク咲かせてたよな……?」


 『守護』の意味を持つ花で囲っていたため、ここまで侵入されることなどないはずだ。しかし、この狐の魔物はその守りを超えている。


「……敵意のないやつには無意味、とか?」


 あり得ない話ではない。現に、地竜の森ではハニービーたちが花園の向こうから何の問題もなく来ていたわけだし。


 まぁそれじゃあ問題はないか、と考えたところで、件の狐が身じろいだ。

 そろそろお目覚めか、と思って様子を観察し続けていると、やがて狐はうっすらと目を開ける。


「お、起きたか」


 俺の言葉に反応したのか、狐はその赤い瞳を俺の方に動かした。

 白に赤い目。アルビノというものなのだろうか。


「……っ!?」


 目が見開かれると同時に、白い狐はその場から跳びのいた。大方、目が覚めたら目の前に人がいたことに驚いているのだろう。

 身を低くして、警戒心むき出しである。


「そんなに警戒されてもなぁ……入ってきたのはそっちなんだが」


 ため息とともにそんな言葉が出てくる。

 はいはい、怖くない怖くないと手を振ってアピールしてみてもどうやら効果はないらしい。


 どっかの風の谷の少女の如く、俺も指を噛ませてみるか? と考えたが痛いのは嫌なので却下だ。


 しかし狐の警戒心もそう長くは続かなかったらしい。

 突然力が抜けたように倒れこむその様子を見て、俺は恐る恐る近づいた。


 ウウウ、と警戒はしているが、満足に立つこともできない様子。見れば細かいながらも体中を怪我しているようだ。倒れたのは疲労もあるのだろう。


 仕方ない、と俺は常備しているリアの実の飴玉をアイテムボックスから取り出した。これから使うようにしようと手持ちの物は基本的にこの中に入れてある。

 そのままでは食べられないだろうという判断から、それを拳で潰し掌に乗せて狐の口元に差し出した。


 まぁでも、それでは当然食べないわけで。


「食わんとよくならねぇぞ?」

「ウゥゥゥゥ!!」


 犬かよ、と思ったが、狐はイヌ科だった。

 このままでは食わないのは見て明らかだし、時間をかけすぎるのも面倒だ。


 咲け、と魔法で花を咲かせた俺はその茎で狐を拘束するように絡みつかせる。それに気づいた狐も逃げようとするが、もう遅いわ!

 爪と牙に注意しながら、俺は狐の口を持って開かせる。危険だと思ったのか、全力で拒んでくる。


「ほら、さっさと口を開……痛ってぇ!? お前噛みやがったな!?」



 なお、欠片になった飴玉を食べさせられたのは、それから三十分程経った頃だった。







果物の王様と言われるドリアン。これは昔国王が勢力増強のために食していたために、「王様の果物」と呼ばれていたとこが由来だそう。

あと、「果物の女王」と言われるマンゴスチンや「幻の果物」と言われるポポーというものもあるそうな。



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