52:ヤマトと狐と逃げる俺
遅くなりました
大陸極東部に存在する島国、ヤマト大国。
水の国ともいわれるほどに水源が豊富な国。シャルル王国やサルバーニ帝国と比べても、面積はその名に似合わずに小さいものである。しかし島国であるヤマトは周りを広大な海に囲まれており、今まで他国から侵略を受けたことがない。
万が一ヤマトがサルバーニ帝国のような国に戦争を吹っ掛けられたとしても、そうやすやすとやられることもないだろう。何せ、ヤマトは周りが海に囲まれている。その造船技術は世界随一といっても過言ではない。仮に海を抜け、大陸に上陸しようとも、その先に待つのは刀と呼ばれる珍しい剣を武装した戦闘集団。
種族による身体能力を持って襲い掛かってくる彼らの火力は十分に警戒をすべきであろう。
さてそんなヤマト大国であるが、実のところそこまで名前が知られているわけではない。というのも、彼の国は鎖国と呼ばれる状態にあり、貿易にかなりの規制がかけられているのだ。
ヤマトと交易を行っているのは、シャルル王国の南部に位置する一部の貴族のみ。それも一部の品をシャルル王国の商人が船で往復しているのだ。故にヤマトの一団が大陸まで赴くことはなく、それ故に出回る情報が少ないのだ。
だがそんな少ない情報の中でも、話を聞いたものが疑問の声を上げるものがある。
曰く、彼のヤマトの国を治めているのは【巫女】と呼ばれる女性なのだと。
◇
(ここは……船の中……?)
目を覚ます。
疲れて体が動かない状況で、辺りを見回してそう判断した。どうやらここは船の積み荷の置かれている部屋であるらしい。
少しばかり揺れているのは波の影響なのだろう。活きのいい男たちの喧騒も壁の向こうからわずかに聞こえてくる。
(追手は……)
こんな状態では逃げ出すことも不可能だろう。捕まってしまえば、今度こそ自分は殺されてしまうに違いない。しかしいくら時間が経ってもそれらしい者は現れることはなく、そこで自身が助かったことを自覚する。
ここまで来た経緯を思い出して身を震わせた。そして同時に助かったことによる安堵で思わず嗚咽を漏らす。
旧知の仲であった相手に騙され、都から攫われ、そして純潔と命までもを奪われそうになったところで奇跡的に逃げることに成功したのだ。
そう考えれば、安堵で涙が止まらないことも仕方ないことなのかもしれない。溢れ出る涙は木造の床に落ち、そしてすぐさま跡を残して消えていく。
暫くそんな状態が続いたころだった。
突如部屋の扉が開かれ、部屋に入ってくる一人の男の姿。
一瞬追手かと警戒して身を潜めようとするが、まだ体は満足に動かせないようで身じろぐのが精いっぱいだった。
何とか息だけでも潜めようとするが、あまり効果はなかったようだ。男はん? と首を傾げた後確認するような目つきでこちらへとやってきた。
「白い狐……?」
「おい! 何やってるんだ! 積み荷の点検くらい早くしろよ」
「あ、いや悪い。なんか、狐がここに迷い込んだみたいでな……」
「はぁ? んなもん放っておけ。ただでさえ、出航が遅れてるんだ。狐ごとき今から降ろしてる時間なんてねぇっての! 点検済んだらすぐに持ち場につくんだ、いいな!」
「わ、わかったっての」
どうやら男はこの船の船員の一人だったらしい。部屋の外にいた仲間に怒鳴られたからなのか、こちらを気にかけながらも積み荷の点検を行っていた。
すべての積み荷の点検が終わると、男はよし、と呟いてこちらに向かってくる。
男はズボンのポケットから何かを取り出したかと思えば、それを目の前に置いた。
何かの木の実だった。
「ほんとは、酒のつまみにでもするつもりだったんだがなぁ。それ食って大人しくしておいてくれよ?」
言葉が通じるとは考えているだろうが、それでも男は語り掛けるような口調でそう言った。
「まぁ、数日もすれば中州の都市につく。そこで降ろしてやるさ」
そう言い残して男は部屋から去っていった。どうやら乗り込んだ船は中州へと向かう船であるようだ。
都から離れてしまうのは痛手だが、今の状況では仕方のないことだろう。それに何より、体を休めるのが先だ。
目の前に置かれた木の実を口にくわえる。おいしいわけではないが、何も食べないよりはマシだろう。それに、あの心優しい船乗りがくれたものだ。食べない、という選択肢はなかった。
それから数日後、白狐を乗せた船は何事もなく中州へと到着する。
到着までの間、あの船乗りに世話をされた狐はすっかり元気になり、船を降りる際には男の方を一度振り返ってから港を去っていったのだった。
◇
「探せ!! まだそう遠くには行ってないはずだ!!」
そんな声が足場としている木の真下から聞こえてくる。
ぞろぞろと刀みたいなものを腰にぶら下げている集団は、その指示に頷き四方八方へと散らばっていく。
指示を出した隊長らしき男もどこかへと駆けて行ったのを確認した俺は漸く一息ついたのだった。
もうわかることだと思うが、追われているのはもちろん俺こと花富士薫だ。
この世界に転生してから、名字を呼ばれることは全くと言っていいほどない。なのでこうして自分で言っておかないと忘れそうになるのだ。一応、俺が日本人で、あの人たちの息子であるという証拠でもあるので大切にはしている。
まぁそんなことはどうでもいい。現状には関係のないことだ。
そんな現状であるのだが、実のところ、何がどうしてこんな風に追われることになっているのか俺自身がよくわかっていないのだ。
別に俺が何かをしたわけではない。やったことといえば、あいさつした程度のことである。
まったくわけがわからないぞ。なぜ挨拶したら武器を手にした物騒な集団に追いかけられなければならないのか。この国ではそれが常識だったりするのか? 何それ怖い。
じいさんのクソトカゲめ。さては俺を修羅の国に送り込みやがったな? あり得ないわけではないので笑えない話である。
とりあえず追手らしき集団は去ったため、辺りを確認してから木から降りる。
念のために用意しておいた『欺く』の花言葉を持つ御馴染みイシモチソウ。よく見てみれば、食虫植物らしく見たことのない小さな虫をその先端の粘着部位にくっ付けていた。
こんな森の中で使ったからなのだろうか。とりあえず、イシモチソウへの魔力供給を切って消失させる。自身をとらえている植物が消えたからか、虫はふらふらと俺の周りを飛んだ後、森の奥へと姿を消したのだった。
「っと、さっさとここから逃げないとな」
一応集団を撒いたことは確かではあるが、まだこの森の中を捜索しているのだろう。いくつもの気配が動き回っているような感覚がある。もっとも、そこまで確かな感覚ではないのであまり頼りにしすぎるのも考え物である。
そして懸念がもう一つ。
どっからどう見ても『普通の人間ではない』集団相手に逃げるのだ。備えすぎるくらいでちょうどいいだろう。
もっとも、俺の心情としては面倒だから簡単に逃げたいところではあるのだが。まぁサボって捕まれば面倒ごとに発展するのは目に見えている。
初対面でいきなり敵対してきた相手だ。どう考えてもまともじゃない。
辺りに人の気配がしないことを確認し、今度はホオズキを体に巻き付けるようにして咲かせる。
イシモチソウと違って、60~80程の背丈があるホオズキは体に巻き付けるにはちょうどいいサイズだ。イシモチソウも俺が伸ばせば巻けないこともないが、粘着性のある先端部をくっ付ける気にはならない。
そんなホオズキであるが、花言葉は『欺瞞』『ごまかし』『偽り』。イシモチソウと似たようなものなので大変便利な花である。
すぐさま森を抜けて先ほどまで追われていた道に出た。
「確か、向こうからこっちに来たわけだから……よし、あっちだ」
追われていた方向を思い出し、それとは逆の方向、つまりあの集団がやってきた方向へと歩き始める。
よく考えてみれば、俺が追われていたのは通行人と挨拶したから。その通行人が慌てた様子で駆けて行った方向からあの物騒な集団が来たのだ。
そう考えると、あの通行人が駆けて行った先に街とかあるんじゃないだろうか? と考えた。大方、あの一団は日本で言う警察官のようなものなのかもしれない。
「咲け」
保険として俺はもう一度魔法を使う。先ほどのホオズキと同じように体に巻き付かせる形で咲かせた花はコチョウラン。
『幸運が飛んでくる』という大変ありがたい花言葉を持つ花である。
さて、これでとりあえずの準備はできたといっていいだろう。
じいさんが俺をどこに転移させたのかがわかっていない以上、まずは情報を集めるのが重要になってくる。そして情報を集めるなら人の多い街に行くことが第一だろう。自分から情報収集とかマジで怠いし面倒臭いのだが、生憎俺一人しかいないので仕方ない。
そこまでいけば、なぜ俺が意味もなく追われることになったかもわかるだろう。原因を理解していないと、今後また同じように追われることになりかねない。
ホオズキで姿を偽り、コチョウランの幸運で街へ行く。
ホオズキの花言葉で、周りの者には俺の姿が違和感のないように映っていることだろう。先ほどの通行人が俺の姿を見てあの武装集団を呼んだというならこれでとりあえずの問題はないはずだ。
俺は整備された街道をアイテムボックスにしまってあった杖を取り出して歩く。
ところで、俺はどれくらい歩けばいいのでしょうか?
大学の課題とかゲームのイベントとかやってたら遅くなりました!
あと、花言葉『偽る』のような効果についての補足説明です。
いうなれば、認識した相手に違和感がないように感じられます。つまり、景色の一部みたいに映るんですね。ほかにも使い方次第では、術者の都合のいいように偽ることも可能です。屋敷からの逃亡の際、アリーネさんを誤魔化したのはこの効果ですね




