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51:プロローグと家出

ちょっと長いです

 シャルル王国王都 王城


「何? アリストの街が?」

「ええ。報告によると、ワイルドギガベアーの変異種だったそうです。幸い、被害はなく対処できたそうですが」


 ある日の王城の執務室。

 そこでは、豊かな白い髭を蓄えた初老の男性がある男の報告を聞いて眉間に皺を寄せていた。


「まぁユリウスのところだ。当然と見るべきだろうに。彼の【鬼姫】もそろえば遅れはとらんさ」


「だからこそ、地竜の森に隣接するアリストを任せてますからね。しかし、アリストに対して何もしなければ、他の貴族にいちゃもんをつけられかねません。何かしらの支援、報酬は必要でしょう」


 その言葉に、初老の男性――シャルル王国現国王、アルトバッハ・A・シャルルはうむ、と自慢の髭を撫でながら頷いて見せた。


「では、アリストには減税を申し付けよう。どの程度にするかはそちらで決めた後、改めて報告するように」

「わかりました」


 隣の男が頭を下げ、手にしていた書類をめくると、少しずれ落ちた眼鏡を片手でクイッと戻す。


「では続いての案件ですが、聖国エリュシオンの勇者一行が陛下に謁見したいとのこと。いかがなされますか?」

「勇者、か。確か、いつか復活する魔王に備えるために、見分を広め、戦力となる者を仲間とする。そのために、各国を巡っているという話だが?」

「まぁ建前上はそうですね。魔王なんて、伝承くらいでしか聞いたことがありませんから」


 男の言葉に、アルトバッハは私もだ、と同意を示す。

 勇者。それは御伽噺の中で語られている存在のことである。


 遠い昔、世界を敵とし、生きるもの全てを憎んで破壊をもたらした魔王と呼ばれる存在。それを前に人々は成す術もなく、ただただ怯えるしかなかった。

 そんな時、女神エルンが遣わしたとされるのが当時の勇者であった。

 女神の祝福と加護を受けた勇者は、仲間とともに魔王を打ち倒し世界に平和を取り戻したとされている。


 なお、その勇者が建国したのが聖国エリュシオンとされているのだが、詳細は不明である。


 それから度々魔王と呼ばれる存在が現れるのだが、いずれもエリュシオンが女神の力を借りて召喚した勇者が対処したとされている。しかし、ここ数百年は魔王と呼ばれる存在は現れていないのであった。


「フンッ、まぁもしものためにというのは私でも納得はできる。だが、魔王討伐のためにという理由で我が国の優秀な人材を引き抜き、国内の情報を覗き見しようとする聖国のやり方が気に食わん」


「しかし勇者の受け入れを拒否すれば、聖国が黙ってはいないでしょう。場合によっては魔王に与するものなどと言われかねません」


「それが余計に腹立たしいのだ。初代勇者の名を笠に着て偉そうにしているようにしか思えんよ。……まぁいい、勇者一行の件はわかった。あとで会おう。それより、もうすぐ学院が始まる時期だろう? シャーロットとアルデリカの様子はどうだ?」


「アルデリカ様は現在、家庭教師とともに魔法の研鑽に励んでおります。ただシャーロット様は……」

「……もしや、いつものところか?」

「ええ、また花を愛でているのかと」


 はぁ、とアルトバッハはため息を漏らした。

 自身の娘であるアルデリカとシャーロットは双子。だが、顔は似ていても性格は正反対である。

 アルデリカは真面目で勉強家。魔法の訓練にも励み、その実力は同年代の中でも頭一つ飛びぬけているといえるだろう。対するシャーロットは才能はあるものの、あまり努力している姿は見られない。植物が好きなのか、よく王城内の植物園に居るところを目撃されている。


「……まぁ、言ったところでどうしようもないだろう。それより、その他の報告はあるか?」



 アルトバッハの声に、男は手元の書類を捲って報告を続ける。

 のどかな日差しが窓際から差し込む、そんなお昼時であった。




 ◇





「じいさぁぁぁぁぁん!!!!! 助けてぇぇぇぇぇ!!!」


 さて、そんなお昼時のことである。

 地竜の森に響き渡る一人の青年の叫び声。なんだなんだと花園の虫たちが顔を覗かせ様子を伺う中、じいさんと呼ばれた茶色尽くしの服装に身を包んだ老人ははぁ、とため息を吐いて叫び声をあげる青年を出迎えた。


「なんじゃ、騒がしい。そんな叫ばんでも聞こえておるわ」

「そんなことは今どうでもいいんだよぉ!!」


 落ち着くように言い聞かそうとするも、青年――カオルは一向にその様子を見せず、逆にもっと興奮した様子でじいさんと呼んだ老人の元まで駆け寄ると勢いそのままに飛び上がり、誰が見ても見事としか言いようがない素晴らしい正座での着地を決めたのだった。


「頼む!! 俺を……俺をここじゃないどこかに連れてってくれ……!!」


 この通りだっ! と頭を下げ日本でいうところの土下座を見せるカオル。

 普段から何もかもを面倒臭いといってやりたがらないようなカオルの見たことのない剣幕と動きに、はて、と首をかしげるじいさん。

 

「いったい、何があったんじゃ。それを知らんことには判断がつかんわい」

「くっ……! そんな時間すら惜しいというのに!! ……だが、逃げるためだ。仕方ない」


 てっとり早く話すぞ、と一言前置きをし、カオルはここに来るまでの経緯を話し始めるのだった。







「……」


 目が覚める。

 いつも通りの朝であるが、昨日の出来事が出来事なだけに自分の体を心配するところではある。しかし、布団の中で軽く動かしてみた限りではどうやら問題はないようであった。

 

 どちらかといえば、昨日の飲み会のほうが疲れた気がする。

 こりゃ、これからは控えるべきだな、うん。そうだそうしよう。


「……ん?」


 気怠いながらもベッドから体を起き上がらせてみる。すると、突如天井から一枚の封筒が降ってきたのだった。

 上を確認してみても誰かがいるはずもなく、少し警戒しながらもその封筒を手に取った。


 軽い。紙でも入ってるのだろうか。



 片手に持った封筒を軽く振りながら考える。まぁでも、この魔法が存在する世界では何があるかわからない。故に警戒はしておいた方がいいだろう。

 

 注意を払いながら封を切り、遠目にしながら中を確認す。


 ――どうやら見た目だけで判断するなら手紙、と考えてもいいかもしれない。


 中に手を入れて紙を出す。どうやらおかしいものではないようで見た目通りの紙であるらしい。

 折りたたまれているので紙を開いてみると、中には達筆な字で文字が書かれていた。


 最後の行だけ確認してみれば、天使より、という文字。


「ああ、あいつか……手紙とか何時以来だ?」


 確か花園を作った時以来な気がするが、まぁそこはどうでもいいだろう。


『やぁ、久しぶりだねカオル君』


 そんな言葉で始まった天使の少年からの手紙。何か、上司の女神への文句とか、俺の今回の活躍? でまた階級が上がったとか、最近同僚だった天使の絡みがうざいなどといった愚痴が手紙の大半を占めていたのでそこらへんは流し読みですっ飛ばす。重要なのは最後の方。


 天使の階級が上がったからなのか、俺の魔法の強化も行われたようなのである。内容は花言葉に関して。


 今まで微力ながら効果を発揮していたこの花言葉であるが、この効果が強化されたようだ。それはすげぇ。


 今後ますます君の力になることを祈っているよ。異世界生活、僕のためにも頑張ってねっ! 天使より、と手紙の最後の文を確認したところで手紙が淡い光を放つ。

 驚いて手を放してしまったが、手紙はベッドの上に落ちることなく宙に浮かび、そして封筒とともに消えてしまったのだった。

 

 俺が驚いているのを笑っている天使が容易に想像できる演出である。



 そんなことがあってベッドから起きだした俺は、朝食でも食べようかと部屋を出る。


「うふふ、おはようございます、カオルさん」

「え? ……あ、おはようございます、アリーネさん」


 部屋の扉を開けて外に出ると、いつの間にそこにいたのかアリーネさんが待機していた。まるで待ち伏せていたようにも思えるタイミングである。

 そんなアリーネさんは普段屋敷で過ごすような西洋風のドレス姿ではなく、外に出る動きやすいズボン姿。陽の光を浴びて煌めく金髪とアリーネさん自身の雰囲気によって、そんな格好でも品が良い。


「どうしたんですか? こんな朝早くから」

「あら? 忘れていますの?」

「……? 何を、ですか?」


 首をかしげて困ったような様子を見せるアリーネさんであるが、こちらも何のことかわからない。いったい俺が何を忘れているというのだろうか。


「昨日で五日間の休養が終了したはずなのですが……今日からまた(わたくし)と依頼を受け、特訓で――」

「失礼します」


 言い切る前に扉を閉めて、誰であっても扉を開けられないように全体に花を何重にも張り巡らせる。ここまでかかった時間は実に二秒。なかなかの速度だと自慢できるが、アリーネさん相手ではこれでも足りないくらいなので更にカモミールの花を同じように咲かせた。


 カモミール

 日本ではカミツレと呼ばれるこの花は、地面を這うように生え、踏まれれば踏まれるほどよく育つことから『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』といった花言葉を持つ。


 まさに今の状況にぴったりの花だろう。それに今朝強化されたと天使から手紙が来たところである。アリーネさん相手にそれなりの効果があることを期待しておこう。


 ちなみにこの花、ハーブティに使われる代表的な植物の一つである。



『あら? カオルさん、何で閉めるんですの? それもこんな頑丈に』

「あの、アリーネさん。俺、昨日頑張りましたよね? なら、まだ休みでもいいんじゃないかなーって思っていたり……ええ、してるんですけども」

『……それもそうですわね。では、もう一日だけお休みとしましょう。ただ、アリエッタがあなたと遊びたがっていましたわ。あとで相手をしてあげてくださいましね』


 そう言って部屋の前から去っていくアリーネさん。だが一つ言わせてもらいたい。

 アリエッタ相手に遊ぶ(剣)ですよね? それ。そんなの俺の休みなんかないのと意味が同じじゃないですか。


 そして今日を乗り切ったとしても明日からはアリーネさんが追加される。


「……よし、ここを出よう」


 そう思ったが吉日。俺は以前にも使用した『欺く』の花言葉を持つイシモチソウでベッドに俺のダミーを作り布団をかぶせると、窓の外に誰もいない事を確認してそこから飛び降りる。


 俺の部屋は屋敷の二階の角部屋である。そのため、今の体ならこの高さ程度どうってことはないのだがやはり自分から飛び降りるのは怖いものである。

 きれいに着地を決めつつ、俺はホウセンカを胴体に巻き付けるようにして咲かせた。花言葉は『私に触れないで』

 本来はこういう時に使う意味では何のだろうが、そこは意味のとらえ方。マジで今は誰にもばれたくないのだ。


 強化による影響なのか、街を出てからも俺を追い駆けてくる者の姿は見えなかった。

 俺はそんな初めての逃走成功に嬉々としながら、地竜の森まで一直線に巨花を咲かせ、成長させながらやってきたのだった。


 百万円が欲しいです。






 

「とまぁそんな経緯なのよ」

「……ふぅむ、だいたいの事情は分かった。が、一ついいかの?」

「ん? 何だ?」

「お主、この間我を肥料にしてやるなどと言っておらんかったかの?」


 ……


「じいさん、俺はな、自分のためならプライドさえ捨てられる男だぜ?」

「駄目じゃ、こやつ今最低なことを言いおったわい」


 正座して腕を組みながらドヤ顔してやったのだが、じいさんにあきれられた。何でや。



「そんなことより! 早いところ俺をどこかに連れてってくれよ! 一応ごまかしてきたけど、何時バレるか気が気じゃねぇんだよ! じいさんなら飛んで俺を乗せられるだろ?」

「まぁできんことはないの」

「マジか! なら頼みます!」


 お願いします!! と必死さをアピールして頭を下げる。しかし、じいさんはそんな俺を見て一言、「嫌じゃ」と答えるのだった。


 今、幻聴が聞こえたんだが?


「……じいさん、今何と……」


 下げた頭を上げて目の前のじいさんを覗き見てみると、件の人(?)物はフゥッ、と息を吐きだしてもう一度言う。


「嫌と言ったんじゃよ」

「何で!?」


 さては賄賂をご所望か!? とリアの実を用意して差し出してみたが、じいさんは受け取ってまるまる食すと再び嫌じゃな、と言い切りやがった。

 リアの実返せよ!


「カオルよ、今の我とお主の立場が逆になったとしよう。引き受けるかの?」

「面倒だからパスで」

「そういうことじゃ」


 このじいさん、俺が何て答えるのかわかっててこんな質問しやがったな。つい反射で答えてしまったじゃねぇかよ。

 ぐぬぬ、とここからどうじいさんを言い含めるか考える。このじいさんを動かすには、それ相応の利益を示さなければならないだろう。

 しかし、俺がきれる札はリアの実しかない。しかも、その札もさっき使ったが無意味だったのだ。


 何かないかと眉間に皺を寄せて考える俺。そんな時、目の前のくそじじいがふと、俺にある提案をして来るのだった。


「ふむ、そうじゃな。我からの頼み事を聞いてくれるなら、しばらくの間お主を違う場所に連れて行ってやってもいい」

「何でも行ってくれ、じいさん様。できることならやるぞ? 肩でも揉む?」


 手のひらクルックル? うるせぇ! 人はこうやって危機を乗り越えるんだよ!!(偏見)


「実はの、今度我の孫がここに来る。頼みというのはお主に孫の相手をしてもらいたいのだ」

「ああ、なんか前から言ってたお孫さんか。まぁ、それくらいなら構わないぞ」

「それはよかった。では、約束通りお主をここではないところに送ってやるとするかの。早くせんと、お主を養ってる虫が来ておるからな。アリーネ、などと言ったかの?」


 それを聞いて俺の背筋は自然と真っすぐになった。

 まさか、俺のダミーに気付いたのか?


 前よりも効果が高くなったはずだが、それでも見破ってくるのはどうかしていると思うんだが……やっぱあの人はおかしい。


「は、早くしてくれ!! 俺は死にたくねぇ!!」

「それを聞くと余計にお主が死にそうに思えてくるのは何故なんじゃろうな……。まぁいいわい、背中には乗せんが、そこに乗れ」


 じいさんが指さしたのは、いつの間にか地面にできていた魔法陣のようなもの。

 危険なものじゃないよな? と一瞬思ったがアリーネさんが迫ってきているこの状況下ではそんなこと考えている暇はない。

 えいやっ、と魔法陣の上に飛び乗った。


「ではカオルよ。今日より一か月、こことは違う土地にお主を送る。まぁ森を守った我からの褒美だと考えておけばええ」

「多分二番目くらいにじいさんが悪いがな!」

「さぁてな。一か月経てば強制的にここに戻るじゃろう。それまでは楽しんでくるとええ。ではの」


 その瞬間、俺の見ている景色が白くなっていくのが感じられた。発光源は俺の足元であるため、恐らく魔法陣が光っているのだろう。


 徐々に白くなってゆく景色。次には真っ黒に染まって体が浮くような感覚を覚えた。

 もしや、これが噂に聞く転移魔法なるものなのだろうか。

 

 なんやかんやこうやって俺の頼みを聞いてくれるじいさんには感謝しかない。帰ってきたら、じいさんのお孫さんとめいいっぱい遊んでやることにしよう。


 黒くなっていた視界がだんだんと白く染まってゆく。

 果たして俺はどこにやってきたのか気になるところではあるが、その確認は後にすることにしよう。


 一か月の休暇だ! 楽しむに尽きる!



 ◇







「曲者だぁ!! 出会え出会え!!」


「あのじいさんいつかぶっ飛ばすぅ!!!」




お待たせして申し訳ない。これより、三章スタートです!


評価やブクマなどしていただけるととてもうれしいです!

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