50:エピローグと……
「我らが【花園の賢者】様に! 乾杯!!」
「「「「「かんぱーーーい!!!」」」」」
「……」
時刻はもうすっかり陽の暮れた夜。
何故か俺は、居酒屋にいた。
それも大量の冒険者らしき奴らと共に。
「ささっ、賢者様! お注ぎしますよ!」
「アルスゥ! それは私の役目です!! あなたは大人しくしておいてください!」
「……」
死んでいるだろう目がさらに死んでいくのが自分でもよくわかる。きっと、俺はこの場の雰囲気にそぐわない空気を醸し出していることだろう。
だから、俺を帰してください。
俺を挟んだ両側で言い争うアルスとログルムの喧騒に、思わずため息を吐くのだが、吐いた瞬間に二人がどうしたんですか賢者様ぁ!! と喚きだしたのでそれすらできない。
何でもないとだけ返して俺は店内を見回した。
ジップの奴は、他の冒険者と飲み比べ。イっくんは数少ない女性冒険者を相手にお話し中。どうやら馬鹿二人は俺が自力で止めなくてはならないようだ。
……面倒臭ぇ。ストッパーくらいしっかりやってくれよ。
再びため息を吐きそうになるが、即座に両隣の男のことを思い出して我慢する。
未だにうるさい二人ではあるが、こちらが無視をしても離れないのであればいくら言っても無駄であろう。それにこいつらがいるから、他の冒険者が絡みに来ないというのも事実である。
本当に、いったい何故こんなことになっているのか。
店の中の喧騒を聞き流しながら時間をつぶすために、めったにやらない回想とやらをまじめにやってみることにしようじゃないか。
◇
あの化け物みたいなクマを骨だけにして、花園に平和を取り戻した後の話である。
元凶の元を潰したのはいいが、それを処理したところで花園の被害がなかったことになるわけではない。俺は生き残った皆とともに、命を落とした者たちを弔う穴を掘った。
場所はもちろん花園。その中心に墓を掘った。
一匹ずつ、感謝と謝罪、そして冥福を願って。
墓となる場所には、白のダリア。そして、彼岸花を咲かせた。
それぞれにこめた思いは『感謝』そして『また会う日を楽しみに』。俺が転生というものを体験したんだ。ならば、みんながそうなる可能性がないわけではない。
もしも、生まれ変わって会うことができたなら、その時には改めて感謝を告げよう。
願わくば、生まれ変わった先で幸あらんことを。
そうしてしばらくの間花園で皆の話を聞いていた俺だったのだが、しーちゃんや他の皆とリアの実を食べているところでクェルの奴がやってきたのだった。
曰く、ユリウスからの指示で事が済んだ俺を呼びに来ていたようだ。
無理やりここまできたから怒っているのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。まぁ呆れていたことは確かであるようだが。
しーちゃん達がリアの実を食している光景に若干ながら頬を引きつらせていたクェルであったが、まぁ当然のごとく無視である。
今回頑張ったのは他でもない皆なのだから。仮に皆が将来的な脅威になろうとも、俺の知ったこっちゃない。
というわけで、花園での用を済ました俺であったのだが、ここからの帰りはクェルに任せることにしたのだった。
クェルにおぶってくれ言ったときには変な顔をされたものである。
恥ずかしくないのか? と問われればまぁそのとおりではあるが、俺が何にもせずに街までたどり着ける手段なのである。使わない手はないだろう。
行きのような大雑把な行動は、少しとはいえ精神的に疲れるのであんまりやりたくないのだ。
なお、何故か疲れていたので仕方なくリアの実をあげた。ほら、今からおぶってもらうしそれくらいはね?
そんなこんなで、クェルにおぶられてアリストの街に戻ってきた俺であった。揺れることはゆれるが、めっちゃ楽。おまけにクェルは軽装の鎧。これはこれでありである。
だが、そんな俺がアリストの街に入ったときに待ち受けていたのはなんと正門に待ち構えていた冒険者たちの歓声であった。
何事かとクェルに問うも、本人も街を出ていたために知らないらしい。
うるさい周りの声に顔を顰めていると、その中から俺に向かって駆け寄ってきたのがご存知の馬鹿……じゃなかった、アルスであった。
第一声に「流石です! 賢者様!!」などと抜かしたアルスに事情を聞いてみたところ、街の脅威となりえた件の魔物を俺が討伐した、ということがもうすでにここの冒険者たちに知られていたらしい。
そんなアホな……情報早すぎー、などと考えていた俺であったが、詳しく聞いてみると俺が最後にクマの化け物に使った超巨大花。あれがこの街からでも見えていたようだ。
最初はわけのわからないものに戸惑っていた冒険者たちであったが、アルスたち真の花のメンバーがあれは俺がやったもので、きっと俺が件の魔物を倒したんだ! などと広めたようだ。
更に噂の賢者なら在り得る、となって場は落ち着きを取り戻し、更に更に俺が帰ってきたことでそれが確信へと変わったようだった。
もっと悪いことに俺がクェルに背負われていたことから、それほどの激闘だったのか、という余計な勘違いが生まれ、結果的に街の脅威にただ一人勇気を持って立ち向かった勇敢な賢者、などというお前誰だよそれと思える英雄像が出来上がってしまったのだった。
とりあえず、褒めて褒めてと言わんばかりに目の前で目を輝かせている元凶に、俺は拳を振り上げてもいいのだろうか。
◇
飲み会という疲れるだけの地獄を終えた俺は一人アリエリスト家の屋敷までの帰路につく。まぁただ飯だったのでそこは不幸中の幸いともいえたが、あの喧騒の中で食うくらいなら大人しく帰って食べたほうがまだましだ。
「……ん?」
ようやく自室までたどり着いた俺であったが、部屋に入った際、俺が普段お世話になっているベッドのうえに誰かがいることに気がついた。
部屋から差し込む月明かりが金糸のような金髪を照らしているのだが、部屋の暗さも相まって銀色に煌めいている様にも見えた。
「あ、おかえりなさい」
銀髪の少女は部屋に入ってきた俺に気づくと、こちらを振り向いてそう言った。
「……お、おう。ただいま」
一瞬普段とは違う様子に驚いていた……というよりも見惚れていたのか、そんな言葉しか返せなかった俺である。
俺の返答に、きょとんとした様子を見せる少女――Pさんことアーネストは、次にはなにそれ、と笑うのだった。
こういった様子を見ていると、Pさんが美少女なんだと素直に感じ取れる。逆に言えば、普段の様子が少々残念なんだと改めて思わされた。
「……今失礼なこと考えたでしょ」
「まぁ、普段が残念なんだなぁー、とは考えた」
「……そこは嘘でも考えてないって言いなさいよ」
はぁ、とため息を吐くPさん。だが、次にはまぁいいわ、と気を取り直したのか再び視線を窓の外に向けたのだった。
いったい何がしたいのかがわからない。というか、そもそも何で俺の部屋にいるのかがわからないのだが。
疑問はあるが、とりあえずローブを脱いで部屋の入り口付近のコートスタンドに引っ掛ける。杖は今回使ってないので指輪のアイテムボックスの中にある。
「あ~」
ボフンッ、と音を立てながらベッドに倒れこむ。Pさんが座っているがここは俺のベッド。いやなら自分で退けばいい。
「……はぁ、もうすこし雰囲気って大事にできないの?」
「知らん。大事にしたところで何かがあるわけでも――」
「カオル」
俺の言葉を遮り、Pさんが口にしたのは俺の名前。
何だと顔だけをPさんに向けてみれば、いつの間に窓の外から視線を外したのかPさんはうつ伏せで寝転ぶ俺に目を向けていた。
いつもよりも顔を引き締めているからなのか、若干の緊張が見て取れる。真剣なのだろう。こんな相手――しかも年下の女の子がこれで俺が寝転んだままってのも流石に居心地が悪い。
面倒ではあるが、仕方ないと俺は体を起こしてPさんと向かい合った。
「で? 何か俺にいいたいのか?」
「あなたが今日とった行動は全て、父上から聞いています」
普段の口調ではない、丁寧な言葉遣い。
背筋を伸ばして、ゆっくりと、しかしはっきりとした声。
「父上――ユリウス・P・アリエリストの娘として、またこのアリストの街を治める者の一族であるアーネスト・P・アリエリストとして、あなたに感謝を申し上げます」
「……感謝されても、そもそもお前らのためにやったことじゃないんだがなぁ」
貴族の娘として、俺に感謝を述べることが悪いことだとは思わない。が、それはあくまで結果的にそうなっただけであって俺が動いたのは花園が脅威に晒されたからである。
つまるところ、花園が関わっていなければあんな風に動いてはいなかった。
「それでも、よ。結果的にでもアリストの街が守られたのは事実。皆があなたに感謝してるわよ、カオル」
「お、もう貴族の娘としてのPさんは終わりか」
「茶化さないで。それに、私はアーネストよ! 前にも言ったわよ! 直してっていっても心の中で呼び方変えてないのはわかってるから!」
「ばれてーら」
「前からね!」
ぎゃーぎゃーと喚くPさんに、はいはいと適当に返事だけしておく。まったく、先ほどまでの神秘的な貴族の令嬢はどこへ行ったのやら。まぁ、PさんはPさんだったということだろう。人の根本など早々変わるものではないのである。
「ああ、もう! そうじゃなくて! カオル!」
「はいはい、何ですかね」
「ありがとう! 面倒臭がってるけど優しいところ、私は嫌いじゃないから!」
それじゃっ! といってバタバタと部屋から出て行くpさん。
その様子を見ながら考える。
いったい、何を思ってpさんが俺を優しいと考えたのだろうか。面倒臭がりなのは認めるが、優しくしたことがあったかと記憶を探ってみるがよくわからない。
……しかしあれだ。
『薫君って、やっぱり優しいよね』
「優しい、なんて言われたの、いつ以来だっけか……」
スッ、とアイテムボックスにしまってあった杖を取り出した俺は、窓際近くにそれを投げつける。
普通であれば壁に衝突して落ちるだけの杖であるが、そうはならず、杖はその途中、誰かに捕まえられたように空中で静止した。
「盗み聞きはよくないぞ、じいさん」
「ヌハハ、ばれておったか」
月明かりの影となっていた部分からヌゥッと姿を現した爺さんは、俺が投げた杖を手元でクルクルと回した後、それを俺に向けて放ってきた。
当たる前にそれをアイテムボックスに回収し、じいさんと向き合う。
「確認だ。あのクマの魔物はじいさんが関わっているか?」
「……ふむ、なぜそう思う?」
「しーちゃん曰く、あの魔物は最初、何かに怯えた様子で花園に突撃してきたそうだ。あんなデカ物が怯える何て相当上位の存在しか検討がつかないんだよ。で、俺の周りではそんなのがいるわけだ」
クェルが迎えにくるまでのしーちゃんたちから聞いた話である。
話せるようになったしーちゃんはつたない言葉でゆっくりながらも事の詳細を教えてくれたのだった。そして違和感を覚えたのが、あの魔物が花園にやってきた経緯。
「ほぉ……じゃが確証はないんじゃろ?」
「まぁな。だからこれは俺の勘で身勝手な暴論だ。それを踏まえた上で言っておく」
窓際のじいさんの近くまで歩み寄り、そして視線を合わせる。
「今度あの場所にちょっかいをかけてみろ。本気で肥料に変えてやる」
「ほぉ? 大きく出るではないか、小僧」
見上げたその先で、じいさんの動向が爬虫類の様に縦に開いた。
「まぁあれじゃ。少しは成長できたと考えておこうではないか」
じいさんはそれだけ言って窓枠に足をかけると、ではの、といって飛び出した。
竜の姿が森の方角に消えていくのを背に、俺は今度こそベッドにダイブ。
願わくば、いい夢が見れますように、と。
◇
ピコンッ
『世界の意思により、あなたの行動が認められました。世界の脅威【種】の討伐を称え、新称号【花園の賢者】を授与します。
現在の取得称号は【地竜の加護】【花園の賢者】です』
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