47:殺意
どうも、二修羅和尚です。
すいません、お待たせしました! これも、FGOで夏イベが始まるのが悪いんや!
それでは47話、どうぞ!
早く、速く、疾く
足場とする巨花にひたすら魔力を注ぎ続ける。
もうすでにアリストの街を超え、地竜の森までは半分を切った。
鋭い風切り音がうるさいが、今はそれを気にする暇はない。
「……っ! クソッ!!」
普段なら過剰だと思えるほどの魔力。これだけ消費しても未だに魔力切れのまの字も感じられないのは、これまでリアの実を摂取し続けてきたからであろう。
よくやった。だから、もっと早く。
魔力のことなど度外視して、ただひたすらに巨花の成長速度を上げることだけを考える。
ユリウスとの問答なぞ、無理やりにでも切り上げて森へ向かえばよかった。だが、そんな後悔をしてももう遅い。
今の俺にできるのは、こうして俺の持てる限りの力で花園に向かうこと。そして、花園にとっての脅威を即刻排除することだ。
手にしていた花にふと視線を落とす。
向かい風で飛ばないよう、指に括り付けていた白い花、ダイヤモンドリリー
『ギッ!』
脳裏に浮かぶのは、この世界において、俺がもっとも世話になった女の子。姿かたちは俺たちのような人間とは違うものの、在り方、感情は俺たちと変わりないまでに成長した女の子。
お礼を言えば喜ぶし、注意すればしょんぼりする。触角を見ればすぐにわかるその仕草は、かわいいとも思ったものだ。
彼女だけではない。
女王も、他の魔物たちも。あの時、あの場所で過ごしたあいつらは、俺がこの世界で初めて得た家族みたいなものなんだ。
俺の怠惰で、失っていいものではない。断じて。
ふと、頭の片隅に二人の顔が思い浮かぶ。
わかっている、あれは俺のせいではないことを。けれども、あの日のことを俺は後悔せずにはいられないのだ。
手にしていた花を、潰れないようにそっと握り込む。
視界の奥に、森の開けた場所が移った。
無意識に成長速度を上げる。すると、見えてきたのは巨大なクマのような魔物。
そして、相対する虫型の魔物たち。
数にものを言わせて波状攻撃を仕掛けているが、巨大クマが腕や足を一振りするだけで、ボーリングのピンのように薙ぎ払われる。
払い飛ばされた魔物を無意識に目で追った。
数多の魔物たちが目に映る。もう物言わぬ体となってしまったのだろう。ピクリとも動く様子はなく、その周りにも無残な姿となった魔物たちが多くいた。
「っ————」
言葉が出ない。一瞬のことであったが、信じられない、信じたくない光景がそこにはあった。
広大な花園とはいえ、その一部は土ごと抉られたのか、バラバラにされた花と禿げた土地。そこに倒れ伏す魔物たち。
頭の中で、何かが切れる音がした。
プッツリと。
この感覚は、いつ以来のものなのだろうか。
わからない
「————殺す」
◇
花園に侵入者在り。
警備にあたっていた子供らからそんな報告を受けた女王は、すぐさま兵士である子らに撃退の命令を出した。
報告に来た子がギッと鳴いて出ていくのを見送ると、それからは普段通りに子を増やすことに専念する。
ジャイアントアント
個体で言えば魔物の中でも弱いとされている種族である。それ故、その弱さをゴブリンやスライムのように数で補うことでこれまで生き延びてきたのだ。
ジャイアントアントのリーダーであり、また母でもある女王は絶え間なく子を増やす義務がある。
それはこの花園の住人であるジャイアントアントも変らない習性であった。
が、この女王が他のジャイアントアントと同じなのかと問われれば少し違う。
一般的なジャイアントアントが、活動範囲を広げ、住処を広げることを目的にしているのに対し、花園のジャイアントアントは、花園を守るためにその数を増やす。
住処を花園に限定しているが故の特性であった。
というのも、これは女王の生い立ちが関係してくる。
この女王。親元を離れて巣立ったのはいいものの、たどり着いたのがこの花園の場所であった。
当時、まだ完全に花園と化していなかった不毛の地。不幸にも手付かずの場所に降り立った若き女王は、土地の魔力にやられて衰弱。番となるはずだったオスのジャイアントアントも、森の獣の襲撃に遭い文字通りバラバラにされたのだった。
巣も作れず、また子を産むための番をもなくした若き女王。もうこのまま何も残せずに死ぬ。
そんな時に出会ったのが花園計画真っ最中だったカオルであった。
当時のカオルにとっては、でっかい死にかけの蟻、程度の認識であった。ただ、このままここで死なれても、その処理が面倒という理由で治療されたというのは本人? の預かり知らぬところではあるが。
しかし、過程はどうであれ若き女王がカオルに助けられたのは事実である。そして、その治療にリアの実——当時のカオルが言う青林檎——が用いられた。
当時のカオルからしてみれば、「何かすごい奴だし、食えば大丈夫なんじゃね?」という軽い気持であったが、彼女は与えられたその実が、彼女ら魔物にとってもとんでもない物だということを本能的に察していたのだった。
そしてその結果は言わずもがな。
ジャイアントアントはすさまじい速度で回復、強化されることになる。その影響か、個体としての力も強くなり、更には知性までもを手に入れた。オスが居らずとも子を産めるようになり、産み落とす子も普通のジャイアントアントよりも強力な個体となった。
故に女王はカオルに感謝している。
知性を手に入れた彼女は、カオルを第一優先に考えるようになった。カオルをわざわざ世話するようになったのも、助けられた恩を感じてのことであり、また、カオルを守るための行動だった。
……もっとも、自身が世話係としてつけた娘が、自分以上に仲良くなるとは思ってもみなかったことであるが。
閑話休題
そして、カオルがいなくなってしまった今でも、それは変わらない。魔物である自分たちが、街でカオルを守ることは不可能。
故に、カオルが作った花園を守ることは、我々にとっての義務である。
その心情の下、ジャイアントアントたちはこの花園を守ってきた。花園に住まう、カオルと関わりのある魔物たちも同じく。
カオルによって知らず知らずのうちに強化されてきた虫の魔物たち。その力をもってすれば、花園の侵入者など容易く殺すことも可能だろう。
あの方の敵となるものは容赦なく、我らの糧にしてやろう。
まだ見ぬ愚かな侵入者を思い、女王はギギッ、と声を漏らした。
だがしかし
そんな女王の考えは、その侵入者の手によって覆されるのだった。
◇
流し込まれた魔力によって、すさまじい成長速度を誇る巨花。俺を乗せたそれは、俺の意思によってその軌道を変えると、勢いそのままに、その大質量でもって、目的の敵を圧殺しにかかった。
もちろん、俺は途中下車。花園の柔らかそうな場所に目星をつけて先に飛び降りている。
ドーーーンッッ!!! というすさまじい音と共に、大量の土と砂ぼこりが舞い上がった。
俺はその様子を見て、思わず袖を鼻と口に当てる。
「あれで死んでくれればいいんだがな……」
そんな独り言を呟きながら砂ぼこりをジッと見つめていると、その中で巨花を払いのけるようにして起き上がる影をとらえた。どうやら、あんなもんじゃ奴さんは死ななかったみたいである。
やがて、魔力供給が途絶えたために消失する巨花。突然の攻撃をその身に喰らったからか、まだ晴れない砂ぼこりの中から、怒りに狂ったような咆哮が轟いた。今の咆哮で、砂ぼこりの一部が晴れる。
見えたのは、現代日本のクマが可愛く思えるほどの凶悪な顔。愛らしさの欠片もない。
砂ぼこりが徐々に晴れているため、巨大クマが動き出そうとしているのが目に入った。しかし、これ以上被害を出すわけにはいかない。
「『咲け』」
すかさず魔法を唱えた。
詠唱の直後、姿を現した巨大クマの体のいたるところから花が咲き始めた。糧とするのは、奴の体力と生命力。どれだけ強力だろうと、尽きるほどに吸い尽くしてしまえば待つのは「死」
ただ、すぐに吸い尽くせるわけではないので、動けないように奴の周囲に咲かせた巨花で拘束しにかかる。
使ったのは、普段椅子にしていたあの白い大きな花。これならば強度も十分だろう。
巨大クマを拘束したのを確認し、俺は周囲を見渡した。
酷い惨状である。多くの魔物たちが物言わぬ亡骸となっている。
形が残っているものはまだいいほうで、中には先ほど遠目で見たように、無残な姿に変わり果てたものもいた。
クッ、と口から息が漏れる。
もっと早くここに来れば、助けられたかもしれないのだ。
「……しーちゃんを探さないと。しちゃーん!!」
手にしていたダイヤモンドリリーの花に視線を落とすと、俺は一度当たりを見回した。
他の魔物たちは、俺が拘束した今を狙ってか、大勢で巨大クマに突撃をかけている。だが、その中にしーちゃんはいない。
「しーちゃん! いるなら返事してくれ!!」
なるべく花園中に響くように呼び掛けてみる。が、それらしい姿は見当たらなかった。
嫌な考えが脳裏によぎる。
『ギ……ッ……』
「っ!? しーちゃん!!」
しかし、俺の声が届いていたのだろうか。近くの魔物の死骸の中から、ジャイアントアント独特の鳴き声が響いた。
すぐさま、声を頼りに駆け寄る。
他の魔物たちの亡骸を傷つけぬよう、しかし急いで捜索すると、すぐ近くでモゾモゾと動く場所があった。慌てて駆け寄ってみれば、そこには活きているジャイアントアントの姿。
目印としていた花がなくともわかる。この子はしーちゃんなんだと。
見たところ、しーちゃんには特に外傷らしきものは見当たらなかった。埋まっていたのも、攻撃を受けてではなく、降りかかってきた土砂によるものなのだろう。
「よかった……よかった……ッ!」
『ギギッ』
思わず涙が零れそうになる。
膝をついて、しーちゃんの顔を両手で挟み込むと、その金属のように硬い顔に額を押し当てた。
人のような温かみは感じられない。が、それでも彼女が生きているということがはっきりと感じられる。
どうやら、俺は間に合ったらしい。
また失うなど、もうごめんなんだ。
しかし、だからこそなのだろう。
しーちゃんが生きていることに安堵し、気が抜けてしまっていたのだろう。その時の俺の周囲への警戒は疎かになっていた。
『ッ!? ギッッ!!』
最初に気づいたのは、俺にされるがままになっていたしーちゃんだった。
彼女は突然、俺の手を頭を振って振りほどいた。
いきなりのことでわけがわからずにいた俺であったが、そこで付近に影が差していることに気づく。
何だ、と確認しようとしたその時に、それは起こった。
『ギッ!!!』
「ウボッ!?」
しーちゃんがその場でターンしたかと思えば、かなりの勢いそのままに自身の腹を俺にぶつけて吹っ飛ばした。
急な行動に何の対応もできなかった俺は、踏ん張ることもできずにその場から数メートル宙を飛んだ。
『ギ……カ……オル……』
「……え」
ぎこちない、言葉のような何か。しかし、俺の耳にはしっかりとその意味が伝わっていた。
彼女は、俺の名前を呼んでいたのだ。
「し——」
ドンッ、という鈍い音
しーちゃん
そう呼び掛けようとした。
言葉を発するまでに成長した彼女を、すごいと褒めてやりたかった。
今まで話せなかった分、これから話そうな。そう言おうと思った。
これから、しーちゃんと会うのがもっと楽しくなる。そう考えた。
岩があった。
ただの岩ではない。巨大な、それもジャイアントアントなら簡単に潰せそうな岩だった。
そんな岩が、今までしーちゃんのいた場所に鎮座していた。
言葉が出なくなった。
頭が真っ白になった。
先ほど聞こえた、鈍い着地音の意味を理解する。したくなかった。
パラパラと、小石や土のほかにも、あたり一面に魔物たちが降ってくる。
「グァアアォォオオオォォオオオアァァアアアア!!!」
あたり一面に咆哮が響く。まるで俺を現実に引っ張り込むような声だ。
ざまぁみろ。そんな風にも聞こえる。
もうその頃には
涙も声も出なかった。
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