46:守る理由
どうも、二修羅和尚です。
さて、エンジンかけようかどうかで迷った会でしたが、もうかけました。こっからは止まれねぇぜ!
と言うわけで二章も終りに向けて進みます。46話、どうぞ!
初日から休日の出鼻を挫かれた俺であったが、あの日以来、ああいった面倒な用事はなかったようで比較的ゆっくりした時間を過ごすことが出来ていた。
……うん、比較的。
俺の休日など知るかとばかりに、俺の部屋にやって来ては外へ連れ出そうとするアリエッタ(with大剣)とかマジで勘弁してほしかった。あれか、元気が有り余っている子供なのかあの娘は。
いや、体が元気に動くようになって嬉しいのは分るんだが、だからといって俺を巻き込まないでほしい。
まぁ、そこらへんの面倒事は全部Pさんに押し付けたんだがな。嬉々とした様子でアリエッタに連れて行かれるPさんの表情には少しばかり笑いそうになった。
報復には気を付けなければなるまい。
でもほら、Pさんはともかくクェルとアリエッタは楽しそうに打ち合ってた(一応、刃は潰してあるらしい)し、結果オーライで良かったんじゃないかなッ! うん、俺はいい仕事をしたんじゃないかと思っている。
そして、どちらもリアの実を食べているとはいえ、あれだけ人間離れした動きが出来ることに驚きを隠せなかった。
アリエリストはまさかの人外魔境だった?
……あり得るから怖いよなぁ。
ほら、ユリウスは知らないが話を聞いた限りでは凄いみたいだし、アリーネさんはあれだし。
そう考えると、Pさんはこのアリエリスト家の中で最も俺と感性が近いのではないだろうか。あの時も、目の前で行われているアクロバティック戦闘に目を見開いていらっしゃったからな。
安心しろ、Pさん。他がおかしいんだから。
とまぁ、そんな感じで過ごしていた休日も残すところあと一日。つまり今日を持って終了となる。だが、俺としてはこの間のとおりに言い訳……もとい説得を行い、このままダラダラ過ごすつもりでいる。
だが、アリーネさんのことだ。今日が終わった瞬間に「もう十分休みましたわよね?」などと言って夜中に連れ出されることもありそうで怖い。
そのため、そうならない様に先に手を打っておく必要がある。普段なら、面倒だしあーとでと考える俺であるが、ここで自ら動いてユリウスを相手にするのと、あとでアリーネさんを相手にするのとでは断然前者の方が楽である。
馬鹿でかい屋敷の中を一人ユリウスの部屋に向かって歩く。もうこの時点で面倒なことであるが、そこは我慢するしかないだろう。
……誰か運んでくれねぇかなぁ。
◇
「ユリウス、入るぞ」
「ああ、入ってくれ」
数回のノックの後、声をかけてると、中からユリウスの声が響いた。
中へと入と、ユリウスは部屋の奥の皮張りの椅子に腰掛け、執務用の机に両肘を付いていた。小難しい顔をしているため、いつもの優男然とした様子が感じられない。
ふむ、何かあったのだろうか。
「このタイミングで来た、と言うことは君も気付いたんだね」
唐突にそんなことを言いだしたユリウスに、は? という顔を浮かべるしかなかった。よく見れば、ユリウスの目の前には何かしらの地図が広げられている。
地図と言えば、この間アルス達に見せてもらったものもあったが、あの時俺が見た地図とはまた少し違って見える。
いや、今は地図の話は関係ないか。
「何の話だ?」
「ん? 違ったのかい? てっきり、森に行きたい、と言いだすと思っていたんだけど……」
「森……? 地竜の森がどうかしたのか?」
ユリウスの言葉に、つい言葉を返してしまった。
本来の俺がここに来たも目的とは関係のなさそうな話ではあるが、地竜の森の話となるとまた別だ。あそこはここで養われることを諦めた際の帰る場所である。
俺の疑問の声に、若干ながら動きを止めたユリウス。いかにも、やってしまった感が出ている様子だ。
「……詳しく話してくれ」
「……やれやれ、僕の勘違いとは言え、油断したなこれは」
そんなことを口に出しながら、ユリウスは自分が見ていた地図を俺が見やすいように向きを変える。
アルスたちが持っていたものと比べ、ずいぶんと出来のいい地図だった。あれはだいたいの位置と街の名前が描かれているだけだったが、これはアリストを中心としている地図であるため、山や湖、街道がどの街に続いているかなど割と詳しく描かれていた。
それにアリストが中心であるせいか、地竜の森を含めて帝国領の一部も描かれている。
まぁ他国であるせいなのか、地名と街、山くらいしか描かれていなかったが。
「二日前、街の冒険者ギルドからある報告が上がって来たんだ。何でも、地竜の森から魔物が消えた、とね」
「消えた?」
「正確には隠れてしまった、というべきだね。現に、いくつかのパーティが逃げ隠れる途中の魔物と遭遇している」
この辺りだね、とユリウスは地図上の地竜の森。入り口付近の浅い部分を指差した。
「念のため、アリストでも有数の実力者である冒険者の『真の花』に調査を頼んだんだ。結果、この地竜の森の異常の原因が確認された」
「確認? じゃぁ、そいつをどうにかすれば解決するんだろ?」
「その原因が問題なんだよ」
スッ、とユリウスの指が動くと、先程よりも帝国側、つまり森の深い位置を示す。
「『真の花』のログルム君によると、ワイルドギガベアーの異常個体がこちらへ接近中なんだそうだ。確認のため、家のものを向かわせたが、報告通りだったよ。普通の個体よりも倍以上は大きいなんて、異常と言わざるを得ないよまったく」
ログルムっていうと、アルス達のパーティだったのか、真の花って。忘れてたわ。それに、知らない魔物の名前が出てきた。
名前からしてでっかい熊という認識でいいのかもしれないが、魔物であるためそうとも言い切れない。
で、その異常個体がここに向かってきていると。
「まぁ事情はわかった。けどそんなのが来たところで、ユリウスやアリーネさんがいれば問題ないんじゃないか?」
「それはもちろん、こちらも全力を尽くすつもりだ。アリーネにも、今は外壁で準備を整えているだろう。もちろん僕も後で向かう。ただ、森の中での戦闘は危険が伴うんだ。相手がわからないからね。だから森から出てきたところを叩く必要がある」
まぁ確かに、相手は魔物で森をテリトリーとしている生物だ。それも異常な個体となれば、何があるかわかったもんじゃない。何の情報法もなしに相手の有利な場所で戦うのは愚策だろう。だからこそ、ユリウスの話にも納得できるところがある。
しかし、だからこそ疑問に思うのだ。何故そこで、俺が森へ行くことと繋がるのか、と。
このままユリウスに任せておけば俺は何もする必要もないだろう。何なら、後ろからその様子を観戦していたっていい。ユリウスの実力がどうかは知らないが、話通りなら強いのだろうし、アリーネさんが負けるとは到底思えない。
だいたい、俺が森へ行くのは、しーちゃんや女王の様子を見に行く時であって……
「……おい、ユリウス。その魔物ってのはどこを通って来てるんだよ」
「森をまっすぐに、こちらに向かってきている」
「そういうことを聞いてるんじゃねぇっ……! 簡単に聞くぞ、『花園』を通ってくるのかっ!!」
思わずユリウスの胸倉を掴み上げていた。
思わず取った行動と、その声の大きさには自分でも驚いたが、今はそれをどうこう言うつもりはない。養い主であるユリウスにこんなことをするのも若干ながら悪いとも思う。が、本当に、それを気にする余裕がない。
いつの間にか心臓の鼓動が速くなっているように感じた。部屋が暑いわけでもないのに額や背中から汗が出てくる。
「……本来なら、異常個体は今日現れるはずだった。でも、何かあったのかまだ森から出てきていないんだ。斥候を出したところ、君が来る前に報告があったよ。虫型の魔物が応戦中とね」
一瞬血の気が引いたのが自分でもわかる。まるで頭のてっぺんから足元までぎっしりと氷を詰め込まれた気分だ。
だが、虫型の魔物なんてあの森には溢れるほどいるんだ。それに、あの森は広い。広すぎると言ってもいい。だから、俺のいた花園以外を通過することもある。
まだ、決まったわけじゃない。
決まったわけじゃ、ないんだ。
胸倉から手を離す。
「……ユリウス、馬車を出してくれ。なるべく急ぎで、足の速い奴をだ」
だがそれでも、もし万が一にも。
そんなことがあった時、はたして俺は後悔しないのだろうか。
自分が面倒臭がりのどうしようもない奴なのはわかっているし、それをわかったところで変えようとも思わない。こんな自分が大好きだとみんなの前で言ってやることもできる。
けど、面倒だからと理由を付けた結果、取り返しのつかない後悔をすることを容認するつもりもない。そんな思いをするのは、一回で十分なんだ。
「御者は一人でいい。俺は杖を取って直ぐに外へ――」
「それは出来ない。悪いけど、君を森に行かせるつもりはないよ」
「……は?」
何を……言ってるんだ、この男は。
言われた言葉が一瞬理解できなかった。だが、次には俺の頭は言葉を理解し、そして同時に怒りで顔を歪める。
「どういうことだ……」
「言葉の通りだよ。元々、君が森へ行くつもりなら止めようとしていたんだ」
「それでも行こうとしたら?」
「力づくでも」
腰にでも携えていたのか、ユリウスが杖を抜いて構えた。残念なことに、こいつはこの意見を変えるつもりがないらしい。こんな行動に出るのも、何か相応の理由でもあるのだろう。
「……帝国か」
「……驚いたな。君からその言葉が出てくるなんて」
少しばかり目を見開いたユリウス。予想通りの反応。
アンデールとの話から立てた俺の予想であったが、あながち間違ってはいなさそうだ。
「俺の予想を言わせてもらうなら、この異常個体が帝国の仕業であり、何かしらの罠かもしれないってか? で、そこで俺が出て、存在がばれるのを避けたい、ってところかよ」
「……なら、分るはずだ。ここで君のことが知られれば、帝国は少なくとも君のことを調べるくらいはするだろう。そこで君がリアの実を量産できることも知られてしまえば、君の身に危険が及ぶ」
本当に、この人は優しい人なんだろう。こういう場面なら、俺のことを戦力として使いたいだろろうに。それを曲げて、俺のことを気にかけてくれている。本当にいい領主様だよ。
だが、それとこれとは話が別だ。
「ユリウス、あんたが俺のことを考えてくれてんのもわかる。じゃあさ、もし仮にその異常個体とやらが花園を通る場合、お前は対処してくれるのかよ」
「……それは出来ない。さっきも言ったけど、万全を期す必要があるんだ。ここの領主である以上、領民のことを第一に考える必要が――」
「だったら尚更なんだよっ!! 俺の気持ちもわかるだろ!?」
ユリウスの話している途中で言葉が出た。
一度も聞かせたことのない俺の怒鳴り声に、思わず口を閉ざしたであろうユリウス。
「あの場所は俺にとって、故郷も同然なんだよっ……! お前にとってこのアリストが守る場所なのと同じで、あそこは俺の守る場所でもあるんだ!! しーちゃんもいる、女王もいる、他にも家族同然の奴らがいるんだ。お前にとってはただの魔物だ、ただの花園だ。けど、俺にとっては大事な場所なんだよっ!!」
言葉が止めどなく溢れてくる。こんなに叫んで捲し立てたのはいつ以来だろうか。
俺らしくもない行動ではある。が、それ以上に心配する俺がいる。
ジッとした様子で何も言うつもりがないのか、ユリウスはただただ俺を見ている。
そんな時だった。
し、失礼します! と慌てたように扉が開かれた。
開いたのは俺もあまり知らない人物。恐らく、この家の兵士なのだろう、軽装備の男だ。
「ユリウス様、至急の報告が……」
「何かな」
何も話さなかったユリウスが、男の言葉に反応する。
男は、そこで俺の存在に気付いたのか、こちらをチラチラと窺いながら言葉を詰まらせていた。
「ああ、彼のことは気にしないでくれ。聞いても大丈夫だ」
「では……先程ボロボロの状態で羽付きのジャイアントアントが一匹、外壁に飛んできたのですが、その……気になるものを持っていまして」
「気になるもの?」
「はい、こちらです」
そう言って男がユリウスに見せたのはある一本の花だった。
途中で斬られた茎は、何かに巻き付けられていたのか曲がってしまっている。先端部分にはいくつもの小さめの白い花がまとまって咲いていたが、少しばかり萎れていた。
ダイヤモンドリリー
「っ!」
「なっ! お前!!」
目に入った瞬間に体が動いた。
男がユリウスに見せていた花を横からかっさらうと、俺はそのままユリウスの部屋を飛び出した。男が何かを言っているが全て無視する。あんなのに構っている暇なんてなかったのだ。
着の身着のまま屋敷を飛び出した。ここから走って向かうなど、時間がかかり過ぎて仕方ない。それに、外壁にはアリーネさんがいる。もしユリウスと同じ考えだったなら、俺の邪魔をしてくる可能性も考えられる。
その場合、相手にする時間が惜しい。なら、俺はこの街を一気に出る必要がある。
「『咲け』っ!!」
足元から巨大な花を射出するように咲かせる。この花を花園まで届くように成長させれば走るよりも早く花園に着くはずだ。
だから。だから頼む。
なんなら天使、神じゃなくてお前に頼んだっていい。
「間にあってくれっ……!」
◇
「ユリウス様、あの男は……」
「家族だよ。ところで、そのジャイアントアントは?」
「は、はぁ。その魔物なら外壁に辿り着いた際に死にましたが……」
「……そうか」
カオルが出て行った後のユリウスの部屋。そこでは、男の報告を聞いたユリウスが溜息を吐いていた。
「まったく、彼には困ったものだな」
言葉とは裏腹に、何故か顔を緩めたユリウス。
その様子に、男ははぁ、というよくわからない声をあげるのみ。
「君、ここにクェルを呼んで来てくれ。話がある」
「は……は、は! 了解しました!」
敬礼の後、部屋を出ていく兵士の男。それを見送ったユリウスは窓から外を眺めた。
そこには、森の方角へと伸びている巨大な花の姿。
「いつも、あれくらいの熱を見せてくれれば、ありがたいんだけどね」
感想、ブクマなど、お待ちしてます!!




