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花を咲かせる魔法使いはとりあえず楽をしたい  作者: 岳鳥翁
アリエリスト領と花の魔法使い
4/76

4:三年経ちました。まだ養ってくれる『人』はいません

 あの天使とかいうのに異世界へ転生させられてから三年という月日が経った。

 考えればこの期間でいろんな事があったのだが、今ここですべてを回想するのは面倒なので割愛することにしよう。



 さて、俺の1日はいつも陽が昇ってすぐに始まる。

 三年前までは好きなだけ寝たいと言っていたはずだが、ゲームも漫画もテレビもない場所で、夜更かしできるほど暇が潰せるはずもなく、結果、いっぱい寝たいからと陽が落ちてからわりとすぐに眠るようになった。そのせいかいつもより目覚めが早くなり、今では習慣化している。早起きは三文の徳、とかいうし健康的なヒモというのもいいかもしれない。



 俺は草と花で作られたベッドから身を起こすと、うんっと伸びをする。

 程よい弾力と心地よい香りを持つこのベッドにしてから、俺の安眠は約束されたものとなったのだ。最初の頃とは雲泥の差だ。

 約束されし安眠ベッドとでも名付けようか。


 「…動きたくねぇなぁ」


 もっとも、早起きしできるからといってもすぐにベッドから動くわけではないのだが。


 ベッドの隣のテーブルの上。俺はそこに置かれた、貰い物なのに妙に装飾の豪華な水瓶を手に取ると、中を満たしていた水で喉を潤す。

 不思議なことに、この水瓶は中の水が減ることがないらしい。流石、異世界である。


 冷たい水が乾いた喉を流れ落ちる感覚が心地よい。



 そんな時、俺の部屋の入り口付近で土の壁を叩く音が響いた。

 彼女らなりのこのノックは、いきなり現れたらビックリするという俺のわがままな要望を聞いてくれたものだ。ありがたいことである。


 入っても大丈夫だと伝えると、音の主は頭に数個の果物の入ったかごを乗せて入ってくる。


 「いつもありがとうな、しーちゃん。助かるよ」

 『ギィッ』


 人とは思えない鳴き声に、俺はお礼と共にその頭を撫でた。


 ジャイアントアント。

 それがしーちゃんの種族名。見た目は完全に大きな蟻である。

 この世界の一般常識では、魔物と呼ばれる彼女らであるが、俺にとっては世話をしてくれる優しい家族のようなものだ。


 一見見分けのつかない彼女らであるが、よく俺の世話をしてくれるしーちゃんの体の一部には俺が送ったカスミソウがくくりつけられている。

 カスミソウは白い小さな花をいくつも咲かせる。この花の花言葉は『感謝』。他にも『幸福』とか『清い心』とかもあるが、やはりここはこの言葉を込めるべきだろう。

 ちなみに、しーちゃんという名前はカスミソウの白色にちなんで呼んでいる。


 「あとで女王に青リンゴ持っていくから、そのかごはそこらへんに置いておいてくれ」

 『ギギッ』

 

 短く返事を返したしーちゃんは、わざわざ俺のベッドまでかごを運んでくると、もう一度ギッ、と鳴いてからかごを俺の目の前に置いた。どうやら、俺が移動せずとも果物を取れるようにという配慮らしい。いつも優しいです。

 ありがとうな、と俺はもう一度しーちゃんの頭を撫でる。

 金属のようにかたく、そしてひんやりとした彼女の頭はその見た目も相まって最初は撫でることも拒んだ。が、もう慣れたもので、今では俺の手の動きに合わせて動く触角もかわいらしいものだ。


 ある程度撫でたところで、しーちゃんはベッドから身を引いた。どうやら仕事に戻るらしい。一応俺の世話係の仕事もやっているが、彼女には巣の整備という仕事も与えられているのだ。

 名残惜しそうに部屋から出て行く様子に少しばかり切なくなるが、またお昼を持ってきてもらうのでその時にまた撫でてあげよう。






 昼になると外はかなり暑くなるので、そうなる前に俺はかごを持って部屋のある地下から外へ出た。

 見渡せば、色とりどりの花を咲かせる外の世界。花にまぎれていくつもの果実が実っているこの場所は、三年前までは何の植物も生えない不毛の地だった場所だ。

 よくがんばったと褒めてもらいたいものだ。なんなら、甲斐性のある美女プリーズ。


 安全の保障されていた一ヶ月。もちろん、そんな短期間であの広さをすべて花で埋められたわけではない。一年くらいは掛かった。時に作業中の俺を狙ってくる魔物とかもいたが、戦闘には向かないであろう花魔法で撃退したりもした。それにまじめに種をまいて花を咲かせて、とやっていれば当然ながらもっと時間が掛かっていただろう。そこは俺の魔法様様である。

 そして目標達成とともに、あの天使から手紙が来たのだ。

 俺の功績により、その俺を送り込んだ天使も格が上がったとのこと。結果、俺の魔法も強化されたらしいことも書いてあった。

 試してみてわかったことは、花さえ咲けば木も生やせるということと、ある程度成長方向を誘導できたり、性質をある程度変化可能なこと。更には地面や物体だけでなく、何もない空中でも花を咲かせられるというものだった。


 これがいい強化なのかはわからないが、少なくともこの場所の開拓の手助けにはなったので感謝はしておこう。おかげさまで植物も充実し、食べられるものも増えた。


 「お、実ってる実ってる」


 昔のことを考えながら俺が訪れたのは、柵で囲まれ、上につる植物で天井を作った畑だ。

 畑の周りも『守護』の花言葉を持つノコンギクで囲んでいるあたり、俺にしてはかなり大切に育てているといえるだろう。

 それとこの花言葉なのだが、どうやらこれ、僅かながらではあるがその意味の効果を発揮するらしい。天使からの手紙で明かされた事実である。

 転生初日に教えてほしかった。


 閑話休題


 さて、そんなことよりも畑の果実である。

 俺のひざ下程の低木に実るその果実は、見た目は間違いなく林檎。しかしながら、その色は見事なまでの青である。BLUEである。


 向こうで青林檎と読んでいた林檎が恥ずかしくなる程に青いそれ。俺はそれを見たまんま青林檎と呼んでいる。いや、まぁそもそも林檎がこんな低木に生るわけがないのだが、そこは異世界仕様ということで納得した。


 この果実は、俺が異世界に来て初めて魔法で咲かせた異世界産の果実である。というのも、それまでは天使が送ってきた種の植物で賄っていたのだが、単純に飽きて何かないかと森の入り口付近を捜したのだ。

 森の奥は怖いからね。あと、奥まで行くのが面倒だった。


 そんなときに発見したのがこの植物の種である。

 最初は腐った何かだと思っていたのだが、よく見れば何かの果実。なら種子もあるだろうと探した結果見つけたのだ。

 落ちていたものだったので期待はしていなかったのだが、いざ栽培してみればこれが大当たり。飽きないわうまいわで更には他の用途にも使えるときた。今では青林檎様様である。

 これの果汁とこの果実と物々交換で得られる蜂蜜を組み合わせて作った飴玉は俺のお気に入りだ。しーちゃんとかにも偶におすそ分けしているがかなり喜んでくれている。作ったかいがあるものだ。


 娯楽がない現状、こういった栽培や製品作りは今では楽しい趣味となっている。そこ、働いているとか言わない。趣味ですから。


 畑の中に入って青林檎を手に取った。

 もう何度も手にしてきたそれではあるが、大きさといい形といい、見た目は完全に林檎のそれだな。色以外、だけども。

 持ってきたかごに収穫した青林檎を五つほど入れる。このうち三つは女王に渡すためのもので残りは今日俺が食す分だ。

 他にも実っているものは多く収穫したいのは山々なのだが、この青林檎は恐ろしく足が速い。

 具体的に言えば収穫直後から劣化し始めて、三時間後には食えなくなる、というもの。ここも向こうの林檎とは違うところ、というよりも寿命三時間って何だ。うまいからいいけども。


 もちろん収穫時期を過ぎても食べられないのだが、そこは俺の魔法で季節場所関係なく花まで成長させるので問題ない。おかげで一年中新鮮な青林檎が食べられるしな。本当に、魔法様様だ。


 地下に作られた俺の部屋で青林檎を二つ置いた俺は、そのまま部屋から出ると更に下の方へ続く道を歩き始める。

 途中途中で出会うしーちゃんのお仲間さんたちと軽く挨拶を交わしながらしばらく進んでいくと、道の先には俺の部屋よりも大きい入り口が見えてきた。入り口の両脇にはしーちゃんよりも体躯の大きい個体が待機している。

 

 「いつもお疲れ様」

 『『ギッ』』


 懐にしまってあった飴玉を二匹に与えてやれば嬉しそうに触覚が揺れる。

 その様子を見た俺はうんうん、と頷いて部屋に入った。


 「女王、いつもありがとうね。これ、いつもの」


 『ギギッ、カンシャ、シマス』


 出迎えたのは入り口の個体よりも更に大きい、というか数倍はある個体。

 頭や胴はそれほどでもないが、巨大な腹を抱える彼女こそがこの巣の女王。




 ジャイアントアントクイーンである。


 

 

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