39:感謝
どうも二修羅和尚です。最近カオル君のキャラがぶれていないか心配です。
それではどうぞ!
起きたらベッドの上だった。
どうやら昨日の三度目の逃走に失敗した後、そのまま飯も食わずに寝ていたようだ。その証拠に、体の痛みと共に空腹が俺を襲う。こうかはばつぐんだ。
この空腹と筋肉痛、並びに疲労感を長時間味わうのは流石に勘弁。だから懐の飴玉を取り出そうとしたのだが、いつものローブを着ていないようだった。まぁ、ベッドに寝かすのに着たまんまにはさせないわな。
部屋の入り口付近にローブが吊るされているのを確認するが、今の状態であそこまで移動するのは困難だしやりたくない。人を呼ぶのも億劫だ。よって断念。
リアの実でも食うか、と魔法を使う。本当はものを食べるのも今は面倒に感じているのだが、最初の一口さえ食べられれば、後は問題ないだろう。
「んっ……」
「ん? 何だ?」
いつものように慣れた動作ではなく、痛みをこらえるゆっくりとした動作で出来たてのリアの実をもぎ取ろうとした俺だったのだが、部屋に小さく響いた誰かの声に思わず首を傾げた。どうやら人がいるらしい。
その誰かが動いたのか、布団の擦れるような音が聞こえた。念のため、布団の中を確認してみたのだがそこには誰もいない。期待した俺が馬鹿だったよ。
一つ溜め息をついてリアの実を齧る。起きてから感じていた倦怠感や痛みがほとんどなくなったのことで、改めてこの実の凄さを実感しつつも、空腹を埋めるためにそのまま二口三口と食事を続けた。
「……ねぇ、何してるの?」
「食事。見てわからんのか。俺は昨日の夜何も食べてないから腹が減ってるんだよ」
ある程度回復したのでベッドから体だけを起こす。まぁ声から予想は出来ていたんだが、そこにはジト目で俺を見る少女――アーネスト・P・アリエリストがいた。通称はPさんだ。俺しか呼んでる奴はいないが。
思えば、この少女が俺に面倒な依頼を持ってきたのが事の始まりだったな、と思い返す。何故決闘の話が誘拐やら奪還やらと言った事件にまで発展してしまうのか。そう言うのは物語の主人公だけがやってほしいものだ。
「……はぁ。心配して損したじゃないの」
「そりゃどうも。で? いつからそこで寝てたんだ?」
ちょうどリアの実を食べ終えたので聞いてみると、Pさんは今朝早くよ、とぶっきらぼうに答えた。どうやら、今朝ここにきてそのままベッドに伏せる形でまた眠ってしまったらしい。少し顔が赤いのはそれを知られて恥ずかしいからなのだろうか。
「へぇー」
「……何よ。文句でもあるの?」
「ないない。むしろ、心配してくれたことに感謝してるよ。ありがとうな」
元凶Pさんだけども。
「さて、俺はもうひと眠りする。もう戻ってもいいぞ。そしてこの自由でゆっくりと出来る時間を満喫させておくれ」
「そう、わかったわ。でも起きたことは母様に伝えるわよ? もともと、母様が呼んでいること伝えに来たのもあ――」
その言葉を言い終えない内に、俺はPさんの手を無意識に掴んで次にはベッドの中にPさんごと引き込んだのだった。
「…………」
いや、待ってほしい。言い訳をさせてくれ。
状況だけを見るなら、俺は年下の美少女を強引にベッドの中に連れ込んだというどう考えても俺が悪い現場が出来上がってしまうのだろうが、これはPさんを行かせてはならないと俺の本能が判断した結果起きてしまった出来事であるのだ。
冷静に考えるんだ。ここでPさんを止めていなければ、俺のこの自由でのんびりと出来る時間は訓練という名の地獄で一瞬にして終わりを告げていたことだろう。そう、それは春ののどかな景色が台風によってすべてぶっ飛んでしまうように。
よって、今のこの状況はアリーネさんが怖い、会いたくないという俺の恐怖心が引き起こした事態であるのでアリーネさんが悪いといえよう。証明完了。
「……ちょ、ちょっと…っ! 急に何するのよ……!!」
「いや、すまん。無意識に手が動いた。……と、とりあえずもうちょっと休憩していこうぜ? な?」
言い訳のように提案して見たのだが、Pさんからの反応はなかった。というか、少し無暮れて怒っていらっしゃるのではないだろうか。
ここで怒らせて帰してしまえば、アリーネさんが出現、拉致されるだけに留まらず、娘を怒らせたことによる追加訓練などと言い出しかねない。あの親バカのことだ。絶対にする。
「そ、そう怒るなって。ほら、こうやってのんびり寝てるのも意外と言いもんだろ? ユリウスから聞いたんだが、P……アーネストも学院がもうすぐ始まるそうじゃないか。休めるうちに休むべきだぜ?」
これはユリウスに聞いた話であるのだが、Pさんは今王都にある学院で魔法のお勉強をしている、言わば学生さんであるらしい。今は長期休暇でこちらに帰って来ているそうであるが、もう少しすればまた学院の寮で生活するとのこと。その際には護衛としてクェルや身の回りの世話役であるメイドさんを数人連れて行くらしい。
冗談交じりにユリウスに「君も行くかい?」何て言われたが、丁寧にお断りさせてもらった。魔法の勉強とはいえ、何故また面倒な学生にならねばならんのか。それに面倒事の予感しかしない。
今の俺がその場面に出くわしたら全力で断るのを阻止するが。だって、こんな地獄みたいな目に遭うなんて予想してなかったんだよ!! 学生やってたほうがマシだわ!
あの時の俺の馬鹿がぁ!! と心の中で叫んでいると、唐突に「ねぇ」と隣のPさんから声をかけられた。怒らせたくないので無視はあり得ないのだが、どこか神妙な面持ちで言うもんだから一瞬言葉に詰まってしまった。
「最近忙しそうであまり話せなかったから、遅くなったんだけど……その、あの時助けてくれてありがとう……」
あの時、というのはあの海藻類と成金豚がやらかした誘拐事件のことなのだろうか。聞いてみると、Pさんは少しばかり顔を赤らめながらコクリと頷いて見せる。あっているようだ。
だがあの件に関しては、俺はPさんの心配というよりも俺の立場を考慮しての行動だったので本当にお礼を言われるようなことではないのだ。言うならば、こいつのことを思って全力で奪還に挑んだクェルの方が数万倍もふさわしいだろう。
打算で動いた俺には、その言葉は少々重い。
「それならクェルに言ってやれ」
「言ったけど、戦えたのはあなたのおかげってクェルも言ってたわ」
それも俺の、というよりリアの実のおかげと言った方がいいだろう。だが、Pさんにリアの実のことを言っても仕方ないのでそこは黙っておく。
「大層なことはしていないぞ」
「感謝くらい、素直に受け取ったら?」
そういって笑うPさん。非常にやりづらい。
「はいはい。受け取った受け取った。ほら、さっさと行って来い」
まさかPさん如きに何も言い返せないことがあろうとは。
少し気恥ずかしい思いをしながらも、俺はPさんを部屋から追い出そうとシッシと手を払う。それを分ってなのかPさんはニヤニヤと良い笑顔を浮かべながら扉へと向かっていった。
「あ、あと一つだけ」
「……なんだよ」
「その……もう離さないって抱きしめてくれたの、ちょ、ちょっと嬉しかったわ。……そ、それじゃ!」
それだけ言い残して部屋から去って行ったPさん。対して俺は今の言葉の意味がよく理解できていなかったのだが、思い返すうちにコールとバトッた際にそんなことを言ったような気がする。
……なんか、Pさんの中で勘違いが更に加速している気がするのだが。
「……これはまずいのではないのだろうか」
「何がまずいのですか?」
「ヒエッ!?」
背後からの声に思わず変な声を出してしまった。
わかってはいることなんだが、俺は恐る恐る後ろを振り向く。案の定、そこにいたのはアリーネさんだった。
「……あの、何でここにいるんですか?」
「? アーネストに聞きませんでしたか? 私が呼んでいると。アーネストが下りてきたのでてっきりもう準備が出来ていると思っていましたのに」
そういや、呼ばれるのが嫌でPさんをベッドに引き込んだんだった。何で最後に帰してんだよ俺ぇ。やる気あんのかよ。ないです。
気付かれない様に溜息を吐く。溜息は幸せが逃げるというが、はたして俺の人生ではいったいいくつの幸せが逃げているのだろうか。世界はもっと俺に優しくしてくれてもいいと思うんだ。
「ところで、何かあるんですか?」
「ええ。最近訓練が多かったので、今度は実戦形式で試してもらおうと思っていますの」
「実践……」
何故だろうか。嫌な予感しかしていないのだが。というか、この人と一緒に行動すると、そんな目にしか合わない気がする。
「そう、実践。それにはまず魔物を相手にするのがいいでしょう。なので向かいますわよ、ギルドへ!」
あの、ドナドナはやめてもらえませんか?
◇
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