38:(強制)帰還
どうも、二修羅和尚です。
すみません、五千字超えてしまいました。分割するにも分けると短くなるような気がしたのでそのまま出します。
「あなたがカオルさんですね」
じいさんの後ろで縮こまりながら、俺はそんな彼女の言葉を聞いていた。決して恥ずかしいとか、そういうのではなく言うなればこれは俺の生存本能がそうさせているのだ。
あの人には悪いかもしれないが、それを承知で言わせてもらおう。あの女はヤバイと俺の勘が囁いている……!!
「ほれカオル。お主に用があるようじゃぞ?」
「ちょ、じいさん押すなって。俺、あの人のこと知らねぇよ」
ほれほれと俺を前に出そうとするじいさんに抵抗するも、力で俺がじいさんに勝てるわけも無く、あっさりと女性の前に立たされた。
にっこりと彼女が微笑んだ。
怖い
「……あ、あの、俺に何か用……の前に、誰なのかを聞いてもよろしいでしょうか?」
恐る恐る反応を窺いながら聞いて見ると、目の前の彼女は意外そうな顔でこれはご丁寧に、などと言ってまた微笑む。
「初めまして、になりますわね。私はアリーネ・P・アリエリストと申します。カオルさんの事は主人のユリウスさんや娘たちから聞いていますわ。以後、お見知りおきを」
気品漂う挨拶に、最後は礼で締めた彼女。俺はその挨拶に少しばかり驚いてつい「ど、どうも」としか返すことができなかった。
驚いた、というのはこんな形でまさかユリウスの奥さんに出会うとは思いもしなかったからである。
ユリウスの話を信じるなら、このアリーネと名乗った女性はこの王国でも十指に入る実力を持ち、戦場での姿から【鬼姫】と呼ばれていたゴリラだそうだ。そして出るわ出るわの無双キャラ伝。
曰く、武器の一振りで幾人もの兵を薙ぎ払い、ぶっ飛ばした。
曰く、女性でありながら大型の魔物の突進を真正面から受け止めて見せた。
曰く、入れば死ぬとさえ言われていた黒の森を一人で生還。数多くの新素材を発見した。
曰く曰く曰く。
そんな妻自慢(?)をユリウスからされたのは記憶に新しい。
そしてその夫であるユリウスも、魔法使いとして見ればこの国でもかなりの強者と聞く。夫婦そろえば、国落としでもできるんじゃないですかねぇ。
……よくこんな家相手手を出そうと考えたよな、あの成金豚と海藻類。無茶を通り越してもはや無謀とは思わなかったのだろうか。
……ま、思ってたらそもそも手はださんわな。あれはただ馬鹿だったって話なんだろう。
しかし、だからこそ思う。何故そのユリウスの奥さんがここに来たのかと。
「何故私がここに来たのかがわからない。そんな顔をしていますわね」
「うっ……ま、まぁそうですね。面識も無く、特に理由も思いつかなかったので」
この人、じいさんと同じく読心術でもできるのか。
考えていたことを指摘されてつい反応してしまったが、そこはもう素直に認め、何故ここに来たのかを聞くことにした。
「私がすぐにでもあなたに会って、お礼を言いたかった。それだけのことですわ」
「お礼?」
俺の言葉に彼女はええ、と短く返すと、姿勢を正して頭を下げたのだった。
「今回は私の娘のアリエッタとアーネスト。そして、アリエリスト家を守ってくれたこと、あの娘たちの母として、またアリエリストの妻として感謝いたします」
「……え、あぁ…ど、どうも……?」
突然のことにどう反応していいのかわからず、結果として何だか情けない反応をしてしまった気がしないでもないが、とりあえずそれは置いておこう。
どことなくむず痒くも心地のよい感覚を覚えつつ、頭を上げてくれるように頼んだ。
ゆっくりと頭を上げる彼女は、最後にもう一度ありがとう、と呟いた。
しかしあれだ。ユリウスの奥さんであるこのアリーネさんのことなんだが、こう考えていたイメージとは少し違っているようだった。
容姿に関しては娘のアリエッタとPさんがかなりの美少女だから美人なんだろうとは考えていたんだが、ユリウスから聞いた武勇伝からしてもっと粗暴で戦闘大好き人間だと考えていた。
が、蓋を開けてみればこの通り。まだ二十代、もしかしたら十代でも通じるこの容姿も相まってまさに貴族の淑女とも言える人だった。おまけに優しそうで甲斐性もありそうでアリエッタ並みのものを持っていらっしゃる。Pさん、頑張れ。
先程俺が感じた恐怖とはいったい何だったんだろうか?
ヒモとして生活するなら、こんな人に養ってもらいたいとさえ思っている俺ガいる。
「さ、では挨拶も済みました。カオルさん、帰りますわよ」
「……はい?」
急に手をとられたかと思えば、アリーネさんはすぐさま歩き出した。
いきなりだったので、思わずつんのめってこけそうになるが何とかそこは踏みとどまったものの、依然としてアリーネさんが歩くのをやめない。
てか力が強ぇ!! これがうわさに聞くゴリラなのか……!!
割とふざけている場合じゃなかった。
「ちょ、アリーネさん! ストップストップ! え、何で!? 何でこんなことになってんの!?」
立ち止まろうと足をそろえてストップをかけるのだが、俺の足の前方に成長する土の山ができるだけ。
「何故、ですか?」
一度立ち止まったアリーネさんは、こちらを振り返ることなくそう呟く。なんとなく、これ聞いちゃいけないやつだと感じた俺も後の祭りであった。
「カオルさんはアーネストと結婚して、我がアリエリスト家の一員となりますわ。なら、アリエリスト家、ならびにアーネストの夫としてふさわしい殿方になっていただきます。そのためには、暇にできる時間はありませんのよ? 貴族の男として、学ぶべきことは多いのですから」
「……」
ナニヲイッテルンデショウカ?
頭がアリーネさんの言った言葉を理解しようとしているのだが、俺の本能が理解しちゃいけないと叫んでいる。
だが、俺の頭は本能よりも自分の仕事を優先させてしまったようで、その意味を俺の理解が及ぶように変換していった。
【悲報】俺氏、Pさんと結婚&貴族ルート。並びに貴族の教養強制習得
「あ、あの……そもそもの話、俺とP……アーネスト…さんとの結婚というのは何かの間違い―――」
「はい? 間違いとは言いませんわよね? それとも……あなたはアリエリスト家の娘を弄んだのですか?」
「……いや、あの……決してそういうわけではなくてですね……ただ両者の間で何かしらの解釈の相違が―――」
「………」(無言の笑顔)
「……な、何でもありません…」
俺は…NOと言える日本人ではなかったのだろうか。
今にして思えば、まだ話の分かるユリウスに聞かれた時点でこの話をはっきりさせておくべきだった。が、それを今言ってももう遅いのは分かっている。
言うなればここは選択肢がはいかYesの強制ルートなのだ。なら帰ってからこの件をユリウスに相談し、改めて断りことが頭にい選択と言うもの。当主であるユリウスがこの話をなしにすればこの人だって文句は言うまい。
そう、これはこの場ではどうしようもないから、取りあえず相手に合わせるという戦略的撤退なのだ。
「では帰ります」
「だから速いんですって。そもそも、俺は日が暮れる頃には馬車で迎えに来てもらう予定でしたし、何よりまだ全然羽を伸ばせていない!」
チラッと振り向いていれば、巣の入り口からこちらを覗き見るしーちゃんの姿があった。そしてじいさん。何故あんたは何のアクションも起こさないんだっ!!
キッとじいさんを睨み付けるものの、当人はそんな俺の視線にもどこ吹く風。完全に無視されているようにしか感じない。
そんなじいさんに内心で多少の怒りを感じていると、またも力強く手を引かれた。
「御者の方にはもう必要ないことは言ってあります。それに、今から帰らなければ訓練ができませんわ。あなたも、暗闇の中で剣を向けられたくはないでしょ?」
「……あの、訓練ってなんですか?」
アリーネさんの言葉にいやな予感しかしなかった俺は、ついそんなことを呟いていた。
だって、貴族の教養を学ぶのに、訓練なんて言葉を使うはずが無いじゃないか。そこはせめてレッスンとか授業とかだろうに。
「何を言ってますの? アリエリスト家の一員となるからには、強くなってもらわなければなりません。ユリウスさん曰く、あなたは魔法使いとしては非が無いほど優秀だそうですが、基礎体力や接近戦は不得手と聞いていますわ。そこで私があなたを鍛えることになりましたの。そうですわねぇ……帰ったらまずはアリストの街を五周ほど走ってもらいますわ。最初だから軽めですが、ここから徐々に増やしていきましょう!」
何故か俺の意思に関係なく埋まっている今後の俺の予定。次々と出てくる言葉に理解が追いつかない俺であったが、ただひとつ分かったことがある。
このまま帰ったら、俺、確実に死ぬ
それを理解してからの俺の行動は早かった。
まずはこの人に掴まれている腕を開放せねばならないと考え、魔法を使って掴まれた部分から大量の花を咲かせる。腕から生えてきているので見た目はよろしくない。
アリーネさんがその様子に、あら、と声を上げたため拘束が少し緩む。その一瞬で俺は腕を抜き取り、バックステップで離脱。続けて足元の地面から巨花を咲かせての大ジャンプ。
あまり慣れたくはない浮遊感にビビリながらも、俺はさきほどからかなり離れた場所へ着地を決めた。これだけ距離が取れれば、あとはこの森の中で逃げ回ればいい。森林という草木が生い茂るこの環境はまさに俺のためにあるといっても過言ではないのだ。
とりあえず、見つかる前に花で姿を隠――
「ここで訓練もためになるけど、陽が暮れた森は危険ですのよ。ほら、帰りましょ?」
「……は?」
え、速―
首筋に衝撃が走った。
たぶんあれだ、漫画とかである首トンってやつだ。俺知ってる。
薄れていく意識の中、体が地面に落ちる前に襟を掴まれた。
「さ、帰りますわよ」
そこから先は覚えていない。
ただ、わかっているのは俺の夢の生活はまだ叶いそうに無いってことだけだ。
お礼言った相手に、この仕打ちは酷いのではないのだろう?
◇
「あなたが属性竜、であっていますか?」
地竜の森のとある花園。
かつては不毛の地と呼ばれていたその場所で、アリーネは未だそこで立っていた男にそんな問いを投げた。
茶色のスーツに、同色のシルクハット。更には茶色の革靴にモノクルをかけた豊かなひげの老人はフンッと鼻を鳴らすと、アリーネに笑みを向けた。
決して友好的ではない、相手を威圧する笑みだった。
「ヌハハ。それを我が答える必要があるとでも? のぉ、人間よ」
いつもとある青年に見せていた優しげな目はそこには無い。あるのは、縦に細長く広がった瞳孔。問いかけたアリーネを見る目は、まさしく侮る弱者を見る目に他ならない。
向けられている殺気に耐えられるだけの忍耐力がアリーネにあったからよいものの、意思が弱いものがここに立てば、これだけで死んでしまってもおかしくはないだろう。
あまりの殺気に、先程までカオルを気にかけていたジャイアントアント達は一匹を残してすでに巣へ避難している。
「っ……なら一つだけ聞かせていただきたいのです。何故、この男……カオルさんに肩入れするのですか?」
アリーネがそういって示したのは、先ほど見事な首トンで沈められたカオルだった。
「ほぉ? 何故そう思う?」
「先ほどのあなたとカオルさんの様子を見ていれば分かりますわ。ドラゴンであるあなたが虫といって嫌う我等人間と交友関係にある。娘とその従者に聞いたときは半信半疑でしたけど、今日この目で見て疑うことをやめましたわ」
だからこそ、聞きたいのです。
あなたは何故カオルさんに接するのですか?
「この我に、貴様如きが問いを投げるのか?」
「っ……あなたの強さは、よくわかっているつもりですわ。私では、あなたに傷を負わせるのがやっとでしょう」
「ほお、人間が言いおるわい」
「しかし、それでも、彼は我がアリエリストの恩人です。我が娘達や夫も彼のことは気に入っていますわ。その彼に何かあるのであれば、私は例え無謀と分っていてもあなたに剣を向けるでしょう」
毅然とした態度でそう言い切ったアリーネは、目の前の強者から視線を反らすことはなかった。普通なら絶対強者に対する恐怖心で竦み上がる。が、彼女は愛する娘とその娘が好く恩人を守るために気を保ち続けた。
「……フン、どうやら、そこらの人間とは違うようじゃの」
花園に蔓延っていた緊張が一気に露散する。それを感じ取ったアリーネも思わず息を吐いてしまう。それほどまでに緊張していたのだ。
「安心せい。取って食うつもりもないわい。理由じゃが、我らもお前さんらと同じような理由よ」
「……っ、それほど、彼は凄いのですか?」
「我が、加護を与えるくらいにはな。……まぁ、本人は気付いておらんようじゃが」
気付いたときが楽しみじゃわい、と現在進行形で気絶しているカオルを見ながら含み笑いをする老人。その姿に、アリーネは少しばかり驚かされるのだった。
「属性竜であるあなたも、そのように笑うのですね」
「我らにも感情はある。当然じゃろうて。……それに、そやつはもう家族みたいなもんじゃ」
先程までアリーネを見ていた目と打って変わり、老人は優しげな目で未だ夢の中のカオルを見た。
「そういうわけじゃ。そやつのことは暫く任せる。……我をがっかりはさせんでおくれよ?」
「言っておきますが、私の娘が最優先です。そこは譲れませんわ」
「好きにするがええ。我はそやつとの繋がりが出来れば満足じゃからの」
そのような会話がなされていることを知らないのはこの場でただ一人。
唯一この場に残っていたジャイアントアントのしーちゃんは、連れて行かれるカオルを物寂しげな目で見送るのだった。
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