3:嫌だ、疲れた、もう寝たい
とは言え、このまま何もせずに一か月を過ごしてしまえば、俺が肉食動物に食われてBADEND、なんてことも考えられるわけだ。
非常に。ひっっっじょうに遺憾ながら、無理でもやらなきゃ死ぬならやるしかない。
面倒くさい。
が、それでもやらなければならない。いくら楽をしたいとは言っても、自分の命を賭けてまで楽をしたいわけではないのだ。
「とはいえ、何をどうすればいいのやら」
広大な不毛な地を見回しながら、取り敢えず疲れるので座った。いや、実際は疲れていないのだが、色々ありすぎて精神的に疲れているのだ。
現状の俺が所持しているのは、あの天使から送られた手紙と植物の種。そして特典として与えられたという《花魔法》とやらだ。
「…花魔法、ねぇ」
使えるようになっている、とか言われても実感がないのでよく分からない。
取り敢えず、本当に使えるのかどうかを試す必要がありそうだ。使えなかったらあの天使を呪おう。天使相手に呪いとか効くのかわからんけど。
ただ、使い方とかが何一つわからない。ゲームなんかじゃ、コマンド選んでクリック、もしくはタップするだけの作業だったから、実際にやるとなるとどうすればいいのやら。
「…咲け」
取り敢えず、何か咲かないかな、と思って近くの地面に向けて手を翳してみた。
が、何も起こらない。何をするのかを明確にしないと発動しないのか?
「花よ、咲け」
しかし、何も起こらない。
「僕となりし花達よ。今こそその姿を現し、我が使命、我が望みを全うせよ。花よ咲け我が望みのために」
しかし 何も 起こらない !!
「咲けよ! お前ならできる! 今ここで頑張らないでどうするんだよ!」
しかし(ry
「ふぬぬぬ…っ!! バァッ!!」(某トト○風)
し(ry
…本当に、使えるんだよね?
◇
「…何という労力の無駄だったんだろうか……疲れた、もう寝たい」
あれから一時間。あれやこれやといろんな方法を試してみたが、頭で咲かせたい花を思い浮かべればそれでよかったようだ。俺らしくもない無駄な行動だったと反省しよう。
目の前にあるのは、特徴的な黄色い花を咲かせる植物。
名前を黄菖蒲。ヨーロッパが原産の外来種であるのだが、日本では水辺や湿地などで野生化してたりする。なお、このような知識も親譲り。俺自身に働く気はなかったのだが、親が言うには花屋の英才教育なんだとか。
……花屋の英才教育って何だよ。
ともかく、だ。俺がこの花を咲かせたのは、これからの異世界生活に向けての宣誓? 的な意味を含めているからだ。
黄菖蒲の花言葉は、『幸せを掴む』『私は燃えている』。
俺にとっての幸せとはもちろん、お姉さん系の嫁さんに養ってもらう楽々ヒモライフ。その幸せを掴むために俺は頑張る、という意味での燃えている、だ。
努力はしたくないけど。できれば向こうから寄ってきて養ってほしい。
なお、黄菖蒲には『復讐』という花言葉も含まれていたりするのだが、そこはまぁ気にしないでおこう。
花を送るときは気持ちが大事って母さんも言ってたしね!
「…そういえば、向こうじゃ死んだってことになってるんだよな」
ふと思い出したようにつぶやいた。
今はこうして、異世界というファンタジーな場所で生き返ったが、向こうでは寝ている間に豆腐が詰まって窒息死というなんとも馬鹿みたいな現場を両親が発見しているのだろう。
ただ、馬鹿みたいな死ではあるが俺が死んだことに変わりはない。働きたくなかったとはいえ、俺を跡継ぎに、なんてよく言ってた両親には少しばかり申し訳ない気持ちになる。
親不孝ですみません。けど、こちらでは立派なヒモになれるように最低限の努力はします。ですので、どうか安心してください。
夕日が沈みつつある空に向かって、暫くの間俺は手を合わせた。
とある天使のあきれたようなため息が聞こえたような気がしたが、恐らくは気のせいであろう。
さて、そんなわけで大事なのはこれからのことだ。
天使の言ってた《花魔法》とやらの使い方はわかった。他にもいろいろと応用が利くかもしれないし、できることできないことがはっきりとはわからないが、取り合えず今はこれでよしとしておこう。
頭の中で思い描いた花を咲かせる。
花を咲かせた際に、体から力が抜けるような感覚に陥ったのだが、この抜けたと感じたものが魔力というものなのだろう。なかなか不思議な感覚であるが、この感覚は動いて疲れた時の感覚と似ているためにあまり好きになれない。が、これが俺の生命線である以上、遺憾ながら妥協するしかない。
非常に、遺憾ながら、であるが。
「とはいえ、今日はもう遅いし……作業はまた明日の俺に任せよっと」
すでに陽は落ち、空は暗闇に染まりつつある。そんな中で気にせず作業なんてしたいわけがない。俺は寝たいときには寝たいのだ。ゲームとかしない限りは、日をまたぐまでには寝たい。
社会人の残業は悪い文明である。
俺は不毛の地と森の境目まで移動すると、寝やすそうな木に背中を預けて眠るのだった。
◇
「…うっわ、まっぶし……」
朝、陽の光が鬱陶しいくらいに眩しくて目が覚めた。
まぁ、野外で寝ているのだ。当然のことと言えば当然なのだが、それでもここまで不快な目覚めは初めての経験だ。とにかく眠い。
だが、こんなところで寝ているにも関わらず、俺は肉食動物や虫なんかにも襲われることはなかったようだ。天使の加護ってすごい。もちろん、偶然という可能性はあるが。
むくり、と体を起すとそのままの勢いで立ち上がる。すると慣れない寝かたをしたせいなのか、体中が痛かった。
自身のベッドを恋しく想いながら、俺はそのまま伸びをしたり屈伸したりと軽く体を動かす。普段なら二度寝にしゃれ込むところなのだが、こうも痛いとそれどころではない。布団の用意は、最優先事項にしておこう。
そんなわけで、昨日の続きである。
目の前に広がるのは、不毛の地と呼ばれる程にまで荒れ果てた広大な土地。俺はこれから、その土地を自身の魔法で花畑へと変えなければならないのだ。
正直な話、すっっっっっごく面倒なのだが、やらなければ一ヶ月後にはこの森の養分に成り果ててる自信がある。それだけは勘弁だ。
こんな俺でも、やる時は程々にやるって決めてるんだぜ? いわば、未来で楽をするための布石だと考えている。ほら、そうしないと俺ってば絶対やらないからさ。
何にせよ、これからここで作業しなければならないのは確定。ならば、俺はこの場所に生活拠点を築くべきだろう。
……もうこの時点で面倒かつ疲れることが目に見えているんですが、誰か代わりにやってくれませんかねぇ。ほら、衣食住とか今まで与えてもらってたわけだし、これからも与えてもらう予定だったからさ。やり方とかわっかんね。
俺はズボンのポケットにしまいこんだ植物(野菜)の種を取り出した。
「……当分はこれが生命線か……早いとこ、何とかしないとな」
あるいは何とかしてもらいたい。てかそうしてほしい。切実に。
そんなことを心の中で嘆きつつ、俺は花を咲かせる作業に取り掛かるのだった。
そんな異世界生活も、花を咲かせて始めて三年目となりました。