22:面倒事の予感
「馬鹿な…ありえない……そんなこと、あってたまるものかっ!!」
ユリウスが俺の勝利宣言をしたその直後、訓練所内にそんな怒声が響いた。
もちろん、その声の出所はあの海藻類。彼は顔に手を当てて俯きがちになっていたが、すぐさま俺の方に向かって歩き出した。
ので逃げる。
こういうときは、相手が向かってきていることに気付いていないふりをして、さりげなく移動することが大事なのだ。
ちょうど海藻類と逆の位置にPさんとクェルがいたのでその二人の後ろに回り込んで壁にする。
「…ちょっと、何してるのよ」
「代表選考の決闘は終わった。俺が絡まれる理由はない。よって、あれの相手はお前がする。いいね?」
「嫌なんだけど?」
本当に嫌そうな顔で即答するPさん。俺はそうですかと一言だけ返すのだが、何が気に障ったのか、海藻類が苛立った様子で俺に杖を向けた。
「おい貴様! 逃げる気か!?」
「ほら、お呼びよ?」
「知りませーん。俺には関係ないです。知り合いですか?」
「出来れば、知り合いとは言いたくないわね…」
「残念、あれ、お前のとこの魔法使いなんだよなぁ」
「聞いているのか!?」
再度怒鳴る海藻類。Pさん及びクェルはまったく相手にするつもりはなく、更には俺自身に用があるときたもんだ。
ユリウスの方へ視線を向けてみるが、あちらも介入してくる様子はない。むしろ、にこやかな表情で俺に手を振っていた。
「はいはい、聞こえてます聞こえてますよ。・・・で? 何か用でもあるんですか? もう勝負終わったんだし、部屋に帰りたいんだけど?」
面倒ではあるが、ここで相手をしなければ延々と突っかかり続けるだろう。そう思って声をかけたのだが、また何が気に食わないのか、この海藻類は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「調子に乗るんじゃない!! 貴様、何か不正でもしたのだろう!? でなければ、あれが負けるはずがないのだ!!」
「知らねぇよ、んなもん」
あーだこーだと騒ぐ海藻類を適当にあしらう。
相手をするのも面倒なのに、何故ここまで俺に怒りの矛先を向けるのか理解もできない。しようとも思わない。
もう勘弁してくれ、という顔でユリウスを見るとこちらの意を汲んでくれたのか相変わらずのニッコリ顔で頷いてくれた。
「カーマイン。そこまでにしておくんだ。勝負はもう終わっている」
「ッ!? しかしユリウス様! こいつは・・・」
「あんまりしつこいと、見苦しいよ? 君はもう戻りなさい」
表情はあまり変わっていないが、その口調は少しばかり強くなっていた。
海藻類もそれを感じ取ったのか、何も言わずに押し黙ると、最後に俺を睨みつけて訓練所を去って行った。
ああいう手合いは、陰湿に攻めてくるかもしれないから嫌なんだよなぁ・・・
「すまないね、カオル君。気分を害したようだ」
海藻類が去っていったのを見計らってユリウスが声をかけてきた。
「・・・とりあえず、疲れたから帰っていいですかね?」
「もちろん。存分に休んでくれ。代わりといっては何だが、今度の決闘も頑張ってほしい」
「まぁ、元々それのために来てたんで。・・・約束は守ってくださいね?」
とりあえず、念は押しておく。
この人が約束を破るとは思っていないが、万が一なんて事があるかもしれない。
だが、やはりというか何と言うか、この人はいつもの笑顔でわかった、と頷いていた。
「なんなら、アリエッタもどうだい? あの娘も君の事を気に入っているようだからね(嫁的な意味で)」
「え、マジで?(世話してくれる的な意味で)」
つい気安い口調で話してしまったが仕方ないことだろう。
アリエッタはPさんとは違い、すごい目の保養になってくれそうだ。娯楽は少ないが、コスプレとかしてくれたらそれだけで案外楽しめそうな気が・・・いや、待て。あの天然を相手にするのはすごく疲れそうな気がする。
・・・よし、後で考えよう。
「ちょっと、何の話よ」
俺がユリウスに話しかけようとしたその時、Pさんがクェルとともにやって来た。
どうやら、あの海藻類がいなくなったからこちらに来たようだ。調子のいい奴である。
「どうしたんだい? アーネスト」
「ユリウス様。少しだけよろしいでしょうか?」
Pさんに用件を尋ねようとしたユリウスであったが、そこにクェルが入り、ユリウスを俺とPさんから遠ざける。
つまり、現状Pさんと二人なのであった。
「・・・で? どうしたんだ? 俺、早く帰りたいんだけど?」
「・・・ほんと、カオルらしい反応ね。ま、いいわ。そんなことより、意外にあっけなく勝ってびっくりしたわよ」
「俺もびっくりだよ。あの海藻類の自信からしてもっと強い奴が来ると思ってたんだが・・・あれでも強かったのかね?」
「…一応聞くけど、その海藻類ってのはカーマインのこと?」
「他に誰がいるんだよ。…本人には言うなよ? また絡まれて面倒なことになる」
「…ほんと、そればっかね、あなた」
仕方ないだろ。本当のことなんだから。
だが、Pさんにも言ったとおり、ではあるがもっと手こずるんじゃないかとは思っていた。実際、最初の一手は、あれで決まればよし決まらなければ次の罠って感じで用意もしていたんだ。
それを含めての時間をかけずにまともに相手をしない、という作戦だったんだが、初手であれだけきれいに決まってしまったというのは俺からしても意外なものであった。
じいさんと比べるのも何か違う気はするが、じいさんなら初手からその先の先まで読んだ上で必殺級の反撃をしてくるだろう。防ぐのも手一杯なのだあれは。
まぁどうあれ、早いとこ勝敗がついたのは俺にとっても嬉しいことだ。消耗も皆無。これで後は約束の日までだらけられる。すばらしいではないか。
決闘の件はその時の俺に任せることにしよう。
「それじゃ、私はもう戻るわ。次も頼むわね」
「そっちも、約束は忘れんなよ」
「…っ!? わ、忘れてないわよ! バカ!!」
何故俺はバカ呼ばわりされたのだろうか。
聞いてもよかったのだが、Pさんはすでに走り出した後で、出入り口で待機していたクェルとともに去っていった。どうやらクェルとユリウスの話もすでに終わっていたようで、この訓練所内に残ったのは俺一人…二人?。
「…いや、もう一人いたわ」
すっかり忘れていたが、そういえば決闘で一人花で拘束している奴がいるんだった。
てか、誰か気づいてやれよ。特に海藻類。連れて来たのお前じゃんか。
「…でもなぁ、あれとここに二人ってのも嫌だなぁ…」
下手したら拘束といた瞬間に襲い掛かってくるかもしれない。対処はできるがそれをするのが面倒だ。
「…まぁ、もうそろそろ限界までエネルギー吸収されてるだろうし…問題はない、か」
最悪また拘束して、今度は死ぬまで生命力でも吸収してやればいい。
そう考えて魔法を解除する。すると、中から現れたのはやはりというか先ほどの黒ローブにフードをかぶった男だった。
限界まで吸収されていたからか、魔法が解除された瞬間に男はその場に倒れ込む。
暫く様子を見てみるが、まったく反応がない。もしや死んだかと思ってゆっくり近づいて足でつついてみる。
するとわずかだが反応があった。どうやら生きているらしい。
「おい、起きれるか?」
「…ァ、…ォこ……ど、ォァ……」
声をかけると、かすかに声が聞き取れた。が、何を言っているのか良く聞こえない。
マジで今にも死にそうな様子だ。
「……ィ、こ…か……ぃたィ……」
「おいおい、こりゃユリウス呼ぶか…。しっかりしろよ」
本当は、こんな危険人物を相手にしたくはないのだが、ここまでくると流石に放って置くのもどうかと考える。まぁ、俺がどうこうするのは面倒なんで人に任せるが。
「てわけで、そこの人。後任せてもいい?」
一見何もないようにも見える訓練所の壁際。
しかし、俺が視線を向けた場所の一部が蜃気楼のように揺らぐと、まるで忍者のような格好をした男が現れた。
「…いつから気づいていた?」
「Pさん…アーネストがいなくなってから。ついでに、あんた部屋にもいただろ? まぁ俺に害はなかったから何も言わなかったけど」
「…なるほど。騙されていたのはこちらだったか」
男は諦めたような口調でそういった。
実際のところ、こういった姿を見せない相手ってのは森には結構いる。というか、そういった擬態や隠蔽などは虫たちにとっては十八番なのだ。そんな彼らの中で生活していれば慣れるのも当然…とまでは言わないがある程度はわかるようになる。
もっとも、じいさんの隠蔽はまったくわからないがな。
「で? こいつのこと任せてもいいか? 生命力というか、体力と魔力をギリギリまで減らしてるから休めば治るとは思う」
「…ああ。了解した。ユリウス様には私から伝えておこう」
男の言葉によし、と心の中で拳を握った俺であった。
…正直な話、あの忍者が何なのかは大体予想がつく。多分、ユリウスの護衛とか、暗部のようなものなのだろう。
関わったら面倒なのでここは何も言わずに去ることが一番の策だ。
俺は少しばかり小走りになりながらも訓練所を後にして部屋に戻るのだった。
尚、迷ったのでメイドさんに案内してもらった。
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その夜のこと、ユリウスはウィリアムとともに自室にいた。
内容は今日の件について。
「…強いとは思っていたが、あそこまで簡単に勝負がつくとは思っていなかったよ。カーマインが連れて来た者が弱かったのか?」
「いえ、カーマインが連れて来た者も実力は確かでした。私でも勝てるとは思いますが、あそこまで圧倒できるかと問われると、自信はありません」
ウィリアムの言葉にユリウスは黙る。そして一言、ウィリアムにも聞き取れぬほどの小さな声で呟いた。
「属性竜、か…」
「? ユリウス様?」
「…いや、何でもない。ところで、君がカオル君に見つかったというのは本当なのか?」
ごまかす様に話題を変えたユリウスではあったが、ウィリアムはそれをとやかく言うこともなくユリウスの言葉に頷いた。
「侮っていましたが、あの魔法使い、かなりの者だと思われます」
「まぁ、そうだろうね」
自室のイスに腰を深く落ち着けたユリウスは今日のクェルとの話を思い返した。
曰く、彼の者は属性竜と戦い、そして生き残っていること。
曰く、その属性竜と仲睦まじ気にしていること。
曰く、その実力を属性竜に認められていること。
属性竜とはこの世界でも勇者、魔王に引けをとらない知名度を誇る伝説とも言える存在である。
その伝説は今でも残っており、遥か昔、勇者とともに魔王を倒した存在なのだとか。
普通の竜でも都市を破壊することが容易いのだ。属性竜ともなればどれほどのものになるのか、ユリウスにも想像はつかない。
「…これは、とんでもないものを抱え込んでしまったな……」
そんな元凶は、現在、広い部屋のベッドで夢現なのであった。




